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2013年10月28日 (月)

戦争を知らない人に訴える

戦争は封建主義と国家主義から
 塾頭にとって敗戦後の占領期間の6年は、中学生から、高校、社会人1年生の時代でした。もっとも社会の動きに多感な世代ですが、戦争の悲劇と平和のありがたさを身をもって知ったわけです。

 その間、当然「なぜ日本が戦争を選びそして負けたのか」というテーマで、さまざまな議論が行われました。その中で当時盛んだった共産主義と社会主義、そして自由主義と資本主義の論争は、ここでは省きます。

 ただ、世界で労働者が階級闘争に勝利すれば、戦争はなくなる、という説が大手を振っていたということだけは上げておきましょう。それを除けば、再び戦争にならないようにするには、日本で「封建主義」と「国家主義(全体主義)」を復活させてはならない、というのが主流だったように思います。

 皇国史観、国粋主義への批判もありましたが、共産党が天皇制反対を公言したこと以外は、どちらかというとアンタッチャブルなテーマでした。これは占領軍の方針を尊重する暗黙の了解が国民の間にあったせいかもしれません。

 戦時中が封建制度ではなかったのに、徹底的に封建主義が批判されたのはなぜでしょう。それは、明治憲法が、近代的スタイルを持ちながら、江戸時代の封建的体質を捨てきれずに運用されてきたことによるものかも知れません。

 たとえば、「うちのおやじは封建的で理解がない」とか、「あの村長は封建的だから」などという、新時代を理解しない頑固者といったとらえ方です。「封建」とは、共同社会に一定の枠組みを設け、その中で主従関係の秩序を保とうという考えで、民主主義が軽視されます。

 そういうと、自民党の改憲草案を思い出します。以前にも書いていますが、「家族」を骨格として、それを社会・国家に組み立てる、つまり「個人」の尊厳や権利を後退させる「封建」思想を取りこんでいる点です。

 同時にそれは「国家主義」へと発展します。生活の切り詰め、応召、従軍、戦病死、すべてが「お国のため」となり、個人は全体のために奉仕する存在、つまり国あって人なしの「全体主義」になってしまうわけです。

 自民党改憲案がそこを狙ったものとは考えたくありませんが、安倍首相の最近の動きは、戦前の軍国主義復活を思わせるような改憲の下準備をしていると思われても仕方がないのです。国民的議論になる前に既成事実を作っておこうという態度が見え見えなのです。

 曰く、秘密情報を国民の目から遠ざける特定秘密保護法案、安保政策の独占的司令塔づくりの「日本版NSC」設置法案、それに武器輸出3原則変更、集団的自衛権の見直し、改憲の起案を議員の3分の2から過半数にする憲法96条改正などなど。これらが大正から昭和初期の動きそっくりなのです。この点はいずれ機会を見て述べます。

 中には、十分議論を経た上で法制化すべきと思われるような案件もあるのですが、首相お気に入りの人選をした有識者会議や前例のない人事介入で役人をすげかえたりして、首相が考える既定の結論を出したうえ、ねじれ解消をした現国会での決議を急ごうとしている点です。

 これを阻止するにはどうしたらいいでしょう。昔のように大規模デモやゼネストで政権を動かすといったことができればいいのですが、簡単ではありません。また一部マスコミは完全に政府の尻馬に乗っています。しかし、塾頭は戦争を知らない人たちの多くが戦争より平和を望んでいると信じており、決して安倍首相の考えに同調しているわけではないことを知っています。

 そこで、ただ沈黙するだけでなく、我がこととして会合で、職場で、ネットで声をあげてほしいのです。「えっ!、この人が」と思わせるのは効果があります。こうして、公明党など与党内の慎重派を元気づけ、野党の政策変更を促進させ、新聞論調などに影響を与えることがでまれば、反戦塾として「浮かぶ瀬もあり」ということになります。 

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コメント

だらだらと書いてみたい。私の父は長嶋さんと同い年で、学校の写真新聞で連合軍に裁かれた下っ端の奴らをハンギングしたことを死に致る時間まで克明に書き込みしていた、生々しく伝えていたぞとか、大戦末期、ワイルドキャットらしき戦闘機[物がないとか言う割りには、何故か連合軍の戦闘機などを色刷りで回覧板的なモノで紹介していた。チビには『道理』よりも見た目なので(笑)、連合軍がたちまち大好きになった。くそ、アレ、盗んどけばよかったと、よく言っていたものです…因みにB-29の太陽に輝く様が今でも美しい、アレこそ死の芸術と宣う危険な平和主義者(笑)]が、ふざけて急降下してきて、兄貴から川に突き落とされて、死ぬ思いをしたこと。防空壕からたんぼを見ていたら焼痍弾が落ちてきて眼の前にまで苛烈な勢いで[実際にはもちろん、距離はあるのだが…]火の海が迫って来たとか、学校教育を遵守して『耳と目を両手で塞いだまま』黒焦げになって小学生たちが健気にもくたばっていた様、それなのに目ん玉や鼓膜を守れと、俺の担任も政府の指示と厳命していた…だから、お上を信じるな等…相当細かく思い出話を聞かされたものである。
あまりプライベートなことは書けないが、あの岩見と30キロ位しか離れていない所に我が父は戦後暮らしていた。因みに彼も…庭先に朝鮮虎の親子が現れ、彼の母が無言ながら血相を変えて沈黙を強いたという、すさまじい記憶しかないというが…幼少期に大陸経験があったという。
うちの場合は、朝鮮半島で警官をしていたの爺さんが海軍陸戦隊[それっぽい名前。多分、海兵隊みたいなのか?]に太平洋戦争勃発あたりかに駆り出され?家族は日本に戻ったとのこと。私が生まれる直前に彼は死んでいるから、これも父からの話。この爺さんの話も興味深い。楊子江、長江のことか…の蛙がカチカチに干上がっていた、大陸の寒暖は半端ではないとか、何よりも印象深かったのは『クーニャンが爆風で首がもげ、バァーンと空に舞った時、怖いというよりは、キレイに見えた。服と血の色が…』という話であった。戦は人の心をここまで鈍らせるのだと、子供ながらに痛感させられた。
非常にだらだらと個人的なことを書きなぐってしまったが、一億の民のたった一軒だけでも、叩けば埃が出るのだ。橋下たちの元従軍慰安婦蔑視騒動のさなか、あえて『私はアレを利用した』とカミングアウトした勇気ある人々も出た。それでもである(怒)。先の慰安婦騒動で窮地な橋下記者会見をライブで流し、飛田新地ネタを突然ツッコミされて、テレビ的にも、まずーい空気になってしまった[ゲストの矢崎滋が『橋下さん、もう、言っちゃダメ』と口パクながら、素人の私でも理解できる有様だった。せっかく橋下擁護に呼ばれていた保守派知識人も、ババをくらったような顔をして、音無しだった…ミヤネ屋より…]のに逆恨みしただろう…後日、リベンジとばかり、讀賣新聞の大ボス的編集委員ゴロちゃんは、薄ら笑みを絶やさず、わざと朝日関係のやたら古〜い『誇張捏造本』をこれは嘘なんです、間違いなんですよと、舐めるように解説しまくりながら、吉見なる大学教授の『従軍慰安婦』分析については、わずか数十秒、たったそれだけの映像紹介で、件のインチキ本とフリップ上にきっちり並べ重ね合わせて『残念ながら、きちんとした証拠は、ないんですねえ(笑)デリケートな話題ですけどぉ!』『河野談話、裏付けはないんです!』と執拗に、20分くらいは畳み掛けて報じていた。
さらに愕然とさせられたのは、九十年代後半、田原の生テレビで産経一派の教科書討論の際、開口一番『あんたたち、ラリってるのか(怒)?ここにいる吉見先生の本、これだけ示しているのに、まだなかったとか嘘とか言い続けるのか!』と手厳しく藤岡たちを詰り倒していた、デーブがにへらにへらと黙っていた点である。
あの橋下騒動さえなければ私は4CHなぞ、決して見なかった[日本シリーズ以外、そもそもチャンネルを合わせてもいない。あのテレ東並に見ない(笑)]が、見た限りは述べねばならない。
あれこそ、現在のクリーピング・ファシズム現象を具現化したものはなかった。ファシズムは一日にしてならず!
真面目に叩けばいくらでも、まだまだ先の大戦の埃は出て来るであろうものを遮二無二に叩かせまいとしているのだ。
ネット社会は便利至極で、こうして私風情でも意見はできる。
しかし、ワンクリックでなんでも知ったかぶりになり、自分なりに裏を取ることをスルーするようになったから、安直な極右ブームがネット上では花盛りになったのではないか?タコ壷現象だけではない…。
先日、ひょんなことから、日頃触れることもありえない、部落解放なる、その筋の雑誌を手にとってしまった。あんなマニアックな人権雑誌に?
『ヘイトスピーチ』特集に惹かれてである。
有田議員がかなりの長文で意見をしていて、かなり息苦しくも興味深く読ませてもらった。
あの民主にも、まだ腐っていない人がいたのかと感心したが、彼がヘミングウェイの言葉を掲げていた。
『奴らを通させるな』
これには橋本五郎なり櫻井よし子なり、マスメディアに跋扈する文化人どもも当確だと言いたい!
間違いを嘘だと言い募り、危険な道に歩ませる奴らもヘイトスピーカーと本質は何等変わらない。
ただ、私は単に右翼だからやっつけろで、こんなことを言っているのではない。小林節教授みたいなのには、敵ながらアッパレと評価している。むろん改憲論では厳しい対立関係になるのは必至だが…。
非常にダラダラと書き込みをしてしまったが、岩見みたいな輩がその点でも最も許せないタイプである。田原にも同じ臭いを強く感じる。
二人に通じるモノは、最期の最期まで『主流派でいたい』という欲得めいたモノである。

投稿: 暇 | 2013年11月 9日 (土) 02時35分

途中で切れて、すみませんでした…先日、ひょんなことから、日頃触れることもありえない、部落解放なる、その筋の雑誌を手にとってしまった。あんなマニアックな人権雑誌に?
『ヘイトスピーチ』特集に惹かれてである。
有田議員がかなりの長文で意見をしていて、かなり息苦しくも興味深く読ませてもらった。
あの民主にも、まだ腐っていない人がいたのかと感心したが、彼がヘミングウェイの言葉を掲げていた。
『奴らを通させるな』
これには橋本五郎なり櫻井よし子なり、マスメディアに跋扈する文化人どもも当確だと言いたい!
間違いを嘘だと言い募り、危険な道に歩ませる奴らもヘイトスピーカーと本質は何等変わらない。
ただ、私は単に右翼だからやっつけろで、こんなことを言っているのではない。小林節教授みたいなのには、敵ながらアッパレと評価している。むろん改憲論では厳しい対立関係になるのは必至だが…。
非常にダラダラと書き込みをしてしまったが、岩見みたいな輩がその点でも最も許せないタイプである。田原にも同じ臭いを強く感じる。
二人に通じるモノは、最期の最期まで『主流派でいたい』という欲得めいたモノである。
因みに塾頭氏が荻上チキさんの話を紹介していたので、おせっかいながらもう少し。
あの人は相当、頭の切れるサイレント・ファイターである。
彼が出るらしいから、あえて老害言論歌舞伎役者;田原の生テレビをチェックする程(笑)。
彼は平日毎晩、TBSで柔らかくも鋭いトークを展開していますね。なかなかあの時間帯にラジオを合わせる機会がないが、タレントさんにも秘密保護法案の問題点とか、遠慮なく『さっぱりと』トークに持ち込むセンスはナイスです。
こういうものにも年齢はない。よく頑張っていると思いますよ。

投稿: 暇 | 2013年11月 9日 (土) 02時49分

長いコメント(*^-^)ありがとうございました。

従軍慰安婦は本文で書きにくいのですが、フィリピン戦線で敗戦により原隊がばらばらになり、一人の兵隊がジャングルの中朝鮮人慰安婦一人と出会って逃避行を続けた体験談の記録を見ました。

それによると、乏しい食糧を分け合いまた獲物をさがし、ワニのいる川を兵士が命がけで女を背負って渡り、何日もかけてようやく帰還船の出る港にたどりついた、という美談もあります。2人は多分結婚したでしょう。

慰安婦には朝鮮人を上回る日本人の慰安婦がいたはずです。前線では想像を超える苦難があったでしょうが、性奴隷などでなかったという日本人慰安婦の証言もほしいですね。

強制連行については、塾頭の経験だと戦争末期には軍も労働者も日本人だけでは「人的資源」が不足、志願や徴兵または徴用を朝鮮人にも同じ日本人として適用するようになります。

このことから、朝鮮人差別は厳禁され、官憲が先に立って朝鮮人の反感を買うようにことを、極力避けるようになったと思います。

しかし、本人がそういうのなら証拠はないけど仕方はありません。また、戦争の惨劇は日本人・朝鮮人の別なく降りかかっており、日本の戦争指導者(戦犯)はその責任を免れません。

結論は、河野談話に言葉足らずの所はあるが、処理としてはそれしかないということでしょう。

投稿: ましま | 2013年11月 9日 (土) 10時17分

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