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2013年10月

2013年10月29日 (火)

日本外交は野暮で間抜け?

 前回の記事で、現在の安倍首相外交・安保政策について「大正から昭和初期の動きそっくり」と書きました。要は世界の潮流から見て「周回遅れ」なのに、何か得意然としてその轍を追っかけているからです。

 「野暮」も「間抜け」も下世話な言葉ですが、日本をそんな政治家・官僚に託してもいいのでしょうか。たまたま、下記の引用文に表れた言葉を将来への戒めとして紹介しておきます。「野暮」は、1919年(大正8)のパリ平和会議に随行した松岡洋介が、この会議で認証を得たい「対華21か条」(中国での利権獲得)について各国の感触をさぐり牧野信顕全権大使へ報告した内容です。(加藤陽子『戦争の日本近現代史』所載)

 また、「間抜け」は、今日(10/29)付の毎日新聞コラム”余禄”に表れました(原文は「間が抜けてみえないか」)。これは、日本で法制化を急いでいる機密保護法案に関してですが、前回指摘した武器輸出拡大、集団的自衛権解釈、核の傘依存など、すべて国際間の動きに逆行しており同様でしょう。

 「野暮」の方は、日本の大陸侵略がここから(対華21か条要求)始まったという認識を塾頭は持っています。この時世界は、帝国主義的植民地競争の反省期に入っていたのです。「間抜け」の方も、これが「世界の孤児」の始まりになってしまっては、取り返しがつきません。マスコミにそんな指摘を受けないよう、与野党政治家諸君の良識を待ち望むこと切なるものがあります。

・野暮

所詮我に於てこれを弁疎せんとすることすら実は野暮なり。我言う所多くは Special pleading (手前勝手な主義:塾頭注)にして、他人も強盗を働けることありとて、自己の所為の必ずしも咎むべからざるを主張せんとするは、畢竟窮余の弁にり。真に人をして首肯せしむるや疑問。

・間抜け
http://mainichi.jp/opinion/news/m20131029k0000m070160000c.html

(前略)▲「世界における米国のリーダーシップはその民主主義と透明性にかかっている」。こう述べたのはスティムソン(かつて国務長官をつとめ、「紳士は互いの信書を盗み見ない」という方針をとり更迭された:塾頭注)ではなく、ほかならないオバマ大統領である。今夏、CIA元職員の暴露をきっかけとした米政府の情報活動見直しをめぐってそのように言明をしていた

(中略)▲情報活動の適否を民主主義と透明性から問い直す米欧のせめぎ合いである。それら他国との情報共有を大義名分とする日本の特定秘密保護法案だが、こうなれば何やら間が抜けて見えないか。

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2013年10月28日 (月)

戦争を知らない人に訴える

戦争は封建主義と国家主義から
 塾頭にとって敗戦後の占領期間の6年は、中学生から、高校、社会人1年生の時代でした。もっとも社会の動きに多感な世代ですが、戦争の悲劇と平和のありがたさを身をもって知ったわけです。

 その間、当然「なぜ日本が戦争を選びそして負けたのか」というテーマで、さまざまな議論が行われました。その中で当時盛んだった共産主義と社会主義、そして自由主義と資本主義の論争は、ここでは省きます。

 ただ、世界で労働者が階級闘争に勝利すれば、戦争はなくなる、という説が大手を振っていたということだけは上げておきましょう。それを除けば、再び戦争にならないようにするには、日本で「封建主義」と「国家主義(全体主義)」を復活させてはならない、というのが主流だったように思います。

 皇国史観、国粋主義への批判もありましたが、共産党が天皇制反対を公言したこと以外は、どちらかというとアンタッチャブルなテーマでした。これは占領軍の方針を尊重する暗黙の了解が国民の間にあったせいかもしれません。

 戦時中が封建制度ではなかったのに、徹底的に封建主義が批判されたのはなぜでしょう。それは、明治憲法が、近代的スタイルを持ちながら、江戸時代の封建的体質を捨てきれずに運用されてきたことによるものかも知れません。

 たとえば、「うちのおやじは封建的で理解がない」とか、「あの村長は封建的だから」などという、新時代を理解しない頑固者といったとらえ方です。「封建」とは、共同社会に一定の枠組みを設け、その中で主従関係の秩序を保とうという考えで、民主主義が軽視されます。

 そういうと、自民党の改憲草案を思い出します。以前にも書いていますが、「家族」を骨格として、それを社会・国家に組み立てる、つまり「個人」の尊厳や権利を後退させる「封建」思想を取りこんでいる点です。

 同時にそれは「国家主義」へと発展します。生活の切り詰め、応召、従軍、戦病死、すべてが「お国のため」となり、個人は全体のために奉仕する存在、つまり国あって人なしの「全体主義」になってしまうわけです。

 自民党改憲案がそこを狙ったものとは考えたくありませんが、安倍首相の最近の動きは、戦前の軍国主義復活を思わせるような改憲の下準備をしていると思われても仕方がないのです。国民的議論になる前に既成事実を作っておこうという態度が見え見えなのです。

 曰く、秘密情報を国民の目から遠ざける特定秘密保護法案、安保政策の独占的司令塔づくりの「日本版NSC」設置法案、それに武器輸出3原則変更、集団的自衛権の見直し、改憲の起案を議員の3分の2から過半数にする憲法96条改正などなど。これらが大正から昭和初期の動きそっくりなのです。この点はいずれ機会を見て述べます。

 中には、十分議論を経た上で法制化すべきと思われるような案件もあるのですが、首相お気に入りの人選をした有識者会議や前例のない人事介入で役人をすげかえたりして、首相が考える既定の結論を出したうえ、ねじれ解消をした現国会での決議を急ごうとしている点です。

 これを阻止するにはどうしたらいいでしょう。昔のように大規模デモやゼネストで政権を動かすといったことができればいいのですが、簡単ではありません。また一部マスコミは完全に政府の尻馬に乗っています。しかし、塾頭は戦争を知らない人たちの多くが戦争より平和を望んでいると信じており、決して安倍首相の考えに同調しているわけではないことを知っています。

 そこで、ただ沈黙するだけでなく、我がこととして会合で、職場で、ネットで声をあげてほしいのです。「えっ!、この人が」と思わせるのは効果があります。こうして、公明党など与党内の慎重派を元気づけ、野党の政策変更を促進させ、新聞論調などに影響を与えることがでまれば、反戦塾として「浮かぶ瀬もあり」ということになります。 

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2013年10月26日 (土)

秘密保護法案

特定秘密保護法案閣議決定(10/25)に寄せて。

昭和17年4月18日(於・神戸)――妹尾河童『少年H・上巻』(講談社文庫)より。

 この空襲で、一人亡くなったそうだが、ラジオも新聞も「死者一名」の報道はしなかった。
「新聞はウソばかり書きよる!」とHは腹をたてた。父親が新聞を手にしたまま、
「そら都合の悪いことは書かんわ。新聞が本当のことを書くと思わん方がええよ。軍の検閲ということもあるけど、新聞社も戦争に協力する姿勢をみせとかな潰されるからな」といった。

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2013年10月25日 (金)

原発事故、起きて当然

 放射能は、線量よって人を死に至らしめる猛毒中の猛毒だ。原発は蟻の這入る隙もなく、水も漏らさぬ完璧な装置であると思いこんでいた。ところが、ネズミは通すは、汚染水は漏らし溢れせさせるは、とてもそんな水準にないことが分かった。

 ここに、原発の古典ともいうべき武谷三男編『原子力発電』(岩波新書)という本がある。1976年2月初刊本で、線量をレム、放射性物質の単位をキューリーとしていた時代である。その冒頭「序にかえて」を見ると、現状を知って書いたのではないか、と思えるほどなのだ。

 原子力利用の長い道のりは、目前の目的のためにあせればあせるほど、ますます遠い見果てぬ夢となっていく。原子力はまだ人類の味方でなく、恐ろしい敵なのである。日本の諸所方々に建設され、さらに計画されている大型の原子力発電所が何をもたらすだろうか。さらに世界の原子力発電所が人類に何をもたらすだろうか。われわれは無関心でいるわけにはいかないのである。

 現代はいまだに原水爆時代であって原子力時代ではない。これは私がすでに東海一号原発導入のとき以来唱えつづけてきたことであるが、現在もそのまま成立する。一般にいって前後の技術革新をになう主要な技術は、第二次大戦中に開発されたもので、戦争の性格を強く持っている。圧倒的規模での大量生産、大量消費は第二次大戦の「みな殺しの戦争」のやり方を、利潤場面に転用したやり方であり、戦争は勝つことだけに目的があり、後は野となれである。戦後平時の各国独占資本のシェア争いの場面で同じことが行われ、あとは野となれ式競争が、地球汚染をまねき、特にブレーキのない日本で公害天国を現出した。

 第二次大戦およびその後の技術革新の特徴を象徴的にあらわしているのが原子力である。これは戦争技術としては人類滅亡を、今日直ちに用意しており、平和利用も不用意にやられたとしたら、やはり、じわじわと人類を滅亡に導くだろう。

 福島第一原発の事故は、はしなくも原子力村の存在を表面化したが、前述の「利潤場面」の悪質な利益共同体的実態を暴露した本が現れた。若杉冽(れつ)『小説・原発ホワイトアウト』(講談社)だ。

 毎日新聞(10/22)が明らかにしたところによると、著者は、匿名ながら現役のキャリア官僚であり、発刊の結果、原発再稼働にひた走る経済産業省と電力業界、政治家を結ぶ闇のトライアングルを描き霞が関からの「内部告発」として波紋を広げているという。本人と会って取材しているだけに全く虚構とは思えない。そこで、
http://mainichi.jp/feature/news/20131022dde012040012000c.html

 電力業界の政治献金で飼い慣らされた与党政治家と業界幹部、両者と軌を一にする経産官僚が原発再稼働に向けて暗躍する姿を縦軸とし、役所のあり方を疑問視する若手官僚の抵抗、原発テロ計画といったエピソードが横軸として交錯していく。「柱の部分は私の知る事実がベース。役所では表立って話題にしませんが、裏ではみんな『詳しすぎる。作者はだれだ』と大騒ぎです」。
業界団体「日本電力連盟」に“上納”される預託金は年間400億円。これで業界に有利な政治状況をつくり出す、……

という内容を紹介している。

 このような経営体質が、相次ぐ現場の不始末続出を招いているものとして、新潟や福島県知事そして、原子力規制委員会などの不信感を高めており、武谷のいう「目前の目的のためにあせればあせるほど、ますます遠い見果てぬ夢となっていく」のが現状で、小泉元総理の脱原発宣言も、そのあたりを直感的に読んだからではないか。

 最後に、汚染水の保管・保安体制が、かつて石油会社に勤めた経験のある塾頭が、発火の危険性のある危険物・石油の貯蔵に比べ、いかにずさんで技術レベルの低いものであるかを記した過去ログをつけくわえておく。
http://hansenjuku.cocolog-nifty.com/blog/2013/10/post-f979.html

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2013年10月23日 (水)

カメラは珍し物好き

 Dscf4003_2 近所の池にやってきた渡り鳥のカモ、去年の初見参9日にくらべ2週間も遅い。やはり温暖化の影響だろうか。↓カメラの放列はその新客に向けたものではない。留鳥だがたまにしか見られない小さなカワセミが草むらの端にいたのを狙っているのだ。Dscf4006

Dscf4001

 見慣れた光景ではなく、珍しいものにカメラの目は向く。玉井人ひろたさまのコメントによると、地元でセイタカアワダチソウが依然として空地独占の猛威をふるっているという。孤立している姿はこの花からすると珍しいということになる。

 Dscf4007 そのかわり手前のキク科の花が今を盛りとして咲き乱れる。キク科には似た花が多く、名前が特定できない。菊がセイタカアワダチソウを打ち負かしたのかどうかは、定かでない。

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2013年10月22日 (火)

安倍内閣を称賛しよう

 前回の「ひきこもり日本」から一転、塾頭はそううつ症の診断を受けた方がいいと言われるかもしれないが、不倶戴天の敵と言ったこともある安倍内閣を称賛する。もちろん、「核兵器の非人道性に関する共同声明に関する共同ステートメント」へ参加のことだ。

 安倍首相とは、相容れない反戦塾だが、ブログ上で、どうくさしてみたところでごまめの歯ぎしり。世論の圧倒的支持を背に、あと3年はその座を明け渡すことがないかも知れない輝けるわれらの宰相なのだ。そうであれば、よい事にはよいと素直に反応し、拍手を送るようにしたい。

 当たり前のことといえばそのとおりなのだが、これまでの保守議員にはそれができなかった。また、民主党政権でも前向きな政策決定を見送った。思い起こすのは、クラスター爆弾禁止条約参加を決めた時のことだ。

 今回同様、ニュージーランドや北欧などの有志国の提案やNGOの運動、そしてイギリスの参加などをみて、世界規模の機運が高まっていたが、日本では、アメリカとの共同作戦に支障をきたすとか、上陸した敵を殲滅するためといった理由で、防衛庁などの執拗な反対に参加が阻まられていた。

 福田首相は、前向きに考えようとしていたが、公明党の浜四津代表代行などが公邸を訪れ、首相の背中をポンと押したことが効いた。日本の参加で条約は大きく前進し、米ソなど不参加国があっても、化学兵器同様事実上使用できなくなるような効果を生んだのである。

 これまで政府は、「日本の安全保障政策と矛盾するため」という理由をかかげ、日本は「核の傘」と呼ばれる米国の核抑止力に安全を依存しているという立場をとっていた。声明にある「いかなる状況でも核兵器が二度と使われないことが人類存続の利益」という文面の「いかなる状況」という表現を問題視していたのだ。

 今回は、「あらゆるアプローチや努力を支える」などの文言が入ったことで、核抑止力の存在を認めながら徐々に核軍縮を目指す日本の立場と矛盾しないとして参加することにしたものだ。実質的には大変更というほどのものではない。外交努力の結果という実績づくりをしたまでのこと。

 この決定には、広島出身の岸田外相の意向が大きく働いているという。エライ!。塾頭は日米2+2会談を2+0.5・0.5会談だと揶揄したが、これも撤回してお詫びする。今後とも、安倍首相のためでなく日本国民のために頑張ってもらいたい。

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2013年10月21日 (月)

ひきこもり日本

 サウジアラビアが国連安保理非常任理事国に選ばれたのに、それを辞退した――、こんなニュースが流れた。理由は、ペルシャ湾を挟んでにらみあうシーア派大国イランと、これに劣らず不倶戴天の宿敵同士であったはずのアメリカが、にこやかに話し合いのテーブルについた、ということらしい。

 シリアでも、アサド政権打倒のため、反政府組織にせっせと武器援助をしてアメリカに協力していたつもりなのに、ロシアと手を組んでアサド延命に方向転換した。これまでなら、安保理でアメリカ・サイドの票が1票ふえることになり、アメリカにとってもウエルカムだったはずだがこれを蹴とばした。

 つまり、アメリカの裏切りに対する当てつけだ。サウジとアメリカの蜜月は、日本敗戦の翌々年1947年、アメリカ・メジャーズを統合したアラムコの試掘成功、輸出により世界一の産油国に躍り出た時に始まる。精製設備はもとより、輸送などインフラ整備・近代化などアメリカなしでは考えられない。

 イラクがクエートに侵攻した時も、いち早くサウジ防衛のためとして大量の米軍をサウジに投入した。かつてのアメリカは世界一の石油産出国で、アメリカの富はこれに支えられた。戦後、これに代わる資源は中東にとって代わり、国富と石油利権は密接不可分と考えられてきた。

 アメリカ大陸におけるシェールガス・オイルの開発成功は、再びアメリカをエネルギー自給国とする可能性を高めている。アメリカの中東への関心が薄くなることを、誰も押しとどめることができない。

 もうひとつ、蜜月関係に隙間風を生じているイスラエルがあるが、これを論ずると複雑になるので話の外に置く。ここで、イラン・サウジ・アメリカを中国・日本・アメリカに置き換えてみるとどうなるか。すでに似たような状況がないとはいえないようになっている。

 北朝鮮、尖閣、靖国参拝、集団的自衛権、基地……いろいろある。サウジ人は、ベドウィンの血を引く今でも誇り高い民族である。また、王族もメッカという聖地をかかえ、全イスラム教徒の保護者であるというプライドがある。

 なにも当てつけをしろとは言わないが、与野党ともにアメリカに対し、せめて英国やEUなみの忌憚ない発言ができないものか。いつももどかしく思う。

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2013年10月20日 (日)

死刑制度

 1961年に起きた「名張毒ぶどう酒事件」で、最高裁が奥西勝死刑囚の第7次再審請求を退けた。反戦塾だから左翼で死刑制度に反対かというとさにあらず。共産党・社民党が反対でも、塾頭は死刑制度存続賛成派である。

 ただし、今回の判決は間違っており、再審の道を開き無罪とすべきだったと思う。1審は無罪だったが、再審以降の「使われた毒物を所持し自白に符合する」といった検察側の主張を丸呑みしたものだ。

 自白をひるがえしてから半世紀にわたり無罪を訴え続け、高齢で死線をさまような病気にも耐えながら再審を求め続ける強靭な精神力――これだけで「疑わしきは罰せず」の情状が成り立つのではないか。

 もうひとつ、「犯罪者は憎い。死刑でなければ納得できない」という被害者遺族の発言、報復論にも加担したくない。「やられたらやり返す。倍返しだ!」という流行語にも抵抗を感ずる塾頭なのだ。

 にもかかわらず、死刑存続を妥当と考えるのは、幼い頃、「人を殺せば自分が殺されてもしかたがない……」という親の訓え?がなんとなく身についているせいかも知れない。また、芝居じみた土下座より「死んでお詫びする」という心情に美意識を感じる方だ。

 これらは、多分に東洋思想圏の中にあり仏教に影響されているからかもしれない。死刑制度廃止を強く打ち出しているのは、おおむねキリスト教圏内にある国々に多く、人権問題というより文化の差もあるのではないか。

 上に述べたように、死刑執行はどんな理屈であろうと理由を設けて避けた方がいい。否認し続ける囚人には、誤審の可能性を100%否定できないということで執行を停止すべきだ。ただし、死んでお詫びする権利まで奪ったり、因果応報を否定してしまうのがヒューマニズムだという考えには、どうしてもなじめない。

 ヘーゲルの弁証法は、仏教思想に影響を受けたとされる。「脱亜入欧」→「大東亜共栄圏」→「欧米価値観」の先にあるものも考えていい時機にきているのではないか。

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2013年10月18日 (金)

花2題

 Dscf3996 上の花の名はよく知っている。セイタカアワダチソウ。戦前には見なかった外来種で、一時は日本のススキの原や休耕田をけばけばしい黄色で占領しつくし、嫌われた。

 それが最近ではすっかりおとなしくなり、背高もほどほどで密集することもなく可憐ないろどりを添えている。蝶が寄ってもさまになる。なんだかブッシュ(藪)変じてオバマになったみたい。

 Dscf3994 下の花の名は知らない。日当たりの悪いブロック塀の根元に咲いていた。そのまま載せるのでは、手抜きということになる。そこでいろいろ調べてみたら、ホトトギスという花らしい。ホトトギスといえば日本の短歌・俳句によく出てくる鳥でお馴染み。

 鳥と花が同名というのは、なんともまぎらわしい。だけどこの花、れっきとした国産品なのだ。日陰のしめった所でもよく繁殖するという。うん、地味でも津波や地滑りなど天災に負けないシンボルというわけにはいかないものか。

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2013年10月17日 (木)

ガラバゴス・石原慎太郎

 国会の代表質問に維新の会として石原慎太郎が演壇に立った。自称「暴走老人」を長時間立たせる場所ではない。各紙もほとんど”無視扱い”だ。わずかに探しあてた17日付日本経済新聞と毎日新聞から、憲法に関する部分を引用する。

石原氏は憲法に関しても「歴史的正統性がないならば憲法の無効を明言したらいい」と発言。首相は「憲法は帝国議会において議決され有効なものだ」とかわした。石原氏は本会議後、記者団に「役人の書いた答弁だ。あれが限界なんでしょう」と不満そうだった。(日本経済新聞)

石原氏は憲法改正に関連し、「現行憲法は無効」と主張したが、首相は「最終的に帝国議会で議決されすでに六十有余年が経過し、有効だ」と否定した。(毎日新聞)

 以上微妙な違いがあるが、ネットの動画で聞くと、その前にドイツは自主憲法制定などの条件をつけて降伏したが、日本は原爆投下などもあり無条件降伏したとか、占領軍が日本に対する偏見のもとで押し付けたもので、「この憲法に正当性があるのかないのかまずお聞きしたい」という言葉を2度繰り返している。

 三島由紀夫は尊敬するが、中国侵略から敗戦に至る歴史的事実に背を向け、敗戦さえ否定しようとする暴走ぶりである。当塾でもたびたび触れているか、戦後の占領政策であった平和主義、民主主義、人権尊重を根付かせようという動きに水面下で抵抗した、旧戦争指導者や財閥・大地主などの特権階級、当時「保守反動」と呼ばれた一握りの人たちの考えが奇跡的に生き残っているのだ。

 繰り返していうが、日本は戦争に負けたのである。ここで粋がってみても世界の嘲笑を浴びるだけ、日本にとってのプラスは何もない。一体、君はどういった法的根拠で議員や都知事になったのか聞いてみたいものだ。

 すべて戦後の日本国憲法や地方自治法のもとでその身分を得、言論の自由や表現の自由のもと『太陽の季節』を書いたり種々の知性のない暴言をまき散らしていることを棚に上げている。今や、君は保守反動の血を引く希少動物になったことを、全く意識していないのではないか。

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2013年10月16日 (水)

いまこそ「あんぱんまん」

 やなせたかし氏がなくなった。94歳。戦中は陸軍野戦重砲隊として従軍、戦地の厳しさを体験し、弟さんは戦死で失っている。悪をくじき正義を貫く不敵のヒーロー、人を殺しめちゃめちゃにものを壊しても”ごめんなさい”と言わない姿に疑問を持った。

 なぜ、やさしい心で弱者の側に立つ「あんぱんまん」を描いたのか。「背景にあったのは戦争の体験、正義のスーパーマンは飢えた人を助けるのが先決だろうと痛感していたからです」と答えていたそうだ。

 塾頭は「はだしのゲン」のことを書いた時も、戦後のマンガに弱いことを書いた。長女と一緒に見たのが「ムーミン」、次女は「アルプスの少女ハイジ」、長男の時は「ゲゲゲの鬼太郎」と「あんぱんまん」だった。

 しかし、上のような作者の経歴は全く知らなかった。安倍内閣が用いようとする「積極的平和主義」のあやしい妖気は、戦争大好き懇談会、正式には「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」というのだそうだが、戦争の本質を知らない人たちが築いた城から立ち上る。

 同盟国に対立する航海中の外国船臨検なら自衛隊がやってもいいだろう、などというまやかし。外国船の甲板上はあくまでも外国だ。正式な宣戦布告と同じになるのだ。あんぱんまんならきっとすぐ見破ってくれる。

 残念!!。

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2013年10月13日 (日)

屈原

 屈原は、郭沫若の推計によると紀元前340年正月7日生まれだそうだ。楚の懐王の軍事・外交顧問として重用されていたが、意見を異にする官僚の讒言があり、職を解かれて追放された。
 
 詳しくは知らないが、安倍首相は人事権を駆使し、自らの意見に迎合する役人だけを選んで身の回りを固めていると言われる。このところ、五節句の記事を書いていた関係で、端午の節句、ちまき、屈原という連想が生まれた。
 
 職を解かれた役人がどのような思いでいるか知る由もないが、屈原ならこうだ。九章のうちの「惜誦」のほんの一部。(目加田誠『屈原』岩波新書)

羹(あつもの)にこりてなますを吹くという
なんでこの志を変えようとせぬのか
梯子(はしご)を棄てて天に上ろうとするように
依然として始めの態度を固執するのか
衆人はおどろきあわてて心を離した
どうしてまた仲間になってくれよう
同じく君に仕えてもその道がちがえば
どうしてまた私を援けてくれよう

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2013年10月10日 (木)

重陽の節句は10月10日に

 「重陽の節句」は商売にならない?、という記事を去る9月9日に書いた。そのせいでもあるまいが、旧暦の気候にあわせ、1カ月遅らせて10月9日にしたら?、という発言をどこかで見た。9、9という「陽」の数字がかさなるので「重陽」になるが、10、9では重ならない。

 10,10は重なるが「陽」でないとすれば、「双十節」ならどうだ。残念ながらこれは既にある。横浜の中華街では獅子舞が出る中国のお祭りだが、孫文が辛亥革命を起こした日で、国慶節とも言われる。

 右翼は中国はパクリの名人というが、日本がパクッタのは、この五節句だけでなく、漢字をはじめ数えきれるものではない。パクリなら日本の方がはるかに勝っている。この際、双十節もパクろうではないか。そして孫文を日中揃って考える日にする。そうすれば尖閣がどうのこうの、などというケチな話は、きれいにすっ飛ぶよ。

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2013年10月 9日 (水)

程遠い地位協定見直し

 日米安保の地位協定では、日本国内で犯罪を犯した米兵・軍属が公務中の場合は米側に裁判権があり、公務外でも米側が先に容疑者を拘束した場合、身柄は原則として起訴まで日本側に引き渡さない決まりだ。

 もちろん基地内に日本の捜査権は及ばない。つまり形を変えた治外法権が戦後ずっと続いていることになる。治外法権は、その国の国内であるにもかかわらず一定の地域・人に対して国の法律が及ばず主権を外国に一部侵されている状態をいう。

 欧米列強が競ってアジアに植民地を作り、中国・日本等には租借地などを要求し、治外法権のある条約を結ばせた。ペルーが砲艦外交により締結した「日米修好通商条約」がそれである。現実に米国人犯罪者の横行に手も足も出せず、裁判があっても被告人有利の結論しかでなかったのだ。

 他の英・仏・露などとも同様な方法で国交が開かれたが、日本政府は、この屈辱的不平等条約を解消を新政府最大の外交目標とした。それが達成できたのは、日清戦争直前の1894年7月、日英通商航海条約締結が最初である。

 このあと、数年でアメリカをはじめ各国とも治外法権の撤廃を実現させることができた。その間、36年から40年もかかったわけだが、米軍基地については、占領時代を入れなくてもすでに60年以上続いている。

 他にそんな例はあるのだろうか。このたび、米側の裁判結果や米当局の処分の有無、内容について月1回の割合で日本政府が知らせを受けるように運用を変えるという。これまで、最終判決の結果だけ知らされていたようだが、そこまで内緒にされているとは知らなかった。

 それにしても小出しでケチな譲歩である。1ヘクタールだけという沖縄南部の基地返還と同じである。基地の負担軽減などとには程遠く、見直しといっても、その程度のことならやってもらわなくてもいい、と言いたくなるのではないか。

 明治元勲のような気概と信念でことにあたるという姿勢を、今の政治家に求める方が無理なのであろうか。小手先でごまかすのも、もういいかげんにしてほしい。

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2013年10月 7日 (月)

歴史修正主義の温床

 新聞1面の下に単行本の広告がある。その中で、天智天皇は皇太子でなかった、とか教科書の書き換えが必要、などのコピーが目についた。古代史の中では卑弥呼に関するもの、聖徳太子に関するものなどが「異説」の対象となることが多いが、天智天皇(中大兄皇子)に関するものも多い。

 津田左右吉史学の影響もあってか、日本書紀が天皇の権威づけや藤原家の優越性を強調するため、藤原不比等などにより、歴史の改ざんや潤色に満ちたものである、とする風潮が戦後の常識となった。

 塾頭は、津田氏の功績を評価するが、そこから抜け出せない、あるいは史料評価等に消化不良がある「とんでも史学」は排除する。ことに古代史関係は、文献史学の裏付けとなる考古学を最重視する。

 たとえば聖徳太子については、当時仏教関係者、豪族等の間ではに文字による記録が進み始めた時代で、聖徳太子と同時代の推古天皇の古墳とみられる植山古墳から発見された、竹田皇子合葬を記録した記紀の記載と符合する遺構に注目する。

 同時期の蘇我氏には、国史編纂の各種文献資料が集められており、多くは焼失したが当時の常識としてのごく間近な歴史が存在し、その中で天智・天武兄弟も育ったわけだ。それらの伝承は、日本書紀編纂の際に集められた各氏家伝や、風土記などに反映されていると見ていいだろう。

 そういった、文献史料などかどう日本書紀に反映されたか、については、当ブログ”『日本書紀』の読み方”を見ていただきたい。執筆者は、時の権力者の意向で筆を曲げる、津田氏が『粛慎考』でいう「官人のさかしらしさ」があるような人たちでないことが分かってきたのである。

 日本書紀に先んじて書かれた権威ある文献が他になく、多くの人の手になる史書として第一級の文献であることは、改めて言うまでもない。

 天智天皇には頭書のような異説だけでなく、大化の改新は皇太子時代の事績ではないとか、実は、弟とされる天武天皇は父違いの兄であるとか、「甲子の宣」という行政改革は架空であるというようなさまざまな異説がある。

 塾頭がそれらを買っていないのは、日本書紀完成当時、天智末期に成人に達していた豪族などの知識階級が存命しており、書紀編纂に協力していたはずだからである。また、日本書紀の編纂責任者は藤原不比等ではなく、国史編纂を推進した天武の皇子・舎人親王で、天智は祖父でもあった。そういった人々が歴史改ざんに無抵抗で、常識に反する記述認めていたとは到底考えられない。

 時代を知る生き証人がいる限り、「歴史修正主義」は成功しないしやがて消えていく運命にある。塾頭がそれを痛感したのが、占領中のGHQによる日本国民に対する新憲法と東京裁判受入れの強制である。一部の作家などによる叙述は確かにあるが、単にそれを歴史の真相であるかのように扱ってはいけない。

 もうひとつ前の時代のことをあげておこう。張作霖爆殺事件である。通説の日本人軍人であった河本大作の犯罪ではなく、ソ連赤軍特務機関による陰謀であるとする説である。これは塾頭の親たちの世代が知る時代に起きた周知の事件である。

 犯人の河本をはじめ、かかわった周辺の人々、協力した中国人たちの証言や調書などもそろっており、事件の処理に時の総理大臣田中義一や昭和天皇までかかわっている。いわば、時の人にとって常識化した歴史である。

 最近になって、ソ連特務機関説に飛びついたのが中西輝政、田母神敏雄、桜井よしこ氏など特定の雑誌ではおなじみの論客である。日本を美しい国とするための大陸侵略を認めたくない面々で、さすがにこの修正主義は線香花火のように姿を消してしまった。

 こういった歴史修正主義は、当時の空気を知っている人が多数を占める時には出現しないが、やや後の時代になって自らの主張信条の正当化を試みようとする、または売名に走ろうとする人によって持ち出される。もちろん歴史にはいろいろな推論、試論があっていい。

 それがないと歴史の本当の姿が浮き上がってこない。しかし、本当の姿がかき消されるようなことがあれば、国家にとっても人類にとっても危険であり抗争の原因になり得るのだ。これを防ぐためには開かれた討論の場がどうしても必要である。

 中国・韓国との歴史論争についても、先方の宣伝を単に受け流すだけではなく、国際的な議論の場が今ほど必要なことはないと感じるのである。

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2013年10月 5日 (土)

夢想、元総理内閣

 内閣構成員は、小泉純一郎、福田康夫、鳩山由紀夫、菅直人、野田佳彦。現役の安倍・麻生両首相経験者はのぞく。

 首相任期は1年交代輪番制で、最初は小泉。まず脱原発宣言をする。アメリカはオバマに協力して信頼関係を構築し、米軍辺野古移転撤回、グァムやハワイ移転で協力する。

 次は野田で、消費税上げと財政再建、社会保障改革に責任をとらせ、同時に1票の格差をなくする選挙制度改革に決着をつける。

 菅は、福島原発の処理と他原発の廃炉、放射能汚染廃棄物処理などの陣頭指揮に当たり、電力各社の整理再編を実現させる。また新エネルギーや核処理技術などで、雇用対策にも本腰を入れる。
 
 福田は、公明党の協力も得て在任当時にまで対中国関係を改善し、核拡散防止、核兵器廃絶など世界的軍縮の表舞台に立つ。このころまでには拉致問題も完全会解決。

 鳩山は、念願の東アジア共同体に向けた活動を主導し、日米安保を改定して米軍基地の「最低でも本土なみ」の精神で縮小する。

 こうにでもしないと、安倍人気以上の票はとれまい。

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2013年10月 3日 (木)

汚染水タンク貯蔵は素人芸

 前にもちょっと書いたが、塾頭は福島第一原発の汚染水貯蔵タンク群を見て愕然とした。雑な構造のタンクが頭を突き合わせるようにビッシリ詰まっている。これでは、漏れや破損などを簡単に目視できないし、補修など緊急措置をするためのスペースもない。

 石油タンクなら到底許可にならない。石油産業の所管は経産省だが、タンク貯蔵施設の設置基準は総務省(旧自治省消防庁)が取り締まる。石油で事故があれば汚染は同様だし、火災の危険もある。

 しかし、厳しい規制により事故が起きても外部におよぶことはほとんどないし、放射能のように広範囲に半永久的な被害をもたらすということもない。放射能汚染水か石油貯蔵より雑でいいわけは決してない。経産省や環境省ではなく、総務省が監督した方がよさそう。

 ここに直近のニュースと、膨大な消防法規のほんの一端をかかげておく。

NHKニュース・10月3日 18時32分より抜粋

東京電力福島第一原子力発電所で、2日夜、山側にあるタンクから新たに高濃度の汚染水が漏れた問題は、傾斜がある場所のタンクに水を入れ過ぎたのが原因でしたが、どの程度の水が入るかの事前の検討が不十分だったことが分かりました。
福島第一原発では、汚染水への対応が複雑になるなかミスが相次いでいて、早急な再発防止と管理の徹底が求められています。

福島第一原発では、2日夜、山側の汚染水をためるタンクから水が漏れ、その下のせきの水からベータ線と呼ばれる種類の放射線を出す放射性物質が1リットル当たり20万ベクレルという高い濃度で検出されました。
汚染水はタンクの天板と側面の板の隙間から漏れ、およそ430リットルがせきの外に出て、海につながる排水溝から原発の港の外の海に流出したとみられます。
問題のタンクは、山側から海側に向けて傾斜している場所に5つ並んで設置されたタンクのうち、最も低くなっている海側のタンクでした。(中略)

水の移送は、この評価に基づいて2日の午前8時半から断続的に午後0時半すぎまで行われましたが、移送を止めたときにはすでに汚染水は漏れ始めていた可能性があり、東京電力は事前の検討が不十分だったとしています。(中略)

福島第一原発では、ことし8月、別のタンクから汚染水が漏れ一部が海に流出したおそれが明らかになり、1日には、東京電力と協力会社との間の連絡のミスでタンクから汚染水が漏れるトラブルがありました。
増え続ける汚染水をためるタンクの増設を急ぎながら、雨水などの複雑な移送作業も行わなければならないなか、ミスやトラブルが相次いでいて、早急な再発防止と管理の徹底が求められています。

危険物の規制に関する政令(以下は塾頭注)

第11条
基準一の二 
(前略)引火点七十度以上(*重油=粘度も高く規制は弱い) 当該タンクの直径(*福島原発は9m)等の数値(当該数値がタンクの高さの数値より小さい場合には、当該高さの数値*福島原発は8m)に等しい距離以上 (*隣接保有距離、福島原発現状はは1.8m弱)

基準四
(前略)厚さ三・二ミリメートル以上の鋼板で、特定屋外貯蔵タンク及び準特定屋外貯蔵タンクにあつては、総務省令で定めるところにより、総務省令で定める規格に適合する鋼板その他の材料又はこれらと同等以上の機械的性質及び溶接性を有する鋼板その他の材料で気密に造るとともに、圧力タンクを除くタンクにあつては水張試験において、圧力タンクにあつては最大常用圧力の一・五倍の圧力で十分間行う水圧試験(高圧ガス保安法第二十条第一項 若しくは第三項 の規定の適用を受ける高圧ガスの製造のための施設、労働安全衛生法 (昭和四十七年法律第五十七号)別表第二第二号若しくは第四号に掲げる機械等又は労働安全衛生法施行令 (昭和四十七年政令第三百十八号)第十二条第一項第二号 に掲げる機械等である圧力タンクにあつては、総務省令で定めるところにより行う水圧試験)において、それぞれ漏れ、又は変形しないものであること。ただし、固体の危険物の屋外貯蔵タンクにあつては、この限りでない。

四の二  特定屋外貯蔵タンクの溶接部は、総務省令で定めるところにより行う放射線透過試験、真空試験等の試験において、総務省令で定める基準に適合するものであること。

危険物の規制に関する規則(昭和三十四年九月二十九日総理府令第五十五号) 「第二十二条第二項第一号」

(防油堤)
第二十二条  令第十一条第一項第十五号(同条第二項においてその例による場合を含む。)の規定により、液体の危険物(二硫化炭素を除く。)の屋外貯蔵タンクの周囲には、防油堤を設けなければならない。
2  前項の防油堤(引火点を有する液体の危険物以外の液体の危険物の屋外貯蔵タンクの周囲に設けるものを除く。)の基準は、次のとおりとする。
一  一の屋外貯蔵タンクの周囲に設ける防油堤の容量(告示で定めるところにより算定した容量をいう。以下同じ。)は、当該タンクの容量の百十パーセント以上とし、二以上の屋外貯蔵タンクの周囲に設ける防油堤の容量は、当該タンクのうち、その容量が最大であるタンクの容量の百十パーセント以上とすること。
二  防油堤の高さは、〇・五メートル以上(*福島原発は0.3m)であること。

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2013年10月 2日 (水)

消費税上げと秋の花

Dscf3984  秋は春と違って百花繚乱という趣はなく観賞用に改良された草花をのぞけばいろどりもすくない。しかし一見無造作に生育している小花が見事な色調を奏でていることがたまにある。

 そんなのを見つけることを秋の色あさり(笑)という。

 Dscf3987_2 さて、安倍首相の消費税上げ宣言。福祉見直し、復興支援、基盤整備、法人減税、賃上げ期待、財政改善、デフレ脱却等々、いろどりをつけているようだが花の美しさはなく、「ばらまき」と称され生活に追われる庶民の心を暗くさせている。

 その中に「子育て支援」というのがあるが、なぜか暗い感じがするのだ。このところ結婚を敬遠する人や晩婚を選ぶ人が増えている。結婚しなければ子もできない。

 Dscf3989_2「結婚礼賛・早婚支援策」なら花も実もある。戦時中「生めよ増やせよ国のため」というキャンペーンがあった。この方が直截的で明るい。安倍内閣の支持率を維持できるかどうか、ここからが分かれ目だ。

 とにかく安倍政策には「花」や観賞にあたいするいろどりが少なく、一途に突っ走る思い込み路線が多のが不安の種だ。

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