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2014年4月

2014年4月30日 (水)

韓国船没事件報道に思う

 韓国・ 珍島で沈没した旅客船「セウォル号」の事故から2週間たった。韓国のみならず世界を震撼させる大事故である。国内の民間TVによるショウ番組は、依然として毎日多くの時間を費やし、報道を続けている。発生の原因や救助の模様はもとより、韓国の政治や安全対策、船会社そしてバックにいる宗教団体などにまで及ぶ。

 安倍内閣の露骨な人事介入が取沙汰されたNHKは、このところ国際ニュースや政治の動静に関する報道がなんとなく薄味になり、本来は地方局別に報道されるようなローカルニュースが目立つようになってつまらなくなった。

 民放の報道ぶりがいいとは、かならずしも言い切れないが、絵入り、図入り、解説入りの親しみやすさは、民放の方に軍配があがる。NHKは、公平・中立に意識過剰なせいか報道が委縮し、娯楽番組だけは民法の低俗ぶりと同化してしまって区別がつかない。

 そればかりか、「これCMかな?」と思えるようなカットを多用、番組との境目をあいまいにする手法まで似せてしまった。そんなNHKに受信料を払う義務がどうしてあるのか、理解に苦しむ人が、今後ますます増えるだろう。

 ただ、韓国船沈没事故報道に関連しては民放にも注文がある。あるゲストが、事故原因、安全確認、責任回避と追及の激しさなどを、王朝時代から続く特異な民族性によるもの、としたり顔で解説していたことである。

 言論の自由はあくまでも保障されなくてはならないが、報道番組で言う事柄ではない。まず、犠牲者に哀悼の意を表し、事故再発にどう歯止めをかけるかが先ではないか。隣人の不幸に、性格がどうのなどと言うのは、不遜であり不適切である。

 どうかすると、最近は下火になったヘイトスピーチと同類とみなされても仕方ない。生放送で言ってしまったのなら、あとであっても局で陳謝すべきことがらだ。

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2014年4月29日 (火)

この総理にしてこの文科大臣あり

 「侵略に定義はないという安倍流」、前回はこれを書いた。その中に「村山談話は、戦後50周年記念式典に際して、内閣総理大臣の村山富市が、閣議決定に基づき発表した声明である」と説明した。

 ところがなんと、安倍総理教育改革の右腕(右は右翼の意)・下村文科大臣が、村山談話は閣議決定していないと国会で答弁していたのである。うかつにも、塾頭はこのことを知らなかった。

 これを報道したのは、朝日新聞だけらしく、知ったのは昨日「週刊金曜日」989号を本屋で立ち読みした時である。そのつもりはなかったが「それは大変」とばかり買ってきてしまった。知らない人も少なくないとと思うので早速引用しておく。

 驚きの発言が飛び出したのは、3月26日の衆議院文部科学委員会。今年1月に改訂された教科書検定基準で「閣議決定その他の方法により示された政府の統一的な見解」がある場合には、それに基づいて記述する、とされたことに関し、下村博文文部科学大臣は、共産党の宮本岳志議員の質問に対し、村山談話は閣議決定されたものでなく、「政府の統一的な見解」には当たらないと答弁した。同議員の再度の問いに対しても「私は事実関係を申し上げているわけでありまして、閣議決定されていないということは、これは事実であります」と断言した。

 塾頭は、同談話が自民党閣僚も加わった閣議決定だったことは常識だと思っていたし、前回記事の参照に用いた2005年発行の本も、そのことを明記している。まさに驚天動地発言だ。果せるかな、4月4日に文科政務官が下村答弁に事実誤認があったと申し出て陳謝した。

 続く9日の同委員会で、この件を追及され、事務方から上がってきたペーパをそのまま読んだ「うっかりミス」と弁明した。それにしては前回2度も確信に満ちた断定答弁をしている。読み違いやプリントミスの類ではない。

 それに事務方といえば、同省のエリート官僚で複数のチェックも受けているはずなのにどうしてこんな単純ミスを犯すのか。何か史実を変え、既成事実を作ろうとして故意が働いたのではないかとさえ思いたくなる。

 さすがにこの間の不自然さが黙視されていいはずがない。辻本清美議員が18日付で質問主意書を政府に提出した。その答えが同議員のHPにでている。そこで彼女は「答弁がわかりづらいので、整理して掲載します。」とことわりを入れているが、それでもわかりにくい。

 菅・野田首相時代なら何度も首が飛ぶような発言だ。安倍首相のお友達なら何を言っても言いどく、どうかすると勲章になる。教科書検定のおおもとが、この程度の歴史認識なのか、戦争を知り、戦後を作ってきた先輩への侮辱なのか、旧聞であっても黙視できない。

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2014年4月27日 (日)

侵略に定義はないという安倍流

 安倍首相はなんでそんなことをいうのだろう。実は「侵略戦争」否定は歴代内閣が受け継いできた発想で、安倍首相に始まったわけではなく、一般の人には通用しない論理である

 1993年8月23日、細川護煕首相は就任後最初の所信表明演説の中で、「過去の我が国の侵略行為や植民地支配などが多くの人々に耐え難い苦しみと悲しみをもたらしたことに、改めて深い反省とおわびの気持ちを申し述べる」と発言した。

 その12日前の記者会見では「侵略戦争」という言葉を使っているのに、以後封印しているのは、連立を組んだ右派議員の多い新生党や日本新党に入ってきた右派議員からクレームによるものらしい。その後を継いだ羽田首相は、共産党の志位議員から侵略戦争と侵略行為の違いを問い詰められ、答えに窮して最後は次のように述べた。

 「私は、あなたのような学問をされる、あるいはそういう追及をする型の人間じゃありません……。ですから、そうやって一つずつ詰められれば、何というのですか、いろいろな問題があるかもしれません」 。(吉田裕『日本人の戦争観』より)

 神学論争にもならない低次元の「侵略戦争はなかった論」である。その発想はどこからくるのか。現在は、細川政権当時と比較にならならないほど中国・韓国の反日批判が激化している。塾頭がそれ以上に憂慮するのは、日本のネット世論が歴史修正主義に翻弄され、史実を逆転しかねない勢いを得ていることである。

 その点、中国では強硬姿勢が軍の一部と党宣伝部や外交当局による突出が目立つ反面、トラブルメーカー石原元都知事から、孫文の著書がある舛添都知事の時代に代わったことにより、北京市が中心になった歓待をするなど、一般市民も含め多様さが見られるようになった。

 中・韓のイメージ悪化の原因として、日本国内における政治的・社会的要因を上げることができるが、尖閣領有権問題や、従軍慰安婦問題に対する両国の執拗な日本攻撃が、日本国民の反感を買っているのは間違いないだろう。つまり、両国が日本の右傾化に加担しているということである。

 話が横道にそれたが、話を「侵略戦争」に戻そう。村山談話では「わが国は、遠くない過去の一時期、国策を誤り、戦争への道を歩んで国民を存亡の危機に陥れ、植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました」と表現している。

 村山談話は、戦後50周年記念式典に際して、内閣総理大臣の村山富市が、閣議決定に基づき発表した声明である。ここに、植民地支配と侵略という文言がでてくるが、これは歴史を論じたものでも解説したものでもない。当時を生きてきた者が証言する史実そのものである。

 それを修正主義者たちは、国策を誤ったものではない、経済封鎖を受け自衛上やむを得ず開戦せざるを得なくされたといい、アジアの植民地を開放するための戦いであったとする。このふたつは矛盾するだけでなく、史実に反する全くのウソである。

 また、侵略・植民地化は欧米帝国主義各国が競って行ってきたのを、日本にだけ謝れというのはおかしい、という。これも前段の話と矛盾するが、第一次大戦後、世界はパリ条約や不戦条約、国際連盟結成などで戦争に対する反省期に入るが、帝国主義的拡張政策におくれをとった日本だけが逆方向へ突っ走ったことへの反省がない。

 それにもまして、「戦後レジームの脱却」と称して、敗戦の史実を覆い隠し、中にはアジアを開放したから勝ったんだというバカもいる。そして、戦後の国民の民主化闘争や平和運動のすべて占領軍の押しつけでかたずけるという、歴史抹殺行為まであえてする暴論に加担する。

 こういった、発想や虚妄のプロパガンダは、中・韓両国民でなくても我慢ができない。日本国民が多大な犠牲を払って勝ち取った平和と繁栄をなかったことにしようとする。こういった世界のどこにも通用しない考えを、国粋主義、孤立主義、全体主義、軍国主義として、戦後、反省の糧にしてきた。

 これらをもって「自虐史観」という。占領軍が来るとなんでも言いなりになる。言いたいことも言えない。主権回復までじっと我慢する。日本人はそんなに卑屈な民族か。そう考える方がよほど自虐史観である。それでは、右翼が言う自虐史観は全く存在しないかというと、そうとも言い切れない。

 たとえば、尖閣諸島は帝国主義日本が策を弄して清から掠め取ったもので、いまや中国人民にこれを返却すべきだ、などと主張する日本人学者がいたことなどである。また、千島は全島日本が合法的に占有していた領土なのに、ソ連が侵略してこれを奪ったことを指摘するのは、共産党だけで安倍政権ですら「北方四島」だけしか言わないのは、どうしたことか。

 やれやれ、やっと本題の「侵略」にたどりつけた(笑)。安倍首相が「侵略に定義はない」というのは国連決議の批准が進んでいないという点で間違いないのである。というのは、アメリカが南ベトナムと、ソ連がアフガンの共産党政権との間にあった「集団的自衛権」を口実にそれぞれ他国に軍隊を入れて戦争状態にしたのは「侵略」行為ではないのか。また、国連決議のないまま、ニセ情報でイラクに攻め入ったのはどうか、という問題がある。

 したがって、常任理事国自体に疑念がある行為が、国連を通らないというのは当たり前で、侵略戦争と言われたくないための予防線がはってあるのである。そんな屁理屈は官僚どもにまかせておけばいい。

 よその家や敷地に入り込み、家人から「ドロボー」といわれれば「ドロボー」で、「出て行ってくれ」といわれてそのまま居座ったら不法侵入であり、侵略なのだ。修正主義者はいうだろう。主人に断って入ったから合法だと。

 しかし主人が変わったり、他の家人から言い立てられればやはり侵略だ。だから、どんな武器を持っていたにしろ他人の家に入り込まなければいいのだ。そうすれば戦争は起きないし、侵略国とも言われない。憲法9条2項の「国の交戦権はこれを認めない」というのはそういうことなのだ。

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2014年4月23日 (水)

歌麿「深川の雪」を見て

 見て……といっても、現物はまだ見ていない。4/22日のTVによる紹介・解説番組を見ただけである。この絵があることは、モノクロ写真の存在でわかっていたがこの度実物が国内で発見された。縦199cm×横341cmという肉筆大作で、深川遊郭に降る雪の日の遊女など、27名の姿がえがかれている。

Dscf4211  三部作で、他の「吉原の花」「品川の月」はアメリカに渡り、現在、それぞれ別の美術館に保管されている。右の写真はカタログの表紙でそのほんの一部だか、ジャンケン遊びをしている数人をはじめ、明るく生き生きとした表情は楽しそうで、その場に引き込まれそうな迫力がある(画面を2度クリックしてみてください)。

 同時に、歌麿の芸術に対する執念と、題材となった女性の健康な美が余すとこなく伝わってくる。遊女・芸者、踊り子言い方はいろいろあるが、幕府公認の吉原の花魁より格下とされる売春施設の女性には変わりなかった。

 深川芸者は、戦後の売春禁止法以降姿を消していったが、「かっぽれ踊り」など芸事の伝統をしばらくは持ち続けた。話は変るが、文豪・永井荷風も浅草のストリップ小屋に通い「踊子」を書いた。また、格下である向島の売春宿をえがく「墨東奇談」という作品もある。

 これらは、歌麿の絵につながる日本の文化の一端を示したものである。もちろん日本にも「身を投ずる」とか「賤業」という言葉があるように、売春がほめられた職業ではないとされていたことは、いうまでもない。

 しかし、人としてのプライドを高めるため教養を身につけ、芸事に専念し、明るくふるまう姿を、彼女らの境遇を知る歌麿や荷風は、安倍首相ではないが「尊崇の念」をもって見ていたのではないだろうか。

 女性蔑視とか、差別とか、性奴隷とは全く逆の理念である。朝鮮にもキーセンという独特な文化があった。だからといって従軍慰安婦問題と結びつけるつもりはない。なぜならば、戦争末期の軍部の狂気や、不法が当たり前の最前線ては何が起こったか分からないからである。

 西欧の一部から見ればどう映るかわからないが、日本国内では募集、衛生に関する規制、廃業の自由など、人権に配慮した法律があり、人種差別は強くいましめられていたことを知っている。従軍慰安婦問題があったとすれば、南京事件同様国法にそむく戦争犯罪といっていいだろう。

 ただ、今さら日本文化を言って見ても、海外はもとより国内ですら通用せず、いいわけのように思われるから、日本男性としてくやしいが「河野談話で止めておきましょう」ということだ。

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2014年4月22日 (火)

不粋な安倍首相

 不粋は、いうまでもなく粋(すい=いき)の反対をいう。『模範国語辞典』によると、風流でないこと、人情に通ぜぬこと、とある。江戸から明治・大正の頃までの「美しい日本」には、歌舞伎の世界でいうような粋が立派に存在し通用していた。そして、不粋は世間から嫌われ、常に敬遠される存在だった。

 
 明日(23日)、オバマ大統領が来日する。国賓として迎えるというが、ミシェル夫人は同行せず、迎賓館での宿泊もせず、国会演説なしだ。そのかわりというか、靖国参拝にあてつけるように、明治神宮行きが企画されているという。

 ウクライナの緊張は続いており、日・中・韓・北朝鮮もバラバラ、オバマのアジア歴訪に合わせて、北の核実験も取沙汰されている。多事多難なオバマは、この時期に漫遊気分になれるはずがない。なにか、韓国と差をつけるためのような感じのする国賓扱いは、はっきりいって迷惑そのものなのだろう。

 安倍が、それを忖度できないか、わかっていても押し付けようとする態度は、「不粋」そのものである。安倍が主権回復の日として、天皇に出席を求め、万歳で送り出すなども同様で、不粋は今に始まったことではないが、国民にとってうっとうしい限りであり、国益にもならない。

 TPPもだめ、沖縄・普天間基地辺野古移転や集団的自衛権も行きづまり。「戦後レジューム」否定により、東北アジア友好も改善の見通しがつかないというのも、一に首相の不粋のせいではないか。

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2014年4月21日 (月)

アイ・アム・デジ゜タル難民

 インド中部はジャングルや農村地区が多く、最近経済成長が高まっているとはいえ、先住民族「ゴンド族」が住むインドにの中で取り残された最も貧しい地方に入る。ここは英語はもとより公用語のヒンディー語すら話せない人が多い。

 この地域のインターネット普及率は7%とされているが安く手に入る旧式の携帯電話が普及しており、役人の賄賂要求や警察の不正は情報として直ちに発信される。

 こういった情報が、NGOによりパソコンでとりまとめられ、独特なメディアとして存在感を高めている(http://cgnetswara.org/)。ここは、過激派武装勢力毛派が勢力を持つところで、貧しさに由来する情報格差を克服できないでいた。こういったメディアの民主化は、生活環境改善にも役立っているという。(4/12毎日新聞東京)

 このような特殊の地域の情報格差の解消が平和構築にいかに役立つか。当塾では、4/17にアフリカ・ルワンダとクリミアの例をあげた。
http://hansenjuku.cocolog-nifty.com/blog/2014/04/post-5fdf.html

 とかく、権力による情報操作が噂される日本など情報大国のメディアが優れているなどとは、とても言えないが、情報機器やシステム技術の発展は、これまでの世界のありように目に見えないような変化をもたらしているようだ。

 ここまで、世界情報。ひるがえって日本の現状はどうか。「デジタル難民」という表現もある。後期高齢者はほとんど難民といっていい。30年前にはパソコンに取り組んでいた塾頭も立派にその資格ありだ。

 スマホ?タブレット?触ったこともないし、その区別もわからない。本ブログのアクセス解説によると、iOS、Android、ケータイで約35%ほどを占める。塾頭はそのいずれも使ったことがないし知識もない。

 それどころか、デジカメ、ホテルのカード空港の自動チェックインなどまだ使いこなせていない。買い替えたテレビやテッキもそうだし、ドアフォンでさえちょっと異常が生じるともうお手上げだ。そこへ格安スマホ登場だとか、異業種参入とかやらで、NTTなどの回線囲い込み競争が激しくなり、わけのわからない売り込み電話が増えるのではないかと憂鬱だ。

 駅の公衆電話まで行って、クルックルッと手ごたえのあるハンドルを回す。受話器を耳にあてると女性の交換手がでてくる。「モシモシ、○○の何番お願いします」「少々お待ちください」「どうぞお話し下さい」。そんな時代もよかったな、と思う塾頭である。

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2014年4月18日 (金)

アメリカの鷹と鳩

 緊迫するウクライナ情勢を巡り、アメリカ、ロシア、EU、それにウクライナの外相級による協議がジュネーブで行われ、ウクライナのすべての武装集団を武装解除し、違法に占拠している建物などから直ちに退去させることを求める共同声明で合意した。

 また、措置が実行されているか確認するため、OSCE=ヨーロッパ安全保障協力機構の監視団を派遣することになっている。 この合意について、NHKニュースによると会議参加者の評価は次のとおりである。

アメリカ・ケリー国務長官
 「すべての参加者が建設的な協議をする姿勢を見せてくれた」と評価しながらも、「今後、数日間で事態が進展しなければ、アメリカはロシアに新たな制裁を科すことになるだろう」と述べて、ロシア側に対して武装解除などの措置を直ちに取るよう、けん制しました。

ウクライナの暫定政権・デシツァ外相
「今後は、合意を実行に移すためにすべての参加者による誠実な努力が必要であり、これから数日間が非常に重要だと考えている。今回の協議では、アメリカとEUがウクライナの主権と領土の一体性のために強力に支援してくれたことに感謝したい」

EU・アシュトン上級代表
「ウクライナの緊張緩和を実現するための具体的な措置について率直な話し合いができた。EUとしては、今後もウクライナの安定のために経済的、政治的な支援を続けて行きたい」

ロシア・ラブロフ外相
 ウクライナ憲法の改正について意見が交わされたことを明らかにした上で「ウクライナ東部と南部の人たちが新しい憲法に望むことは地方分権の推進で、行政府のトップや議会の議員をみずから選ぶ権利が保障されることだ」と述べ、ロシア系住民が多い地域の自治権の拡大を訴えました。
さらに、「憲法改正が行われることは間違いない。これはウクライナの暫定政権に影響力があるアメリカが約束したからだ」と述べ、アメリカがウクライナの暫定政権に対し、憲法改正に向けて働きかけを強めるよう求めました。

オバマ大統領
 これは、オバマ大統領が17日、日本時間の18日朝早くホワイトハウスで行った記者会見の中で述べました。
この中でオバマ大統領は「ロシアが今後数日以内に合意を履行することを望む。しかし、これまでの例を見ると期待することはできないと思う」と述べ、ロシアが合意を守るかどうかは疑わしいという見方を示しました。
そのうえで「われわれはロシアによるウクライナの東部などへの干渉が続いた場合に次に何をするのか準備しなければならない」と述べ、ドイツのメルケル首相やイギリスのキャメロン首相といったヨーロッパ諸国の指導者と電話で会談して、今後の対応を協議するとともに、ロシアが合意を履行しない場合の追加の制裁を検討する考えを示しました。

 以上の報道が正確だとすると、参加各国の中でアメリカの突出した「タカ派」ぶりが目立つと同時に、やや取ってつけたような言い回しも気になる。シリアについても同様で、一見、旧ソ連を意識した冷戦思考のようなところもある。

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 日本でいえば、外務省と防衛省の差ということになる。日本では韓国・北朝鮮・ロシア・中国にとってタカ派である安倍首相の最近の柔軟姿勢が、岸田外務大臣の意向に沿ったものかどうかは疑問だが、アメリカの場合はハト派のオバマ大統領が国務省の線で動いているように見える。

 中国・韓国・北朝鮮の対外強硬路線は、多分に国内向け宣伝の一環と解説されることが多いが中国・北朝鮮の場合は軍部の意向も無視できない。アメリカは、国内向け宣伝もさることながら、NATOにおける外交上の地位低下という事態に我慢できない、ということがあるのだろう。

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2014年4月16日 (水)

鳥インフルエンザ

ニワトリ11万羽余、殺処分。

鳥に責任はありません。

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2014年4月15日 (火)

『自発的隷従論』

 前回の記事「集団的自衛権の茶番」は、集団的自衛権解釈変更の理論的根拠が破たんしているにもかかわらず、数の力で強引に押し通そうとする安倍内閣のことを書いた。そして、その結語は次のようにした。

  秘密保護法と同じで、それでも強引に国会を通してしまおうというのが、実は怖いのだ。そうなっても、執拗に矛盾点を指摘し続け安倍自民党の野望を砕く任務が自由と平和を願う国民にはある。本塾もそれでいく。

 現在発売中の『世界』5月号に、”「戦後レジーム脱却」戦後史にゆがみをもたらす乱視鏡”と題する立大教授・西谷修氏と東大教授の小森陽一氏の対談がある。そこに”希望は「自発的隷従」を拒否することから”という項目があり、西谷が監修したエティランヌ・ド・ラ・ボエシの論文『自発的隷従論』の一節が紹介されている。

 内容は、まさに前述した拙稿の結論に類似しており、取り急ぎ孫引きの禁をいとわずに引用させていただく。

 もう隷属はしないと決意せよ。するとあなたがたは自由の身だ。敵を突き飛ばせとか、振り落せと言いたいのではない。ただこれ以上支えずにおけばよい。.そうすればそいつがいまに、土台を奪われた巨像のごとく、自らの重みによって崩落し、破滅するのが見られるだろう。

 西谷は続けてこう解説する。

 一人の独裁者の周りには、その思いを「忖度する」ことで権力のおこぼれに与る者たちがいる。そういう連中は、「権力は怖いぞ」と下にいる人たちを脅すことで自らの地位を守ると同時に権力を強化する。そしてそんな追随者の連鎖の底辺には、抑圧収奪されるばかりの人たちがいる。けれども、秩序の頂点にいる親分を「一人の無力な者」と考えた途端に、その秩序は崩れる。そうエティランヌ・ド・ラ・ボエシは喝破しました。

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2014年4月14日 (月)

集団的自衛権、今や茶番劇

 日頃、ネットウヨの機関紙ではないかと思えるほど、中国、韓国、北朝鮮に関する記事が多く、タカ派論理で安倍内閣を支えている「産経ニュース」だが、小野寺防衛相と米国のヘーゲル国防長官が、6日に会談したことに関連し、核抑止力について次のように論考している。

 日本政府は作らず、持たず、持ち込ませずの非核三原則の下で、独自の核武装をせず、核抑止力に関しては米国の核の傘に依存する政策をとっている。日本が中国や北朝鮮から核攻撃を受けた場合、独自に核報復する力はない。その代わりに米国が核報復を行うということだ。

 この政策は米国が、必ず核報復に踏み切るということを大前提としている。だが、その核の傘の信頼性が確かなものだと実証する手立ては残念ながらない。日本政府が、政府高官レベルの会談で、米国から対日防衛の明言を引き出そうとするのも、その信頼性を内外に示そうという狙いがあるといっていい。だが、米国が核戦力を含む圧倒的な軍事力を保持していた時代は去った。こうしたなか、中国の核戦力増強と北朝鮮の核開発で、米国の核の傘は信頼性が揺らいでいるのではないか、という指摘がされてきた。

 本塾は、かねてからこのアメリカの考えを指摘し、安保信奉者に警告し続けてきた。また、本塾の来訪者の中にも、日本核武装論者がいるが、アメリカは核の傘どころか、世界の大多数の国とともにこれに反対するだろう。

 また、我が国も重い腰をあげて、核廃絶にむけた動きを公式に始めたばかりだ。産経の記事も、こういった背景を意識せざるを得なくなったということだろう。また、在日米海兵隊も、かつて活躍したような大陸上陸作戦のような任務を負っておらず、定員削減計画もあることから、抑止力に位置する存在ではないといってきた。産経には、次のような記事もある。

 2014年4月12日、米軍機関紙・星条旗新聞によると、在沖縄米軍海兵隊のウィスラー第3海兵遠征軍司令官は11日、ワシントン市内で講演し、「もし中国が領有権を主張している沖縄県の尖閣諸島を占拠しても、米軍はこれを奪還する十分な能力を備えている」と語った。英BBC中国語サイトが伝えた。

 ウィスラー司令官は「米軍は空と海からの攻撃で中国軍を撃退することが可能であり、島に上陸する必要はない」と発言。「尖閣諸島は極めて小さな島の集まりであり、兵士を送り込まなくても脅威を除去することができるだろう」と述べた。

 今や、アメリカの力を借りないと日本が守れないというのは、空想といってもいい程だ。アメリカは中国と仲良くしたいと考えていても、戦争したいとは思っていない。日本自身の努力で国を守れなければアメリカだって守れるわけがない。

 もちろん、日米協力して国の安全を図るのは当然だ。そこに集団的自衛権があろうがなかろうが何の影響もない。集団的自衛権解釈をかえれば、アメリカが日本を身内と考え本気で仲良くしてくれるだろうなどと考えている人が、案外多いのかもしれない。

 解釈変更でどういうメリットがあるのか、その説明が一切ない。そんな中で唯一考えられるのは、憲法9条2項変更の地ならしだ。そんなわけで、高村さんが昔の砂川事件最高裁判決を持ち出そうと、石破さんが公海上の米艦援助を持ち出そうと、公明党が指摘するとたちまち屁理屈がばれてしまう。

 秘密保護法と同じで、それでも強引に国会を通してしまおうというのが、実は怖いのだ。そうなっても、執拗に矛盾点を指摘し続け安倍自民党の野望を砕く任務が自由と平和を願う国民にはある。本塾もそれでいく。

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2014年4月12日 (土)

献立・STAP細胞

 小保方(おぼかた)晴子研究ユニットリーダー(30歳)、ただひとりの記者会見に2時間半。ほとんどのTV局が番組の予定を延長して生中継。すごいですねえ。過去にこんなことってあったかしら。

 ブログの世界でも取り上げてないところはないほどにぎわっている。本塾もニュースにはすぐ飛びつく方だが、なかなか手がつけられなかった。 だつて正直よくわからないのだから。オボちゃんてどういう人なんだろう。ここまできてやっとすこし見えてきた。  

  博士で、ノーベル賞が取れるほどの頭が切れる研究者で、若いのに先輩を飛び越えるほどの学者だと思うから分からなくなる。たしかに、あれだけの会見で原稿に頼らず、某知事や政党代表、NHK会長のように失言をする、突っ込まれて取り消すなどの失態もなく、慎重に選んだ言葉は研ぎ澄まされている。そんじょそこらの、世の偉い人以上であることは断言できる。

 ところが、そう思うからいけないので、料理が得意で世界に類のないおいしく立派な料理が作れる若いしっかりしたおねえちゃん、と思えばすべて筋が通る。彼女は論文も料理と同じと考えたのだ。

 でき上がった料理を盛り付けるのに、見た目がきれいになるよういろいろ位置を変えてみる。味は変らないのだから改ざんとか不正はちょっと大げさ。つけあわせるサラダは作ってあったのに、別の料理用のものをうっかりまちがって使ってしまった。途中で気がついて変えたけど、これって悪意とかねつ造になるの?。

 ご本人が割烹着を着て、”コツ”とか”レシピ”といっているのだから現場は「お料理」気分があふれている。メモもちゃんととってあるけど、大勢の前で「隠し味」を公表しろ、といわれても特許で誰かに先願されたり、自身が外されるのは不本意だから、それはちょっとね、というわけ。

 そのおねえちゃんに、『ネーチャー』の論文原稿を作れという仕事までさせたのが、そもそも間違いだったのだ。来週、理研の調査委員会が再調査をするかどうか決めるというが、スタートが間違っていたのだからそんなことを何度やっても無駄になる。

 結局最初からやり直しで、料理のできあがりはいつになるか。それだけがまだわからない。

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2014年4月11日 (金)

同じ記念館でも

 菜の花と芝桜の咲き乱れる和やかな雰囲気に満ちている「郭沫若記念公園」。平日、団体でなくともこの賑わい。

 虐殺記念館や暗殺記念資料館では、こうはいかないでしょう。

Dscf4200 画面クリックで拡大

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2014年4月10日 (木)

「クリミア」が意味するもの

 8日のNHK-BSの番組で、アフリカ・ルワンダのフツ族、ツチ族によるジェノサイド(民族浄化大虐殺)から20年がたち、アフリカの軌跡と言われるような経済復興、安定ぶりが伝えられた。現在では、往時の混乱が想像できないような変貌ぶりで、国連の責任者をつとめていいた緒方貞子さんを交え、経緯をふりかえっていた。

 その中で「どうして同じ地域に住む両族があれほどすさまじい殺し合いをしたのか」という疑問に、対し、「当時の情報伝播がラジオに限られており、それが両族の対立をあおって、殺戮を扇動した」というようなくだりがあった。今はインターネットが普及し、多様化したさまざまな情報が得られるようになっているので、その恐れはないという。

 ここから塾頭の頭をよぎったのは、いまだに緊張激化を続けるウクライナ、そしてクリミアのことである。クリミアの政変について当塾が最初に触れたのは3月19日の「今回はロシアに応援」で、まだ20日あまりしかたっていない。塾頭が表題のような判断を下したのは、現地からもたらされる平穏に行われた住民投票の映像や各国の記者が伝える情報だった。

 ロシア軍の展開はあったにしろ、その圧力が投票に影響したとも思えず、そこで書いたようにロシアの自制ある行動が続くようであれば、現在の安定を優先させ、戦争・内乱の愚をさけるべきだと考えたのである。

 現在、激しく動いているのは、ウクライナ東部国境地帯のロシア系住民の多く住む地帯である。騒ぎを大きくしているのは、議会占拠や独立宣言など、一部のロシア系住民のようだ。アメリカのケリー国務長官などは、ロシアへの経済制裁呼びかけを続ける一方、ロシアの地下組織の動きがある、などと様々な情報戦を仕掛け、ウクライナ暫定政権をけしかけているように見える。

 仮に内乱状態になり、ロシアが動かなければ、クリミアと違って地続きの国境をから難民がロシアに続々と流れ込む。そうすれば、宣伝戦で西側の負けということになり、ロシアは下手に手出ししてやけどを負うようなことはせずにすむだろう。

 現に日本人記者は現地に入ってレポートをしはじめ、国家権力に屈しない伝統を持つBBCなどが公正な情報を流し続ければ、昔と違って住民や他の局外にある多くの国がその無益な対立に気がつくはずだ。

 情報を国家統制のもとにおき、マスコミを露骨にコントロールしようとしている大国は、中国が目立つ以外少なくなってきた。それに対抗しようとする意図なのか、安倍首相がNHK会長人事などで姑息な手を使ったにしても、成功するはずがない。また、そうさせないようにしなければならない。

 ついでに、ウクライナ東部国境地帯などは、クリミアの場合と地政学的に見て全く違うということも付け加えておこう。「クリミア戦争」という言葉で何を思い出すだろうか。従軍した看護婦ナイチンゲールのことは、教科書でも習った。

 ところが、世界史にとって画期的な戦争であり、南下をねらうロシアと西欧やオスマントルコ連合軍の勢力範囲争奪戦という、今回の紛争を思い起こさせるような激闘があったことはあまり知られていない。その際、象徴的な主戦場となったのがクリミアで、黒海を中心に広範囲に及ぶ。

 戦端が開かれた1853年は、日本史にとっても重要な画期を迎える年になる。鎖国の夢が打ち破られ世界の舞台に立たなければならなくなったのだ。ペルーが浦賀にやってくる、またロシアのプチャーチンも長崎で交渉を求めてきたのは、決してクリミア戦争と無関係とはいいきれない。

 クリミア戦争で多くの兵士が悲惨な犠牲者を生んだことで、以後兵士以外で戦場を見守らなくてはならなくなっさたのは、ナイチンゲールなど野戦病院だけではない。優秀で公正な報道を任務とする従軍記者が存在するようになったのだ。

 Dscf4199_2 カット写真は自蔵本できたないが、原著の題名は”The First Casualty”(最初の犠牲者)で、第一次世界大戦に参戦したアメリカのハイラム・ジョンソン上院議員の言葉「戦争が起れば最初の犠牲者は真実である」からとっている。

 その内幕として、クリミア戦争の『ザ・タイムズ』ラッセル特派員がとった行動と、ベトナム戦争の市民虐殺レポートまで各戦争で伏せられていた実態を赤裸々に綴っている。

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2014年4月 7日 (月)

吉か凶か、渡辺辞任

 みんなの党渡辺代表が7日夕刻会見し辞意を表明した。今後は党の一議員として政治にたずさわるという。これで政界の流動性は増すことになるのかどうか。なかなか見通せなくなった。

 まず、党そのものが存在できるのかどうかだが、かなり悲観的だと思う。 同党は渡辺代表の個人商店と言われていたように、店主が降りてしまって看板だけではもつはずはない。

 所属議員はそもそも自民党として立候補したかったところ、席が空いていなかったので党首のネームバリューを頼りに名乗りを上げたような人が多く、心は自民党合流だろう。

 しかし、渡辺党首でパーシャル連合ならともかく、結いと分裂したあとの”みんな”では、すんなり受け入れられるかどうか。もうひとつは日本維新の会との合流だが、これは、喧嘩別れしたばかりの結いの党が積極的にすすめている。

 橋下代表もこの前の大阪市長選の不評判から抜け出すためかなり乗り気になっており、そのためには合同新党の主導権を明け渡してもいいようなことまで言っている。ただ、渡辺代表は辞めました相乗りさせてください、と途中で割り込むことは難しいのではないか。  

 つまり、みんな、維新、結いの中で、抜きんでたカリスマ性のある求心力のある指導者がいなくなるということである。そうすると、不安に駆られた各党員が、改憲に一途な安倍親衛隊に先を競ってなだれ込もうとするようなことが起きないか。

 渡辺代表は、会見で「安倍首相と親縁性のある」などと、党の先行きを示唆するような発言もしている。これで、安倍首相が公明切り捨てを考えるようなことがあれば、お先真っ黒の最悪コースになってしまう。渡辺辞任を喜んでばかりいられない所以である。

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2014年4月 5日 (土)

政界再編の夢

 
 4日の衆議院本会議で行われた原発輸出を可能とする原子力協定承認案は、自公と民主3党の賛成多数で可決された。反対は日本維新の会、みんな、結い、共産、生活、社民の6党である。

 その中で、賛成党の自民には、体調不良を装って退席した秋元真利議員、断固反対の河野太郎氏がいる。民主の方は、菅直人氏のほか篠原孝、辻元清美、福田昭夫の三氏が本会議を欠席。生方幸夫、近藤昭一両氏が採決前に退席反対の意思を示した。

 民主党の副幹事長・生方幸夫氏は、早速次のような声明を公式HPに載せている。
http://www.ubu2.jp/

 (前略)理由は福島第一原発事故の原因は現在に至るまで解明していない。いまだに15万人もの福島県人が避難を強いられているなど、日本国内でコントロールできていないものを海外に輸出することは無責任で、とても賛成できない。原子力に頼らない社会を作るというのは、そういう生き方をするという意味も込めて、単なる政策の問題ではなく、思想信条かかわる問題だ。民主党のこれまでの政策との整合性を問題にする人も入るが、民主党の過去の政策が全て正しかったのであれば、政権を失うことはなかった。見直すべき政策はきちっと見直さなければならない。再稼働に反対し、民主党を支持している人たちに対して、民主党内でもきちんと反対する人間がいるということを示さなければいけないと考えた。(後略)

 以上に上げた、各議員のほか、参院議員も含めて6~70人を擁する「原発ゼロの会」が存在する。生方氏の意見は、国民の良心を率直に示すものである。当塾をはじめ国民の多数は、こういった良心(コモンセンス)を具現する経験交替可能なリベラル勢力の結集を心底願っている。が、現状はその機運すら感じられない。

 それを成功させるタイミングは、慎重に考える必要がある。しかし、「果たせぬ夢」をそのまま終わらせていいわけがない。細川・小泉元首相の都知事選をてこにした仕掛けはあえなく失敗したが、秘密保護法、解釈改憲、あるいは近隣外交の破たんなど、戦前を思わせるような、危険極まりない流れの軌道修正をはかる政治勢力は、いつ出現するのだろう。

 その時期は、すくなくとも来年4月の統一地方選の前であることを期待する。今回の国会の動きはそういった政界再編の第一歩と考えたいものだ。

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2014年4月 3日 (木)

一億総幼稚化

 いろいろな調査に「年代別」という分類項目がある。本ブログのアクセス分析にもあるが、10歳刻みで40台まであり、それ以上は50台以上でひとまとめにされる。人口からすると圧倒的多数になるのに不公平ではないか。

 NHKの放送用語に関する意見聴取についてもその区分は同じである。70、80台は無視してもいいと言っているようで、「その年代は不要なのか」とひがみっぽくもなる。なぜこんな書き出しにしたかというと、最近、政治家にしろ学者にしろ超一流であるはずの人の発想・発言・表現の幼稚さが目立つからである。一昔前ならば、誰が聞いてもわかりそうな逃げ口上を人前にさらすようなことはあり得なかった。

 総理としては、森さんの「神の国発言」が有名だが、小泉さんのは「どこが戦闘区域など知るわけがない」など、まだギャグとかレトリックという受け止め方もできなくはなかった。幼稚というか無教養というか目に余るようになったのは、第一次安倍・麻生首相の頃からではないか。

 古賀誠・宏池会名誉会長が、集団的自衛権の行使容認にまい進する安倍首相を「自分が首相で権力者だから自分で決めるというのは愚かなお坊ちゃん的な考え方」とこき下ろしたと報じられたのは先月末である。当塾が「僕ちゃん、偉いんだ」と題した記事を書いたのは2月16日だった。

 総理以外でも続出だ。猪瀬前都知事、「政治は素人なので」「選挙を前に生活に不安があったので」。理化学研究所の小保方晴子研究ユニットリーダー、「データをきれいに見えるよう加工、悪意はない」←お化粧とは違う。最近では、みんなの党の渡辺代表だ。

 「大きめの熊手を買いました」もさることながら、「党勢拡大のために個人として借りたもので、違法性は無い」とし、DHCの吉田会長が明らかにしたメールについて「たとえ本物だとしても法律違反は無い」と反論。

 塾頭はこのメールは偽物だと思う。なぜならば、塾頭がTVで見たメールの現物という映像には、たしか「5憶円」と書いてあった。億ではなく、憶測の憶、記憶違いの憶である。金融担当特命大臣をつとめ、政党代表になるほどの人である。

 その人が億のつく金を借りるのに、文面をたしかめることもなくずさんなメールを送るはずがないではないか。もしかして江田 憲司一派の陰謀か。それもないだろう。それならもっと本物らしく装うはずだから。

 いずれにしてもこれから先、”一億総幼稚化現象”だけは見たくない塾頭である。

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2014年4月 2日 (水)

自虐史観

前回記事のコメントより

ミスター珍 さま こんにちは。
 どこからどうお答えしたらいいのかわかりませんので、断片的に感想を述べます。まず「自虐史観」ですが、そういったものが存在することに異論ありません。それは、数十年前まで左翼の理論的指導者だった羽仁五郎や井上進などの学者の中にありました。

 全部の著作を読んだわけではありませんが、階級闘争史観優先を徹底する目的で史料を無視したり、曲解することを平気でしてていたからです。学者にはそういったことがありがちですが、マルクス主義者なら科学的であるべきところ、時流に乗って恥じるところがありませんでした。

 その典型を井上教授の尖閣問題の論文で指摘し、当塾が非難したことは御存知だと思います。同時に安倍首相などによる「戦後標準となった東京裁判史観ひっくりかえす」ことですか、これも、それに劣らぬ自虐史観ですね。

 よく「東京裁判は事後法だから国際法に反している」などと言います。国際法は主に成文法ではなく慣習法から成り立ちます。連合国で東京裁判をやると決め、日本がこれを受けると決めればこの時点で立派な国際法になります。

 「勝者が敗者を裁くのだから不公平だ。けしからん」とも主張します。あたりまえでしょう「勝てば官軍」。どんな法律でも強者が提示し、どんな裁判でも強者が裁きます。「日本は負けていない」と主張する偏屈ものもいますが、どうして史実を否定し、世界の笑いものになることも辞さない自虐趣味があるのでしょう。

 また、B、C級戦犯に対しては「上官の命に従っただけなのに」という同情の声はありましたが、A級戦犯の「ディス・バイ・ハンギング」という判決に、「時代の区切りがついた」という感慨を持ちました。国民がくやしなみだに暮れ、言いたいことも言えず抗議もできず駐留軍の銃剣の前にこれをだまって受け入れたということはありません。

 それほど、日本人は卑屈で腰抜けではありません。そういった解釈ををすることを「自虐史観」というのではないでしょうか。ひとつはっきりしていることは、日本は負けてない史観や正しかった史観で軍備を拡張し、あるいは核武装し中国・朝鮮連合軍と戦った場合、勝てる見込みはないということです。

 日本が勝つ方法はあります。聞きたくないでしょうから言いませんが「歴史を科学的に判断することと、偏屈な自虐史観を捨てること」と言っておきましょう。これは、歴史の証人である塾頭が保証します。

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