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2014年1月24日 (金)

2世紀前の事をいうのはやめよう

 はじめにこれを見ていただきたい。(jijiドットコム

島根県は1日、日本と韓国が領有権を争う竹島を日本領と初めて記載したとみられる日本地図2枚を発見したと発表した。いずれも江戸時代中期の1760年代作成で、県は「歴史的にもわが国の領土という主張を補強するものだ」としている。

 中国は、尖閣について、台湾と同じ色で塗られた林子平の地図があるとか、明の時代に島名を期した文書があると主張している。竹島は現在あるそれを指しているという証明はなく、幕末には幕府が朝鮮領と記した文書があるなど、この時代の実効支配を示すものは何もない。

 まだ、国民国家が成立しておらず、国境の概念もない時代だ。互いにそんなことを競い、遠い過去にさかのぼって抗争の種にしても、得るものは何もない。不毛なレイシズムや幼稚なナショナリズムを掻き立てるだけだ。

 今年は第一次世界大戦開始100年目である。安倍首相もダボス会議の演説で、日中の現状をふまえ、大戦前の英独関係にふれた。やや的外れのきらいはあるが、近代史をよく勉強するのはいいことだ。

 100年前(大正3年)に世界で何が起き、どう変化したのか。ゆっくりした変化なのでありまともに取り上げられたことがない。日本も参戦したが、なぜ、どこで、誰とどう戦っていたのか。その結果どうなったのか、ほとんど知られていない。

 塾頭は、その翌年の対華12カ条要求をもって、日本の大陸侵略の第一歩とすべきだという主張を持っていた。それを、第一次大戦開始に改めたい。この問題は、かねて鋭いコメントを戴いていた「ちどりさま」との議論で、日清・日露戦争および富国強兵を目標とした明治政権が、”帝国主義的侵略”の意図を持っていたかどうかなどを記事にした。

2014年1月 5日 (日)
「戦争責任」はいつから②
http://hansenjuku.cocolog-nifty.com/blog/2014/01/post-551a.html

2014年1月 2日 (木)
「戦争責任」はいつから①
http://hansenjuku.cocolog-nifty.com/blog/2014/01/post-c3d2.html

2013年12月30日 (月)
日清戦争と日韓併合
http://hansenjuku.cocolog-nifty.com/blog/2013/12/post-2bec.html

 塾頭の意見は、明治維新がアヘン戦争やアメリカをはじめ西欧列強の東亜進出・侵略に危機感を抱いたことから始まり、日清戦争は、不安定な朝鮮半島情勢を解消させたいということで始められ、すくなくとも東洋平和を願っても、侵略とか併合とかの目的はなかったということだ。

 「ちどりさま」から、日露戦争について質問され、改めて勉強し直してみた。その結果、外交、安全保障面では、依然としてロシアの南進、満州・朝鮮への野望には露骨なものがあり、気長な交渉で回避できた可能性はあるが、朝鮮内部も固まっておらず「自衛」の面が少なからずあった。

 しかし、日本政府、マスコミ、国民世論の中に、両戦争で多くの犠牲者を出しながら勝利したことや、依然として列強の利権・領土への野望が続いていることなどから、帝国主義的侵略への抵抗感が次第に麻痺し、列強に仲間入りする資格要件のような発想が巾を利かしはじめたのも事実だ。

 第一次大戦は、日英同盟の、それこそ「集団的自衛権」による英・艦船の保護という要請で始まった。日本は、清国が局外中立を宣言しており、英国が参戦要請を撤回したにもかかわらず山東半島に上陸、青島などドイツ租借地や利権の及ぶ範囲を占領する。

 駐英国大使出身で大隈重信内閣の外務大臣となった加藤孝明や長老の井上馨など、明らかに大陸進出の好機ととらえていたことが、諸史料に残っている。21カ条要求はこの線からでてきたことが明らかだ。

 戦争は4年後に終わり、パリ講和会議開催、国際連盟設立決定、ベルサイユ講和条約調印と続く。この間、西欧列強は国民を巻き込んだ戦争被害の大きさに愕然とし、植民地侵略競争への反省機運が高まる。

 軍縮、不戦への模索は昭和になっても続くが、日本は全く逆の方向へ走った。このあたりを後にA級戦犯として刑死した松岡洋介が、若き日の外交官として感じ取ったことは何だったのか。その発言は過去たびたび取り上げているが、そのひとつを改めて紹介しておきたい。

 
2013年10月29日 (火)「日本外交は野暮で間抜け?」
http://hansenjuku.cocolog-nifty.com/blog/2013/10/post-2ac7.html

 日本はこの頃から道を誤まったのだ。そのことを無視して「美しい日本」とか「取り戻そう」などという権力者がのさばっている。この点の歴史認識は中国・韓国の言い分が正しい。また日本の中にでもそういった修正主義を批判する勢力が多かった。

 これが今危機的状況に陥っているのは、それぞれの国家権力に100%の責任がある。お互いに2世紀以上も前のことをほじくり合うことをやめ、「善隣国宝」の実をあげる為政者を、民衆の力で実現させようではないか。

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コメント

「田布施人脈」中曽根~小泉~(鳩菅野田)~安倍の憲法破壊暗黒政治

1.謀略が跋扈した小泉政権下で起きた事件だった
    現役の国会議員が刺殺された衝撃的な事件(戦後三人)・・・
「きょう命日 石井紘基・8周忌 ~誰に殺されたのか」http://c3plamo.slyip.com/blog/archives/2010/10/post_1880.html

2.借金800兆円の原因は「中曽根税制改革」か
http://blog.goo.ne.jp/kintaro-chance/e/0c43b0f0bfdd7b6d9e6f20ec6eec560a
・・・
保坂展人(社民党)
Jun 18th
http://twitter.com/hosakanobuto/status/16423823512
菅総理が消費税10%に言及しているが、22年前につくられた消費税納税総額が224兆円で、この期間の法人3税減税額が208兆円だったということをどう考えるのか。消費税のみを取り出した議論は税務官僚の得意技。
・・・

投稿: 通りがけ | 2014年1月25日 (土) 00時32分

素晴らしい内容の記事ですが。タイトルは『止めよう』ではなくて『もっと詳しく話そう』の方が相応しいと思います。
明治維新ですが、戊辰戦争程度に収まり、日本は内戦を回避したことが大きいのですが、
これは薩長などよりもアヘン戦争での欧米列強の手口を知っていたので、徹底的に外国勢力の介入を防いだ徳川幕府の功績が大きい。
対照的なのが長州(後の官軍)で関門海峡の外国船とか御所に対して砲撃する等無謀な挑発を繰り返していた。
開国して自主関税権を失い、第一次世界大戦の勝利で日本はやっと不平等条約を改正するのですが、
一番最初に幕府が結んだ条約では、欧州諸国間と同じ20%の関税だったが、長州の引き起こした下関戦争で莫大は賠償金を要求され、イギリス公使のパークスに騙されて5%とアヘン戦争後の中国(清)と同じに引き下げられています。
幕府ですが、武力に勝る欧米列強に対して、想像以上の外交力を発揮しているようです。
この反対の外交力が無茶苦茶だったのが長州(新政府)ですね。

投稿: 宗純 | 2014年1月25日 (土) 16時58分

お褒めにあずかりありがとうございました。

タイトルは、仰せのとおりで何度も考えましたが、気持ちを生で出す週刊誌的、看板に偽りありの風潮になびいてしまいました。

<第一次世界大戦の勝利で日本はやっと不平等条約を改正するのですが

 これは、日清戦争中に進展した日英同盟改訂が皮切りとして有名で、国内では「内地雑居」を問題にしました。第一次大戦後では人種差別などを提起するものの果たせません。日清戦争との勘違いではないでしょうか。

投稿: ましま | 2014年1月26日 (日) 10時15分

欧州が焼け野原になった第一次大戦後では、日本は世界五大国の一つ(国際連盟の理事国)になっていた。
日本は不平等条約の改正に、何十年もの長い時間が必要だったと言いたいばかりに、うっかり第一次世界大戦の名前を上げて大失敗。
治外法権の撤廃の方は日清戦争直前の1894年で、自主関税権の方はもっと遅れて日露戦争の勝利の後で1907年に締結された日露新通商航海条約から。
何故第一次世界大戦の名前をうっかり書いたかの原因ですが、
ダボス会議に参加した安倍さんがまたお馬鹿をやってくれたようですよ。
BBCなどが報道するが、第一次世界大戦当時の英独と今の日中を『同じ』と発言しているが、
これは第一次世界大戦に対して知識が豊富な欧米では『日本が(あるいは中国の双方が)戦争をしたがっている』と誤解される危険性があるのですね。
なんと、安倍発言に刺激されたのか、アメリカの太平洋軍司令官が日中関係における緊張が軍事衝突にまで発展する恐れがあると発言しています。

投稿: 宗純 | 2014年1月26日 (日) 11時14分

A級戦犯を否定することは、戦死や途端の苦しみを味わった日本国民や、英米を敵に回すことです。昭和天皇もそのことを一番よく知っている。

それを祀っている神社を参拝しなかったことを痛恨の念とする安倍首相は、早くから米英のマスコミから警戒されていた。

それが去年暮からハッキリ好戦右翼の札付きになってしまった。札付きでなければダボス発言も見逃されたかもしれません。

これからもたびたびポロを出すことでしょう。その点、朴さんはともかく、軍や外交部を使い、表に出さない習さんは利口です。残念ながら”勝負あり”ですね。

投稿: ましま | 2014年1月26日 (日) 12時36分

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