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2013年11月

2013年11月30日 (土)

「周回遅れ」は本当だ!

  当塾では、この秋口頃から安倍首相を中心とする日本外交の発想やありかたを、「周回遅れ」と表現してきた。ブログ内検索をかけると、以下の3件がある。当塾のオリジナルとまではいえないが、アメリカの外交政策の変化や中東情勢などを見ているとそう考えざるを得なかったということだ。

2013年10月29日 (火)
日本外交は野暮で間抜け?
 前回の記事で、現在の安倍首相外交・安保政策について「大正から昭和初期の動きそっくり」と書きました。要は世界の潮流から見て「周回遅れ」なのに、何か得意然としてその轍を追っかけているからです。(続きを見る)

2013年10月28日 (月)
戦争を知らない人に訴える
戦争は封建主義と国家主義から(続きを見る)

2013年9月12日 (木)
枝野改憲私案に落胆(続きを見る)

  それを裏付けるような権威ある[発言]が、今日(11/30)付の毎日新聞オピニオン面に載った。同紙電子版には掲載されていないので、当塾による内容紹介とさせていただきたい。なお、執筆者の入江昭氏は、ハーバード大学名誉教授で、日本出身だが米国籍を持ち、同国の米外交史学会会長や歴史学会会長を歴任している。

 まず冒頭の書き出しから紹介する。

 久しぶりに日本へ帰って見て、国内の政治や言論のなかで旧態依然とした考えがまだ幅を利かせているのには失望した。集団的自衛権を通しての積極的平和主義とか、自国中心で独りよがりの見解は、国際社会における日本の孤立化を助長するのみであろう。

 経済のグローバリズムが国家国境を越えて普遍化する一方、かたくなな国家中心の考えに固執することについて「それは18世紀以降20世紀の中葉までは主導的な概念だった」とし、「主権、国防、国益といっ概念」を根本的なものだとする呪縛から解放できていない現象であると指摘する。

 そして、「そのような、いわば18世紀的な発想が国家間の抗争をもたらし、人類に深刻な被害を与えることになったのが、19世紀20世紀の歴史の記録」とし、次の時代が既に始まっていることを次のように表現する。

 21世紀の世界、より具体的には20世紀末の20~30年以降現在に至る時期は、それまでの国家や国際関係が中心性を失い始め、民衆や市民組織、あるいは企業や文化活動が国境を越えてつながりを作ってきた時代である。

 そして、企業の間に芽生えてきたグローバル人材の開発や、オリンピック・パラリンピック、自然災害や原発への取り組み、環境保全などの例をあげ、市民主導、市民連携の次の時代を次のように結論づける。

 要するに、市民社会のレベルで国境を超えたつながりを強化していく以外に世界の平和も人類の福祉もあり得ない時代である。歴史を逆行させることはできない。日本の将来と世界の将来とは、その意味でもかつてないほど密接につながっている。日本人を含むすべての国の人々は、運命を共有しているのである。

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2013年11月29日 (金)

空から、海から

 よくまあ追っかける追っかける。防空識別圏のことではない。殺人現場、駅前、八丈島、警察ヘリ、警察署、犯人・被害者の生活周辺。痴話げんかのすえ、男性が若い女性を繁華街で刺殺したという事件のTV報道だ。

 民放はもとより、NHKも連日同じような画面を繰り返し流し続ける。塾頭地元のことでもあるので関心はあるが、「またか!」とチャンネルを切り替えるとそこでもやっている。

 特定秘密保護法案強行採決、参院選の岡山高裁支部の選挙無効判決、自民党による普天間移転先についての地元強圧などなど、国民の人権や民主主義が危機に立たされるような画期的できごとが続発するなか、それらは隅に追いやられる。

 新聞はそれほどでもないが、TVの圧倒的な力は世論に反映、国会での議論など大したことでないような印象操作につながる。だからといって、「アメリカの陰謀だ!」などという「とんでも」は止めた方がいい。これも軽すぎて信用を無くする。

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2013年11月28日 (木)

マクロな歴史認識

 「マクロとミクロを分けてどうするんだ」、「それにどんな意味があるか」と問われればその通りである。個々の情報、知識、学習の積み重ねが、一定の期間を経てその人にとつての「認識」となる。

 それならば、ミクロの歴史認識など言葉としてま成り立たたない、あり得ない話ではないか、ということになるが、実際にはそれがある。日本の敗戦の史実、その後の5年間の占領期間をあたかもなかったことのように切り捨ててしまう史観。

 また、明治時代の教育勅語で表現した天皇制とか国体とかが、開闢以来連続していると考える「それ以前の過去切り捨て論」もある。女性天皇否定論や、天皇火葬に疑義をさしはさむ発想もその一環である。

 そもそも「歴史認識」は、中国・朝鮮筋から日本に向けて発する批判常套用語と化してしまったが、公平な目で見てマクロな歴史認識の最も高いのが学問や表現の自由があった(この先はわからないが)日本だ。プロパガンダ優先の国は、靖国参拝などミクロに焦点をあてることが先で、マクロのレベルは極めて低い。北朝鮮はまだ神話の時代である。

 本来なら、日本こそ「正しい歴史認識を」と言っていいはずだが、そうは言えない。前段で書いたようなミクロの歴史認識の持ち主、それも日本の支配層を構成するトップクラスの政治家や、安直なナショナリズム扇動を売り物にする一部メディアの存在である。

 このブログでも、過去何度か取り上げたように、中国・韓国にも尊敬すべき歴史学者がいる。よく「各国共通の歴史教科書を学者の共同研究で」などという話が出るが、それは今に始まったことではなく、過去何回かトライされている。

 しかし成功した例はなく、これからも期待できないだろう。ヨーロッパの成功例はあるが、まず政治上の妥協合意が先で、欧州共同体を作り発展させるような土壌があってこそはじめてできることである。

 そのスタート時に見られたような有力政治家、学生、民衆、貴族、文人などが追い求めた並々ならぬ永遠の平和に対する情熱が、残念ながら今のアジアには存在しないのだ。

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2013年11月26日 (火)

富国強兵と防空識別圏

 中国の防空識別圏設定が波紋を呼んでいる。そのこと自体は独立国の行為として別段の問題はない。しかし、国交のある他国が領土として実効支配している島を、いきなりその範囲に入れてしまう。これでは、国際ルールもなにもあったものではない。

 民間に払い下げた島が返却され、元の国有地に戻すのとは次元が違う。支持しない政府ではあるが日本の厳重抗議は当然で、アメリカをはじめ第三国の非難もこれまでになく強い。塾頭は、習近平の意向というより、内政でいろいろ問題をかかえる政治に対する軍部の先走り、と見る。

 「富国強兵」は、今の中国にとって金科玉条である。だれも異を挟むことができない。明治維新から敗戦に至るまで日本もそうであった。ただし、明治時代と第一次大戦後の大正から昭和前半は、全く違う。

 日本も広く世界に目を開くなら、抗議する点はしっかり抗議し、軽々しく挑発に乗らずに「デン」と構えていることだ。その方が、小手先の「集団的自衛権」をいじくりまわしたり、不出来な改憲案を目指したりするより、よほど世界の支持を獲得できるだろう。

 幕末以来、中国がアヘン戦争などで西欧列強の餌食になっている実態や、インドなど植民地の悲惨な有様を知り、また、西欧の科学技術や諸制度、軍事力の差を身をもって体験したことが、明治維新につながった。そして、文明開化や富国強兵を急務として取り組んだのが明治時代だ。

 いまの中国と似ている点があるが、全く違うのが諸外国の評判を気にする点と、国際法重視である。明治時代には、日清戦争、日韓併合、日露戦争などがあったが、昭和になってからのように、満州国傀儡政権樹立、国際連盟脱退などのような、世界から孤立するようなことはしなかった。

 榎本武揚は、幕府海軍として北海道五稜郭で最後まで官軍に抵抗したことで知られるが、後には明治政権の要職についている。榎本が官軍に降る時のエピソードを下に引用しよう。文中の『海軍規律の書』は『海律全書』ともいい、当時の国際法を網羅している。(大鳥圭介『幕末実戦史』)

 薩州の参謀池田某より、已に軍艦も失ひたる上は早く謝罪然るべき旨を述べしを申贈れるなり、素より今に及び降伏すべき様なし、何れも潔く戦死せんと誓ひしなり、但我曹一両人罪に服し自余の者に蝦夷地の中相応の場所を給らば朝裁に就かんと答へ、榎本の予て翻訳せし海軍規律の書は海内無二の良書なれば今共に戦場の灰燼となすも遺憾なれば、願くは之を留めて永く皇国の重宝となし給はゞ則ち予が寸志も空からず、と書贈り、(以下省略)

 なお、この書の返礼として官軍の参謀から酒樽数樽が送られてきた。将兵は、これで投降前の最後の酒宴をおこない、皇国の発展を願って解散したという。

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付録・「6党推薦候補」選挙結果
 http://hansenjuku.cocolog-nifty.com/blog/2013/11/post-c27f.html
で書いた地元地方選の結果である。 

市長選
当 57595 大久保 博 64 無(現)
          自・公・民・維・生・社推薦
  22134 田中 長義 63 無(新)共推薦

市議補選
当 43691 松井 努 66 自(元)
  33933 長友 正徳 66 無(新)

 前記事は、6党推薦とは、政策について無責任・無節操の極みで投票意欲をなくするという趣旨だった。同日、市議の補選も行われたがむしろこの方に興味があった。当選したのは、自民党公認の県議・市議の経験を持つ元職である。

 片や、宇宙開発センター長などの職歴はあるが、「平和憲法を護ります」という政策項目が目についただけで既成政党の推薦が全くない、ほとんど無名といっていい対立候補だった。数字を見てもらえばわかるが、その差は1000票を割る善戦である。

 市長の対立候補・共産党推薦氏も善戦したが、当選者の3分の1以下の得票に終わり、市議の無名候補にも大きな差をつけられているのが印象的だった。

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2013年11月25日 (月)

猪瀬知事の古典的手口

 ○億○千万円、現金受け渡し、個人資金、妻名義、借入・返済、借用証書、政治資金、選挙……。どっかで聞いた話。そう、小沢一郎・陸山会の政治とカネにまつわり頻出する。秘書が逮捕され小沢本人は、不起訴不当などで取り調べや追及を受け裁判にかけられるなど、今や政界への影響力は無視していいほど低下した。

 似たような単語がポンポンでてくるのが、猪瀬東京都知事と医療法人徳洲会との間のカネのやりとりだ。陸山会の方は帳面につけてあったので不実記載とやらで立件できたが、ノートにつけてもないため、猪瀬の方は立件が困難、というのもおかしな話。

 猪瀬のしどろもどろの弁明はあまりにも見苦しい。素人でさえウソをついているということが見透かされるような、雑で厚みのない発言だ。両者を引き合わせ、カネの授受に立ち会っていたとされるのが新右翼・一水会の木村三浩氏である。

 塾頭は最近のことは知らないが、政治家なら安倍首相の父親・安倍晋太郎、青嵐会であばれていた石原慎太郎、新右翼木村氏の前の代・鈴木邦男氏の時代のことなら、そのカネ集めの実態について一部を見聞きしたことがある。

 今と違ってパーティーなど面倒なことはせず、半ば公然と企業・団体のカネが政治家に渡っていた。鈴木邦男氏には、『右翼は言論の敵か』という著書があるが、その中にある章立て、目次で中身をご想像願いたい。

第七章 右翼運動のカネと暴力
 1 右翼と資金集め
 ・恐喝もお国のため?
 ・「右翼は警察に強い」の深層
 ・裏返しの前衛意識

 右翼も当然運動のための浄財が必要であり、そういった仲介あっせんの中から分け前を得る仕組みのようだ。こういった仕組みはおそらく戦前からのもので、それを利用するのは政治家の器量でもあったわけだ。猪瀬氏がそういったことに疎かったとは到底思えない。それどころか、彼の前歴から熟知していなければおかしい。

 陸山会事件を知らないわけがなく、自分は石原都知事を含め安全圏にいるという思い上がりがあったのではないか。古い事ならよく知っている小沢氏が、「法に触れるようなことは何一つしていない」と言いきっても世間では通用しなかった。

 市民団体が告訴状を提出したというが、東京地検はどうする。石原氏に影武者の役目はつとまらない。握りつぶせればお見事!?。猪瀬氏が、政治の舞台から転げ落ちるのにそんなに時間はかからないだろう。

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2013年11月23日 (土)

武蔵野に見事な紅葉が

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 東京・神奈川・千葉に住んで半世紀余。埼玉にこんな素晴らしい紅葉の名所があるとは知らなかった。

 新座市平林寺、広大な雑木林の中にある。なにしろここは、交通の便が悪い……と思われている。千葉・横浜方面からだと、池袋で西武鉄道に乗り換えてさらにバスで、と聞いただけで遠慮したくなる。

 おすすめは、JR武蔵野線の新座駅からの徒歩である。往復6Km、寺内も含めて約2万5000歩だが、途中ベンチや小川・花壇なども整備されており、天気が良ければ武蔵野を味わう気分も悪くない。

来月まで見ごろはつづくとのこと。

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2013年11月21日 (木)

「政高法低」の季節風

 衆院選の1票の格差違憲訴訟について、最高裁の判決があった。その評価について、新聞各社の社説をざっと眺めてみた。朝日の批判、読売の評価が両極端にあり、その他の主要紙は、産経を含めて「政治は適正な定数是正を急ぐべし」という論調と見た。

 識者のコメントも「これまでの高裁判決より後退しており、政治に配慮した甘い判決」という感想が多いようだった。一方政治家は、総理が「厳粛に受け止める」というだけで、他は定番の自党の主張を繰り返すだけ。

 「政治家だけでは判断を間違えることがあるから、法律家によってチェックを受けるというのが三権分立の根幹」と指摘し、「司法を軽視する国会議員が多いが、憲法の勉強が足りないのでは。国会議員に司法判断を謙虚に受け止める姿勢がなければ、三権分立なんて成り立たない」(産経ニュースwest)

 といったのは、日本維新の会共同代表の橋下徹ぐらいのもの。司法出身の党首だが、国会に籍がなく、彼独特の場当たり発言としか見られないだろう。また、正確な出所を覚えていないが、「裁判官より政治家の方が偉いのだ」といった自民党新人議員がいたそうだ。これで政治家はまたこの司法判断に高をくくりそう。

 憲法第76条
③ すべて裁判官は、その良心に従ひ独立してその職権を行ひ、この憲法及び法律にのみ拘束される。

 もう一つの「政高法低」の季節風が、特定秘密法案だ。みんなに続き維新まで恥も外聞もなく雪崩をうって与党になびく。

 20日の参院国家安全保障特別委員会で、福島瑞穂前社民党党首が谷垣禎一法相の書いた1985年当時の論文を読み上げて質問した。要旨はこうだ、

 「どんな行為が処罰されるか判決まで分からなければ、本来許される行為もトーンダウンさせる。このような萎縮効果の積み重ねこそが自由な社会にとって一番問題」と指摘していたが、あなたは変ったのか?。

 それに対して法相は「私も日々に進化している」と取り繕い、議場は笑いと怒号で一時騒然となった。(毎日11/21)

 憲法第33条
 何人も、現行犯として逮捕される場合を除いては、権限を有する司法官憲が発し、且つ理由となっている犯罪を明示する令状によらなければ、逮捕されない。

 このところの「政高法低」の特徴は、政・法いずれもかつての気位がなく劣化の著しいことだ。どうやらこの季節風、日本だけでなく中国、特に韓国にも吹き荒れているらしい。残念なことだ。

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2013年11月20日 (水)

産経の世論調査

 産経新聞の近藤真史編集長が今日付の紙面でこんなコラムを書いている。

「必要59.2%、必要でない27.9%」(産経・FNN)、「賛成30%、反対42%」(朝日)、「賛成29%、反対59%」(毎日)、「支持57.3%、支持しない27.6%」(日本テレビ系)。特定秘密保護法案をめぐる世論調査結果は各社で大きな差が出ました。

 必要、賛成、支持といった言葉の違いだけが理由ではありません。産経・FNNは設問で、法案を「外交や安全保障に関わる国の機密情報を漏らした公務員らの罰則を強化する」と説明していますが、朝日は「一方、政府に都合の悪い情報が隠され、国民の知る権利が侵害される恐れがある」と加えています。法案に関する一連の設問の中で、賛否を最初に尋ねるか、最後に持ってくるかでも数字は違ってきます。

 微妙なテーマほど設問の仕方には気を使います。世論調査で大切なのは、数字だけではありません。

 同じ各紙の世論調査を毎日も今日付で記事にしている。直近の産経・FNNの調査結果をもとに、”世論調査8割慎重論--「成立させるべきだ」1割”、という見出しをたてている(正確には、「慎重に審議すべき」は、82.5%今国会で成立させるべきだ」が12.8%)。また、「必要」の59%も9月調査にから24ポイントも減っているのに上の産経コラムでは、そのことも伏せている。

 最後の「数字だけではありません」の結論は、そのことを言ったいるに違いない。なぜならば、同紙は10月22日付で「秘密保護法案 報道の自由を踏まえ成立を」という社説を掲げており安倍内閣の旗振り役を演じたにもかかわらず、世論が厳しくすんなりと通りそうもないからだ。

 設問の仕方に塾頭もケチをつけておこう。「公務員ら」の「ら」は、「公務員以外も」ということだ。回答者はその設問で対象は「公務員」、と受け取るだろう。その前段の秘密の内容などでも、この法案が「……その他の……」という規定があまりにも多く、拡大解釈可能の危険性満載であることに触れていないのではないか。

 ただ、「世論調査で大切なのは、数字だけではありません」の21文字に限って言えば、塾頭も賛成である。

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2013年11月18日 (月)

6党推薦候補

 いけないことだとは思うが、外国の首長選には興味があるものの、日本の地方選は興味がわかない。ただ例外は、橋下維新共同代表の命綱となるような堺市長選とか、沖縄米軍基地の帰趨にかかわりをもつ名護市長選など、国内外に大きな影響をもたらす選挙である。

 それでも、ここ何年かは棄権した覚えがない。地方にとって大きな社会問題や政治課題がなければ、候補者が主張する政策も大きなに差がなくなり、似通ったものになりがちだ。

 日頃接触のない候補者を年齢や経歴、容姿などで選別するのは気が引ける。手掛かりとなるのは、どうしても支持政党や支援団体ということになる。名護や堺ならそのあたりの背景や動静を詳しく報道してくれるが、それ以外はあまりない。

 昨日の福島市長選では、自公と社民が支援した現職に、どこからも支援を受けない官僚出身の無所属候補が現職に倍以上の差をつけて当選した。もう一人の共産党候補はその1割強で終わった。

 自公に社民という組み合わせはちょっと腑に落ちないが、与党と自治労という想像ならばあり得る。原発事故の対応に対し、そういった既存勢力に市民がノーを突きつけた結果であれば、それなりに意義深いということになるのだろう。

 塾頭在住の市でも昨日市長選の公示があった。候補は現職と共産推薦の2候補である。現職はなんと、自、民、公、維、生、社の6党推薦、なぜか「み」が抜けているだけだ。これはひどい。なんでそうなるのか。

 地方自治とはそういったものなのかも知れないが、福島の方がまだましだ。支持しきれないものがあれば、自主投票とする手もある。これではまるで翼賛選挙だ。中央の各野党が政府を攻めあぐね、委縮無力化している図と重ね合わせになる。

 選挙公報が届いてから決めるが、今回ばかりは棄権しようかなと考えてる塾頭である。

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2013年11月17日 (日)

日米安保は「まぼろし」

 以下のふたつの表現は、集団的自衛権の論議の中で護憲、改憲の立場の違いを問わずあたりまえのように使われている。最初の言葉が、「(自衛隊が)地球の裏側まで行って……」である。この人は、1960年1月19日安倍首相の祖父・岸信介がワシントンで調印した「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約」を読んだことがあるのだろうか。

  わずか全10条のうち、前文、第四条、五条、六条と4か所も「日本国の施政下」とか「極東」という適用地域が示されている。下にそれを示すが、面倒な人は読み飛ばしてもらっていい。「地球の裏側」を云々するなら、その前にこの条約そのものを変えなくてはならないのだ。

前文
(前略)
 両国が極東における国際の平和および安全の維持に共通の関心を有することを考慮し、
(後略)

第四条 締結国は、この条約の実施に関して随時協議し、また、日本国の安全又は極東における国際の平和及び安全に対する脅威が生じたときはいつでも、いずれか一方の締結国の要請により協議する。

第五条 各締結国は、日本国の施政下にある領域における、いずれか一方に対する武力攻撃が、自国の平和及び安全を危うくするものであることを認め、自国の憲法上の規定及び手続きに従って共通の危険に対処するように行動することしを宣言する。(以下略)

第六条 日本国の安全に寄与し、並びに極東における国際の平和及び安全の維持に寄与するため、アメリカ合衆国は、その陸軍、空軍及び海軍が日本国において施設及び区域を使用することを許される。(以下略)

 インド洋やイラクは、中東と言っても極東とは言わない。それでも自衛隊は出かけて行った。「戦闘地域?、そんなの私が知るわけないでしょ」という小泉首相など、ごちゃごちゃした議論の中で解釈の変更や条文無視を重ねた結果だ。

 「極東」は地域の概念ではない、こんな国民をばかにした暴論さえ聞こえてきた。日米安保は違憲ではないといった裁判所の判断も、「一見してきわめて明白」な法律無視まで許せるはずがない。裁判所より、国会議員の方が偉いんだなどという、無知丸出しの自民党新人議員は、法治国家日本からすぐ出て行ってほしい。

 次の発言もよく見る。「自衛隊員の生命に危険が及ぶ」などという「はてな?」だ。「アメリカは鎗、日本は盾の役目」も同類だ。日本を守るため、アメリカ人は血を流す役割を負い、日本は前線に行かない、こんなことをアメリカ人が承知すると思うのは相当能天気だ。

 かつてアメリカや西側諸国は、共産主義国家が世界制覇をすることを恐れた。朝鮮戦争やベトナム戦争の頃と同じと考えている人が、相当偉い人の中にもまだいる。そういう人に限って「自分は愛国心がある」と思っているらしいが逆だ。

 愛国心は、自ら水際に立って外敵の侵攻を寸土も許さないという強い覚悟のある人のものだ。日本人全体がそういう強い意志を持っていれば、危険をおかしてまで攻めてくる国はない。もちろん、その任務を負う自衛隊員に「命を惜しむような腰抜け」はいないものと信ずる。

 2国間の集団的自衛権というのが、そもそももう古い。ベトナム戦争やソ連のアフガン侵攻がその例だが世界の支持を受けることもなく失敗に帰した。ブッシュ時代のネオコンならいざ知らず、今頃もちだすことに奇異な感じがする。今や、安保条約そのものがすでに「まぼろし」と化しているのだ。

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2013年11月15日 (金)

尖閣と井上論文

  前々回「アメリカの心変わり 3」という題で書いた。その中で、中東のイラクにおけるテロの応酬やエジプトの政治闘争などについて、最近はパレスチナ問題というより、イスラム圏内のナショナリズムと原理主義間の主導権争いに転化し、この地域におけるアメリカの関心が急速に低下していることを述べた。

 「ナショナリズムと原理主義」、言葉の意味する所は相当違うが、塾頭は「民族派と国際派」にあてはめて見ることも可能だと思う。相当古い話で恐縮だが1950年代はじめマルクス主義歴史学者が日本共産党を軸に国際派、民族派(所感派ともいう)に分かれて論争したことを思い出した。

 その国際派の代表格が故井上清東大教授である。スターリン没落以後国際派の影は薄くなるが、羽仁五郎氏などとともに新左翼の理論的支柱であったこともあった。いま、なぜ井上清かというと、尖閣諸島は中国のもの、という論文がクローズアップされているからである。

 中国のTVでおなじみの女性解説者が「日本人は井上教授の論文をよく読んだ方がいい」と言ったと聞くが、逆に中国側にそれ以上のものが無いというという証拠にもなりそうだ。

 それは、論文というより左翼用語をふんだんに駆使したアジテーションばりのもので、内容の信頼性はそれだけで大きくそがれる。華夷思想が肯定されても帝国主義収奪は否定される。膨大な史料も、その目的にだけに注がれているという構成になっている。

 そこには、日本古来の日本民族(琉球民族)の姿が全く見えてこない。氏は羽仁氏とともに、戦後の歴史学会の支配をねらった。『日本書紀』批判で戦時中弾圧を受けた津田左右吉氏に相談を持ちかけたあと、津田氏が天皇制擁護の姿勢を表明した。世間を驚かせたのは井上氏らの考えと距離を置くため、という説がある。津田氏の研究は”日本民族”を離れてはありえなかったはずだ。

 中国のTV女性解説者がいうように、井上論文は日本人によく読んでもらった方がいい。膨大な史料に中国の同島嶼を実効支配した確証は全くなく、恣意的な解釈を積み重ね「日本帝国主義の策謀」を口汚く糾弾するものであることがわかるからである。

 以上は、冒頭に書いた中東問題とはかかわりがない。また、井上氏の戦後の動静に関する記述は、網野善彦『歴史としての戦後史学』を参考にしたことを付言する。

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2013年11月12日 (火)

霜月の彩

しもつきのいろどりDscf4024

菊だけではないよ

花札ではなぜか柳

自宅の

ツワブキDscf4030

センリョウDscf4031

ナンテンDscf4032

バラDscf4033

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2013年11月11日 (月)

アメリカの心変わり 3

 前々回「アメリカの心変わり」という2回シリーズの外交ものを掲載した。外交、それも中東となると国内の関心は至って低調のように思う。米国内でもそうだろうか。記事の内容は、アメリカが異様なほど敵視していたイランに対し、同国の政権交代を機に核開発問題を話し合意に乗せ、制裁解除もスケジュー化の段階まで進めたことに関してである。

 シリアへの攻撃を、ロシアとの協業で化学兵器撤去というアサド政権維持に方針転換したこともある。また、サウジがイスラム過激派を後方支援する図が浮かび上がっている。これらがあって、イスラエルのロビー活動や、友好国サウジアラビアの意向に比重を置いたアメリカ外交に心変わりが生じたのではないか、と書いた。

 また、そういった懸念に対し、アメリカ外交当局が打ち消しに躍起になっていること、これがまた尖閣問題に対するアメリカの中立姿勢を否定する姿にそっくりだとも書いた。集団的自衛権であれ沖縄米軍基地であれ、アメリカのネオコン以前の戦略でしか物が見えないような日本外交を指弾したつもりである。

 その後、大塚和夫『イスラーム主義とは何か』(岩波新書)を読み返してみて、別な観点を思いついた。結論をいうと、アメリカはシリア、レバノン、イラクなどで今後もイスラムのスンニ派とシーア派の抗争激化が果てしなく続くことを望んでいるのではないか、ということである。

 この陰謀論めいた憶測を排したいのが塾頭の本心だが、仮に日中韓が東アジアで協業し、アメリカと競合するようなことになれば直ちにアメリカの国益に反するという考えもあるだろう。CIAの暗躍ぶりを知ると「若しや」という気にもなる。

 前掲書では、サウジが18世紀以来のワッハーブ主義(イスラム教の厳格化を求める内部的改革運動)を推進したサウード家などがアラビア半島に樹立した国で「サウディアラビア出身者からイスラーム主義者を見出すとすれば、サウディ政府からお尋ね者とされているウサーマ・ビン・ラーディンなどがふさわしいのかもしれない」とまでいっている。

 さらにイランは、同じイスラム復興を唱えていても、サウジと違ったナショナリズムを基盤とする国民国家である。また、エジプトのムスリム同胞団について同書は、「反帝国主義などといったナショナリズムと共有する側面をもちながらも、宗教=イスラームをもっとも本質的な要素としてイデオロギーの前面に出すことによって、ナショナリズムとは決定的に異なった指向性をもった運動」としている。

 それに対し、クーデターを起こしたエジプト国軍や世俗派は、明らかにナショナリズム指向と位置づけられるだろう。そうしてみると同国内における激しい対立やイラク、シリア、レバノンなどにおける内戦状態も、シーア派対スンニ派という側面がある一方、ナショナリズムと原理主義間の主導権争いとも見れる。

 その場合、それらの各国でナショナリズム国家ができた場合、イスラエルは四面を反ユダヤ国家で包囲されることになり、逆にイスラム原理主義が優勢になれば、パレスチナの足元での抵抗運動激化で治安悪化は避けられないことになる。

 つまり、これまでとってきた介入政策は、犠牲だけが大きく、どれひとつとして成功したケースはない。そういった周辺国の中でどちらかの一方が勝利するのではなく、騒乱状態が続くのがイスラエルにとって最も安全であるという結論なのだろうか。

 そんな発想をアジアに持ってこられたらたまらない。日本外交は、北朝鮮ではないが「主体性思想」をもっともっと高めなくてはならないのではないか。

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2013年11月 9日 (土)

特定秘密と特定アジア

 特定機密保護法案が7日に審議入りした。新聞論調は産経の「及び腰賛成」以外は、読売の懸念材料解消条件つき賛成、日経は原案見直し、朝日、毎日は反対・廃案の主張だ。中日など有力ブロック紙、地方紙など全部は見ていないが反対が主流。どうやら産経は希少動物のようだ。

 反対論は、それぞれのマスコミにお願いするとして塾頭も読みづらさを我慢しながら原案を読んでみた。憲法の趣旨に則ったいい法律は、名文とまでは行かなくとも、概してすらすら読めるものだ。

 その「我慢しながら」は、あまりにも「特定」という言葉が多いことにある。全部で7章あるうち、総則とか雑則、罰則を除くと、第5章の適正評価を除きすべの章の題名に「特定」が入る。「特定秘密」のほかに「特定有害活動」という言葉も出てくる。

 途中で塾頭は、ネットウヨご愛用の「特定アジア」を思い出してしまった。「特定アジア」というのは、人種をさすのか国家をさすのか地域をさすのか、あるいは個人の行動をさすのか判然としない。

 勝手に決めつけて対立軸に据えているだけなのだ。「特定秘密」にも同じような雰囲気を感じた。行政機関の長が「秘密だ」といえばそれが秘密なのだ。国権の最高機関である国会が聞いても答える必要がない。

 中に「テロリズム」という言葉があるのでその定義をさがした。すると、こうだ。

 政治上その他の主義主張に基づき、国家若しくは他人にこれを強要し、又は社会に不安若しくは恐怖を与える目的で人を殺傷し、又は重要な施設その他の物を破壊するための活動をいう。

 これだけで簡単にテロリストよばわりできるのだ。特定アジアの首都で毛沢東画像を背にした事件も、その国の省都中心部を狙った爆弾事件も、この定義に従えば立派なテロリズム。人を笑えないね。

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2013年11月 7日 (木)

アメリカの心変わり 2

 最初に最新の国際ニュースにちょっと触れておく。まずアメリカ。バージニア、ニュージャージー両州の知事選、ニューヨーク市長選の結果がでた。いずれも共和党内の超保守を代表する茶会系候補は遠ざけられ、オバマ路線の候補が当選した。

 このところ、アメリカ国民は外交に目が向かず、関心はオバマケアーなど内政に限られているようだ。地方選とはいえ、全国にテロとの戦いによる大勢の傷病兵などの問題もある。ブッシュ政権のようなパスクアメリカーナ(アメリカ一極主義)に戻せという時代ではなくなったようだ。

 次に北京天安門広場におけるウイグル自治区住民による抗議活動。山西省共産党委員会前の爆発は、イスラム教徒による連鎖ではなさそうだ。これが中東のアラブの春のような政権転覆につながることは考えにくい。

 回教、回族という言葉があるように、漢民族は長い歴史の中でイスラムと共存してきた。さらに古くは胡人(ペルシャ、アーリア民族など)から多くの技術や文明を取り入れ、漢や唐の文化と融和させた。この方には、胡弓、胡瓜、胡桃、胡椒、胡姫、胡麻、胡蝶など日本でもなじみの言葉が山ほどある。

 共産党による異民族との同化政策は、核心的利益であっても、基本的な歴史認識の誤りとなることを党幹部は自覚しなければならない。

 ここから本題に入る。サウジアラビアが国連安保理非常任理事国入りを辞退するという異常な事態は、先月21日に「ひきこもり日本」という題で記事にした。
http://hansenjuku.cocolog-nifty.com/blog/2013/10/post-2a37.html

 中身は、このシリーズのひとつとしてもいい内容だが、重複を避け別の角度から検討を試みたい。また、シリア情勢については、下記のURLで書いているので同様に参考に供したい。
2013年9月 8日「オバマ、計算できてるの?」
http://hansenjuku.cocolog-nifty.com/blog/2013/09/post-cd5e.html
2013年9月10日 「オバマ、計算通りか?」
http://hansenjuku.cocolog-nifty.com/blog/2013/09/post-b891.html

 世界の石油エネルギーを牛耳ることで富の源泉としたアメリカは、需要の増大で戦後は輸入国となった。これを補ったのが中東、なかんずくサウジアラビアである。石油資源国有化やOPECの勃興で揺らいだように見えたが、探鉱、採掘、精製、輸送、販売などはメジャーズに頼らざるを得ず、サウジ王室とアメリカの親近関係に陰りを見せるようなことはなかった。

 そこに波乱を起こしたのがイランである。親欧米のパーレビー王朝を、亡命中のイスラム・シーア派のカリスマ的指導者ホメイニが倒した、いわゆるホメイニ革命である。欧米の石油利権は否定され、これに反対する国は敵視した。

 アメリカ大使館の学生などによる占拠事件は、両国の関係を極端に悪化させ、互いに話の通じ合わない敵性国に位置付けた。アメリカは、核開発疑惑で経済制裁等の包囲網を築いたが、同様な行動を進める北朝鮮より強い態度で臨むのは、それが中東であり、好戦的なイスラエルの先制攻撃を招きかねないということだろう。

 スンニ派だけにとどまらず、イスラム全体の総本山メッカの保護者として自負するサウジ王家にとって、シーア派国家イランは脅威である。強力な革命軍を擁するイランがペルシャ湾口ホルムズ海峡を封鎖するようなことが起きれば、簡単に経済封鎖されてしまう。

 サウジの北に位置するイラクについては、湾岸戦争、ブッシュによる侵攻とフセイン政権打倒、自衛隊派兵などで比較的知られているが、現在でも国内のシーア派とスンニ派の抗争で数十人単位の死者がでるテロが続発している。

 もともと、シーア派が多数の国である。アメリカの要求で民主的な選挙をすれば多数派が勝利し、イランに好意をいだくシーア派の政権になることは分かっていた。独裁者とされていたフセインは少数派のスンニ派出身だが支配層を固めることに成功していた。

 かつて、イライラ戦争と呼ばれたイラン・イラク戦争があったが、この時は、アメリカがひそかに手を回し、フセインを援助していたことはあまり知られていない。ブッシュがニセ情報でイラク開戦をしたということと合わせ、何のために多くの血をイラクで流したのかわからない、オバマが文句なしに手を引く政策に転じたのは、遅きに失したとはいえ当然である。

 これまでに見てきたように、エジプト、シリアなどのほかアルジェリア、マリ、ソマリアなど各地で過激な戦闘やテロを引き起こす主体には、かつてのビンラディン門下アルカイダ系の武装組織がかかわっていると言われる。

 しかし、実態は不明でそれぞれに組織的連携があるとも思われない。イラクでシーア派を襲うスンニ派もアルカイダ系であるという憶測がある。いずれも、武器や豊富な資金に支えられている。武器は政府軍などから奪取したもの横流れ品など様々のようだが、資金はどこからくるのか。

 石油危機の頃の塾頭の経験だが、サウジには一夫多妻のもと多数の王子、王族があり、それぞれに石油利権が分配されている。政権の禁輸政策などの枠外として扱うことができるような話しがあったことを知っている。

 イスラム教では、持てる者は持たざる者に喜捨をしなければならない義務がある。サウジの王族の喜捨がシーア派に行くことはないだろが、スンニ派を守る熱心な信者に流れていくことは十分考えられる。アメリカやロシアはもとより、どの国もこれは迷惑だ、と思い始めたのではないか。

 アメリカが核問題解決を話し合うため、柔軟路線に転換したイランの新指導者と話し合いをはじめ、国連のIAEAとも接触を開始するなどよりを戻した。イスラエルやサウジは裏切られたようで内心面白くないだろう。

 しかし、オバマ政権スポークスマンは「これまで通りの緊密な同盟関係に何の変化もない」といった弁明に追われている(下記参照)。日本の尖閣諸島に対する国境問題への弁明とどこか似てはいないか。

 国境問題や人種・宗教問題など、できるだけ2国間または国内で解決してくれ、必要ならシリアの化学兵器のように国連にまかせる。東西対決はもう古い、シェールガス開発で中東にこだわることもなくなった。アメリカは、たしかに心変わりをしたのだ。

毎日新聞 2013年10月23日

【ワシントン白戸圭一】サウジアラビアが国連安全保障理事会の非常任理事国ポストを辞退したことについて、カーニー米大統領報道官は22日の記者会見で「米国とサウジアラビアは、双方の国益にとって重要な安全保障分野で強固な関係を有している」と述べ、サウジアラビアとの良好な関係を維持する考えを強調した。

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2013年11月 5日 (火)

アメリカの心変わり 1

 「大砂嵐」は昨日の記事の最後に触れた新入幕力士の四股名である。出世が速くまだ21歳の若さで、イスラム圏、アフリカ大陸から来た初の外国人相撲取り、出身はエジプトだ。そのエジプトは、目下一寸先もみえないような政治的大砂嵐に見舞われかねない。まずそこから話をはじめよう。

 2010年12月18日に起きたチュニジア革命に続き、翌年1月25日に始まったデモにより翌2月11日、30余年続いたムバラク政権が崩壊した。その後リビアや中東で続々に発生する民衆運動による独裁政権打倒を「アラブの春」などと呼んだが、シリアでの春の大嵐はいつ終息するのか、またエジプトは大砂嵐を避けられるのかどうかの瀬戸際にある。

 その詳しい経緯や内情については省略する。エジプトには、権力機構として軍部、裁判所、、そして大統領と議会がある。この順番は強い方を先にしている。民衆としてデモの主体をなすのはムスリム同胞団と世俗派そしてインテリなどである。

 ムバラク政権を倒したのは、そういった民衆の力の結集のたまものであった。その後軍部の暫定政権のもとで、議会選と大統領選が行われた。そこまでは、アラブを代表する国の民主化ということでアメリカが最も歓迎する筋書だ。

 ところが、選挙結果は慈善事業などで貧困層に根を下ろすムスリム同胞団の代表モルシ氏が勝利した。ムスリム同胞団はエジプトだけではなくパレスチナガザ地区、シリアなど周辺の各国でも国境を越えて強い支持基盤を持つ。

 コーランに忠実で原理・原則を重んじ、信心深いが過激派ではない。そこの代表が大統領になったので、世俗派や軍部はあまり面白くない。そして行政の失敗も加わり、再び起きたデモ・流血騒ぎに便乗した軍部が、クーデターで権力を奪取した。

 裁判所も議会選挙を無効としたり、反政府デモを弾圧し死者を出したなどの理由で大統領を逮捕し、現在裁判にかけている。裁判は報道管制をしているといわれるが、昨日今日の報道ではモルシ前大統領が囚人服を着ることを拒み、「選挙で選ばれた私が大統領だ」などと叫んで裁判無効を叫び、また傍聴人なども騒ぎ出すなど大荒れのようだ。

 さて、そこでアメリカはどう出るか。民主化は遠のくばかり。もともとエジプトへは、イスラエルと親交のあるムバラク政権時代から毎年13億ドルの援助を続けてきた。その援助はこのところ一部をひっこめたり、またケリー国務長官を訪問させ、暫定政権と接触させ、裁判の透明性を要求したりで、腰が定まらない。

 本音は、イスラエルとの妥協を拒むイスラム同胞団がエジプト支配するより、民主化に目をつぶってもアメリカの支援を期待する軍部に期待したいだろう。しかし、イスラエルに隣接するシナイ半島には、アメリカの最も嫌うアルカイダ系の武装組織が力を蓄えているという。

 イスラム同胞団を怒らせて、過激派の影響力が増せばより厄介な火種を抱えることになる。いたしかゆしのアメリカは、中東随一の大国・エジプトに影響力を保ちたいものの、結局どっちつかずの孤立主義(モンロー主義)以外に選択肢はないのではないか。

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2013年11月 4日 (月)

反戦塾乗13/11/4

楽天の優勝
 震災復興とリンクして大騒ぎ。それはそれでいいけど、もし巨人が勝ったらどうなるのか。まさか「東北の人をがっかりさせて怪しからん」とはいえないだろう。結構なことでも同じ画面を何度も見せられるのは苦痛なものだ。前回記事にした開沼博氏の著作『フクシマの正義』の影響か。

園遊会直訴
 山本太郎参院議員が天皇に園遊会で手紙を手渡したということ。これがそんなに大騒ぎすることか。自民党の一部で「政治利用だ」「懲罰だ」と騒ぐ輩がいるのは、無所属で票を集められる氏へのやっかみだとしても、日本一の大新聞が社説にするようなことではあるまい。会場のエピソードで終わりの話である。

世間をお騒がせ
 JR北海道の保安体制不備、銀行の暴力団不正融資、ホテル等のメニュー不適表示、それに東電の汚染水処理などなど。長テーブルを前に、幹部一同がん首をそろえてお詫びする最敬礼映像はほとんど毎日。せめて相撲放送のように、下から、真上から、斜めからといろいろ角度を変えてみたら。「世間をお騒がせ」というが、貧乏人でそんなところへは行けないおいらは何も騒いでいないよ。

大砂嵐
 相撲といえば大砂嵐。新聞曰く、「外国人力士としては最速の幕内に」だと。「最速」とはこなれない用語だなと思ったら、変換で「催促」の次に出てきた。塾頭の方が古いのか。「出世頭(しゅっせがしら)」としたほうがはるかに「かっこよかった」のに。次回エントリーは、中東の政治外交「大砂嵐」にしようかな。 

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2013年11月 2日 (土)

「若い人」に期待!

 前々回、「戦争を知らない人に訴える」を書いた。安倍首相、下村文部科学大臣など、現閣僚のほとんどは戦後生まれだ。年恰好からすると50台から団塊の世代の前、といったところか。まさに、現在の日本を動かしている世代だ。

 世代論は嫌いな塾頭だが、この世代の人に、戦争の何たるかを知らず、占領下の歴史に目をそむける人が多いような気がする。また、いわゆる「自虐史観」に本能的な嫌悪を示す人が多い。たしかに、塾頭が大学に通った頃はキャンパスが壁新聞や立て看で埋まり、マル経全盛時代だった。

 上記の世代は、そういったところで仕込んだ日教組の先生や進歩的文化人の教条主義に反発を感じたのだろう。また最近では、尖閣をめぐる中国の主張が、日本の極左グループ学者による、どう見ても階級闘争史観的こじつけでしかない論文に根拠を得ていることを知り、愕然とした。

 その一方で、上記の世代には、新憲法がGHQの一方的押しつけで、国民は涙を呑んで屈服したとか、核の傘や沖縄の米軍基地、集団的自衛権で米軍に守ってもらわないと特定アジアにやられてしまう、などという別の自虐史観的発想から抜け出せない人が多いことも確かだ。

 そこへ、玉井人ひろたさまから、福島県いわき市出身の社会学者・開沼 博の図書を読んでみたら……というコメントをいただいた。開沼氏は20代で、子供というより孫の世代に近い。若いと言えば、赤木智弘さんの31歳フリーター「希望は、戦争」の考えを知りたくて、図書館に出向いた時以来のことかも知れない。

 手にしたのは、開沼 博『フクシマの正義「日本の変わらなさ」との闘い』である。著者は3.11以前から原発問題に取り組んでおり、多彩で丹念な現地レポートで住民の考えが分かりやすい。パターン化した反原発、脱原発、原発推進論にはいずれにも反発する。

 それぞれの主張を声高に主張する都会の人達は、それぞれの「神話」を作って現地の実態から離れた議論に明け暮れし、やがて時が過ぎれば忘れ去られ、何も変わらぬ一元化した体制に取り込まれてしまう、という趣旨だ。

 後半に対談記事があるのだが、その中でやはり20台の評論家・荻上チキ氏がこう表現する。

 荻上 開沼さんは、常に神話チェックの側にい続けることが社会科学者としての倫理だというお立場なのだと思いますが、それは一つの選択として正しいと思う。脱原発論議は続くでしょうが、それがエセ科学からつながる自然信仰的なものや、レッテル貼りでわかりやすい敵を求める陰謀論や排外主義と結びつきかねない危うさは、現時点でも感じせられる。だから、常に聞き手にとってノイズとなるような、「取りこぼされた声」を可視化し続けていくことになるのでしょう。今は喧騒と戦い、またしばらく経ったら忘却と戦う、骨の折れる作業ではあると思います。

 同書を要約するとそうなるのだろう。塾頭は、3.11後福島に行ったこともないし原発立地で取材したこともない。かつて、通産省公益事業局やエネルギー庁、エネルギー政策に関係する仕事をしていたことはあるが、原発については素人だ。

 戦争については、兵士や戦場の経験はないが、身内の戦死、田舎までやってきた米軍機の機銃掃射から草薮に身を隠したこと、敗戦、占領、講和までつぶさにその空気を吸っている。したがって反戦塾で「神話」を書いているわけではないという自負がある。

 そのあたりは、開沼氏が迷惑するかもしれないが100%共感を覚える。また開沼氏が対立軸に上げる都会と過疎地についても、貧しい田舎暮らしの経験を持つ塾頭には理解できる。しかし、「日本の変わらなさ」を指摘するだけでは、それも一つの神話を作ってしまうことにならないか。

 開沼氏はリアリストを自認する。だからこそ、鋭い観察眼で新視点を提示すると同時に、「日本を変える」のは他人、という考えから脱却するところまで期待したい。それでなければ「も一度同じような事故が起きないと……」などという発言が飛び出すように、「希望は戦争」と選ぶところがなくなる。

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