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2014年5月21日 (水)

美しい日本、敦盛と直実

 平家物語巻九にある平敦盛と熊谷直実の「敦盛最後」のくだり、日本人なら知っている「美しい日本」がここにある。

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 平氏の陣は、源氏の鵯越の奇襲で総崩れになった。これを追う熊谷次郎直実、波打ち際で船に近づく乗馬姿に着飾った将軍の姿を見た。「敵に後ろを見せずお戻りなさい」と叫ぶ。

 公達であっても名門武士の出、武士道に反し名をけがすわけにはいかない。戻ってきたところを組み伏せられ、直実はまさに首を刺そうとした。見ると年の頃16、7の我が子・小次郎と同年代、「容顔まことに美麗なり」の貴公子である。

 我が子であれば軽い傷でさえつらく思う。この殿の父親が討ち取られたと聞いてどんなに嘆くかを想像し、助けようとした。双方はここで名乗り合う。敦盛は「早く首を取り手柄にせよ」と潔い。

 しかし、源氏勢は早くも近くへ寄ってきた。いずれは殺される。直実は涙とともに決断をした。

「あわれ、弓矢取る身ほど、口惜しかりけるものはなし。武芸の家に生まれずは、何とてかかる憂き目をば見るべき。情けなうも、うちたてまつるものかな」

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 日本一暑いという新記録で有名になった埼玉県熊谷市は、去年四国四万十市にその地位を奪われた。直実は、代々関東武士の名門を育てたこの本拠を捨て、仏道に入って死者を弔う余生を送った。

 最近は、敦盛や直実とま反対の人が「美しい日本」を言う。

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