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2014年3月 8日 (土)

士農工商穢多非人

 タイトルで書いたようなことは、学校で教えるのだろうか。最後のエタ、ヒニンは漢字転換ででてこなかったので、今でも多分タブーなのだろう。新憲法で人権意識が定着した今、改めてこのことをきちんと教えてもいいのではないか。

 最近、関西で「部落」というと朝鮮人居住区をいうようだが、もとは違う。穢多は動物の屠殺(とさつ)や関連の職業にたずさわる人、非人は犯罪者として社会から排斥された人を第5の階層として差別、そういった人々の住む部落を指したものだ。

 塾頭の親の時代、すくなくとも祖父母の時代には、子供が好きあって結婚したいと打ち明けると「相手は士族かね、平民かね」と問題にする人が多かった。「平民」とは「士」以外を指す。塾頭もある戸籍謄本に「士族」と書いてあるのを見たことがある。

 話は変るが、安倍首相が「国のために尊い命を捧げた人に尊崇の念」で靖国に参拝するそうだが、明治維新、徴兵令が敷かれるまでは戦争に参加するのは武士だけで、国民の大多数である平民は無関係だった。

 その武士も、国ではなく藩の殿さまのため命をささげ、靖国に祀られない代わり、子子孫孫までその身分や録を保障された。維新後、平民の身分はそのまま、兵役の義務だけ余分なものが付け加えられたので、死んだら靖国へといわれても、とても合わない。

 その不満が大爆発したのは日清、日露戦争後で、平民から多くの戦死者を出したことによると思う。国民として四民平等なはずだ、どこが違うという思いだ。平民新聞が発刊され、日比谷焼打ち事件が起き、コメ騒動が起き、軍の工廠はもとより、娼妓の組合までストライキがはやった。

 これらが、つかの間の大正デモクラシーのあだ花を咲かせたのだろう。おじい様(岸信介氏)より前の時代にまで思いを馳せることのできない首相に、戦中戦後の「歴史認識」を言っても無理なのではないか。

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