« 晋三、正恩--実はお友達 | トップページ | 中国とのつきあい方 2 »

2013年5月20日 (月)

中国とのつきあい方 1

 原題「日本人は”臨戦態勢”民族」という、司馬遼太郎と陳舜臣の対談集が、20年ぶりにこの3月文芸文庫新装版「対談・中国を考える」と改題の上、刊行された。この企画は、尖閣諸島をめぐる日中関係の一触即発のような現状を背景になされたものだろう。

 たしかに、「中国はこの先どう出るのか」「中国人は一体何を考えているのだろうか」という一般の関心はこれまでになく高い。塾頭の興味を引いたのは、本書の中味ではなく、陳舜臣の前書きに当たる部分と、巻末に掲載された山内昌之の解説の部分にあった。

 陳は対談に向き合うに当たって次のように『礼記』を引用する。

 ――及其久也 相説以解(其の久しきに及びて、相説いて以てさとる)
 という理解の仕方が望ましい。時間をたっぷりかけ、話し合いをかさねて、どうやらわかりかけるというのが理想的である。じつは『礼記』はこの句の前に、学問についてつぎのような発言がなされている。

 ――善問者 如攻堅木 先其易者 後其節目(善く問う者は、堅木をおさむるが如し、其の易きを先にし、其の節目を後にす)

 堅い木を材木にするには、やりやすいところから先に手がけ、鉋(かんな)でけずったりして、節目など難しいところは、あとまわしにする。

 これをみて塾頭がすぐ思い出したのは、1972年日中国交回復の際の田中角栄首相に対する周恩来首相の発言と、78年の日中平和条約締結に際しての園田直外相に対する鄧小平副首相の発言である。

 周恩来は、あらかじめ話題になっていなかった尖閣問題について田中首相から突然意見を聞かれ、「(それを話し出すといつ終わるか分からなくなるので)今回は話したくない」と答え、鄧小平は「このような問題については、今は突き詰めるべきではない。次の世代、さらにはその次の世代が方法をさがすだろう」といったとされることである。

 若し、陳舜臣の引用が鄧小平発言を意識して書いたものなら、いわゆる棚上げ論とは少し違って、少なくともたなざらしのままにはしない、という意味にもとれるし、古典に教訓を求めたともとれる。

 しかし、陳舜臣の文末には「一九七八年一月 六甲山麓にて」とあり、日中平和条約締結が同年8月12日なので全く無関係であろう。さはさりながら、日本の外交筋はもっと中国トップの発した言葉の重みをもっと真剣に吟味すべきであった。

|

« 晋三、正恩--実はお友達 | トップページ | 中国とのつきあい方 2 »

東アジア共同体」カテゴリの記事

コメント

たとえ節目であっても、カンナの歯をこぼしてまで削るのが文化であると考える場合と、節目を生かして床柱にしたり、曲がった木を生かして梁にするのを文化とする考えもありますね。

ところで、梁(はり)で思うのは大統領(president)というのは日本で使われてきた棟梁(大工とか源氏)よりもスケールが大きいという意味からの造語だそうで、ならば<大棟梁>という文字であった方が、日本の文化としては意味が正しいように思えます。

さて、日本の政治家に<棟梁>と評価されるほどの人物がいるのでしょうか?あるいは未来志向として環境があるのでしょうか。主張できる文化を忘れて、かけひきだけで外交をするというのは情けないですね。

投稿: ていわ | 2013年5月20日 (月) 22時28分

何年か前に、富山県桜町遺跡で縄文中期の建築材が発見されました。

製材してあって貫き組みの穴まであけてあつたといいます。時代としては石器しかないのにどうしてできたのでしょう。

大陸からの渡来者がやったとしか考えられませんね。しかし現在、木工技術は、デザイン・強度ともに世界一の文化だと思います。

韓国・中国の寺院建築とくらべて安定感・バランス・調和など比較にならないと思いました。

現在、周りを見渡してもほとんどプレハブ・壁構造で軸組工法は見当たりません。大工棟梁でなくクレーンの兄ちゃんと、オーライ、オーライの兄ちゃんが建ててるようです。

日本から棟梁消滅の危機です。

投稿: ましま | 2013年5月21日 (火) 09時30分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/468248/51704230

この記事へのトラックバック一覧です: 中国とのつきあい方 1:

« 晋三、正恩--実はお友達 | トップページ | 中国とのつきあい方 2 »