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2014年6月

2014年6月29日 (日)

片隅記事にご注目

 手前みそだが、塾頭はベタ記事(新聞の最下段などに10数行ほど行間をあけずに載せる重視しない記事)から、湾岸戦争ぼっ発を予測したことがある。今日の毎日新聞朝刊に、気になる片隅の記事が2つあった。

 ひとつは、ワシントン発の外電で、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の、「ウクライナ東部の紛争で、今年に入り11万人の難民がロシアに逃れた」という発表に、米・国務省が「根拠がない」と反論したという記事である。

 当塾はこれについて「ウクライナ難民がロシアに避難するという事態は、ロシアにとってプラス要因である」という趣旨で書いたことがある。↓
http://hansenjuku.cocolog-nifty.com/blog/2014/04/post-5fdf.html

 アメリカは、さしたる証拠がないのに、イラクが大量破壊兵器を隠している、という偽情報でイラク戦争突入への根拠にした。ウクライナの場合、人工衛星で難民を数えていたとでもいうのだろうか。

 上述の報道はどっちが正しいのか分からないが、国家は都合のいい情報だけを「情報」とするくせがある。この難民発生情報は、アメリカにとってわざわざ報道官に打ち消させるほど、不愉快な内容だったことが分かる。

 もうひとつは、千葉西北版の記事である。ベタ記事ではないが、全国から見ればやはり片隅記事だろう。

【タイトル】民主党:湯浅県議処分へ 集団的自衛権反対請願、賛成表明し退席

 県議会総合企画水道委員会で共産党議員紹介による「集団的自衛権行使の容認に反対する意見書」の提出を求める請願に賛成意見を表明して採決を退席したとして、民主党は近く、湯浅和子県議の処分を検討する。同党は「集団的自衛権の行使を容認する憲法解釈の変更を行わないことを求める意見書」を提出(不採択)したが「反対」の文言は使わず、この請願には反対の立場だった。

 以下は電子版では購読者以外には読めないが、本人の固い決意なので処分は受け入れるというコメントをのせている。このところ、東京都議会女性議員へのヤジ問題で幕引きを果せず、延々と報道が続くが、上述の地方議会女性議員の行動は、共産党提出の議案に賛成し、自党の決議案に反対(欠席)したというのだからすごい。

 自民党の高村さんは、地方議会は不勉強というが、政治生命をかけて自説を全うする議員もいる。海江田代表は、中央政界ではこんなことは起きえない、とたかをくくっているだろうけど、この先はわからない。「政治は一寸先が闇」という言葉は古くなったが……。

 直近のニュースによると29日午後2時すぎ、JR新宿駅南口付近で、集団的自衛権行使反対を唱えて焼身自殺を図る人まで現れた。近代国家ではあってはならぬことだ。

 そこまでしないと、一市民の意見が取り上げられないと思い詰める人がいるということは、やはり尋常ではない。しかし、決してほめられることではない。一種のテロリズムだ。昭和7年ころの国情に似せてはならない。

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2014年6月28日 (土)

公明党・憲法・創価学会

  集団的自衛権などの容認を含む閣議決定がいよいよ3日後(7月1日火曜日)に行われる。慎重さを求める国民世論や、139もの地方議会が反対決議をした(「毎日新聞」)中で強行される。

 当塾が指摘してきたように、集団的自衛権に道を開くもので、例えば北朝鮮とアメリカの間で戦争が起きた場合、放置すれば日本が危険にさらされると解釈すれば、米軍と共に戦うことになる。

 北朝鮮は公然とした敵国となる。日本での工作員活動、拉致、テロなど、戦闘行為として何の遠慮もいらなくなる。オウム真理教どころではない。その規模は、9.11が同時にいくつも起きても不思議ない規模になる。

 それだけで済む保証はない。朝鮮戦争の時のように、中国が義勇軍を起こすようなことがあれば、間違いなくミサイルが飛んできて日本は戦場となる。誰も望んでおらず予想もしていなかったことが、偶発的な動機により、第一次、第二次大戦を引き起こしているのだ。

 閣議決定する事例などは、実はたいしたことではない。これが安倍首相の下心から出たものでなければ、また、集団的自衛権や集団安全保障という言葉を使って、自衛隊の行動範囲を閣議決定で憲法を超えるものにしようという画策がなければ、議論の対象としてもいいことだ。

 しかし、閣議決定案はそれを否定するものではなく、かつ言葉の遊びでどうにでも解釈できる抽象論のまま、歯止めが歯止めになっていない。公明党は結局これを飲みこむことにした。

 塾頭は、最初からこの結末を予測していた。反対論者にはネット上でも公明党を裏切りだとか自民の下駄の雪など非難するが、不十分とはいえここまで関心を集めさせ、国民に知識を与え、また自民の真意を表面化させることができたのは、公明党の功績である。

 党首討論があったが、民主はもとより、社共を含めて野党がそこまで活動し、影響力を行使したとは到底思えない。無為無策といっていいほどだ。このさき開催される国会も、自民として公明説得より組しやすいと見られているのではないか。

 最後になったが、テーマに掲げたその公明党とその支持母体・創価学会のことである。塾頭の認識では、創価学会は原理・原則を尊重する基本的な立場がある。そして、そのゆるがざる原典が、法華経十八品であり、国宝・立正安国論であり、日蓮の残した多くの遺作文献である。

 日蓮は自説を曲げず、鎌倉幕府の迫害を受け佐渡に流された。創価学会創設のきっかけを作った牧口常三郎と、戸田城聖ら当時の教育者などは、戦時中弾圧を受け、幹部が治安維持法並びに不敬罪で逮捕され、牧口は獄死した。

 このように先輩たちは、原理・原則の前には時の権力に敢然として立ち向かい、「正論」のために心霊をささげた。同時に現実を直視し、ひたむきな布教につとめた。現在の池田会長の世界への平和アピールは、国際的な評価を得ている。

 このように見てくると、公明党が今回とった選択が、これまでと同様、またはそれ以上の学会員の支持が得られる、または信者獲得が促進されるということは考えにくい。政教分離が進んだにしろ、この先、党の凋落は免れないだろう。

 もうひとつ、公明党が連立を離脱しても、現在の野党の現状から見て、リベラル勢力を結集した安倍路線に変るべき政権樹立の見通しが全く立っていないことである。それどころか、逆に次世代・みらいその他の改憲勢力が安倍路線になだれ込むようなことがあれば、より望まぬ方向へ一挙に持って行かれる危険があるのだ。

 これを避けるため、あえて苦渋の選択をしたとすると、公明党最大の功績、公明党だけしかできない政治決断だともいえる。それだけに、優柔不断の民主、唯我独尊の社共のふがいなさは、まさに犯罪的だともいえる。

 その意味で、公明党よくやった――と、皮肉を込めて称賛しておこう。

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2014年6月26日 (木)

10代20代限定アンケート

■あなたは、自民党と公明党の間で議論を続けてきた集団的自衛権などの議論が理解できますか。×?○?

▼そうです。理解できないというのがあたりまえで、理解できるという人がどうかしています。

 なぜならば、現行憲法9条を変えたい人と変えたくない人、変えるには議会の3分の2の賛成で国民投票をしなくてはなりませんが、見通しが立たないので政府の閣議だけで憲法解釈を変え、改憲と同じ効果を持たせるようにしようとする人と、そうはさせたくない人とが、双方が一致した意見だという証拠を出そうとしているからです。

 最初から無理な話で、「国民の権利が根底から覆される恐れがある」との要件の”おそれ”を”明白な危険”に変えて自公のそれぞれが了承、などと、何を言っているのかさっばりわからない言葉がニュースで飛びかいます。これで×だった考えが○に変るのがなんとも不思議です。

 それは、双方が自分の都合のいいように解釈できる言葉を「これならば折り合えるはず」と無理に見つけ出してくるからです。だからあとでいくらでも勝手に解釈することが可能なわけです。つまり、何の「限定」にもなっていないのを「限定」だと言っているだけなのです。

■安倍首相は、集団的自衛権の憲法解釈を変えることにより、抑止力が高まって国民の安全に責任が持てるようになると言いますが、その通りだと思いますか。×?○?

▼多分○の人が多いのでは?。
 それはアメリカが日本を守ってくれるからでしょうか。日本人のためにアメリカ人が血を流す。そんなことは決してあり得ません。しかし、自由と民主主義を守るため、あるいはその価値観を共にする同盟国を救うためという理由で出兵するケースは最近までありました。

 アメリカです。誰はばかることなく「世界の警察官」といっていました。NATOの一員であるフランスやイギリスも集団的自衛権で戦争に参加しました。韓国もアメリカとの集団的自衛権を理由に参戦しています。ソ連のアフガン侵攻も集団的自衛権が根拠でした。

 安倍さんはそれを「普通の国」といいます。しかし、どうでしょう。最近はすっかり様変わりしています。大量破壊兵器を隠しているという偽情報でイラク戦争に突っ込んだアメリカも、シリアではロシアと協議し、軍事介入を避けて化学兵器撤去に成功しました。

 イラクは目下内戦状態で国家存亡の危機に瀕しています。助けてくれと空爆を要請したのは、アメリカの肝いりでできたマリキ政権です。しかしオバマ政権はイラクからやっと撤兵したばかり、中東のことは中東で解決してくれ、とつれない返事です。

 親戚のような深い付き合いだったイスラエルに対しても、イランやシリアのサダト政権に対する抑止力であることをこのところ中止しました。イスラエルはもともと人を頼りにするような国ではありませんが、独自の和平を模索せざるを得なくなっています。

 つまり、他国のために国民の血をながすことにこりごりしたのです。安倍さんは塾頭より相当若いのに冷戦の頃からの見方から進歩していないように見えます。もっとも、アメリカにもブッシュの残党のような人が残っていますが。

▼では、何が日本にとって一番安全なのかの答えです。

①日本の領土は、日本人自らが守るという強い意志を持つこと。
②憲法9条の精神を堅持、武力行使の目的で外国に行かず、軍縮、緊張緩和の先頭に立つこと。
③日米安保を時代に合うように改訂すること。

 ①のためには、命が惜しいなどと言わず必要があれば自衛隊にどんどん志願してください。日本は幸いにして島国です。また、民族・宗教などで問題を生じていません。
 
 その点、現在の自衛隊装備や予算に多少の変更を加えれば国土を守る上で周辺国に劣ることはないでしょう。ただ、これからも敵視政策をつづけ、軍拡競争となると、日本の優位性はなくなります。

 究極の殲滅戦が始まれば、人口が多く国土の広い方が勝ちます。しかし、平和憲法を持ち、攻められる可能性がなく、攻め込んでも資源がない狭い国相手に、多大な犠牲覚悟で戦争をしかける国があるでしょうか。

 ただ、参考までにここに極端な例をあげておきましょう。

 尖閣諸島を中国が占領する。日本の平和勢力が戦争放棄を理由に、これを放棄する。つまり、日本には領土を守る強い意志がない。これを見た石垣島など先島諸島の住民が動揺し、住民投票をする。

 明治政府はここを清に譲ろうとしたことがあった。また、米軍基地問題などを見ても日本本土の沖縄差別は明瞭だ、それならば台湾・中国と一緒になった方がまし。

 もし、そんなことになれば、当塾はクリミア半島でロシアの肩を持ったいきさつもあり日本の国土保全お手上げ、ということにならざるを得ないのです。外交や国防を大国に依存した朝鮮は、日本併合が避けられなくなった。抑止力をあてにして亡んだ国の例はほかにもあります。

▼将来の方向は、

①9条の精神を維持発展させ、世界の指標となる国を目指す。これが、最大確実な抑止力となる。

②国民の安全に対する意識を高め、自衛隊の専守防衛能力や軍縮・平和に寄与する能力を充実させる。

③アメリカを含む周辺国との親善友好協力を推進する。

を目指してほしいということです。

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2014年6月24日 (火)

「情けない国日本」

 安倍首相になったら「美しい国」になるはずだった。

それが、

 都議会での女性蔑視発言を認めた鈴木章浩議員。その自白発言を書こうと思ったがやめた。すでに日本中はおろか、海外にも発信されているだろう。卑怯、虚言、保身、誰でもわかる見透かされた言い訳、開き直り、逃げ口上……。

 韓国船沈没のみっともないかの船長の姿と二重写しになった。これが、2年前8月に尖閣諸島魚釣島に無許可の船から泳いで上陸し、警察の世話になった人だ。また、拉致被害者救援の青バッジをつける愛国者である。その彼の見苦しい姿は、戦前生まれの愛国者・塾頭から見て到底許せない。

 同じ日、石原伸晃環境相も福島まで行って「金目」発言のお詫び行脚につとめた。福島県民の心情をくみ取る「美しい国」は、一体どこへ行ったのか。外務省主任分析官の経験を持つ佐藤優さんは、集団的自衛権などについてこのようにいう。(毎日6/24)

 (前略)尖閣諸島は日本の領土だから、集団的自衛権ではなく個別的自衛権の問題だ。
 公明党は、政府が示した事例の多くが個別的自衛権か警察権で対処できる問題だと主張した。正論だ。しかし自民党は、連立解消などをちらつかせ、力でその主張を抑え込もうとしている。

 現在、日本は集団的自衛権の行使を米国から要請されてはいない。「日本がやりたいならどうぞ」というスタンスだ。結局のところ、安倍首相の「心情」がすべての出発点なのではないか。問題は、心情を政治の世界に持ち込み、反対意見に耳を貸さずに押し通そうとする手法だ。

 本塾の分析と奇しくも一致していた。

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2014年6月23日 (月)

南天は花

目下花はアジサイの真っ盛り。

       南天は 実より花だと  蜂と蟻

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 南天の季語は冬だ。鮮やかで小粒の赤い実は、正月の花瓶に松などとよく似合う。その花、よく見るとなかなか捨てたものではない。よほど甘い蜜があると見えて蜂2匹が舞っていたが近寄ると逃げていった。蟻も好物のようだ(写真クリックでアップすると見える)。

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2014年6月21日 (土)

安倍食堂日替わりメニュー

 日替わりメニューどころか、次から次へ速射砲のように飛び出してくる。15事例、9原則、8事例、3要件、新3要件まだまだあるよ。(写真:左20日・夕、左21日・朝)

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安倍改憲もどき食堂の、食えそうにもないがらくたメニュー。一度、女性・子供の入った絵を描いておいしそうに見せようとした。けど、効果はさんざんだったよね。公明党、食えそうにもないのにしかめっつらをして無理やり食べさせられている。可哀そうに「もうたくさん」と言えないのだ。

 集団的自衛権料理だと思っていたら、突然メニューにない集団安全保障料理がでてきた。これなら国民は知らないからまちがって食べてくれるかも知れない。ところが……。

 残念でした。塾頭でさえ、そんなのとっくに知ってるもん。守りから攻めへの大論理飛躍。また湾岸戦争でもあったら、イラクに真っ先に攻め込めるという魂胆でしょう。真っ先でなくとも機雷除去や物資輸送など大威張りで参戦し、アメリカさんにいい顔をしたいんだ。

 そんなに、戦争がしたければ、国会議員3分の2以上の賛成と国民投票で憲法を変えなくてはいけない。これが国民大多数の意見だ。それを20人足らずの閣僚だけで憲法解釈を勝手に変え、それに見合う法律を議員の過半数で成立させて「合憲です」ということにしてしまおうという、いままで誰も考えていないことを思いついた。

 思いつきだから下ごしらえはなく、味付けも仕上げもいい加減なものだ。お粗末な日替わりメニューや、ハプニング献立で人目をごまかそうとする。今書いたばかりの「集団安全保障」は、今朝の新聞でもう取り下げたらしい。

 あまりにも下心が見え見え、味もそっけもない速成料理に、一部の地方議会から「みっともないからやめたら」という声が上がり始めた。官僚も安倍ごのみのお利口さんだけではない。自民党内にもじれったくて仕方がない人がいる。

 公明党さんだけにつらい思いをさせては、申し訳ないものねえ。この日替わりメニューは、公明党をゆさぶるためだという解説もあるが、国民は明らかになめられている。「安倍さん。もう食事はとっくに済んでるよ」。みんなでそう声を上げようよ。

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2014年6月19日 (木)

怖・読売の自主検閲②

 原寿雄『ジャーナリズムの可能性』岩波新書という本がある。2009年1月初刊本であるが塾頭には珍しく、買ったまま「つん読」状態になっていた。あるいは、ザッと中味を斜め読みした程度だったのかも知れない。

 最近、引っぱり出して読み直してみると、中味というより、「はじめに」と「終章」に肝心なことが書いてあった。それは、ジャーナリズムの危機が、特に日本において顕著に進んでいるいるということである。

 さらにその後、第2次安倍内閣による、特別秘密保護法や集団的自衛権に関する強引な政治手法などが、言論の気力のなさと相まって、日本国民にかつてない閉塞感や無力感をもたらしいてるという感じを持った。

 前述書の最初と最後を引用してみよう。

【はじめに】
 デジタル時代がこのまま進めば、人びとは自分の個人的な利害や趣味、関係する仕事に直接かかわる情報以外に関心を持たず、公共的な情報は、滅びてしまいそうな情勢である。情報栄えてジャーナリズム滅び、ジャーナリズム滅びて民主主義亡ぶ――そうなってはならない

【終章】
 情報の収集と発信にはデジタル・メディアをフルに利用したうえで、あるべきジャーナリズムを実現すれば、ジャーナリズムの危機は克服できるはずである。良質でオリジナルな公共性の強い情報をどれだけ収集・分析・発信できるか。それは、未来のジャーナリストの課題であるばかりでなく、現在のジャーナリストにとっても不可避の課題である。

 著者・原寿雄氏は、1925年の大正生まれで共同通信社社長を務めた人である。そして、戦前・戦中・戦後の移り変わりを実体験し、言論の弾圧が生んだ日本の悲劇的過ちや戦後のジャーナリズムの軌跡を追い続けたてきたことが書かれている。

 その中で、読売新聞の渡辺恒夫主筆、俗にナベツネという言論人を、福田元首相と小沢一郎民主党元代表の「大連立」工作など例を引いて激しく攻撃している。また、魚住昭氏のインタビュー記事を『渡辺恒夫 メディアと権力』から引き、次のような文章もでてくる。

 世の中を自分の思う方向に持っていこうと思っても力がなきゃできないんだ。俺には幸か不幸か一千万部ある。一千万部の力で総理を動かせる。小渕総理とは毎週のように電話で話すし、小沢一郎ともともやっている。政党勢力だって、自自連立だって思うままだし、……

 また、新聞界でも、自治相を務めた小林与三次が65年に読売新聞社長になってから「新聞は政府に協力するのが当然」と言明したとも書いている。現在、最大発行部数を誇る読売新聞が安倍内閣応援団の筆頭ととして君臨し、産経が最右翼としてこれを追っている。

 それに対抗するのが朝日と毎日だが、東京・中日など地方紙も野党寄りの記事を書く。これは、共同通信への依存度が高いからだ、という俗論があるがそれはないだろう。たとえば、沖縄2紙などは、基地問題などで独自の取材が目を引くし、その他各紙も長い伝統の中から地方文化を支えてきた自負心を持っている。

 塾頭の経験だが、かつて、中日の地盤であった中京地区、北陸地区域に読売がノベルティー工作(ギフトによる拡販競争)などによる殴り込みをかけ、同社のシェアーが大幅に奪われたことがあった。

 その傍若無人な振る舞いに、同社の幹部が「こうなったらもう公器として記事で争うしかない」と漏らしていたという話を聞いたことがある。ここまで来ると、社会の木鐸どころか、権力の魔窟としか言いようがなくなる。時の政府がそれを利用することで自信を得ているとすれば、まさに「怖(こわ)」の文字を当てるに値する。

 最初の前掲書の引用では、「デジタル・メディアをフルに利用したうえで、あるべきジャーナリズムを実現すれば、ジャーナリズムの危機は克服できるはず」とあるが、「金目」には全く縁がなく、いかなる権力にも程遠い弊・反戦塾もデジタル・メディアの中にいる。

 浜の真砂であっても、「利用」される可能性なきにしもあらず、とひたすら信じ、気を取り直して明日も手あかのついたキーボードに向かいたいと思う。

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2014年6月18日 (水)

怖・読売の自主検閲①

 「ジャーナリズムの滅亡」という題で記事にしようと思っていたら、17日付毎日夕刊に、読売の傘下に入った雑誌「中央公論」から、求められた原稿を没にされたという、コラムニスト中森明夫さんの「発言」が載った。

 その要旨はこうだ。

映画「アナと雪の女王」の大ヒットについて考察を書いてほしいという、編集者からの電話があり、送稿したところ、その翌々日、原稿に問題があるからという「曇った声で」ことわりの電話があった。中森氏の考えに喜んで応じていたのにどうしたのだろう。

 劇中でもっとも盛り上がるのは、自らの能力を発揮することを禁じられた女性が目覚めるとき、「レット・イット・ゴー」ありのままでと訳されたテーマ曲の流れる場面だ。それを、中森氏は日本の著名人になぞらえていく。

 たとえばNHK経営委員になった長谷川三千子氏。女性が家出子供を産み育て、男性が妻と子を養うのが合理的との発言が物議をかもした。長谷川氏のような社会進出をするような人こそ「レット・イット・ゴー」を唄ってほしいと説き、皇太子妃雅子さまが「ありのまま」生きられるような環境があってほしいとねがうのである。

 中森氏は、編集部に再三没の理由を尋ねるが「編集部の姿勢」というだけで明瞭な返事をしない。どうやら上のようなことらしいと同氏は想像する。戦前、戦後の論壇の中枢を支えた名門の中央公論で、塾頭の本棚にも何冊かの雑誌「中央公論」や中公文庫がある。読売系列に入ったとはいえ、これほどひどい反ジャーナリズム誌になったとは想像もしなかった。

 没になった原稿は、経済学者・田中秀臣氏のサイトで全文公開されることになった。中央公論が隠そうとしてもネットなら同紙を上回る読者が獲得できる。すっかり現政権べったりとなった読売系列メディアに一矢報いたい方は、ぜひ下記へまわってほしい。

 http://real.japan.org/

 最初考えていた、原寿雄『ジャーナリズムの可能性』岩波新書をもとにした記事は、本稿の②として次回にまわすことにした。

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2014年6月16日 (月)

変る中東変わらぬアメリカ

 日本人が見ても奇妙きてれつな集団的自衛権論争は、世界から見て神秘で異様な現象に見えるだろう。それと同様に中国の周辺国へのツッパリと口汚い日本攻撃は、経済成長に追いつけない政治の未成熟さを示すものと映っているに違いない。

 今、アメリカをはじめ最大の関心事は、中近東の変容ぶりとそれへの対処であろう。もっとも、そういった安全保障問題が、日本のようにサッカーW杯報道一色でかき消されているかどうかは定かでないが……。オバマ大統領の頭の中をしめているのはサッカーはどこが優勝するかではない。

 新鋭空母ジョージー・ブッシュがペルシャ湾の波をかきわけ、イラクに近づいている。ブッシュといえば、大量破壊兵器を隠し持っているというニセ情報をもとに、悪名高いイラク戦争の泥沼に突っ込んだ前大統領の名だ。

 オバマはそこから爆撃機や無人機などを飛び立たせるかどうか、数日以内に決断しなければならない。今度の敵は、独裁者フセインではなく、イスラム最過激武装集団「イラク・レバントのイスラム国(ISIL)」だ。

 ISILは、アメリカが9.11事件の首謀者そしてテロリストの頭領としたウサマビンラディンと、その組織・アルカイダが源流だとされる。もともとソ連の侵攻を受けたアフガンで、それに抵抗するイスラム教徒の志願兵がサウジアラビアなどから集まった。彼らの多くは厳格な教義を守る敬けんなスンニ派信徒で、ラディンもその一人である。彼らを陰で支えたのがアメリカだった。

 スンニ派といえば、これに対抗するのがイスラム教の中では少数派のシーア派である。その根拠地がイラン。親欧米で石油輸出にも理解のあったパーレビー王朝を民衆革命で倒したのが、シーア派の宗教指導者ホメイニで、アメリカ大使館を学生たちが占拠したため、アメリカは共に天をいただかぬ敵国となった。

 イラン・イラク戦争というのが起き、シーア派住民が多いにもかかわらず、それに次ぐスンニ派のフセインがイラクの支配者であった。独裁者と言われてもイランとの戦いだ。アメリカはこれにもフセインに手を貸した。フセインの誤算は、石油採掘権の争いから隣国クエート王国に軍隊を入れたことだった。

 国連の非難だけでなく、石油の宝庫アラビア半島の利権が危機にさらされる事態にアメリカをはじめ多国籍軍が反攻を開始し、たちまちイラクを追いかえした。これで、イラクもアメリカの敵となる。アメリカと対敵するということは、即、パレスチナ問題で、アメリカが支持するイスラエルの宿敵になるということだ。

 アメリカは、テロ支援国という名目で前述のようにブッシュがイラク戦争を始めた。またイランとは、核兵器問題で経済制裁を強化することで、国際的孤立化をはかった。アメリカがイスラム圏で友好国として信頼する国は、サウジアラビアなど、スンニ派王国に比重が移っていった。

 アメリカが、中東で戦争に手を染める大義名分として、自由と民主主義を根付かせるためという一項がある。イラクやアフガンで生まれたはずの民主主義政権、そしてアメリカが歓迎したいわゆる「アラブの春」でも選挙により選ばれた政権は、いずれも弱体でアメリカの期待には応えられていない。

 言っちゃ悪いが、独裁政権の方が治安がたもてるのである。そういった状況につけこんできたのがISILなど、過激武装組織だ。その典型がシリアでの反政府派への潜入であり、そこから方向を転じてイラク北部でマリキ現首相打倒のため行動を起こしているISILである。

 ISILの資金源はスンニ派王族の寄付などだといわれ、また、政府軍から横流しや奪取した近代兵器も多いといわれる。シリアでアサド政権側が勢いを盛り返したのは、イランやレバノンん本拠を置くシーア派のテコ入れが利いているという観測がある。アメリカがテロとの戦いを控えるとイスラム宗派同士の戦いとなる。

 アメリカの敵はここへきて3転4転。撤兵後の平穏維持のためシーア派のマリキ首相を救わなければならない。長年の盟友、サウジなどスンニ派国さようならという気持ちになるのは自然の勢いだ。その中で歴史的なパレスチナ紛争解決のためのイスラエルへの肩入れをやめ、中東から手を引きたいオバマは、中東のことは中東で解決してくれ、というのが本音だろう。

 だけどアメリカにはこれを許さぬ勢力および雰囲気がある。「あんなに大勢の人が虐殺され、難民が大勢出ているのにアメリカはだまって見ているのか」という、世界の警察官・保安官気どりから抜け切れないのがその一つである。

 また、自由と民主主義を守るのは自らの安全にかかわることで、これには武器をもって戦わなければならないという好戦的な風土がある。先進国の中でいまだに銃規制さえ実現できないのだ。妥協的行動はたちまち「弱腰」という非難を受ける。

 オバマは過激派が入り込んだシリアの反アサド政権側を支持することに二の足を踏むようになり、イランのアサド支持を妨害することをやめた。そして、化学兵器廃止などでロシアなどとも協調する。ウクライナ問題でもロシアへの口撃は激しいが、抑制されたヨーロッパ各国とプーチンの自信たっぷりの落ち着きぶりの前で空転気味だ。

 イラクへ地上兵力の投入をしないと言いながら、空母をペルシャ湾にはなばなしく投入するのは、前述のアメリカ人気質で「腰抜け」と見られることを避けたい一心だ。油井大三郎氏が書いた『好戦の共和国アメリカ』と題する新書があるが、敵の作り方と敵味方のめまぐるしい変化はどこからくるのだろう。

 同じとは言えないが、尖閣などをめぐる中国と日本、太平洋戦略などでも似たようなことが言えそうだ。集団的自衛権さえあれば、日本国の安全や国民の生命が守れるという、集団的自衛権行使賛成派は、そのあたりをどう見るのだろか。

これからでもいい。国民の前でぜひ議論してもらいたいものだ。

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2014年6月13日 (金)

公明党の岐路

 集団的自衛権容認に関する自公の応酬は、ここへ来て安倍首相の強気な指示により、公明党側が何らかの譲歩を強いられ連立維持に向かう方向だという。

 これまで事例のひとつとして、米艦を公海上で自衛隊が防護するというものがあった。塾頭は、以前からあり得ない話としているが、自衛隊側による先制攻撃、または撃沈・撃退をせずにどう守るのだろう。領海内なら、安保条約とか国連憲章の自衛権でそういったことが可能である。

 公海上も日本の船が攻撃されるようなことがあれば、日本船上は領土と同じだから自衛権発動と称してもおかしくない。そこで、安倍首相は、米艦に日本人避難民が乗船して居たらなどといって絵解きをして見せた。

 敵軍はそんなことを承知しているはずはない。かりに公表されていても、交戦国が敵のいうことを信じる必要はない。4日の記事で、たとえ病院船であっても機材や兵員を輸送していると考えるのが「戦争」の非情さだという例をあげた。

 さて、安倍事例の場合、あるとすれば潜水艦による魚雷攻撃だろう。米軍の要請は、多分日本が世界に誇る哨戒能力だ。潜行中の敵艦発見は、それほど困難でない。しかし、領海内と違って浮上航行しない潜水艦を「怪しい」とするわけにいかないし、また敵艦にも航行する権利はある。

 ことわっておくが、ここまでは日本にとって敵国ではないのである。魚雷は発射後発見されれば命中前に破壊は不可能ではない。ただし夜間とか至近距離でそれが不可能なら相手潜水艦を攻撃沈没させるしかない。この瞬間、敵国になってしまうのだ。

 限定容認論は、拡大解釈の温床だ。程よく育てて9条改正への抵抗を無くしようという方向性であり、仮に上述のようなことが起きたとすれば、国民の改憲への抵抗が一挙になくなる。公明党はよほど気をつけてもらわないと、安倍改憲の術中にはめられかねない。

 
 今日(13日)になって自民党の高村副総裁は、新たな3要件を公明党に示した。3要件のうち、第1の要件が「集団的自衛権」の名をとりたい最大眼目で、「わが国か他国に対する武力攻撃が発生し、これにより、わが国の存立が脅かされ、国民の生命、自由および幸福追求の権利が根底から覆されるおそれがあること」としている。

 上述の引例も、明らかに北朝鮮・韓国をイメージしたものであろう。他国への武力攻撃であっても、限定された場合に集団的自衛権の行使も可能にすることを暗示してており、改憲のための大切な鍵となるものである。また公明党にとって立党の根幹をゆるがしかねない「要件」であろう。

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2014年6月11日 (水)

党首討論は海江田完敗

 前々回の「リベラル派に必要なのは 」に書いたことは、民主党が集団的自衛権行使容認に反対なのか賛成なのか、党首討論ではっきり旗を立てることだと書いた。

 その討論が今終わった。海江田代表は冒頭に、同党のネクストキャビネットで「長年の憲法解釈を閣議決定で変更することは許されない」という結論を出したことで切り出した。

 それはそれでいい。この点に集中して攻めれば、つまり「議員の3分の2の賛成を必要とする憲法改正を避け、2分の1で解釈の変更ができる」というごまかしを突き、返答を求めるべきだった。

 それを省いて、邦人の海上防護だとか機雷除去など、何項目か公明党との間で取り上げたケーススタディーに話を持っていき、「血を流すとか安全を守る責任」などと、不毛でかみ合わない議論を一方的にまくしたてるだけ、すつかり安倍首相のペースに乗せられた。

 公明党と、さんざん予行演習をしている与党内の議論に巻き込まれては勝ち目がない。海江田完敗を印象付けるだけであった。もちろんこれで民主党の支持が減ることはあっても増えることはない。

 やはり、民主党に注目を集めるためには、代表辞任による代表選繰り上げしか道は残っていないようだ。

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戦艦ポチョムキン

 映画評論家の故・淀川長治さんをご存知ですか。「知っている」とおっしゃる方は、多分60歳以上。軽妙な語り口とテレビ出演最後のセリフ「さいなら。さいなら。さいなら」と手を振る姿を思い出しますね。

 その淀川さんが、最も感銘を受けた映画は、と問われて「戦艦ポチョムキン」とチャプリンの「黄金狂時代」と答えたそうです。実は今回のテーマは、クリミア半島→ロシア→反乱→避難民という連想から黒海艦隊→戦艦ポチョムキン、そして淀川さんの話になったものです。

 ロシア革命の頃をえがいたものでもちろん無声映画です。くわしくは↓
http://www.ivc-tokyo.co.jp/yodogawa/title/yodo18022.html
今どきの話題にピッタリなので、ぜひテレビなどで再上映してほしいですね。

 塾頭の記憶に残るあらすじは……

 当時ロシア領だつたウクライナの西南端オデッサ港に黒海艦隊が入港する。そこで苛酷な待遇で勤務する水兵たちが、食事に出されたスープを見ると蛆虫が浮いている。怒って厨房に入ると、その他の食材も蛆虫がうようよ。

 あまりにものひどさに我慢の限界に達し、水兵たちは上官にそむいて反乱を起こす。こうして戦艦ポチョムキンを乗っ取り、ほかの僚艦もこれに同調する。この勝利に、ボンと祝砲を一発。

 これを聞いたオデッサ市民は、「すわ戦争」とばかり驚き、わずかな荷物をまとめて避難しようと町は大混乱。その混乱を決定的にしたのが突然現れた狙撃兵。逃げ惑う殺到のなかで、石の階段の上にさしかかり若い婦人の手もとから乳母車がはなれてしまう。

 婦人の悲鳴をよそに、乳母車だけが乳児をのせたまま階段をかけ降っていく、というこの場面が特に有名です。もともとロシア革命20周年の記念に作られた映画だそうですが、塾頭は、暴動、反乱、戦争すべてに鋭い批判をこめた映画だと思います。

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2014年6月 9日 (月)

リベラル派に必要なのは

 「維新分裂は再編の引き金になるか」 を書いたのは、先月29日である。そこで、日本もいずれはヨーロッパのような政界地図になればいいと言った。つまり極右政党、中道右派、中道左派、宗教政党、共産党といったあんばいだ。

 その後今月4日に日本維新の会の分裂が発表されたが、どうやらこれが政界再編の引き金となりそうな雰囲気になってきた。今後は民主党が台風の目となる。11日の党首討論で海江田代表が集団的自衛権にどういう意見表明をするかだ。

 党内の意見分裂を避けるため触れないようにしたくても、安倍首相は当然そこを突いてくる。党内の容認派、反対派共に態度を明確にするよう求めている。限定的な行使を容認しようという法案まで用意した前原グループは、橋下維新の会との合流を隠そうとしない。

 ただし、その中で長島昭久代議士などは、石原新党の方が似つかわしいように思えるし、橋下商店には入りたくないという人もいるだろう。それぞれ好きな方へ行けばいいのだ。そうすると、自民の安倍お仲間グループ+石原新党による極右、橋下維新+前原など民主脱党組+自民の一部などで中道右派、民主リベラル派+社民+生活、自民の一部などで中道左派というのはどうだろう。

 まあ、これは塾頭の妄想の類だが、民主のリベラル派にも動きがあった。3日夜にメンバー激減のため開店休業状態にあったリベラルの会が、サンクチュアリ、新政局懇談会、国のかたち研究会などに呼びかけ、赤松広隆氏、菅直人氏など15人が集まり、「党首討論でしっかりと集団的自衛権行使容認反対の旗を立てて頑張ってもらわなければならない」という申し入れをする。

【呼びかけ人】
近藤昭一
http://kon-chan.org/contents/diary_cont.php
生方幸夫
http://www.ubu2.jp/

 しかしそういっては何だが、前原氏などと比べてどうも迫力に欠けるのはなぜだろう。理由は、前原氏などが脱退再編も辞さないという勢いがあるのに、リベラル派は残存多数派として生き残りたいということではないか。もうひとつは、労組依存メンバーとしてマークされることを避けたいという意識が働くのか。

 やはり、小泉元首相の「自民党をぶっこわす」というような意気込みがなければ、残念ながら政界再編はおぼつかない。、中道左派勢力として今求められているのは、だだれでもいいからその気概を持って先頭に立つ人なのだ。それがなければ、選挙になってもじり貧から脱することはできない。

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2014年6月 6日 (金)

首相、腕力に自信か

安倍晋三首相は、安全保障法制の整備のための閣議決定に「集団的自衛権の行使容認」を明記する方向で与党との調整を指示した。政府は行使容認に慎重な公明党に配慮し、必要最小限度の「自衛権」との表記にとどめる案を検討していたが、方針転換した。政府関係者が5日、明らかにした。(以下略、「毎日新聞・6/6東京朝刊」)

 首相は、世界の主要7か国の先輩大統領・首相の中で、自説が受け入れられたと自負しているようだ。中国とは名指ししないものの、はっきりそれとわかる方法で、東・南シナ海の行動iに懸念する声明を出すことができた。これは、主題となったウクライナの緊張にうまく便乗したものだ。

 さらに経済政策では、TPPの合意をめざし、自らの手柄とする方向付けもできた。外交で世界を飛び回り、北朝鮮の拉致問題もうまくいきそうだという手ごたえがあるのかも知れない。そういったことで、首相は自らの腕力に相当自信を持つに至ったのではないか。

 子供の頃には、まわりから注意する人がいないと、つい腕力に自信を持ってしまうということがよくある。頭書の集団的自衛権の閣議決定も、公明党を腕力でねじ伏せることが可能だと思い始めているのではないか。公明には解釈改憲阻止、という名を与え、自衛能力向上という実をとればよかったものを、集団的自衛権という名を取り実も取るというやり方だ。

 そこまでなめられても、公明党が連立にしがみつくとはちょっと信じがたい。太田国交大臣がサインしなければ、更迭してお仲間に変えれば簡単に済むこと。公明とは連立解消、かつて民主党が普天間移転で社民党を追い出したのと同じ構図だ。理屈では勝てそうにないので国会論議は幕を閉じ、あとは個々の問題について関連法規を成立させればいい。

 それならば、野党がばらばらで無力なうちにパーシャル連合で過半数確保をめざし、通せるものだけでも通せばそれでよしとする。それが改憲への一里塚だ。おじいちゃん岸首相の腕力に匹敵する手柄をたてたので、「ぼくちゃんそれで満足」では、アメリカが「苦しゅうない」でも、日本国の将来には明かりが見えてこない。 

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2014年6月 5日 (木)

祝・石原新党発足

 日本維新の会を分党した石原慎太郎共同代表は4日、東京都内で記者会見し保守を実行する新党結成を正式に表明した。参加者は22人となり、橋下徹共同代表側の新党には38人の参加が固まったとされる。毎日新聞によると石原新党参加者は、次の通り。

(敬称略)衆院=石原慎太郎、平沼赳夫、園田博之、中山成彬、藤井孝男、中田宏、山田宏、今村洋史、上野宏史、坂元大輔、桜内文城、杉田水脈、田沼隆志、中丸啓、西田譲、西野弘一、松田学、三木圭恵、三宅博、宮沢隆仁参院=中山恭子、中野正志

 石原氏は、予想を上回るとご機嫌のようだが、塾頭はもっと増えることを期待している。5月29日付記事・「維新分裂は再編の引き金になるか」で書いたように、ヨーロッパの極右政党的な存在で、一部の不満分子の受け皿とはなるが、決して主流にはなれない政党だ。

 予想通りというか、そうあってほしいと思った山田・中田の両宏氏。もともと、改憲などを指向する政治家を目指す「志士の会」で血判状を交わした仲間だが、国会には入れず杉並とか横浜の首長を踏み台にした。

 民主党には、前原誠司元代表が主宰する「防衛研究会」で集団的自衛権推進などを熱心に主張し、党内で政界再編の台風の目となりそうな長島昭久氏がいる。

 この人もかつて石原伸晃氏の秘書をつとめ、自民党の代議士になりたくて石原氏に相談したものの、空席がなく民主党から出たという前歴(Wikipedia)がある。

 つまり、政党などどうでもいい。要は極右の国会議員として活躍したいのだ。石原新党は格好の受け皿だから、そこに結集すればいい。田母神俊雄氏も大前研一氏もどうぞ、だろう。

  そこで、じっくり選挙民に持論を展開し、その判断を仰いでいずれは泡沫政党への道をたどってほしいものだ。

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2014年6月 4日 (水)

戦争無知族横行

 政府は戦闘地域の医療・輸送支援などを解禁し、武器・弾薬の補給は一体化に当たるために行わないと想定。特に人道色の強い医療支援を強調し、公明党の理解を得たい考えだ。(6/4毎日新聞記事より)

 殺し合いに人道的もへったくれもない。相手が楽になり強くなればそれだけ自分達が殺される率が高くなる。「限定的」だとか「グレーゾーン」、4条件がどうの原則がどうの、そんなことを言っている暇はない。近代戦は皆殺しが原則。政治家は、武士道や騎士道が通用するとでも思っているのだろうか。

 あの負けた戦争でも、アメリカは大きな赤十字マークのついた病院船を撃沈した。兵員輸送はもとより、武器・弾薬も積まれていると解釈するのが戦争の常識だ。もし見逃したら軍事裁判だってあり得る。

  与党協議も国会論争も、塾頭はばかばかしくて聞いていられない。

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2014年6月 3日 (火)

森林&畑

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2014年6月 2日 (月)

積極的平和主義の歌

 「積極的平和主義」、この抽象的な正体不明な言葉は一体何なのだろう。毎日新聞の社論は集団的自衛権解釈変更に反対だが、投書欄では公正に賛否両論が載る。「塾」を名乗るからには、両論をよく勉強しなければならない。

 今朝載った集団的自衛権賛成論では、「アジアのリーダー国家としての信頼失墜」させてはならないし、「国民生活を守り、世界平和に貢献する」上でも必要という結論だった。塾頭は、何かどっかで聞いたような気がするなあ、という感じを持った。

 ありました。♪東洋平和の  ためならば 何の命が惜しかろう――。「露営の歌 」といって、昭和12年(1937)年末にでき大変はやった歌だ。それがなんと、その後の8年間で日本人軍民合わせて213万余、戦乱に巻き込まれた中国大陸だけでも1700万の死者が出たとされている。

 そういえばこの歌、♪勝ってくるぞと勇ましく――で始まる1番から歌詞に「死」が入り、2番「命」3番、4番「死」、そして5番も「命」があるなど、まるで人命無視の殺人歌謡ではないか。そもそもアジアのリーダーになろう、などと考え出したのは第一次大戦後である。

 「積極的平和主義」がこの繰り返しではないということを、だれが保障してくれるのだろうか。「露営の歌」は知らない人の方が多いと思う。その歌詞はぜひこちらで↓。
http://www.uta-net.com/song/93695/

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2014年6月 1日 (日)

「国家的犯罪」という言い回し

 拉致問題で交渉が進む中、マスメディアの中で「国家的犯罪」という言い回しが増えている。北朝鮮という国が、中世でも稀に見るような残酷非道な政治手法用いる国であることは、いうまでもない。

 しかし、この言葉を国際良識派と目される有名評論家が使っていることに驚いた。被害者家族が言う分には、その感情をおしはかる上で無理ないものと思う。しかし、そういった発言をし、補償や謝罪をあらためて要求するようでは、解決に水をかけるようなことにことになりかねない。

  朝鮮にとっては、南北ともに独立後70年、南北の朝鮮戦争が起きて65年近くたつ。当塾で何度か触れてきたが、南北ともに建国の基盤を日本との独立戦争においている、ということである。日本人は、先の大戦は連合軍に戦争で負けたと思っていても、朝鮮と戦争していたとは誰も思っていない。

 ところが、北では金日成将軍が白頭山を拠点に抗日パルチザンを率い、日本軍と戦って国土を回復したという神話が、また南では、中国に置いた抗日亡命政権の代表者・李承晩が初代大統領となり、サンフランシスコ講和条約への参加を希望したが米・英などに断られたという経緯がある。

 現在の韓国政権はその系譜をふむものという憲法上の規定がある。日韓両国は、1965年(昭和40年)6月22日に現・朴槿恵大統領の父親・朴正煕大統領と佐藤栄作首相との間で「日韓基本条約」が締結され国交を回復した。

 このように、両国は日本を敵として戦争をした国、ということになってる。だから韓国も戦犯合祀の靖国神社参拝は、反省がなくけしからん、ということになるのだ。一方北朝鮮は、金日成が日本を敵にして戦ったあと、今度は、韓国・アメリカそして日本が敵国となり、朝鮮戦争に突入したということになっている。

 米兵の多くは、日本の基地から出撃し、日本は、多大な軍需品を後方支援として米軍に供給したため好況に沸いた。なお、元山港の水雷処理のためアメリカの要請を受けて海上保安庁掃海艇が出陣し、触雷のため1名の戦死者がでていることも歴史の影に隠れている。

 このように、日本は米・韓同様同国との戦争がまだ続いていると見なせる状態にあるのだ。金正恩の体験にはないが、拉致が盛んだったころは朝鮮戦争の熱い戦争は停戦中でも、お互いの内部攪乱のためには何をやってもよかったという時代だ。

 工作員の潜入、工作に使える要人や市民の拉致は、北の方が多いにしろ、戦争の継続で韓国にとって「犯罪国家」という認識はあまりなかったものと思う。これに反し、日本は敵とは思っても見なかった北からの工作を受けた。このため、韓国内では拉致の人数が日本の比ではないが、拉致問題として取り立てられる度合いは少ない。

 かといって、日本人拉致が合法化されるいわれは一切ない。しかし、一度は現場のやり過ぎとして金正日が謝罪したことを、頭ごなしに「犯罪国家」と決めつける態度は、決して利口なやり方ではない。外交当局はその程度のことは分かっているとは思うが、塾頭にとっては余計な懸念である。

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