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2013年8月

2013年8月31日 (土)

それでも米は自制を

 アメリカ・ホワイトハウスがシリア政府の化学兵器使用の証拠を公表した。以下時事ドットコムより。

(前略) ホワイトハウスは同日、シリアのアサド政権が今月21日にダマスカス郊外で化学兵器(神経ガス)を使用したという情報機関による証拠を公表した。
 大統領はこれを踏まえて、化学兵器の使用は「米国の安全保障上の利益を脅かす」と指摘。大量破壊兵器が米国に対し用いられる危険が増すとも警告し「米国は世界のリーダーとして、国際規範で禁じられた兵器の使用をいとわない政権の責任を問う義務の一端を担っている」と主張した。

 介入のタイミングについては「最終決断は下していない」とし、軍から幅広い選択肢を提示されている中で、地上部隊の派遣を含む長期作戦は排除していると語った。国連安保理決議案をめぐる交渉には影響されない姿勢も示した。

(中略)ケリー国務長官も証拠の公表を受けて記者会見し、化学兵器攻撃によって子供426人を含む少なくとも1429人が殺害されたと強く確信していると述べた。
 長官は「われわれはアサド政権の支配地域からいつ(化学兵器を搭載した)ロケットが発射され、反体制派地域のどこに着弾したのかを知っている」と説明。政権高官が化学兵器の使用を確認し、国際社会への発覚を恐れていたとも述べた。

 ホワイトハウスによれば、化学兵器攻撃が行われた21日、政権側の要員がガスマスクを使用していたほか、反体制派に対して過去にも複数回にわたり小規模の化学兵器攻撃が仕掛けられていた。米政府は、アサド政権の兵器使用への「強い確信」という評価を、確認の一歩手前の最も強い立場表明だとしている。(2013/08/31-09:41)

 アメリカ・民主党は、ブッシュで代表された共和党よりリベラルで、大量破壊兵器保有という偽情報で始まったイラク攻撃を批判し、反戦勢力の支持をバックにオバマ大統領を実現させたと思われている。
 
 したがつて、オバマは武力行使に国連決議、同盟国の同調などいくつかのハードルを設けてきた。しかし、頼みとするイギリスが議会の反対でイラクの時のようにいかず、NATO各国も最初から反対のドイツ・イタリアをはじめ、フランスもアメリカと同様、国内世論が軒並み反対一色である。

 それなのに、なぜオバマは武力行使にこだわるのだろうか。だれも教えてくれない。この、アメリカが得た情報開示やこれから報告される国連の現地と調査の結果によっても、上述の世界の潮流は変らないと思う。

 冷泉彰彦著の『民主党のアメリカ共和党のアメリカ』日経新聞出版社、という本がある。その中で真相をつくものかどうかは別として、2008年に大統領選を争ったオバマ、マケインの両党候補の主張を例に挙げ次のように分析している。

 イラク反戦を訴えつつアフガンでは強硬なオバマ、ブッシュ路線の継承を宣言しつつ核兵器削減交渉はするというマケインの姿勢は、長い歴史の中で民主党と共和党が取ってきたパターンに、実は大変に忠実なものなのだ。大義を認めない戦争には反戦、大義を認めた戦争には積極的という民主党、国内的にナショナリズムを煽っておきながら、敵とはドラスチックな交渉をやりたがる共和党という、両党の行動バターンに沿ったものということが分かれば、この二人の政治信念が二大政党の対立軸として典型的なものということが理解できるだろう。

 そこで、アメリカの強硬姿勢が「正義」なのか、という点である。オバマは国内向けに「米国への脅威」をいうが具体性がない。それよりも、「米国は世界のリーダーとして、国際規範で禁じられた兵器の使用をいとわない政権の責任を問う義務の一端を担っている」に、「正義」のよりどころを求めているように見える。

 つまり、北朝鮮やイランが核兵器を使うようなことがあれば、世界人類のために迅速に行動してその根を絶つという強いメッセージになるということだ。核兵器と化学兵器を同類に考えること自体は間違っていない。

 しかし、シリアの内戦に化学兵器が使われたからといつて、武力介入することが「正義」といえるだろうか。巡航ミサイルで政権施設などに限定的な攻撃を加えるといっても、さらにシリア国民の犠牲がふえないという保証はない。また、アサド政権を倒してもあとに安定した民主国家ができる保証もない。

 化学兵器使用をけん制する方法は、武力行使しかないという結論は性急だ。常任理事国で拒否権行使を持つソ・中と協力し打開策を探る努力を続けるのが先だ。イラクで学習したことを繰り返さない、その方がアメリカの国益にかない、「正義」への近道ではないのか。

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2013年8月30日 (金)

戦後体験”明るい国へ”

 Th2        

       香川京子

----正午にラジオで天皇の”玉音放送”があって、戦争がようやく終わったらしいということが、私にもわかりました。

 「ああ、これで空襲の心配がなくなった。助かってよかった」

 負けてくやしいというよりは、子供心にも”日本はこれでよかったのだ”という安心感というか、解放感のほうが強かったように思います。それほど戦争中の私たちの生活は、空襲の恐ろしさや食糧難ばかりではなく、すべての面で行き詰まっていたということではないでしょうか。なによりもあの日を境に、死ぬことを考えないで毎日を過ごせるようになったということは、大多数の日本人にとって大きな救いでした。

 戦争がもたらした惨害は、私が垣間見たものを何百倍も何千倍も超えていたにちがいありませんが、やがて、日本人が、何もかも失った焼け跡から立ち上がって平和な時代を生きるためにふたたび歩き始めたとき、それまでになかった希望のようなものがよみがえりつつあったのではないか、といまにして私は思い起こします。

 それは、私がまだ十代半ばの若い心で見ていたからでしょうか。いえ、それだけではありません。自分を含めた周囲の人たち、学校や町で見かける普通の日本人の顔に少しずつ明るさが戻り、それぞれ新しい目標を持って前へ進み始めたのです。壊れた家や町や産業の再建のために、なによりも平和な国をつくるために――。

 その後の五十年間を振り返ってみると、戦後のあのころのほうが、政治や経済の中心にいる人たちが、近頃よりは清潔そうで、謙虚で、私欲より国民全体のことを考えて働いていたような気がします。身なりは貧しかったけれど、生き生きとしていました。(以上『戦後を語る』岩波新書、より)
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 女優・香川京子は、塾頭と生まれたのがひと月余りしか違わない。いずれも疎開で都会から田舎の中学(彼女は高等女学校:当時は男女別)に転校し、2年生で終戦を迎えた。

 その年には授業がほとんどなくなり、校庭の裏山で軍用の燃料「松根油」をとるという理由で松の根を掘り起こす作業ばかりやっていた、ことなども、塾頭の体験と重なる。

 このところの、戦後レジームを消してしまいたい政治家に対しては、人生・人格を否定されてしまうような激しい怒りを感ずる。

 松根油については、
http://hansenjuku.cocolog-nifty.com/blog/2006/02/post-5e1a.html

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2013年8月28日 (水)

『はだしのゲン』

Dscf3948   だいぶ涼しくなりました。秋の空……本物かな?Dscf3935

下の写真は、8月15日猛暑の朝です。

 さて、本題。

 マンガ『はだしのゲン』を図書館の書架からはずすとか、貸出制限だとか、教育委員会が撤回したとかずいぶんマスコミをにぎわしています。おかげて、書店は品切れ出版社は増刷するが追いつかない――とか。

 「反戦塾」を名乗る以上、これに触れないわけには……と思ったが、なにしろ、マンガは「のらくろ」「冒険ダン吉」「ふくちゃん」の世代。評判は聞いていたが一度も見たことがない塾頭です。

 社説に取り上げた新聞社もありましたが、政府筋や産経、読売は制限賛成ムード、朝日、毎日、地方紙の多数は反対ムードのようでした。

 TVでは、市民からの要望といっても、日本軍の残虐行為や天皇の責任など歴史をあやまらせるという理由をあげており、どうやら「新しい教科書をつくる会」の筋からではないかと思わせるような暗示があったり、長い間、日本や世界各国で読まれた本に「どうして今のタイミングで」、というコメンテーターもいました。

 しかし、どうぞご心配なく。マンガでその名も高い麻生副総理は、同マンガを週刊誌連載当時すでに読んでおられたそうです。それなのに総理大臣をつとめ、安倍右派内閣の副総理にもなれるのですから。

 塾頭が心配するのは、むしろこのマンガ本をブーム化し聖書化する傾向です。反戦は、絵空事でなくボスニア、イラク、アフガン、シリアなどの現実、アメリカの戦争神経症障害者多発などから、わが身に置き換えて考えてもらうのが一番だと思うからです。

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2013年8月26日 (月)

「国」を発明した人

 イギリスの哲学者・トマス・ホップズは、日本でいえば秀吉の天下から徳川初期の時代に生を受けた人です。その人は「リヴァイアサン」こそ国家である、と定義づけました。リヴァイアサンとは、キリスト教の「ヨブ記」四十一章にある卓絶した力を持つ伝説上の怪獣です。

 リヴァイアサンは、誇り高い地上の王である一方、それは、ワニのような、蛇のような、あるいは鯨のような巨大な怪物だが、その力で人間を守ってくれるなら便利な存在だ、としました。リヴァイアサンなくして、平和もなく、人間の存在もないと考えたのです。

 宗教も、民族も、王侯も平和を保障するものではなかったのです。それからの3世紀余は、ヨーロッパ各地で国家をつくることに狂奔する時代になります。だけど、怪獣ですから凶暴な本性はいずれ現れます。

 日本ではホップズより早く、日蓮が「立正安国論」を書いてリヴァイアサンならぬ「南無妙法蓮華経」でゆきましょうと鎌倉幕府に迫りましたが果たせません。信濃の国とか甲斐の国など国家以前の「国」で戦国時代となり、近代国家成立は明治維新まで待つことになりました。

 リヴァイアサンの凶暴性は、第一次、第二次の世界大戦でその極限に達します。「国なんてどうでもいい、なくしてしまえ」という発想も当然でてきます。革命歌「インターナショナル」には、そんな感じが出ています。

 しかし、「国」はやはりあった方がよかったようです。国が集まって国際連盟を作り国際連合を作って「戦争」を否定しました。EUの発想も同じです。「集団的安全保障」(「集団的自衛権」とは違う)を目指しているからです。基本は、日本国憲法にある「国の交戦権はこれを認めず」の精神です。

 冷戦中はベトナム戦争など、代理戦争と呼ばれる戦争があり、テロとの戦いを唱える戦争もありました。しかし、それらは反省期に入っています。第三次大戦も起きていません。エジプトやシリア、アフガンなど内戦まがいの戦闘が続いていますが、それはしっかりした「国」がないせいでしょう。

 やはり、「国」はないよりあった方がよさそうです。

(本文は、バックナンバー2011年1月18日「あなたにとって国とは?」を改編・採録したものです)

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2013年8月23日 (金)

武寧王と閔妃のこと

 以下は前回の記事にいただいたコメントに対するレスポンスですが、やや長くなったので本文とさせてください。

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ちどり さま
 コメントありがとうございました。おっしゃるとおりだと思います。私が韓国に行ったのは盧泰愚さんの頃ですから相当前です。案内してくれた女性は滞日経験もあり相当親日家と思いましたが、歴史の話で2つのことが印象に残っています。

 ひとつは百済の武寧王についてですが、日本では九州に近い島で生まれたので「嶋王」と名付けられたと伝えられている、と話したら、「そんなことはない。新羅という国名からきてるはずだ」とえらい剣幕でした。

 また、ソウルの宮殿跡に行った時、閔妃暗殺の遺構はないか聞きました。彼女はそれに答えようとしませんでした。日本人に不愉快な思いをさせないようにとの心遣いか、李朝末期の朝鮮人にとって思い出したくない混迷ぶりに触れたくなかったのか、どちらか分かりません。

 ただ一つ言っておきたいことは、中国や韓国の状況が日本の戦前と似ているように思えることです。歴史書によく出てくるように、一般国民が5.15事件のテロに走った将校の助命嘆願をしたとか、戦争突入を歓迎したとか、すくなくとも私の両親、親戚、近所の井戸端会議などフツーの国民には、そんなムードがなかったと思います。

 しかし、軍や国策に迎合するマスコミは違います(若い歴史家が当時の印刷物などを史料にして「世論」とするとまちがえる)。国民はそういったことに反することを言うときは、声を潜めるという癖がありました。いくら多くの国民が望んでいないことでも、麻生さんのナチス発言ではないが一部はねあがり分子の声を利用して舵がまげられてしまうことがあるのです。
 
 もちろん、時代も違うし中国・韓国や日本にそういう危険が迫っているとは言えません。ただ、このところの推移は警戒心を研ぎ澄ましておくにこしたことはないようです。
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2013年8月22日 (木)

中・韓反日の構図

 引用文の出典は、後jまわしにしてまず読んでいただきたい。

 日本を取り巻く国際政治環境の中で、もっとも懸念されることは南北統一後の朝鮮が日本への対処により厳しさを増してくる可能性があるということである。

 これは筆者も韓国に行ってよくわかったことであるが、韓国の本音は北朝鮮を抱え込みたくないと考えているようであり、南北の統一は若干遅れると考えている。

 しかし、仮に10年後に朝鮮半島が統一された場合、統一後の新国家はどういう政策を取るであろうか。「反日」というキーワードを使って、国民の民族意識を呼び戻して国内体制を固めるというやり方を取るかもしれない。朝鮮半島の人々は日本帝国主義にはものすごい恨みがある。(中略)

 仮に反日というキーワードで朝鮮半島がまとまった場合に、彼らの持つ軍事力は現在のレベルでも兵員ベースで日本の5倍である。しかも、韓国の成人男子は皆、兵役を3年務める義務がある。この兵役を3年務めることの意味は大きく、日本と異なり、銃兵器の操縦方法を平素から訓練し、1週間で敵地を占領するという具体的ノウハウや実際の人間の殺し方も知っているということである。

 また中国と韓国は現在、北朝鮮をけん制するために国交を結んだが、これが対日軍事連盟を結ぶ可能性も出てこよう。日本海を挟み、朝鮮半島と日本の関係は表面は平和に見えても、その底には脅威的なものが静かに流れているのである。

 極東、特に北東アジアの地域は国連から見ても、東西冷戦構造が残るもっともコントロールのきかない地域になってしまった。ヨーロッパに比べ、地域集団安全保障体制ができていないことは最大の欠点である。

 引用文は、このあと日本に経済的メリットを感じなくなったアメリカが日本離れし、逆に締め出す方向に進んだり、東南アジアがアメリカと対立した場合、アメリカ支持に回る日本に対し同地域の信頼を失って、アジアで孤立する危険性を内包する、ということも書いている。

 ここで出典を明かそう。”【国連発】ニッポン改造論”(ダイヤモンド社)という本で、なんと今から20年前の1993年に発行された本だ。著者は、当時国連事務総長室法務担当官をつとめていた川村亨夫氏で、大手市銀勤務の後、複数の米国大学院で研究活動したうえ、国連入りをしている。

 あえて、これを取り上げたのは、最近書いたものとしてもそのまま通用するということである。現在の中・韓の反日機運が、安倍政権の右傾化がもたらしたものという解釈が多いが、仮に、安倍首相が退陣するとか、左派陣営が期待するリベラル勢力結集がかなって政権を取り、両国との融和政策に転換すれば一挙に氷解するかというと、そんな甘いものではないということを警告したかったのである。

 1993年は、ソ連解体の後で新しい国際環境にどう対処するのか微妙な時期であった。首相は海部首相から変わった宮沢喜一首相時代で、前年には天皇夫妻が訪中し、大戦に反省の弁をのべている。また韓国国会では従軍慰安婦問題について首相が公式に謝罪もしている。

 いわば、両国との関係改善がもっとも期待できる時期だったのだ。しかし川村は、そういった当時の関係改善策を一切評しておらず、むしろ批判的ですらあった。川村の指摘は、閉鎖性が高く、官僚のご都合主義で動く日本外交への警鐘と見る。つまり、諸外国から見て軸足をどこにおいているのか、人間関係をどう築いていけばいいのか、焦点が定まっていないということになるだろう。

 川村のいう所は、決して対外強硬論、対中・韓異質論ではない。あとがきでこのように書いている。

(前略)今後の国際社会での日本の針路はますます難しい。簡単に答えを出したいと願う人たちは、軍備をもっと増強し、日本のプレゼンスを高めたいと願うだろう。しかし重要なことは、日本が戦後、国連に加盟した時からずっと学んできた国際協調社会を生き抜くためのノウハウをできるだけ発揮することであり、国民にわかりやすい外交目標を提示し、国民の過半数から支持される外交スタイルに変えることなのである。

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2013年8月19日 (月)

戦後レジームを言う前に

 前々回、「反戦塾乗・終戦の日」という記事をのせた。当日のニュースは、定番になっている慰霊行事と政治家の靖国参拝などであるが、国際的に右傾化が議論される安倍内閣のもとでどう変化があるかどうかに注目が集まる。

 慰霊行事では首相が挨拶文から戦争への反省を抜くという、慰霊ならぬ異例な言動があった。靖国では、抗議に来た韓国議員や中国の公式な反応などが関心の的だった。前回書いた「歴史認識ランキング」にも関連するのだが、中・韓の人々は、靖国のA級戦犯合祀がなければ(遊就館の展示は別として)全くOKなのだろうか。

 これは、日本人の参拝賛成派についてもいえる。東京裁判やA級戦犯のことをどれだけ知っているか、昭和天皇が合祀にどういった感慨を示されたかなど熟知しているとは思えない。終戦の日の記事に次のように書いた。

最近、なぜかA級戦犯合祀の話がさっぱり出てこないことが気にかかる。マスコミは、憲法改正問題と同様、なぜそれが問題かをしっかり若い人に説明をせねば……。

 本塾は、占領中や東京裁判に関した記事をかぞえきれないほど書いている。またコメント欄では議論にもなった。その中から3編を掲げておく。しかし、どうも中途半端で終わった感はぬぐえない。

11年.10月16日「続・GHQが洗脳はウソ」
http://hansenjuku.cocolog-nifty.com/blog/2011/10/post-82c3.html
11年10月14日 「GHQが洗脳はウソ」
http://hansenjuku.cocolog-nifty.com/blog/2011/10/post-0d99.html
11年9月 4日 「無意味な東京裁判批判」
http://hansenjuku.cocolog-nifty.com/blog/2011/09/post-5b2f.html

 ここに、”「東京裁判」を読む”という日本経済新聞出版社が2009年8月に出版した本がある。同書の序文に書かれている一文は、塾頭の大いに共感する所であり感銘を受けたので、長文になるが引用する。

 (前略)第二次世界大戦は人類史上未曽有の人命が失われた戦争であった。人類そのものを消滅させ得る原爆が登場し、第三次世界大戦が勃発すれば人類に未来はない、と当時の誰しもが思ったことだろう。従来の法が想定できなかった惨禍を経て、近い将来それ以上の危機がありえる時期であったといえる。

 ただし、法に基づいた形式をとった以上、いかに崇高な目的があろうとも、法の曲解や不公正は許されない。その面で見ると、東京裁判が一点の陰りもないものだったとは言い難い。原爆や無差別爆撃など、裁判で訴追された戦争犯罪と差異のない連合国側の行いはいっさい不問となった。「勝者の裁き」という批判がつきまとうのはそのためだ。

 敗者に反論と連合国批判の余地を与えることを恐れた英国のチャーチル首相や米国政府の一部からは、枢軸国の指導者のを裁判を行わずに即決処分する案が出されていた。もし、そのような野蛮な方法がとられていたら、後世の批判はより大きなものとなっていただろう。そして、われわれ日本人が戦争の実態を知り、平和の尊さを考える機会も失われていた。平和国家として再出発を誓った日本にとって、戦争裁判は全否定するものではなく、むしろ有用であったというべきではないだろうか。

 時は流れ、裁判後の世界はどうであったか。第三次世界大戦は起きなかったが、戦争は根絶されていない。しかも、その戦争の多くにかかわってきたのが東京裁判で裁いた側の米国であった。対して裁かれた日本は戦後一貫して平和国家の道を歩んできた。裁判で示された「平和」」と「人道」の理想をもっとも忠実に実践しているのは日本である。それは誇るべきことなのだが、「共産主義との戦い」「テロとの戦い」という形で続いてきた世界のありように、理想は色あせて見える。東京裁判の「正義」が不戦条約と同様に空文化しているとしたら何のための裁判だったのだろう。

 しかし、理想の挫折だけで裁判が無価値と見るのは早計だろう。裁判という方法で戦争の総括を試みたことは、敗者を裁き、正義と理想を掲げることと同様に大きなものを残した。それは裁判で提出されたおびただしい数の文書である。これらはあの悲惨な戦争がなぜ起きたのか、後世の人間が読み解くための貴重な歴史資料となった。時の経過はますます裁判の理想を風化させていくかもしれないが、逆に怨讐と政治的色合いを脱色し、「歴史の書庫としての東京裁判」という姿に変えつつある。

 もちろん、裁判で提出された文書、証言すべてが歴史の真実を反映しているわけではない。根拠が不確かであったり報復感情に基づいた一方的なもののもあった。裁判での証拠採用が公正であったか、疑問の余地もある。

 完全無欠の裁判ではなかったのは事実だが、その不備を根拠にそこで明らかにされた事実までも「東京裁判史観」として全否定するのは間違っている。忘れてならないのは、裁判は連合国側の一方的断罪に終始したわけではなく、日本側も大いに主張し、証拠を提出し、裁く側の問題点を突いたことだ。裁判では否定的に扱われた弁護側の資料も、時の経過とともに新たな歴史解釈の材料となりえるのだ。(以下略)

 紹介が後になったが、著者は、ノンフィクション作家の半藤一利、保阪正康の両氏と日本経済新聞編集委員の井上亮氏である。半藤氏は塾頭のふたつ上、保阪氏は7つ年下で戦中はまだ幼児であった。

 両氏とも昭和史で活躍する作家だが歴史学者ではない。当塾のバックナンバーでは、両氏の著作などを批判したこともあった。ことに保阪氏は、戦中記述に史実と異なる記載があるなど、半藤氏のように戦中戦後体験で文句なしに共鳴できるようなものがあまりない。

 井上氏は、戦後史で未発掘だった膨大な東京裁判関係文書や富田メモ(昭和天皇の靖国発言など)の公開にたずさわった人だ。本書は、そういった新資料をベースに裁判の背景、進行を解説し、中に半藤・保阪両氏の対談を挟むという構成になっている。保阪氏はそこで主に聞き役という立場になつている。

 塾頭が上記の引用文に引かれたのは、かつて企業や団体ではあるが、その歴史を書くという仕事にたずさわり、経営者や学者などと資料の扱い方などについて議論を交わした経験からくるものだろう。いずれにとても、安倍流戦後レジームを云々する人は、本書を一度熟読してからにしてほしい。

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2013年8月17日 (土)

歴史認識ランキング

 塾頭の偏見によると、日・中・韓のうち歴史認識が一番貧弱なのが韓国、次いで中国の順で日本のレベルが一番高い。なぜならば、古代から近代まで、中国や朝鮮から文化や技術を実直に移入し、その歴史を研究しまた教訓を得ようとしたのは日本だからだ。

 それらの国には、すでに残っていない古い文献が日本にあったり、また、古来の美術や風習にその片りんをうかがわせるものも見ることもできる。中国と朝鮮の間にある歴史認識の違いも、日本では客観的に観察可能である。

 中国は歴史の国である。殷・夏の時代から清朝まで数千年にわたる各王朝の歴史は、正史または稗史として綴られてきた。王朝栄枯盛衰史と中国共産党史、このふたつが中国の歴史である。中国のいう歴史認識とは主に後者を指すもので、これに合致しなければ受け入れられない。

 韓国には、独自の歴史認識というものがあるのだろうか。日本の聖徳太子の時代は、高麗・百済・新羅という別々の国である。その後新羅が三国を統一し、続いて高麗がこれに代わった。そのあとは高麗の将軍李氏が前王朝に代わって「朝鮮」とし、日本に併合されるまで続く。

 それをつづった簡単な朝鮮史の邦訳は見たことがあるが、現在は独自の白頭山神話に彩られた北朝鮮と、空前の経済発展を遂げた韓国史が別のものになった。両国が共通して語れることは「日帝支配」と抵抗の歴史だけである。

 したがって韓国のいう「歴史認識」もその間を語るものでなくてはならず、中国の「共産党史」の扱いとも似ている。日本には、安倍首相と似通った歴史認識を持つ人が少なくないが、それらは歴史修正主義と呼ばれることがあり、もちろん日本のあるいは日本人を代表する歴史認識ではない。

 日本ではこれまで学問の自由の中で、互いに論争をたたかわせてきている。中・韓の政府要人たちはそれを知らないわけではないだろうが、最近の両国の行動は、日本の心情を著しく害し、日本の歴史修正主義促進に加担しているかの様相を呈している。内政干渉の批判は当をているのである。

 歴史認識は人生観と同じで各人各様であっていい。外国からとやかく言われる性格のものではない。多様性を持っという点で、塾頭は日本のレベルが一番高いと信ずるが、日本にも敢えてこれを戦前並みに後退させようという政治家が多くなったことは、事実だし残念なことだ。

 最後に、韓国有力紙「東亜日報」に8日付オピニオン欄に掲載されていた韓国の歴史教育事情を中心に、感じたことを書きくわえておく。

  朴槿恵(パク・グンへ)大統領は最近「韓国史を試験の評価基準に入れるべきだ」と言明したようだ。その評価は、日本の大学入試に使われるセンター試験に似た制度に入れようとするものである。朴大統領が韓国史のレベルを高めたいとする真意は何であろうか。

 大統領選を控えて日彼女の父が第5 - 9代大統領・朴 正煕(パク・チョンヒ)であったことから、日帝の協力者の娘ということで激しい攻撃を受けていたことを思い出す。父は軍事独裁・権威主義体制を築き、日韓基本条約の締結を行った。

 彼が日本の士官学校を出て満州国の将校でもあったため、「漢江の奇跡」と呼ばれる高度経済成長を果し、最貧国グループから脱して今日の繁栄を築いたにもかかわらず、国賊扱いをされているのだ。

 彼女が就任以来、対日強硬姿勢を取らざるをえなかった理由のひとつでもある。この無念さを、なんとか歴史の冷徹な再検証の中で父の名誉回復を図りたいと思っているのではないか。以上は全くの憶測であるが、東亜日報の編集子は、次のように大統領の提案に婉曲な否定論を展開している。

 我々の子供らが、韓国史で評価を受けることは願わない。日本における日本史の教科書は、倭の伽耶支配を教えており、中国の中国史の教科書は、朝鮮を属国かのように表現している。われわれ韓国の教科書が教える内容とは違う。すべて正確なことではない。

 どの国であれ、小中高校の国史は、民族の誇りを高めるため、巧妙に事実に目をつぶったり、事実を歪曲する側面がある。 国の一員として生きている以上、国史を学ばない権利まで要求するのは難しい。 しかし、国史で評価されない権利はあるべきではないか。 皮肉なことだが、真なる国史は、高校を離れてからようやく学ぶことができるものだ。

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2013年8月15日 (木)

反戦塾乗・終戦の日

Dscf3944Dscf3935 68回目の終戦の日
 今日も猛暑日の陽がのぼる。
早朝、閣僚の新藤総務相などと、小泉進次郎議員が靖国神社に参拝した。安倍首相は自民党総裁の名で玉串料奉納という姑息な方法で尊崇の念を表明。進次郎も晋三もチチ離れしない(晋三の場合はジジ離れ)世襲議員の面目躍如。Dscf3934

  最近、なぜかA級戦犯合祀の話がさっぱり出てこないことが気にかかる。マスコミは、憲法改正問題と同様、なぜそれが問題かをしっかり若い人に説明をせねば……。

焼けぽっくいに火
 一方エジプトの方は最悪のシナリオが描かれつつある。パレスチナ・イスラエルの和平交渉はパレスチナ捕虜の一部釈放で開始の糸口が見え始めた。アメリカ・オバマの強い意向もある。ところが、ムスリム同胞団を強制制圧しようとしている暫定政府側にアメリカの援助が続いており、デモ隊がわは、これに反感をつのらせている。

Dscf3941  ムスリム同胞団は、エジプトのシナイ半島を足場に、隣接するイスラエル強硬派の支配するガザ地区を支えている。これが前述の交渉の大きなネックになっていることは明らかだ。アメリカ国内のイスラエル勢力を和平に協力させるためには、同胞団に勝たせたくないのだ。

 今回のデモ弾圧が、反米運動に転化するとより、より強硬なアルカイダ系の武装勢力が同胞団支援に動くようになるだろう。そうするとシリアとますます状況が似てくる。エジプト軍部の動きは、これを防止するために有効だろうか。塾頭は全く逆に見る。

 塾頭は、やっと火が消えるかと期待したが撤回しなければならない。中東はまた振り出しにもどり、焼けぼっくに火がついていっそう手におえないものになる。げに恐ろしきは大国の介入である。

 以上熱中症警戒の話題2つ。(テレビ画面はNHKテレビ)

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2013年8月13日 (火)

自衛隊の誇りや士気について

 改憲論者や集団的自衛権解禁論者は、よく「自衛隊員の士気とか誇り」云々を口にする。現状の自衛隊のありかたから見て塾頭にも理解できる。それは、アメリカ・ブッシュ大統領親子の時代に顕著となった米軍支援の強要により、解釈改憲をじりじり進めてきたことに原因の一端があるのではないか。これで違憲すれすれの日陰者という意識がより強まったはずだ。

 平和憲法をぎりぎりの線でやっと支えていたのが「集団的自衛権は保持するが行使はできない」とする、歴代内閣の法解釈であった。その最後の砦を安倍内閣は法制局長官をとりかえ、議会に特別委員会を新設して来年にでも一挙に突き崩そうとしている。

(参照)
http://hansenjuku.cocolog-nifty.com/blog/2013/08/post-a78e.html

 湾岸戦争当時は、アメリカに「カネで解決しようというのは駄目だ」とおどされ、事後に掃海艇を派遣した。この際、マイケル・アマコスト駐日大使などは「日本が国際的に孤立するのではないかという不安を持っている。これを利用すべきだ」と大統領に進言したという。

 その後も「一国平和主義」とか「小切手外交」など、日本国憲法をそしるような言説が国内ではばをきかした。そしてカンボジアをはじめとする自衛隊のPKO派遣、インド洋での洋上給油作戦、さらにイラクでの復興支援、バグダッドへの空輸作戦など、中には裁判所から違憲と指摘されるようなことまでしてアメリカに協力した。

 イラク戦争の場合は、逆にアメリカが孤立しかねない状況があり、「ショウ・ザ・フラッグ」などと、いら立ちもあらわに日本を脅迫した。小泉首相が議会で「戦闘地域であるかどうかそんなことをわたしにきかれてもわかるわけない」などの詭弁を弄し、アメリカに行ってブッシュに愛嬌をふりまいたことなどは記憶に新しい。

 また、北朝鮮がはじめての核実験や弾道弾ミサイル発射を行った際、日本中が騒然となった。これをとらえて、「日本をアメリカに協力させるいい機会だ」という米側秘密文書などが存在することなどを、11日のNHK集団自衛権関連の特番が明らかにした。

 そして現在はどうか、アメリカの一極支配の構図は明らかに過去のものとなった。米軍再編で世界戦略は大きく変わりつつある。変わらないのは日本の保守・改憲勢力だ。自衛隊の編成・装備は米軍との共同作戦とか一体化という名のもとに、専守防衛といっても不完全な立場はそのままだ。
 
 これが沖縄の米軍基地返還などをしばり続け、憲法解釈を不安定なものにしている元凶である。つまり自衛隊は、米軍なしでは形をなさなくなるのだ。これを最も恐れているのが日本政府である。集団的自衛権行使の壁を取り除き、米軍・自衛隊が一体化すれば核の傘と共に周辺国に対する抑止力として働くという計算だ。

 中国は尖閣で連日のように挑発を繰り返している。これに対してアメリカは、「日本に軍事協力を迫るいい機会だ」などというだろうか。むしろ逆である。双方の対立を際立てるようなことはやめてくれといっている。普通の国は「価値観」より「国益」の方が大切なのだ。

 自衛隊と米軍の一体化は何を意味するだろうか。前述したように自衛隊は独り立ちできない。従って米軍に首の根っ子を押さえられたような作戦計画を立てなくてはならない。アメリカには平和憲法がない。「日本がやれる範囲を決めればあとは自分がやる」というというのが最近のアメリカの姿勢だ。

 敵地に対する先制攻撃も急襲作戦も思いのまま、というのがこれまでのアメリカ流だった。集団的自衛権の名のもとに日本が戦争に巻き込まれる可能性は飛躍的に増大する。たとえば公海上で米軍のイージス艦が第3国から攻撃を受ける。これを日本の護衛艦が迎撃すればどうなるか。

 第3国から見て日本は明らかな敵になる。自衛隊や在日米軍基地は中・長距離弾道ミサイルの攻撃目標になり、市街地も被弾しかねない。アメリカはこんな危険かつ中途半端で限定つきの集団的自衛権行使など望んでいるだろうか。

 自衛隊員は、決して危険を避けたり命を惜しんでいるわけではないと思う。日本の国土と国民の安全を守る、世界の平和に貢献するということで誇りを持ち、士気を高めることができるのだ。アメリカが敵にした国で人を殺したり殺されたりする仕事、いわば「傭兵」のような立場に自衛隊員を追いやってしまう。

 こんなことを、あなたは許すことができますか?。

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2013年8月11日 (日)

この暑さ!

 この暑さ!。病み上がりにはつらい。とはいっても、別に病んでいて2週間も入院したわけではない。腸を一部切り取って短くした手術を受けたことによる。予後が大切とはいうものの、運動しなければ体力が落ちるだろうし、10分も歩いたら滝のような汗でふらふらする。

 テレビは、こわれたレコードのように――この意味、今の若者に通じないだろうなあ――「熱中症にご注意を」といいつづける。また、「適切な冷房を」ともいい、去年までのように「温度を1度あげて節電を」とはいわない。原発が必要なのは電力会社の利益ねん出のためということがわかってきた。

 天気予報では「これまでに経験したことのないような大雨」とか「身を守ることを第一に」といった表現を使うようになった。安倍タカ派政権の戦争に向けた危険度警報も、こんな調子でやってほしいなあ。

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2013年8月 9日 (金)

法制局長官人事に考える

 小松一郎という人が内閣法制局長官に起用されることになったようだ。長年積み重ねられてきた「集団的自衛権を保有するが行使はできない」という憲法解釈を、一内閣の手で一挙にひっくり返そうという魂胆が丸見えの人事である。

 法制局長官は次長から昇格するのが通例である。安定速度で走行している自動車が急ハンドルを切ったらどうなるか。後続車や対向車の危険を招き大混乱になるだろう。つまり法解釈の変更には、しかるべき秩序が必要なのだ。

 自民党改憲案お好みの「公益及び公の秩序」という表現と正反対である。法制局経験のない小松氏を起用して急ハンドルを切ろうというのは、まさに「公の秩序」を無視した異例の措置で、柳井元駐米大使など古いアメリカ仕込みの「有識者会議」でつくろってみたところで暴挙にかわりない。

 さて、小松一郎とはどういう人か。外務省に入って国際法畑からアメリカ公使、スイス大使、フランス大使などを歴任した。その著書に、「泥棒と警官、善良な一般市民」といったたとえ話で集団的自衛権を解説したという記事を何かで読み、購読しようかなと思った。

 『実践国際法』という本で5000円以上もする。当塾の乏しい予算では高すぎるのでやめた。そのかわり、アマゾンの本の紹介ページで、はしがきよりの抜粋が載っていた。そこからの引用という「手抜き工事」だが、同書執筆の動機が書いてあったのでそれを書く。

 どうすれば「国際法を味方につける」ことができるか、換言すれば、いかにして外交実務において「国際法を使う」のかということである。これは当然のことながら、戦略的な側面と戦術的な側面の双方がある。このような実務者の立場からの、専ら機能的な視点から、国際法の基本的論点を概説することができないかと大それたことを考えたのが、本書執筆を思い立った動機であった。

 まさに、『実践国際法』という書名そのものである。著者が外務省に入省した時は、ベトナム戦争のさなかであり、79年にはソ連がアフガニスタンに侵攻した。いずれも、集団的自衛権行使を名目に米ソ両大国が軍事介入したものである。

 また近くは、9.11が引き金となってNATOがアメリカとの集団的自衛権を理由にアフガン出兵をしている。いずれの場合も、国連憲章が想定した「集団的自衛権」の行使とは相当の隔たりがあり、その経緯・結果も国連の想定したところからかけ離れている。

 そういった中、大国が国連を舞台に国際世論をに巧みに操り、時には国際法を利用し、また時には無視しながら外交を「実践」してきたのは事実だろう。小松氏はそういった体験の中から、「憲法違反にならない」抜け道を構築するのが任務だと思っているのではないか。

 たしかに、成文法ではない「国際法」は時とともに変化していく。東西対立、アメリカの一極支配そういったもので国連憲章も日本国憲法も揺さぶられ続けてきた。しかし、これまでの「実践国際法」がこれからも続くという保証はない。むしろ変化するのが当然だ。

 いや、米軍再編など環境はすでに変化し始めている。今、国際平和と人類の安寧を確固としたものにするため、過去の体験を糧にして原点に立ち返り、日本の立場を見直す時期に来ているのではないか。

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2013年8月 6日 (火)

戦争を知る

 今日は原爆忌。戦争を知らない世代が、その子らに戦争を語らなければならない時代になった。NHKを始め各メディアは「戦争を知る」さまざまな特集を組んでいる。当ブログの検索ナンバーワンが子供向けの戦争の本であることは前にも書いが、このところ一段とふえているように思える。

 これは、もしかして戦争ができる軍隊を作りたい自民の一人勝ち政権により、改憲や集団的自衛権へまっしぐらの世相に対するアンチテーゼかも知れない。終戦記念日に靖国参拝を意思に反してパスしなければならない安倍首相にとっては、居心地の悪い憂鬱な一週間のはじまりだろう。

 戦中・戦後をえがく壺井栄の『二十四の瞳』や妹尾河童の『少年H』の映像再現化、旧臘亡くなった中沢啓治のマンガ『はだしのゲン』が英語など約20カ国語に訳されているなど、すべて塾頭と前後する世代の話しだ。

 こういった「戦争を知る」すべての材料は、いくら「反戦塾」が力んでみたところで、マスメディアに到底及ぶところではない。ただ、「戦争とは何か」の答えが「戦争の悲惨さ」に一元化されるだけでは不完全のように思える。

 「戦争とは何か」。塾頭が求められて一口で言うならば、「人の心を荒地の砂のようにザラザラにするものである」と答えておこう。

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2013年8月 3日 (土)

米国もビビる原発輸出

 Dscf3932_2   安倍首相のトップ・セールスでのめりこむ原発輸出、これが日本を敗戦・3.11大地震に次ぐ第3の亡国の危機を招きかねない賭けであることが分かった。安倍首相がいう「世界一安全な――」という担保が全くなく、輸入先から事故の賠償要求があった場合、それを回避できる保証もないということだ。

 輸出には、政府系金融機関「国際協力銀行」による融資か、独立行政法人「日本貿易保険」の貿易保険のいずれかを利用することが多い。その安全確認は、日本の原発安全神話づくりに加担してきた経産省・原子力安全保安院が担当していた。

 これまでの日本の原発同様、ここでひっかかるということはまずない。悪名高い同院は廃止され環境省外局の原子力規制庁に多くの業務が移ったが、同庁は「国内の原発は機器、人的要因、管理体制、立地状況などさまざまな要素からチェックする。外国の場合、実務上無理だ」と確認を断っている。

 したがって、政府はその機能をふたたび経産省に作るようなことを考えているが、輸出促進を図る部署の安全確認では心もとない。これらを1面トップで伝えた毎日新聞(8/3)は、解説欄で損害賠償要求の可能性について次のように記す。

日本が安全確認体制を整備しないまま、原発輸出を強力に推進し続ける背景には、原子力安全条約の存在がある。条約は原発事故の責任を「原発を規制する国(立地国)が負う」と規定しており、日本は免責されるという論法だ。茂木敏充経済産業相も5月28日の衆院本会議で「(海外で事故があっても)日本が賠償に関する財務負担を負うものではない」と強調している。

 果たして本当に「知らぬ顔」は通用するのか。推進役の経産省幹部でさえ「賠償でなくても援助などの形で実質的な責任を取らざるを得ない」と高いリスクの存在を認める。売り込み先の一部には別のリスクもある。インドには電気事業者だけでなく、製造元の原発メーカーにも賠償責任を負わせる法律があり、米国はこの法律を理由に輸出に消極的とされるが、日本は前のめりだ。

 以上を見てすぐ思いついたのは「日韓平和条約」だ。全く同じ構図ではないか。いかに免責条項があり、経済協力でこれに変えても、裁判所で続々と個人賠償責任を認めるという行儀の悪い国が出てこないわけではない。そのたびに国民の税金が持って行かれるようでは、この国の将来はなくなる。

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2013年8月 2日 (金)

早朝の寺

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久々の涼しい朝です。

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2013年8月 1日 (木)

中東紛争の終幕待望

 イスラエル・パレスチナによる和平交渉が日本時間で7月30日朝からワシントンでようやく始まった。前回行われたのが約3年前、これまで交渉が進展して和平にたどり着いたことは1度もない。今回も当事者同士に解決に向けた「本気度」がどれだけあるか、疑問視する向きもすくなくない。

 しかし、塾頭は3年前と大きく背景が変わっていることに注目する。それは、仲介者アメリカのオバマ大統領が再選をはたし、国内のイスラエル支持勢力の妨害を気にせず、国境線などアメリカにしてはかなりパレスチナ寄りの線でまとめようとする熱意が感じられることである。

 そして、大きいのはイスラエルをとりまく国際環境の変化である。前回の交渉があった年は、8月31日にオバマ大統領によってブッシュ前大統領が始めた「イラクの自由作戦」の終了宣言が行われ、翌11年12月14日完全撤退が終了した。

 また、アフガニスタンもウサマ・ビン・ラディーンをパキスタンで殺害したことにより、「テロとの戦い」の終息を目指す方向に向かいつつある。その背景にアメリカの巨大な軍事費支出による財政悪化に加え、国民の厭戦気分も反映していると見られる。

 もうひとつは、3年前の12月18日にチュニジアで始まったいわゆる「アラブの春」による周辺国の変貌である。強硬派カダフィーによるリビアの長期独裁政権が転覆し、隣国イスラエルと友好関係にあったエジプトのサダト大統領の後継、ムバラク大統領も民衆蜂起で倒された。

 また、北の隣国・シリアは、アサド政府と反政府軍で戦闘状態が続いており、収拾のめどが立たない。エジプトも軍部とムスリム同胞団の対立で内戦一歩手前の様相である。以前と違うのは米ソをはじめ、NATO諸国などこういった混乱を憂慮しながら介入を避けている点である。

 残る隣国、イラク・レバノンも国内の宗派対立が厳しく安定していない。このような状況は軍事的にイスラエルにとって有利に見えるが、敵を見えなくしているという点で、イスラエルをより危機的な環境に落とし入れており、気がついたらイスラム原理主義で四面楚歌ということにもなりかねないのが現状だ。

 そうすると、圧倒的軍事力を持つイスラエルが侵攻されることはないにしても、これまでのようにパレスチナを国として認めず露骨な植民地拡大政策をとる限り、イスラムの抵抗が続き和平が遠のくことをまぬがれない。ちょうど、日本の関東軍が満州での利権守備を口実に中国各地を蚕食していったのと似ている。

 相手の中国は軍閥の勢力争いで弱体化していたが、日本も多くの戦死者をだしている。だから、泥沼から引くに引けない様相を呈した。三国同盟だけが頼りだったが、イスラエルの場合そういった支えもない。今回の和平交渉は、1948年5月のイスラエル国家独立宣言以来続いてきた紛争に終止符を打ち、イスラエル・パレスチナ共存の可能性をさぐる最後の機会なるのでではなかろうか。

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