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2013年11月 2日 (土)

「若い人」に期待!

 前々回、「戦争を知らない人に訴える」を書いた。安倍首相、下村文部科学大臣など、現閣僚のほとんどは戦後生まれだ。年恰好からすると50台から団塊の世代の前、といったところか。まさに、現在の日本を動かしている世代だ。

 世代論は嫌いな塾頭だが、この世代の人に、戦争の何たるかを知らず、占領下の歴史に目をそむける人が多いような気がする。また、いわゆる「自虐史観」に本能的な嫌悪を示す人が多い。たしかに、塾頭が大学に通った頃はキャンパスが壁新聞や立て看で埋まり、マル経全盛時代だった。

 上記の世代は、そういったところで仕込んだ日教組の先生や進歩的文化人の教条主義に反発を感じたのだろう。また最近では、尖閣をめぐる中国の主張が、日本の極左グループ学者による、どう見ても階級闘争史観的こじつけでしかない論文に根拠を得ていることを知り、愕然とした。

 その一方で、上記の世代には、新憲法がGHQの一方的押しつけで、国民は涙を呑んで屈服したとか、核の傘や沖縄の米軍基地、集団的自衛権で米軍に守ってもらわないと特定アジアにやられてしまう、などという別の自虐史観的発想から抜け出せない人が多いことも確かだ。

 そこへ、玉井人ひろたさまから、福島県いわき市出身の社会学者・開沼 博の図書を読んでみたら……というコメントをいただいた。開沼氏は20代で、子供というより孫の世代に近い。若いと言えば、赤木智弘さんの31歳フリーター「希望は、戦争」の考えを知りたくて、図書館に出向いた時以来のことかも知れない。

 手にしたのは、開沼 博『フクシマの正義「日本の変わらなさ」との闘い』である。著者は3.11以前から原発問題に取り組んでおり、多彩で丹念な現地レポートで住民の考えが分かりやすい。パターン化した反原発、脱原発、原発推進論にはいずれにも反発する。

 それぞれの主張を声高に主張する都会の人達は、それぞれの「神話」を作って現地の実態から離れた議論に明け暮れし、やがて時が過ぎれば忘れ去られ、何も変わらぬ一元化した体制に取り込まれてしまう、という趣旨だ。

 後半に対談記事があるのだが、その中でやはり20台の評論家・荻上チキ氏がこう表現する。

 荻上 開沼さんは、常に神話チェックの側にい続けることが社会科学者としての倫理だというお立場なのだと思いますが、それは一つの選択として正しいと思う。脱原発論議は続くでしょうが、それがエセ科学からつながる自然信仰的なものや、レッテル貼りでわかりやすい敵を求める陰謀論や排外主義と結びつきかねない危うさは、現時点でも感じせられる。だから、常に聞き手にとってノイズとなるような、「取りこぼされた声」を可視化し続けていくことになるのでしょう。今は喧騒と戦い、またしばらく経ったら忘却と戦う、骨の折れる作業ではあると思います。

 同書を要約するとそうなるのだろう。塾頭は、3.11後福島に行ったこともないし原発立地で取材したこともない。かつて、通産省公益事業局やエネルギー庁、エネルギー政策に関係する仕事をしていたことはあるが、原発については素人だ。

 戦争については、兵士や戦場の経験はないが、身内の戦死、田舎までやってきた米軍機の機銃掃射から草薮に身を隠したこと、敗戦、占領、講和までつぶさにその空気を吸っている。したがって反戦塾で「神話」を書いているわけではないという自負がある。

 そのあたりは、開沼氏が迷惑するかもしれないが100%共感を覚える。また開沼氏が対立軸に上げる都会と過疎地についても、貧しい田舎暮らしの経験を持つ塾頭には理解できる。しかし、「日本の変わらなさ」を指摘するだけでは、それも一つの神話を作ってしまうことにならないか。

 開沼氏はリアリストを自認する。だからこそ、鋭い観察眼で新視点を提示すると同時に、「日本を変える」のは他人、という考えから脱却するところまで期待したい。それでなければ「も一度同じような事故が起きないと……」などという発言が飛び出すように、「希望は戦争」と選ぶところがなくなる。

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コメント

塾頭がお読みになったのは同氏の「フクシマ論」という大震災が起こる寸前に仕上がった論文を本にしたものの後続編で、最初のよりは少し読みやすくなっていますが、難解に近い本で読むのは骨が折れますよね。

本文は塾頭と同じ感想を持ちましたし、基になった「フクシマ論」を読んでいますので内容のコメントは省きます。

そのかわり、わたしがその本で最も頭に残ったのを言いますと、そのお読みになった本に出て来る沖縄の作家のコメントです。
太平洋戦争の沖縄戦、「沖縄の人々は、(侵略者である)大和の人間に沖縄人の誇りと意地を見せるため戦った」
というような趣旨の話があったのを忘れることができません。

投稿: 玉井人ひろた | 2013年11月 2日 (土) 16時11分

沖縄には、新潟地震被災のあと移住した娘が名護市に務めており、孫たちは辺野古を見下ろす高台にある国立工専に通っています。別に選んでそこへ行ったわけではなく、偶然そうなりました。

訪縄した際、祝い事で来てくれた地元の人たちと話をしましたが、開沼さんの言っている意味がとってもよくわかるのです。

今度の名護市長選、地元の反応がどう表れるかがとても気になります。 

投稿: ましま | 2013年11月 2日 (土) 20時01分

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