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2013年6月

2013年6月30日 (日)

中国に安重根の銅像

 5月27日付で「橋下もここまでか」と題する記事を書いた。その要旨は、橋下大阪市長のいわゆる「従軍慰安婦問題」に関する発言で、1、2塾頭が共感できる点があるが、全体としてそれすら打ち消してしまうような女性蔑視発言をし、結果として国内外に修復できないイメージダウンをもたらしただけというものである。

 塾頭が考えていたことは、①強制連行や、施設そのもので姓奴隷的な運営がされ、それが国の方針や民族性であるかのような言説を否定すること。②ただし戦争末期には行政の枠を越えた軍の横暴や不法行為がありえたこと。③公娼制度には長い歴史があり、むしろ、①のようなことを防止する目的も含めて制度化されていたこと。を正しく国内外に伝えるべきだということである。この点、河野談話だけでは不十分で誤解を生んだ可能性がある。

 そこへ今度は中・韓トップの会談で「安重根の銅像建設」という問題が起きてきた。以下産経新聞13/6/29を引用する。

【北京=川越一】中国を訪問中の韓国の朴槿恵(パク・クネ)大統領は28日、北京の釣魚台迎賓館で習近平国家主席夫妻と昼食をとりながら会談した際、初代韓国統監を務めた伊藤博文元首相を暗殺した朝鮮半島出身の抗日運動家、安重根(アン・ジュングン)の記念碑を、暗殺現場の中国黒竜江省ハルビン駅に設置するための協力を要請した。韓国大統領府が明らかにした。

 朴氏は安重根について、「韓中両国民にとって尊敬すべき歴史的人物だ」と述べた。習氏は「前日(27日)の首脳会談は成果に富み、双方は多くの共通認識に達した」と強調。安重根に関する朴氏の主張に同意したかは不明だが、「関係部署に(記念碑設置を)検討するよう指示する」と答えたという。

 従軍慰安婦の銅像や記念碑の建立は韓国内から始まったが、それがアメリカに波及、人権団体などに一定の関心をもたれたことから一種のブームが起き、アメリカ各地やシンガポールなど在外韓国人の多いところに続々計画が進んでいるという。

 あほらしい企画なのでそれほど効果を上げていないようだが、「ウソも100回つくと本当になる」ということもある。日本の在外公館なども大人ぶって無視するのではなく、こまめに調査結果や日韓関係史などを示し抗議しておかなければならない。

 その効果のほどはどうでもいい。無視するということは肯定することにつながるからである。しかし、今回の安重根の場合は違う。韓国が国内に安重根を英雄として銅像にするのは勝手だ。征韓論の西郷隆盛の像が上野公園にあるのと同じである。

 しかし、これを中韓トップが話し合って伊藤暗殺現場のハルビン建てるということは全く違った意味を持つことになる。かつて:同地在住の朝鮮人が銅像を建設したが、「外国人の銅像を建てることの意義」に疑問がもたれ、当局により撤去された(Wikipedia)。

 中国当局の良識が働いたわけだが、今度はわからない。中国は清帝国当時の覇権国家をめざしており、日清戦争を辛亥革命の契機としてではなく、「尖閣を盗んだ」とする日本の侵略の始まりと見なすようになった。

 日清戦争時の首相は伊藤博文である。彼の評価は日本でもいろいろあるが、幾多の困難を乗り越え明治維新を成功させた明治の元勲として、1000円札の肖像にも採用されている。彼が、朝鮮独立を強く望んでおり、戦争を回避することに腐心していたことは、その後の研究でよく知られている。

 当時の硬派(対外強硬派)と戦いながら、総理大臣として譲歩・妥協を強いられてきたことも、また、歴史の示すところだ。いずれにしても、日本を代表する総理大臣を何度も務め、偉人であったことには違いない。

 その暗殺犯人は、日本にとってテロリスト以外のなにものでもない。元総理・東条英機が極東裁判の結果A級戦犯として死刑判決を受け、それを受け入れた日本国民であっても、外国人テロリストが卑劣な手段で闇討ちにしたのではやはり怒る。

 伊藤は死の直前、犯人が朝鮮人だと聞き「馬鹿な奴だ」とつぶやいたという。伊藤が初代統監、つまり日本占領軍最高司令官マッカーサーのような役割をになって着任したのは、朝鮮人に理解を持つ伊藤なら、仮に日韓併合といった事態が起きても、混乱した事態が改善されれた暁には独立国としての復活をするという案があったとの研究もある。

 しかし、暗殺で事態は一変し、わずか半年余り後に日韓併合を実現させてしまった。安重根の仕業がそれを速めたといえるかもしれない。反面、安重根を英雄に仕立て上げなければならない事情にも目を向けなければならない。

 日本の砲艦外交で明治維新後開国に踏み切った韓国、しかし清の冊封体勢維持を頼りにした宮廷勢力、日清戦争後は三国干渉で「日本弱し」とみるや、極東南下をねらうロシアに依存し、イギリス、アメリカ、イタリアなどもハイエナのように弱った中国・韓国での利権を狙うようになった。

 朝鮮半島を日本と2分割などを言いだすロシアに、日本が危機感を抱くのは当然である。やはりアフガンなどで鋭く対立していたイギリスの支持が得られると見た日本は、遂に強大国ロシアと戦端を開く。これも運よくギリギリのところで勝利を得た。

 このように、当時の朝鮮情勢は欧米列強の草刈り場のような状況を呈しながら、宮廷内部は骨肉の権力争いにあけくれ、憂国の士が現れても外部の力を頼るなど不安定な状態が続いていた。

 日本による明治初頭の開国以来、韓国の歴史は屈辱と「恨」の一色になってしまう。その中で安重根が一身を賭した狙撃テロを断行し、愛国者の象徴となる必然性を生んだのだ。その点は繰り返して言うが、韓国の「歴史認識」として別に否定されるべきものでない。
 
 「歴史認識」は、国それぞれにより異なっていい。しかし、国際的に平衡を欠いた主張は受け入れられないのだ。中・韓が日本の戦後レジーム否定など、「歴史を直視しない」と非難するのもこの点だ。だからといって、両国とも、日清戦争から日韓併合に至る歴史認識が一方的なものであってもいいという論理は成り立たない。

 日本が日露戦争に勝利し、英、米、オランダなどの各国は朝鮮半島のヘゲモニーを日本がとり、この地域に安定をもたらす方針を支持した。韓国が日本の占領下にあるような体制がとられたわけだが、その中で韓国の外交顧問を日本が推薦した米国人が担当した。

 スチヴンスというが「日本政府の韓国保護政策が妥当なもの」と称賛する発言をした。それに恨みを持った田明雲という韓国人が、サンフランシスコで同氏を暗殺した。伊藤が暗殺される1年半前のことである。朴槿恵大統領は「サンフランシスコに田の銅像を建てさせてくださてい」とオバマ大統領にいうであろうか。

 朴大統領の父親、朴正煕大統領は、日本の士官学校を出た親日家で、1965年に日韓基本条約を結んだ。日本の有償・無償の援助もあって、「漢江の奇蹟」といわれる韓国経済発展の基礎をきずいた。

 それがまた、現大統領の反対勢力による攻撃の的になっている。もし、そういった要素もあって中国と反日包囲網を築こうというのであれば、おろかというよりほかない。環太平洋各国、アセアンの同意を得られないばかりか、日本の歴史修正主義者や軍国指向者を勇気づけるだけだ。

 日本政府は、こういった動きに抗議すべきだが、それには、日頃世界に通用する正確な歴史認識を発信し続ける必要があることはいうまでもない。

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2013年6月28日 (金)

「鳩」が生きてる

 香港のメディアで、鳩山元首相が尖閣諸島について、『日本が盗んだと言われても仕方がない』と発言したとかしなかったなどと、一部マスコミで取沙汰されている。中味はYouTubeで公開されているが、問題のフレーズは、尖閣が日中間で領土問題として存在かることを中国側の主張を説明する中で使われており、鳩山がそれを肯定しているわけではない。

 しかし、早速ネット右翼などの餌食となり「反日」バッシングを受けている。またそう受け取られても、それこそ「仕方がない」言い回しになっている。当塾はこれまでも、鳩山内閣成立当時から「東アジア共同体構想」に賛意を示してきた。「普天間移転、すくなくても県外へ」や「中・米のかけはしに」も賛成だった。

 普天間移転問題は、「学べば学ぶにつけ」と前言を撤回し、内閣を投げ出す破目になったが、最近では、北沢防衛・岡田外交による閣内および官僚の非協力、妨害があったことが明らかになっている。しかし、鳩山の変節ととられるような言質を残したこと、これもまた「仕方ない論」になってしまう。

 参院選でも、自由・民主揃って「日米合意の実行」つまり辺野古移転が公約になっている。ここにきて、アメリカ国内に費用対効果の面で米西海岸、つまり「国外移転」論が起きており、合意見直しの機運が出ているので、決して鳩山流が折衝の対象外でなかったことがわかる。

 そのうちのひとつが毎日新聞6月26日付に掲載されだが、毎日JP→オピニオン→解説→発言に掲載されるはずのものが、なぜか28日になっても公表されないので文末に全文を採録する。それ以外にも以下のようなものがある。
http://www.rand.org/pubs/research_reports/RR201.html

 このように、鳩山は先を見てものを言っているようだが残念ながら時機外れで、自称現実主義者から「宇宙人」扱いをされてしまう。東アジア共同体についてもそうだ。政権交代の目玉にしたかったのだろうが、そのころには、中国の大国主義や独特の中華文明論が表面化しはじめ、鳩山発言にも冷たい反応しかなかった。

 国内的にも、日本と中国の共通性より異質性の方が強調され、尖閣騒ぎはそれを極限状態にまで押し上げてしまった。今や「共同体」など寝言のように扱われ、どこからも相手にされないテーマになっている。そんな時、議員をやめ党からも抜けた鳩山が「一般財団法人東アジア共同体研究所」を立ち上げた。

 塾頭は変人扱いされようと、これを支持する。欧州共同体が発足したのは、ヴィクトル・ユーゴーが提唱した1847年から2度の大戦を経て、104年もあとのことだ(年表参照)。

 6日付の「憲法と国家ビジョン」でも書いたが、今の日本には国家の目標やビジョンがない。共同体といってもEUのようなものが数年でできるはずがない。10年、数十年の先を見越しての話だ。その研究をすることは、尖閣問題など先鋭化した今こそタイムリーなのかも知れない。

 同研究所の活動はこれからだが、理事を見ると次のようなメンバーが並んでいる。
・孫崎享(外交評論家、元外務省国際情報局長)
・橋本大二郎(武蔵野大学客員教授、元高知県知事)
・高野孟 (ジャーナリスト、株式会社インサイダー代表取締役)
・芳賀大輔(鳩山由紀夫事務所所長)

 冒頭に孫崎氏を掲げているが、塾頭は、元外交官でありながら、政治家を対米追随路線指向と自主路線指向に色分けする本を書いて有名になった人であることに懸念を持っている。理事と研究者は別であるが、当面は日米中関係より、EUについての研究と紹介に重点を置いていただきたい。
 
 欧州共同体は、何世紀もの間敵対し続けた戦勝国と敗戦国の間で結ばれ、大国・小国、旧ソ連圏諸国など利害相反する諸国が、国の垣根を越えることにより「平和」を追求してきた。そして時には瓦解の危機を、話し合いと協調の精神で乗り切ってきたことなど、日本ではほとんど知られていない。決して「仲良しクラブ」ではないのである。

 それの研究と紹介が第一歩であり、中・韓国を含む各国の研究者で陣容を整えるなどの発展を遂げるよう期待する。そういった研究所である限り、塾頭は声援を送りたい。

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◆発言◆海外から
在沖縄海兵隊 米西海岸へ
  マイケル・オハンロン
   (米ブルッキングス研究所シニアフェロー)

 日米両政府は米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の同県名護市辺野古への移設問題にあまり長くとらわれすぎてきた。日本国内の関心は理解するが、世界の案ぜ戦補償問題と比べると第一級の話ではないと私は思う。ただ、私は、日米両政府が実行でき、沖縄県民にも受け入れられる計画が望ましいと考える。日米同盟をさらに強化するため、この問題を過去のものとするための提案をしたい。

 現在の計画は、普天間飛行場を閉鎖するために辺野古に新たな施設を建設し、約2万人とされる在沖縄海兵隊員のうち約1万人を沖縄に残し、約8000人を米領グァムに使節を整備して移転することになっている。辺野古への新施設整備のめどが立たない日本の政治的状況を現実的にみなければならない。また、米側も政府の歳出強制削減で国防費が大幅に削減される状況も深刻だ。現行計画は総額300億ドル以上かかるとみられ、費用がかかりすぎる。

 そこで私は、沖縄には海兵隊員を5000人から8000人だけ残し、残りはグァムに施設を整備するのではなく、米本土西海岸のカリフォルニアに戻せばいいと考える。カリフォルニアの基地は海兵隊全体の規模縮小の中で、施設に受け入れる余裕が生まれる見通しだ。

 一方、日米両政府は米軍がグァムやサンディエゴに持っているような大型の事前集積艦を日本領海内の港湾施設に2、3隻置く。数千人分の武器や弾薬など完全な装備・機材を備えさせ、有事の際はすぐに動き、迅速に西太平洋に展開できるようにしておく。

 さらに、普天間飛行場を返還し、小さな飛行施設を沖縄本島北部の既存の海兵隊基地内に整備するとともに、緊急時に那覇空港の追加滑走路を使えるようにしておく。費用は概算で、事前集積艦3隻で10億ドル、艦船に積む装備で50億ドル程度で、現行計画の300億ドルを大幅に削減できるだろう。

 米軍の西太平洋地域への関与が弱くなるというメッセージにはならない。現在の状況をより改善する案だからだ。軍事的で論理的な計算ができるなら、即応能力も落ちるどころか、むしろ高まることが分かるだろう。そしてグァムも危機対応への能力をさらに向上させるために使うことができるだろう。
       【構成・西田進一郎】
----------------毎日新聞13/6/26

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2013年6月26日 (水)

南無…………

 人前では、あまり口にすることのない癖がある。「南無妙法蓮華教」と「なむあみだぶ」だ。我が家は親鸞の一向宗だがそんなことには関係がない。風呂、トイレ、寝床、散歩路……口をつくのは大体そんな場所だが、気合を入れる時は「ナムミョホウレンゲッキョ」、ふと気を抜くときは「ナムアミダブ」となる。

 ほかの宗派、宗教にもそれぞれ呪文のようなものがある。しかし、「ナムカラタンノトラヤーヤ」とか「南無金剛遍照」あるいは「オオ・マイ・ゴッド」 などと言うことはない。もちろん、「お題目」や「称名念仏」という信仰心に基ずくものではなく、まあ、雑念を払う時の一種の口癖なのだ。

 江戸落語でよく題材やせりふにでてくるのも、以上のふたつである。つまり庶民の生活の中に溶け込んでいたということだ。われわれより後の世代、鳥の鳴き声「仏法僧」・「ホウ・ホケキョ」は残っても、こんな縁なき衆生の口癖は多分消滅するに違いない。

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2013年6月24日 (月)

共産党風は吹くか?

 参院選の前哨戦とはやされた都議選だが、記事にしようという感興がさっぱりわかない。ちなみに、前回の民主躍進選挙時は2度にわたって書いている。今回は、投票率最低レベル、自民大勝、民主惨敗、第3極低迷、共産議席増と予測していた。

 ハプニングはたしかに起きなかった。しかし塾頭を驚かせたことがふたつある。ひとつは自民全勝というパーフェクトゲームで、最低でも1人か2人ぐらいは、民主が勝って自民おちこぼれというケースがあると思っていたことと共産倍増の大躍進である。

 自=59、公=23に次ぎ、民主15を上回る共=17は立派。これで野党第1党になれるわけだ。読売新聞は社説その他で、投票率が低く組織力がものをいう有利さ、と解説するが、大新聞に似合わぬいいかげんな分析だ。

 諸調査で明らかになっている同党の支持率をはるかに上回る得票を得ている、というのが真相だろう。読売は、自民党については「アベノミクス」が評価されたしするが、これも、ひいき党に対するひいき目に過ぎない。

 当塾は、16日に「野球の球とツイッター」と題する記事の中で、千葉県船橋市の市長選挙のことをとりあげた。その投票も昨日行われて、自公民推薦の松戸氏が勝つべくして勝ったわけだが、その中で共産党推薦の女性候補が6人中第3位を占めた。

 2位は維新の会推薦である。塾頭は、民主の凋落により、リベラル勢力に期待を寄せた有権者が行き場を失い、共産に流れたのではないかと見ている。憲法・原発・沖縄などで意思をしめすにはそれしかなくなったのだ。

 この傾向は、参院選まで続くと思う。投票したくても候補者のいない社民党などと違い、3人区などでは当選議員が出てきそうだ。それを、政治を変える「風」にするためには、政界再編までを視野に入れた共産党の「大脱皮」が必要だが、それは無理だろう。

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2013年6月23日 (日)

「石破は教養がある……」

 BS朝日で田原総一朗が司会する憲法関連の番組を見ていたら、96条堅持を主張している憲法学者・小林節先生、安倍ファンなどから最近は左翼呼ばわりされているのか、先生独特の怪気炎だ。

 「自民党・石破議員、民主党長島昭久議員などは教養があるが、教養のない議員が多すぎる」などと喝破。石破幹事長はわかるような気がしないでもないが、慶大のかつての恩師の主張を聞くや、たちまち96条先行改憲案の自説を撤回した政治家が「教養」があるというのはどうも……。

 しかも長島先生、東京文化短大で「憲法学」の教鞭をとっていたとか。憲法学者といえば「天皇機関説」の故・美濃部達吉教授。もちろんお会いしたことなどないが、自説を曲げず教授を負われてしまった先覚に、あふれんばかりの教養を感じてしまう。

 それにしても、軽口とはいえ、小林先生から「教養がない」といわれるような政治家の過半数で、簡単に改憲されてしまうことにでもなれば、日本のお先真っ暗だ。

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2013年6月20日 (木)

中国は攻めてくるか

 中国が尖閣へ、沖縄へ、本土へもし攻めてきたらなどということを、まことしやかに語られるようになった。塾頭はさきに書いた「新世代憲法」でも明らかにしているように「鍵=自衛隊必要論」である。

 しかし「近い将来、日中あるいは米中が開戦」などという事態があり得るか、と問われれば「それははない」断言する。以下、金谷治訳注『孫子』岩波文庫より引用する。

 孫子はいう。およそ十万の軍隊を起こして千里の外に出征することになれば、民衆の経費や公家の出費も一日千金をも費やすことになり、国の内外ともに大騒ぎで農事にもはげめないものが七十万家もできることになる。

 そして数年間も対峙したうえで一日の決戦を争うのである。[戦争とはこのように重大なことである。]それにもかかわらず、爵位や俸禄や百金を与えることを惜しんで、敵情を知ろうとしないのは、不仁――民衆を愛しあわれまないこと――の甚だしいものである。

 [それでは]人民を率いる将軍とはいえず、君主の補佐ともいえず、勝利の主ともいえない。だから、聡明な君主や優れた将軍が行動を起こして敵に勝ち、人なみはずれた成功を収める理由は、あらかじめ敵情を知ることによってである。(用問篇・以下略)

 これは、『孫子』の冒頭の「兵とは国の大事なり、生死の地、存亡の道、察せざるべきなり」と、有名な警句である「彼れを知りて己れを知れば百戦して殆(あや)うからず」の双方と底流が同じである。なぜ本稿のテーマに中国の古典『孫子』を持ってきたのか。

 相手が中国だからか。違う。『孫子』は今や世界のどこでも読まれている普遍的な兵書であり教養書である。アメリカ大統領オバマも座右において愛読しているという話をどこかで見た。『孫子』が持つ「普遍性」が失われない限り、戦争は起きない。

 また、「彼れを知らず己れを知らざれば、戦う毎に必ず殆うし」の結果を承知の上で、戦争の危険をおかす為政者はいない。かつて日本は、『孫子』より神州不滅の皇国史観の方を上に置いた。ドイツは自民族を最高位に置くナチズムが国を滅ぼした。普遍性に対抗する特殊性をでっち上げたのだ。

 アメリカのブッシュは百金を惜しんでニセ情報に「一日千金をも費やす」愚の道を選んでしまった。人は過ちを犯す。この先、小さな過ちは見逃されても、大きな過ちを犯す国には、亡びてもらうしかない。

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2013年6月18日 (火)

「美しい国」より「大人の国」へ

 2+2(ツウ・プラス・ツウ)という言葉をよく聞く。本来は「日米安全保障協議委員会」の別称だが、日本は外務大臣と防衛大臣、アメリカは国務長官と国防長官が出席することからそう呼ばれる。

 別にそれに文句をつける気はないが、日本の置かれている現状と政治姿勢からみて、外務大臣と防衛大臣は不離不即でなければならず、対外的にもワンセットで共同歩調をとるというニューワンスに受け取られてしまう。

 最近の政治報道は、参院選一色になりつつある。直接関係のなさそうなことでも、「それが選挙にどう影響するか」というとらえ方をする。ところが不思議なことながら防衛・外交に関しては、尖閣諸島、沖縄普天間米軍基地の辺野古移転など継続する重大な問題をかかえながら、主要政党間の争点にもなっていない。

 安倍首相がG8に出席しても、アベノミクス宣伝など内向きの宣伝で終始するだけで存在感がうすく、ますます「顔の見えない国」「特殊な国」といった印象を深めるばかりだ。日本は、世界に、また将来に向けてどう向き合えばいいのか、そういった議論がないのは、「お寒い限り」というほかない。

 当塾は、6月 6日の「憲法と国家ビジョン」から連続3回にわたり、憲法を国の柱とすべきことを主張した。「護憲派」としては異端のようなことも書いたが、この度、アメリカ西海岸サンディゴ近辺で行われた自衛隊と米軍による共同訓練の詳報が報道された。

 その中に、当塾の主張の根拠となる発想が、自衛隊の中に一部にしろ共有されていることを知り驚いた。記事は6月18日付毎日新聞特集で、タイトルにはタイトルには次のようなものが使われている。

・離島防衛 脱「米頼み」
・共同訓練に陸海空自
   自衛力強化へ結束
・財政難の米 渡りに船
   中国対策 分担を促す
・自衛隊だけで取り返せるの?
   上陸時の装備足りず水陸両用車を研究

 以下、やや長くなり恐縮だが記事の一部を以下に引用する。

 離島奪還は、上陸部隊の陸自だけでなく、輸送や艦砲射撃で支援する海自、空での優勢を保つ空自との緊密な連携が必要となる「究極の統合作戦」。陸自は米海兵隊と訓練を重ねる一方、国内に射撃ができる場所が限られていることもあり、海自や空自との実戦的訓練はしてこなかった。

 派遣部隊を率いる海自第2護衛隊群司令の湯浅秀樹海将補が「互いの言うことが理解できない部分もある」というほど陸海空自の文化は異なる。尖閣で中国との緊張が続く中での今回の訓練は、現状の統合能力を検証し、教訓を得る「初めの一歩」に位置づけられる。

 「『同盟国は助けてはくれるが運命は共にしてくれない』ということを忘れてはならない」。今年2月の自民党の勉強会で、自衛隊幹部は「自助努力」の重要性を訴えた。

 背景には、尖閣で中国と衝突した場合、領有権問題では中立の立場を取る米国が「助けてくれるとは限らない」との危機感がある。米軍は米国の国益に基づき、米政府の指示に従って行動する。東京電力福島第1原発事故への対処で「自分たちの国を守るのは自分たちだという当たり前のことに気づかされた」と自衛隊幹部はいう。

 本稿冒頭の書き出し「2+2」もいいが、防衛大臣は防衛力確保と自衛隊指揮能力把握、外務大臣は中国との緊張回避・善隣関係の回復に専念する本来の役割分担をこなすこと、これが「大人の国」の第一歩ではないか。

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2013年6月16日 (日)

世界の目は中東へ

【イラン】大統領選、穏健派ロウハニ師が当選。

 世界が注目するのは、北朝鮮と同じ核開発だ。経済制裁も受けている。穏健派といえども、核開発継続方針に変わりはない。ただ、アメリカと協議がしやすくなるという程度で、開発放棄は望み薄だろう。

 一番神経をとがらしているのがイスラエルである。こちらの方は右派強硬政権ができた。イラン核兵器製造工場をすぐにでも爆撃したい(シリアに向けた前科がある)構えだ。イスラエルはアメリカ系ユダヤ人父祖の国。アメリカはそれをなだめるのに大わらわなのである。

 イランの核開発反対の先頭に立つのもそのせいだ。ちなみに、北朝鮮を核保有国として黙認すると、日本に核武装の口実を与えるからという、米中などの危惧があるというが、イランほど真剣に考えているとは思えない。

【シリア】米、反政府組織に武器援助
 シリアの内戦状態に、これまで一切手出ししなかったアメリカだが、アサド政権が化学兵器を使用したという理由をつけて、反政府側に武器援助をする方針だ。ロシアは当初からアサド支持で、「証拠がない」と反対している。

 アフガンやイラクの苦い教訓にもかかわらず、どうして今ごろ?という感じがする。ここに、レバノンに本拠を置くシーア派戦闘組織で、これまでにイスラエルと戦火を交えたことのあるヒズボラの存在が浮かび上がってきた。このところ政府軍が勢いをましているというが、ヒズボラがアサド支援を本格化すれば、シリアのヒズボラ化が見えてくる。

 それを何としてでも避けたいのは、やはりイスラエルであろう。アメリカが反政府組織に武器を供与するということは、アメリカの正面の敵であったアルカイダ系組織に武器がわたる可能性を否定できない。それでもあえて目をつぶるということか。

 それまでして反政府軍に肩入れするということは、イスラエルの隣国がヒズボラ政権になったらレバノンの1勢力どころではなくなる。パレスチナと共に完全な包囲網が完成する。「シリア内戦は長引く方がいい」というイスラエルの必死の訴えがあったからではないか。 

【トルコ】
 動乱が続いている。デモに参加しているのは90年代生まれの若者で、風俗や表現の自由を求めているがその他の要求はあまり聞かれない。トルコはイスラム教国として中心的存在である。また、イランやサウジアラビアなどと違い、世俗派政権で模範的な成功を収めてきた。

 エルドアン首相は3期連続の長期政権を維持しているが、民主的な選挙で労働者層やイスラム保守層などの支持も厚く、デモ賛成派が多数を占めているとは思えない。エジプトでも穏健なイスラム原理主義・ムスリム同胞団の支配に反対する世俗派の若者が騒動を起こしている。

 エジプトでも同様な事態を経験しているが、デモ側にはすぐとって代われるような人材がいない。トルコの場合も政権が強硬策を取らず、他国や外部組織の介入を防げば、意外に早く終息するのではないか。

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2013年6月13日 (木)

野球の球とツイッター

 今日13日付毎日新聞(東京)の第1面は、《復興庁幹部ツイッター暴言――懸案「白黒つけず曖昧に」・「左翼のクソから罵声」》と《プロ野球統一球・コミッショナー謝罪》だった。共に7段、8段を占める扱いで、社会面、スポーツ面でもそれぞれトップへ持ってきている。

 後者はご丁寧に社説まであり、朝日にも社説があるのでおそらく同じような取り上げ方なのだろう。ジャーナリズムの劣化か塾頭の老化か(多分老化の方だろうけど)わからない。どうしてこれが大問題なのだろう。

 最近はなにかというと、会見で「責任を取れ、辞任は?」という記者の追及に曝される。球の弾性を発表しなかったことがそんなに大問題なのか。それで、実害を受けたり生活に影響を受けたりする人があるのだろうか。

 柔道連盟の方は、人権無視が絡んでいたり、国際的な影響も考えられることから理解できる。野球の方は、選手の中には、打撃の成績次第で年俸が決められている人もあり、訴訟の対象になるともいうが、同じ労働条件のもとに仕事をしたわけだし、裁量が必要というなら、選手会とコミッショナーで話し合えばいいのだ。

 前者の方だが、問題を起こした復興庁キャリア職員は、千葉県船橋市の副市長から昨年8月に出向した。つまり当時、野田首相が自らの選挙区から白羽の矢を立てて政府入りしたものと想像される。

 このことは、同紙地方版を見るとよくわかる。同市は23日に市長選を迎えるが、4期務めた藤代孝七市長が引退を表明、やはり副市長だった松戸徹氏を後継指名した。
 
 現市長は野田氏の出身・県立船橋高校の柔道部の先輩で、自身のチラシ「かわら版」で「藤代市長とはお互いに『あうん』の呼吸で支え合ってきた」とし、松戸氏推薦に力を入れている。

 現市長は、前回自公の推薦を受けており、今回も早々と推薦に回った。困ったのは地元の民主党である。前回は「県4区総支部推薦」として自前の候補を立てたが、今回はいったん出馬声明を出した党県連幹事長田中明氏をさしおき、松戸氏推薦を決定した。

 同紙千葉西北版によれば「田中氏に出馬を断念するよう説得したのも、野田前首相とささやかれている」としている。こういった中央・地方の政治のみにくさ、首相といえど権力のためには節操など意に介しないという取り上げ方なら意味があった。

 政府側は復興庁幹部に事情聴取をして近く処分するそうだが、野田氏の息のかかったものとして「たかがツイッター程度」にしては、厳しい処分を打ち出すかもしれない。

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2013年6月12日 (水)

ジュンサイ

Dscf3914  前回の萬葉集にでる花の話は、ちょっと手抜き授業気味で反省しています。口直しに6月に咲く花をもうひとつ付け加えさせてください。それは「ジュンサイ(蓴菜)」です。当地には「じゅん菜池」というバス停があり、地元ではそれなりに知られています。

Dscf3919  ところが見てください。ジュンサイがあるのは、この4、50倍はある池面のうちブル―のネットがかかっているここだけです。ご多聞にもれず宅地開発などの水質悪化の中で清冽な水を好むジュ ンサイは絶滅の危機に瀕しました。

 それをボランティアの有志のおかげで、ようやくこれだけ残っているのです。ネットはカラスや水鳥が新芽をついばむのを防止しています。それでは、さっそく『万葉集』の方へ。

1352
わが情(こころ)ゆたにゆたに
辺も沖にも依りかつましじ

【意訳】 私の心はゆったりしたり揺れ動いたり、水に浮くジュンサイ(浮ぬなは)のようです。岸辺にも沖の方にも寄ることができない(よみ人しらず)。

【健康食品ジュンサイの酢の物】

・糖尿病によるのどの渇きの癒し
・リウマチなどの発熱に伴う関節の腫れや痛みの緩和
・弱った腸の働きの正常化
・虫刺されによる解毒
・水の代謝の促進

食べ過ぎには注意

(以上『旅の友』クラブツーリズムより一部転載)

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2013年6月11日 (火)

あぢさゐ

Dscf3912 あぢさゐの八重さくごとく
やつ世にを
いませ吾背子見つつしのはむ

 右の一首は、左大臣の、味狭蘭(あぢさゐ)の花に寄せて詠めるなり。
 

(左大臣は橘卿)『万葉集』4448

大伴家持、
唐棣花(はねずのはな)の歌一首

夏まけて咲きたるはねず
ひさかたの雨うちふらば
うつろひなむかな

『万葉集』1485(以上いずれも岩波文庫版より)

 後の歌の「唐棣花」は「庭梅」のことだとされているが確証はないようだ。
1日に書いた「白い花」同様、塾頭はアジサイか藤の花と勝手に解釈している。

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2013年6月 9日 (日)

新世代憲法②

 当ブログを「護憲ブログ」と呼ぶ人がいます。塾頭は9条の会に入っていますが、ブログ標題が「反戦」なので、純正護憲派からは「好き勝手なことをいう」と敬遠されるのは承知の上です。しかしいかに清純を貫いても、自民党改憲案のようなものが主流になって改憲されれば元も子もありません。

 幸いにというか、自民党改憲案や日米安保条約は欠陥だらけで、国際的に見てもすでに周回遅れだということがだんだんはっきりしてきました。これからは安全保障問題を正面にかかげ、堂々と議論すべきです。第一次自民党改憲案をまとめた舛添要一氏が野党に下った自民党を抜け、新党改革を作ってみたものの今度は引退だそうです。なにか象徴的な感じがします。

 さて、前回自衛隊の存在は違憲ではないといいました。そのために自衛隊はどうなくてはならないのでしょうか。9条の規定に反することのないよう、日本の領土・領域以外の外国で公務員(自衛隊員は国家公務員)が武器を持ち込み武力行使してはならないという一項を③として加えればいいと思います。それでは、公海上のシーレーン防衛や国連のPKO活動などはどうするかについては、別に法律で定めることにしておけばいいのです。

 新設③項には深い意味があります。戦争というのは相手が降伏するか、相手国に兵員を送り込んで占領、実効支配しなければ勝ったことになりません。相手国に兵員が入り国権を犯すことを「侵略」というのです。

 安倍首相は「侵略」に定義がないなどと言っていますが、頼まれもしないのに兵員がその国に入りこんで退去を拒んでいれば「侵略だ」といわれても仕方がないでしょう。それとも自衛のためだから侵略ではないと言い張るのでしょうか。兵員さえ行かなければ侵略行為は起きないのです。

 列強による帝国主義的侵略は、第1次大戦前には公然と行われました。それが、不戦条約ができた頃から反省に向かうのですが、残念ながら日本は、これからだとばかり張り切ってししまいました。そういった歴史認識で世界に通ると思ったら大間違いです。日本が世界にさきがけて9条を持ち続けたというのは、占領軍に押し付けられたにしても誇るべきことなのです。

 自衛隊の任務は「専守防衛」です。そのための能力は、相手の兵力を上陸させないため、日本周辺の制海権・制空権に万全を期すことです。潜水艦哨戒能力は世界でも有数なものだそうですが、それだけでは不十分でしょう。米軍と足して100にするのではなく。自衛隊だけで100になるシステムを構築しなくてはなりません。

 そこで要求されるのは情報網構築と適正なミサイル配備です。日本は、核兵器や大陸間弾道弾、偵察衛星などを作る技術を持っています。また、中国や北朝鮮が持っている日本を射程においた中距離弾道弾が発射された場合の反撃の可否や、宇宙空間のミサイル防衛、無人機、ロボットによる相手国攻撃など検討課題はたくさんあります。

 しかしそれらを法的にしばるというのはあまり利口ではありません。9条の精神の中でケース・バイ・ケースの判断をしなければなりません。大量破壊兵器や、無差別殺人兵器などの禁止は当然なことで、憲法上は相手国を侵略・占領する目的の軍隊を持たないということだけで十分でしょう。

 以上、2回にわたる本題の結論はそのまえに書いた「憲法と国家ビジョン」に戻ることになります。すなわち、国家間対立を深めれば防衛費用は際限なくふくらみ、国家経済がそれによって確実に打撃を受けます。

 最強国アメリカでさえこの例から逃れることはできません。中国の軍事費が増大を続けていても、それとまともにおつきあいするメリットはなく、アメリカはすでに軍縮モードに入っています。日本も防衛力の効率化、適正配備を進める中で「次世代憲法」を旗印に、軍縮・環境立国に将来を託してほしいと願うばかりです。 

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2013年6月 8日 (土)

新世代憲法①

 最近、憲法に対する関心が急に高まっているそうです。書店の売れ筋にもそれが現れているそうで、当塾としては大歓迎です。安倍首相にお礼をいいたいぐらい。社民党・共産党がどれほどポスターを張り出してもとても及びません。

 ついでに自民党改憲案と読み比べてもらえば、どっちが心に訴えるものがあるか、よくわかるでしょう。問題はやはり9条です。塾頭はどうしても変えなくてはならないとは思いませんが、いくつかわかりにくいところがあるのは確かです。

 第1項は、1928年(昭和3)に日米英仏など主要国、その後ソ連も加わって63か国が締結した不戦条約が今でも生きており、ほぼそのまま採用したものです。それならば、第2次世界大戦などその後は戦争がなくなるはずなのに、性懲りなく繰り返されています。

 「自衛ならいい」という解釈がまかり通ったせいです。その反省に基ずき、日本敗戦の年の10月に発足した国連が、さまざまな制約を設けました。自民党案は、戦争放棄をうたったすぐそのあとに「自衛権の発動を妨げるものではない」と宣言し、国連の努力は無視していいといわんばかりです。

 その詳細ははぶきますが、問題は第2項、「前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない」です。自民党案は、章の名前を「戦争放棄」から「安全保障」に変更して、9条の2を設け「国防軍を保持する」と180度ひっくり返しました。

 改憲論者は「あれだけ高度の設備と要員を持った陸上・海上・航空自衛隊が軍隊でないというのは矛盾しているし、外国からも軍隊と見られている」といい、護憲論者は「だから自衛隊は憲法違反だ」といいます。そして、自衛隊を段階的に縮小してゼロにしようという意見さえ出ました。

 国連憲章の最初の案には「自衛権」という文言はありませんでした。自衛権は、個人の正当防衛と同じで、暴力を受けたら身を守る当然の権利、つまり国にも当てはまる「自然権」であって、わざわざうたうまでもないということだったのです。

 ところがアメリカは、大国にだけ拒否権があり、アメリカを盟主とする中南米など米州機構の加盟小国が、自衛の権利を行使しようとしても発動できなくなると主張、「集団的自衛権」を明文化するように要求しました。

 それにつれて「自衛権」も明記するようになったのです。また、紛らわしい「戦争」という文言も一切なくし「武力行使」という言葉に置き換えました。日本国憲法9条2項の「交戦権」を認めないというのは、国には戦争をする権利がある、という考え方を否定したものと思われます。

 日本は9条の戦争放棄があっても国を守る権利まで放棄したわけではありません。当然のことなので、書いてないだけです。もしそういう考えをする人があったとすれば、「豪邸を作ったけど門も玄関も一切鍵なしで出入り自由にしよう」というのと同じになります。

 一見、平和でよさそうですが、空き巣や窃盗を奨励することにもなりませんか。また、ここは俺の家だといって他人が住み着いてしまうかも知れません。そんな悪い人、悪い国がなければいいのですが、「ここはもと俺の家だった」といって武力をちらつかせる手合いが現にいますね。

 戸締りはしっかりして、そういう手合いをあきらめさせることが必要です。そのために相手国に泥棒に入ることを目的とする軍隊の必要は全くありません。いかにして悪人にあきらめさせるかに専念すればいいのです。

 自衛隊に期待するのは、その鍵の役目をしっかり果たしてもらうことです。しかし、ことはそんなに単純ではありません。憲法9条がないアメリカと軍事同盟を結んでいるからです。安保条約に、双方の憲法を尊重するという条文はありますが、いざことが起きれば「事後承認」などということが過去の戦争でもたびたびあります。

 米軍と自衛隊は、鎗と盾の役割ということをよく聞きます。そして、合同訓練もたびたびおこなわれる中で、情報の交換、作戦行動、装備などが一体化され、それが切り放されると自衛隊では独自の機能がそこなわれ、中途半端なものになってしまうといいます。

 アメリカは日本を利用し日本は、アメリカに依存するという体質がすっかり染みついているということです。すなわち、アメリカは基地運営費の7割近くを「思いやり予算」といって日本がまかなってくれ、高い武器も買ってもらえる。

 一方日本は、「アメリカがついているから敵はうかつに攻めてこないだろう」という身勝手な解釈をしてますが、そんな保証はありません。これを集団的自衛権発動で、相互防衛条約並みにより強固にしたいというのが、保守系議員の考えです。

 この点がスッキリしない限り、憲法9条はいつまでたっても継子扱いから抜け出せません。また、日本の安全にとって寄与する、例えばスイスのような永世中立国宣言のような効果は、期待さできないということになります。どっちつかずは一番危険です。

 アメリカの属国扱いを生んでいる日米安保はいずれ解消するにしろ、当面は維持すべきだと思います。ただ、普天間基地の辺野古移転やオスプレー配備、地位協定など、日本国民の不安を解消する必要があります。

 岸首相以来50年以上安保条約も変わっていません。冷戦時代とは違った新たな国益の在り方を模索していく中で、現安保体制の見直しを進める時代に入っているのではないでしょうか。

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2013年6月 6日 (木)

憲法と国家ビジョン

 元外交官の東郷和彦氏は、その著書『歴史認識を問い直す』(角川書店)の結語として、世界に日本がめざすべき姿を明らかにする必要性を次のように説いている。

 いまの日本の状況のなかに、直ちに、日本の国家ビジョンとして世界にうってでられるものがあるか。見えてこない。今の私たち日本人が、国のあり方について何も考えていないかといえば、それはそうではない。

 毎日毎日、マスコミでも、国会でも、日本をこれからどうしたらよいか、どうしたら少しでも良い国になるかという議論で充満しているともいえよう。

 けれども、それらの議論には顕著な特徴があるように見える。ほとんどの議論が問題解決型なのである。いまや、東日本大震災への対応と原子力の扱いを巡るエネルギー政策が解決を要する目前の急務である。

 根本的には、財政赤字の膨張、長引く不況、少子高齢化、社会保障など、喫緊の課題があまりにも目白押しである。その結果、目前の問題処理に迫られ、結局のところ、壮大な対症療法の積み上げだけが生まれているようにみえる。

 まことに同感である。安倍首相の『うつくしい国へ』の題だけをみると、それにあたるのかと思わせるが、彼のせまい経験から導き出されたいわゆる「戦後レジーム」の脱却を、右翼の立場から強調したものに過ぎない。

 また「日本維新の会」とあれば、当然求めるべき理想の姿があってしかるべきだが、大阪という地域から離れ、石原慎太郎の「たちあがれ日本」と合体し、かつて世を覆った左翼思想や日教組などを敵視する国粋主義に堕してしまった。

 尊王攘夷、王政復古、回天、大政奉還に始まったご一新は、ご誓文、開国、文明開化、自由民権、富国強兵という明らかな国家目標があった。そして結果的にではあるが、明治の元勲はたくみにそれをコントロールした。

 自民党改憲派は、今の憲法は自由や権利の主張が多く、義務をうたってないという。明治維新の活力は、権利自由の市民運動から始まったのだ。また、西欧から新しい文明を貪欲にまで摂取することにつとめた。

 そういったものを抹殺する動きが昭和のはじめから進んだ。軍部の専横やテロリズムが横行し、国際連盟を脱退して大陸の侵略から、大戦、敗北のへの道をたどった。改憲派はそういった歴史の教訓に目を覆い、現憲法は占領軍に押し付けられたものだから、復古調のものに変えようという。

 たしかに、当時から復古を目論んでいた松本烝治国務相などにとっては、押し付けられたものだ。また昨今は、当時の国民が涙を呑んで屈辱に耐えたと思っている人が多い。そうではない。身内を失い、戦災で家を焼かれた庶民は、皇居前で天皇と共に万歳で新憲法公布を祝ったのだ。

 新憲法は、当時戦争のない理想を追求した国連憲章の精神をくんでいる。戦争で苦しんだ国民が勝ち取ったものである。連合軍との合作といってもいい。国民が切願していた内容だから、60年以上も改正されずに維持し続けた。

 改憲派は、現憲法が理想的すぎるから「普通の国」並みにしようという。国連憲章ができてから冷戦が続いた。米ソの大国は、「集団的自衛権」を口実にベトナムやアフガニスタンに攻め込んだ。だけど敗北に終わった。

 その後も各地の地域紛争に軍事介入した。しかし、平和が回復し、人々が喜ぶ姿を見るケースはほとんどなく、むしろ対立を激化させている。今、アメリカなどがシリアへの介入にためらっているのはその教訓からだ。

 今、「押し付けられた憲法」に価値が出てきたのだ。憲法を変えるのはいい。戦力投射能力(パワープロジェクション=注)を持たない国であることを付け加えてもいい。放射能汚染を含めた「環境権」をうたってもいい。

 それで、危険をおそれず各国の平和維持、災害復旧、環境保護に協力し、核軍縮などを通じて世界・人類に貢献する。これほど日本に活力をもたらし、世界に誇れる日本の国家ビジョンはないだろう。現憲法を読み返してほしい。賞味期限はこの先永久だ。日本古来の「和をもって貴し」を第一とする精神そのものなのである。

(注)核武装していない場合でも数十万人規模の軍隊を海をこえて上陸させ、敵国を占領し、戦争目的を達成できる能力。

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2013年6月 3日 (月)

公明党に入れようかな~

 今度の参院選の候補者・公約・争点など、誰を選ぶか何党に入れるか、まだ混とん状態である。安倍自民党は、憲法96条の改憲手続条項優先を取り下げ、全面改憲に含めて出すと言っている。改正に熱心な維新の会の落ち目もあって、安堵している護憲派はすくなくないと思うが、油断召さるな。

 改憲を後退させているように見せかけて矛先をかわし、集団的自衛権の解釈変更や非核3原則、武器輸出等のなし崩し、関連法規や基準の手直しなどで、憲法より事実を先行させるというやり方だ。小泉首相時代の自衛隊イラク派遣が顕著な例だが、自民党の常套手段になっている。

 決められない民主党の体質は、依然として何も改善されていない。上記のような懸念を払拭させてくれるような政党にはなっていない。一方の共産党・社民党は、態度がはっきりしていても、自らの案もなく土俵にも上がれない。

 そこで比例区は、これまで一度も投票したことのない公明党にしようかなあ、などと塾頭は考えている。公明党は「加憲」である。NHK政党討論会で、「9条1項、2項はそのまま、3項で自衛隊に触れるなどを考慮する」などと言ってるようだ。

 だがそれは止めた方がいい。「軍隊はだめ、自衛隊を憲法にうたう」のなら、警察・消防・海上保安庁すべてを憲法に載せ、同じ扱いにしなくてはならない。彼らも国民の安全のため命をかけて仕事をしているのだ。

 自民党は、防衛庁を防衛省にすることに成功した。自衛隊が憲法の議論に乗ることで前進と見るだろう。公明党が自民党のご機嫌をうかがうような下手なおためごかしでなく、池田名誉会長のような「信念」を貫く党なら、この際、断固公明支持に回る。

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2013年6月 1日 (土)

白い花

Dscf3910 ♪白い花が 咲いてた……

 という懐メロがある。昭和25年、岡本敦郎がNHK歌謡で歌ってヒットした。続けて、故郷を出るとき「さようなら」といったら「だまってうつむいてた」お下げ髪の少女や、背景の山にぽっかり浮かぶ白い雲などが歌いこまれる。

 白い花は、就学、就職の時期3月末か4月に咲くコブシかハナミズキなどの木の花だろうとHPで解説されているが、塾頭説は断然ちがう。

 サトイモ科「カラー」の花である。修道女の衣装の白いカラーに似ているところから命名されたとされ、外来種ではあるが、江戸時代からすでに存在する。

 春の到来をにぎにぎしく告げるコブシなど木の花は、華麗であっても可憐ではない。やや日陰のしめった場所にこれ以上の純白さはないという花をひとつつけるな姿の方が唄にふさわしい。 実は塾頭、昭和25年6月はじめに雪国を去って上京した。白い花も白い雲もこの時期のものだ。ただ残念ながら「さよなら」と送ってくれた女性は母親だけだったが。

 今日、6月1日は「カラーの花の日」らしい。

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