« 花2題 | トップページ | ひきこもり日本 »

2013年10月20日 (日)

死刑制度

 1961年に起きた「名張毒ぶどう酒事件」で、最高裁が奥西勝死刑囚の第7次再審請求を退けた。反戦塾だから左翼で死刑制度に反対かというとさにあらず。共産党・社民党が反対でも、塾頭は死刑制度存続賛成派である。

 ただし、今回の判決は間違っており、再審の道を開き無罪とすべきだったと思う。1審は無罪だったが、再審以降の「使われた毒物を所持し自白に符合する」といった検察側の主張を丸呑みしたものだ。

 自白をひるがえしてから半世紀にわたり無罪を訴え続け、高齢で死線をさまような病気にも耐えながら再審を求め続ける強靭な精神力――これだけで「疑わしきは罰せず」の情状が成り立つのではないか。

 もうひとつ、「犯罪者は憎い。死刑でなければ納得できない」という被害者遺族の発言、報復論にも加担したくない。「やられたらやり返す。倍返しだ!」という流行語にも抵抗を感ずる塾頭なのだ。

 にもかかわらず、死刑存続を妥当と考えるのは、幼い頃、「人を殺せば自分が殺されてもしかたがない……」という親の訓え?がなんとなく身についているせいかも知れない。また、芝居じみた土下座より「死んでお詫びする」という心情に美意識を感じる方だ。

 これらは、多分に東洋思想圏の中にあり仏教に影響されているからかもしれない。死刑制度廃止を強く打ち出しているのは、おおむねキリスト教圏内にある国々に多く、人権問題というより文化の差もあるのではないか。

 上に述べたように、死刑執行はどんな理屈であろうと理由を設けて避けた方がいい。否認し続ける囚人には、誤審の可能性を100%否定できないということで執行を停止すべきだ。ただし、死んでお詫びする権利まで奪ったり、因果応報を否定してしまうのがヒューマニズムだという考えには、どうしてもなじめない。

 ヘーゲルの弁証法は、仏教思想に影響を受けたとされる。「脱亜入欧」→「大東亜共栄圏」→「欧米価値観」の先にあるものも考えていい時機にきているのではないか。

|

« 花2題 | トップページ | ひきこもり日本 »

エッセイ」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/468248/53660531

この記事へのトラックバック一覧です: 死刑制度:

« 花2題 | トップページ | ひきこもり日本 »