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2014年1月 2日 (木)

「戦争責任」はいつから①

 2014年最初の反戦塾のテーマは、大変荷が重いものになりそうです。そうです。ちどり さまの去年最後にいただいたコメントの宿題を果すことなんです。それに、本文でレスする方法はやや公正を欠く気がしますが、本文の編集に参加してもらうという方法では、本旨からはずれるおそれもあり、このままの形で進めます。

 大みそかのちどり さまの書き出しは「毎度のことながら論点がずれてしまいますね」でした。塾頭は、そうずれていないどころか史的認識には共通する点が多いな、と安心したぐらいです。「日清戦争を帝国主義戦争とはいえない、植民地化を目的としたものでない、等の御指摘は私も全く異論がありません」などとする点です。

 そのあとの「ただそのことをもって明治政府に覇権主義的な願望なり意図がなかった、というのは首肯できません」ということも「その通り!」です。山縣有朋など相当きわどい発言をしていますよね。ただだ、塾頭の「言いたいこと」を急いだため、個々の考証記述を端折ったことは否めません。

 とぢり さまは、明治時代について山縣有朋のほか西郷隆盛、福沢諭吉などの名を上げましたが、板垣退助、中江兆民、陸奥宗光その他多士済々、韓国関係では、砲艦外交による日韓修好条規締結や閔妃暗殺などという恥ずべき事件もありました。一連の塾頭の記述が一回の投稿で「おおざっぱ」になっていることはその通りです。

 塾頭の言いたいことは、中・韓との軋轢のもとになっているさきの戦争の責任や処理について果てしない口論(史的検証のないまま、抗争激化をもとめるような風潮にあえて「口論」と言います)を終結させたい、それには、議論の対象となる時期を特定しなければならないということなのです。

 そこで国際的議論に入る前に、日本国内で「自虐史観」「皇国史観」などという言葉が、時代背景・時代認識を越えて一人歩きをしていることに留意したいと思います。日本が反省しなければならない戦争責任は、一体いつからなのかをはっきりさせなければ、内外ともに話が進まず、果てしない口論が続くでしょう。

 中国が明の時代の文献を持ち出すことはともかく、幕末、明治の琉球処分を帝国主義的侵略(それに違いはないが)とすれば、中国に宗主権を返還すべし、ということにもなりかねません。こういったトンデモ論が右翼に「反日分子」という口実を与え、論拠になることを塾頭は憂いています。

 以下は次回にさせてください。

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