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2013年6月30日 (日)

中国に安重根の銅像

 5月27日付で「橋下もここまでか」と題する記事を書いた。その要旨は、橋下大阪市長のいわゆる「従軍慰安婦問題」に関する発言で、1、2塾頭が共感できる点があるが、全体としてそれすら打ち消してしまうような女性蔑視発言をし、結果として国内外に修復できないイメージダウンをもたらしただけというものである。

 塾頭が考えていたことは、①強制連行や、施設そのもので姓奴隷的な運営がされ、それが国の方針や民族性であるかのような言説を否定すること。②ただし戦争末期には行政の枠を越えた軍の横暴や不法行為がありえたこと。③公娼制度には長い歴史があり、むしろ、①のようなことを防止する目的も含めて制度化されていたこと。を正しく国内外に伝えるべきだということである。この点、河野談話だけでは不十分で誤解を生んだ可能性がある。

 そこへ今度は中・韓トップの会談で「安重根の銅像建設」という問題が起きてきた。以下産経新聞13/6/29を引用する。

【北京=川越一】中国を訪問中の韓国の朴槿恵(パク・クネ)大統領は28日、北京の釣魚台迎賓館で習近平国家主席夫妻と昼食をとりながら会談した際、初代韓国統監を務めた伊藤博文元首相を暗殺した朝鮮半島出身の抗日運動家、安重根(アン・ジュングン)の記念碑を、暗殺現場の中国黒竜江省ハルビン駅に設置するための協力を要請した。韓国大統領府が明らかにした。

 朴氏は安重根について、「韓中両国民にとって尊敬すべき歴史的人物だ」と述べた。習氏は「前日(27日)の首脳会談は成果に富み、双方は多くの共通認識に達した」と強調。安重根に関する朴氏の主張に同意したかは不明だが、「関係部署に(記念碑設置を)検討するよう指示する」と答えたという。

 従軍慰安婦の銅像や記念碑の建立は韓国内から始まったが、それがアメリカに波及、人権団体などに一定の関心をもたれたことから一種のブームが起き、アメリカ各地やシンガポールなど在外韓国人の多いところに続々計画が進んでいるという。

 あほらしい企画なのでそれほど効果を上げていないようだが、「ウソも100回つくと本当になる」ということもある。日本の在外公館なども大人ぶって無視するのではなく、こまめに調査結果や日韓関係史などを示し抗議しておかなければならない。

 その効果のほどはどうでもいい。無視するということは肯定することにつながるからである。しかし、今回の安重根の場合は違う。韓国が国内に安重根を英雄として銅像にするのは勝手だ。征韓論の西郷隆盛の像が上野公園にあるのと同じである。

 しかし、これを中韓トップが話し合って伊藤暗殺現場のハルビン建てるということは全く違った意味を持つことになる。かつて:同地在住の朝鮮人が銅像を建設したが、「外国人の銅像を建てることの意義」に疑問がもたれ、当局により撤去された(Wikipedia)。

 中国当局の良識が働いたわけだが、今度はわからない。中国は清帝国当時の覇権国家をめざしており、日清戦争を辛亥革命の契機としてではなく、「尖閣を盗んだ」とする日本の侵略の始まりと見なすようになった。

 日清戦争時の首相は伊藤博文である。彼の評価は日本でもいろいろあるが、幾多の困難を乗り越え明治維新を成功させた明治の元勲として、1000円札の肖像にも採用されている。彼が、朝鮮独立を強く望んでおり、戦争を回避することに腐心していたことは、その後の研究でよく知られている。

 当時の硬派(対外強硬派)と戦いながら、総理大臣として譲歩・妥協を強いられてきたことも、また、歴史の示すところだ。いずれにしても、日本を代表する総理大臣を何度も務め、偉人であったことには違いない。

 その暗殺犯人は、日本にとってテロリスト以外のなにものでもない。元総理・東条英機が極東裁判の結果A級戦犯として死刑判決を受け、それを受け入れた日本国民であっても、外国人テロリストが卑劣な手段で闇討ちにしたのではやはり怒る。

 伊藤は死の直前、犯人が朝鮮人だと聞き「馬鹿な奴だ」とつぶやいたという。伊藤が初代統監、つまり日本占領軍最高司令官マッカーサーのような役割をになって着任したのは、朝鮮人に理解を持つ伊藤なら、仮に日韓併合といった事態が起きても、混乱した事態が改善されれた暁には独立国としての復活をするという案があったとの研究もある。

 しかし、暗殺で事態は一変し、わずか半年余り後に日韓併合を実現させてしまった。安重根の仕業がそれを速めたといえるかもしれない。反面、安重根を英雄に仕立て上げなければならない事情にも目を向けなければならない。

 日本の砲艦外交で明治維新後開国に踏み切った韓国、しかし清の冊封体勢維持を頼りにした宮廷勢力、日清戦争後は三国干渉で「日本弱し」とみるや、極東南下をねらうロシアに依存し、イギリス、アメリカ、イタリアなどもハイエナのように弱った中国・韓国での利権を狙うようになった。

 朝鮮半島を日本と2分割などを言いだすロシアに、日本が危機感を抱くのは当然である。やはりアフガンなどで鋭く対立していたイギリスの支持が得られると見た日本は、遂に強大国ロシアと戦端を開く。これも運よくギリギリのところで勝利を得た。

 このように、当時の朝鮮情勢は欧米列強の草刈り場のような状況を呈しながら、宮廷内部は骨肉の権力争いにあけくれ、憂国の士が現れても外部の力を頼るなど不安定な状態が続いていた。

 日本による明治初頭の開国以来、韓国の歴史は屈辱と「恨」の一色になってしまう。その中で安重根が一身を賭した狙撃テロを断行し、愛国者の象徴となる必然性を生んだのだ。その点は繰り返して言うが、韓国の「歴史認識」として別に否定されるべきものでない。
 
 「歴史認識」は、国それぞれにより異なっていい。しかし、国際的に平衡を欠いた主張は受け入れられないのだ。中・韓が日本の戦後レジーム否定など、「歴史を直視しない」と非難するのもこの点だ。だからといって、両国とも、日清戦争から日韓併合に至る歴史認識が一方的なものであってもいいという論理は成り立たない。

 日本が日露戦争に勝利し、英、米、オランダなどの各国は朝鮮半島のヘゲモニーを日本がとり、この地域に安定をもたらす方針を支持した。韓国が日本の占領下にあるような体制がとられたわけだが、その中で韓国の外交顧問を日本が推薦した米国人が担当した。

 スチヴンスというが「日本政府の韓国保護政策が妥当なもの」と称賛する発言をした。それに恨みを持った田明雲という韓国人が、サンフランシスコで同氏を暗殺した。伊藤が暗殺される1年半前のことである。朴槿恵大統領は「サンフランシスコに田の銅像を建てさせてくださてい」とオバマ大統領にいうであろうか。

 朴大統領の父親、朴正煕大統領は、日本の士官学校を出た親日家で、1965年に日韓基本条約を結んだ。日本の有償・無償の援助もあって、「漢江の奇蹟」といわれる韓国経済発展の基礎をきずいた。

 それがまた、現大統領の反対勢力による攻撃の的になっている。もし、そういった要素もあって中国と反日包囲網を築こうというのであれば、おろかというよりほかない。環太平洋各国、アセアンの同意を得られないばかりか、日本の歴史修正主義者や軍国指向者を勇気づけるだけだ。

 日本政府は、こういった動きに抗議すべきだが、それには、日頃世界に通用する正確な歴史認識を発信し続ける必要があることはいうまでもない。

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コメント

この件に限らず、韓国の歴史絡みの動きには少々やりすぎのパフォーマンスが目立つのは確かで、今回の件も塾頭様の御主張に同意する部分はあるのですが・・・ここ20年来の韓国における歴史問題の「過熱」(当地に実際身を置いてみれば、大して「過熱」なんかしていないのですが・・・失笑)には日本における歴史修正主義の蔓延が大いに火に油を注いでいる節もあるわけで、昨今の安倍政権の登場で、それに拍車がかかっているまでのことと思います。カウンター・ナショナリズムを真に受けて喧嘩を買っても、尚更紛糾して関係悪化を招くだけだと思いますね。

ちなみに伊藤博文を「彼が、朝鮮独立を強く望んでおり、戦争を回避することに腐心していたことは、その後の研究でよく知られている」と、昨今の研究を通じて断言できるかどうか、かなり慎重に考える必要があると思いますね。「併合」形式をとるか否かはさておき、伊藤とて日本の朝鮮半島支配を積極推進する立場に変わりはなかったように思います。先方の歴史認識に「実証的に反論」するには、案外難しい点も多いと思いますよ。

以前似たようなコメントをしたと思うのですが、日朝修好条規以降の対朝鮮政策は、日本側に「善意」が仮にいかほどあったとして、総じて朝鮮社会から「悪意ある侵略」として取られて仕方ないものではなかったかと思います。日本側の「やむにやまれぬ事情」など、あくまで先方が主体的に考えることであって、こちらから声高に主張しても単なる体のいい言い訳としか取られないでしょう。

それに安重根のテロの動機たる「東洋平和論」を、単なるテロリストの妄言と片付けて済むのかどうか、これは朝鮮人のみならず日本人自身にとっての問題ではないかと思います。

投稿: ちどり | 2013年7月 1日 (月) 01時11分

一つ前の『「鳩」が生きている』のタイトルは玉井人ひろたさんではないが座布団5枚の素晴らしい出来上がり。
ところが今回はスポーツ紙並の扇情的なタイトルは気に入りません。
中韓首脳会議で出たのは『銅像』ではなくて『何らかの施設』です。
意味がこれでは可也違うと思いますよ。
ハルピン駅頭の伊藤博文暗殺事件ですが、韓国人が勝手に安重根の銅像を作るなど、勘違いもはなはだしいが、現地に事件を記念する何らかの施設があるほうが当然では無いでしょうか。
日本にとっても韓国にとっても中国にとっても伊藤博文の暗殺は大事件であり、その後の歴史の流れに大きく影響する。
日本の紙幣にもなった大人物なのですから、以前の日中首脳会談で日本側から提案するべき案件ではないでしょうか。
1914年サラエボでオーストリア皇太子を暗殺したセルビア青年の足跡がユーゴ内戦までは現場に刻まれていた。
『テロリストのかなしき心』暗殺犯安重根追悼と石川啄木
2010年03月29日 | 東アジア共同体
http://blog.goo.ne.jp/syokunin-2008/e/daf9dd0b33d553907357734cdfdf470d
この100年前の暗殺事件ですが、何故か日本では大きく取り上げないのは残念な話であり、過去を忘れるではなくて逆に関係する日中と南北朝鮮と4カ国で何らかの記念する施設を作るべきでしょう。

投稿: 宗純 | 2013年7月 1日 (月) 09時23分

ちどり さま
ご指摘、感謝します。
「筆が走る」ということばがありますが、何冊かの本で見ただけで1次史料を当たったわけではありません。伊藤の評価は「どちらかといえば」という前置詞が必要でしょう。

私は、史的判断で「善意」とか「悪意」という言葉を好みませんが、朝鮮に対し(一部の個人をのぞき)最初から植民地支配を意図していたとは思えません。

それより伊藤らがいかに外国の評判や、国際法などを気にしていたかがわかります。その後力をつけてくるとだんだん「我が道をいく」わかがままがでてくるのは、今のどこかの国と同じです。

日韓併合前は、日本の綿織業者の進出で同国の業者が被害を受けたという程度です。経済面ではほかに同国の膨大な海外債務の肩代わりをおそれ、併合に反対する人もいました。

筆が走った証拠は「知られている」とか「研究もある」という”逃げの”表現をつかってしまったことで、この点はお許しください。

投稿: ましま | 2013年7月 1日 (月) 09時54分

宗純 さま
引用は「記念碑」ですが、銅像であれ記念碑であれ、また施設であれ同じではないですか。靖国の遊就観のようなものなら最悪だ。

これを書いた動機は、どこの国であろうと誰であろうと歴史を直視し、そこから教訓を得ようとしない向きには嫌悪を覚えるからです。

それぞれの国の良心的学者はそうでもないし一致点もあるのだが、政治家は最悪。最近は中国・韓国にまで日本発の病原菌が伝染してしまった感じです。

4か国案は「鳩」の夢がかない、東アジア共同体の話ができるようになってからですね。それまでは、「喧嘩せよ」というのでなく、「ちゃんと主張せよ」ということです。遠慮が先に立つのは日本の美点でもあり欠点でもある、ということですね。

投稿: ましま | 2013年7月 1日 (月) 10時36分

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