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2013年10月 7日 (月)

歴史修正主義の温床

 新聞1面の下に単行本の広告がある。その中で、天智天皇は皇太子でなかった、とか教科書の書き換えが必要、などのコピーが目についた。古代史の中では卑弥呼に関するもの、聖徳太子に関するものなどが「異説」の対象となることが多いが、天智天皇(中大兄皇子)に関するものも多い。

 津田左右吉史学の影響もあってか、日本書紀が天皇の権威づけや藤原家の優越性を強調するため、藤原不比等などにより、歴史の改ざんや潤色に満ちたものである、とする風潮が戦後の常識となった。

 塾頭は、津田氏の功績を評価するが、そこから抜け出せない、あるいは史料評価等に消化不良がある「とんでも史学」は排除する。ことに古代史関係は、文献史学の裏付けとなる考古学を最重視する。

 たとえば聖徳太子については、当時仏教関係者、豪族等の間ではに文字による記録が進み始めた時代で、聖徳太子と同時代の推古天皇の古墳とみられる植山古墳から発見された、竹田皇子合葬を記録した記紀の記載と符合する遺構に注目する。

 同時期の蘇我氏には、国史編纂の各種文献資料が集められており、多くは焼失したが当時の常識としてのごく間近な歴史が存在し、その中で天智・天武兄弟も育ったわけだ。それらの伝承は、日本書紀編纂の際に集められた各氏家伝や、風土記などに反映されていると見ていいだろう。

 そういった、文献史料などかどう日本書紀に反映されたか、については、当ブログ”『日本書紀』の読み方”を見ていただきたい。執筆者は、時の権力者の意向で筆を曲げる、津田氏が『粛慎考』でいう「官人のさかしらしさ」があるような人たちでないことが分かってきたのである。

 日本書紀に先んじて書かれた権威ある文献が他になく、多くの人の手になる史書として第一級の文献であることは、改めて言うまでもない。

 天智天皇には頭書のような異説だけでなく、大化の改新は皇太子時代の事績ではないとか、実は、弟とされる天武天皇は父違いの兄であるとか、「甲子の宣」という行政改革は架空であるというようなさまざまな異説がある。

 塾頭がそれらを買っていないのは、日本書紀完成当時、天智末期に成人に達していた豪族などの知識階級が存命しており、書紀編纂に協力していたはずだからである。また、日本書紀の編纂責任者は藤原不比等ではなく、国史編纂を推進した天武の皇子・舎人親王で、天智は祖父でもあった。そういった人々が歴史改ざんに無抵抗で、常識に反する記述認めていたとは到底考えられない。

 時代を知る生き証人がいる限り、「歴史修正主義」は成功しないしやがて消えていく運命にある。塾頭がそれを痛感したのが、占領中のGHQによる日本国民に対する新憲法と東京裁判受入れの強制である。一部の作家などによる叙述は確かにあるが、単にそれを歴史の真相であるかのように扱ってはいけない。

 もうひとつ前の時代のことをあげておこう。張作霖爆殺事件である。通説の日本人軍人であった河本大作の犯罪ではなく、ソ連赤軍特務機関による陰謀であるとする説である。これは塾頭の親たちの世代が知る時代に起きた周知の事件である。

 犯人の河本をはじめ、かかわった周辺の人々、協力した中国人たちの証言や調書などもそろっており、事件の処理に時の総理大臣田中義一や昭和天皇までかかわっている。いわば、時の人にとって常識化した歴史である。

 最近になって、ソ連特務機関説に飛びついたのが中西輝政、田母神敏雄、桜井よしこ氏など特定の雑誌ではおなじみの論客である。日本を美しい国とするための大陸侵略を認めたくない面々で、さすがにこの修正主義は線香花火のように姿を消してしまった。

 こういった歴史修正主義は、当時の空気を知っている人が多数を占める時には出現しないが、やや後の時代になって自らの主張信条の正当化を試みようとする、または売名に走ろうとする人によって持ち出される。もちろん歴史にはいろいろな推論、試論があっていい。

 それがないと歴史の本当の姿が浮き上がってこない。しかし、本当の姿がかき消されるようなことがあれば、国家にとっても人類にとっても危険であり抗争の原因になり得るのだ。これを防ぐためには開かれた討論の場がどうしても必要である。

 中国・韓国との歴史論争についても、先方の宣伝を単に受け流すだけではなく、国際的な議論の場が今ほど必要なことはないと感じるのである。

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コメント

勝海舟は『氷川清話』でほんの30年ほどで江戸の真実が忘れらていく世情を嘆いているのですが、半世紀経った大正時代には本物も江戸時代は、完全に忘れられていた。
日本のいわゆる『時代劇』ですが江戸時代を実情を、当時の人々がまったく知らないので、大正中期に新しく作られた創作劇(フィクション)なのです。
明治末期の日清日露の戦争は江戸時代の教育を知っている最後の世代がトップに立って大活躍していたのです。
大正時代なら現役を退いたとは言え、まだまだ江戸時代生まれの人々が生残っていたのですよ。それでも去るものは日々に疎しで、忘却の力は凄まじい。
大化の改新ですが、日本書記の記述とは大きく違い、
蘇我氏本宗家を滅ぼした乙巳の変の後の時期に、行われたとされるのが今の歴史の到達点です。
国家の公式記録の記紀ですが、今の政府の何とか白書みたいなものですね。
省庁が発表する何とか白書の類が、全て正しくて大事なことは全部書いてあるなら、そもそも政治ブログなど必要ありません。
安倍総理のIOC総会での完全にブロックが、口から出まかせで、2011年末の原発の収束宣言が嘘八百だったことは誰の眼にも明らかです。

投稿: 宗純 | 2013年10月10日 (木) 15時03分

宗純 さま
コメントありがとうございました。

<日本のいわゆる『時代劇』ですが江戸時代を実情を、当時の人々がまったく知らないので、大正中期に新しく作られた創作劇(フィクション)なのです。

一昨日は、山口県巌流島観光をしていましたが、その案内板のほとんどが相当後世(昭和を含む)になって作った伝説ですね。

観光開発の意欲はわかるが、エピソードの創設は感心しない。もっとも武蔵自身の責任もありますが……。

投稿: ましま | 2013年10月16日 (水) 05時39分

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