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2013年5月

2013年5月31日 (金)

イスラム教徒

 シリアに内戦が始まって2年。死者9万4000人、難民160万人。

人間のうちもっとも完全なる者は、すべての隣人を愛し、善人たると悪人たるとを問わず、そのすべてに善を行う人間なり。
       ムハンマド『コーラン』

レバノン・パレスチナ・イラク・エジプト・トルコ・イラン・サウジアラビア……。スンニ派・シーア派・同胞団・アルカイダ系・クルド人・世俗派……。

日本人・朝鮮人・中国人からだけは言われたくないね。
           イスラム教徒

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2013年5月30日 (木)

習近平の困った顔

 18日に「晋三、正恩--実はお友達」という記事を書いた。この二人は奇妙なところが似ており、発想・行動にも共通点がある。その一つに、このところ現場や地方に出かけて行ってメディアに視察の映像をとらせるというパフォーマンスが多くなっているという事もある。

 北朝鮮は、核・ミサイルを背景にした高飛車な臨戦態勢宣伝から180度急転回し、話し合い路線をさぐるそぶりを見せている。報道によると、金正恩の特使として崔竜海(チェリョンヘ)朝鮮人民軍総政治局長を北京に派遣した。

 北朝鮮が「祖国解放戦争勝利60周年」と銘うった7月27日に記念式典を行い、恒例の軍事パレード、大マスゲームを過去最高の規模として、そこに旧敵国を除いた各国高官に出席を招請するということだ。特使は習近平にもこれに出席をお願いしたらしい。

 返事はまだのようだが、ここで安倍首相が「主権回復の日」を突如浮上させ、天皇に出席を要請したことを思い出した。北のいう7月27日は、休戦協定締結の日で、南北分断を決定的にしてしまった日でもある。日本の「主権回復」と同じで、戦勝を祝う日という気分はわいてこない。

 「明日、戦争になるかも……」とけしかけられていたのに、「さあ、戦勝のお祝いだ」といわれても北の国民はその気になれるのだろうか。また招かれる各国は、国連の制裁決議を受けた国に「祝え」といわれても、北に調子を合わせるためには相当な努力が必要となるだろう。

 北京の外交筋によると、中国の対北朝鮮政策は「三不一無」。「三不」は①不戦(戦争をしない)②不乱(朝鮮半島を混乱させない)③不統(韓国による吸収統一をさせない)、「一無」は無核(核のない)である(5/29「毎日」・【北京・西岡省二】)。

 中国が義勇軍を出して朝鮮戦争にかかわったのは、共産中国ができてからまだ9か月足らず。北がことわりなしに始めた戦争に、ソ連のスターリンから応援を肩代わりさせられるような形で参戦し、多くの犠牲者を出してようやく連合軍を38度線まで押し返したのがこの戦争だ。

 米軍主体の連合軍に中朝国境まで迫られたのはたしかに危機だ。だが一方北の勇み足が引き起こしたのがこの戦争。血の盟約とはいうものの、台湾やチベットなど奥地での対立も残っていた時期である。迷惑な戦争だったことには違いなかっただろう。

 習近平主席の困った顔がどうしても目に浮かんでしまう。

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2013年5月27日 (月)

橋下もここまでか

 塾頭は、尖閣にしろ慰安婦問題にしろ、相手方の歴史の歪曲・変造に対して、政府やマスコミは、主張すべき点を率直に発信すべきだと考えている。その前提として、日本における歴史修正主義や戦争犯罪の否定論、およびその対極にある左翼の対外迎合主義の克服が必須前提条件となる。

 27日午後、橋下大阪市長は、外国人特派員協会で記者会見した。その前に、同氏は、英文と日本語による「私の認識と見解」という、長文の印刷物を用意している。その全文をネットで見ることができるが、朝日新聞は有料なので毎日JPを紹介しておく。
http://mainichi.jp/select/news/20130526mog00m010012000c.html

 それを見ると、以前彼が行ったいくつかの発言に対し、一部のお詫びを除いて、ほとんどが弁明と、現在もあるのだとする性と軍隊の問題にシフトしているように見える。実際に行われた会見は、日本テレビが番組にとりあげていた。そこで、日本人コメンテーターから、彼の言いたい論点が散漫になり、発言に対するカモフラージュをしているようだ、と評されるなど、反応はまだわからないものの、海外発信としては失敗に終わったようだ。

 彼は、おわびや一部発言の撤回のほかは、彼が言う「日本だけが非難される理由が、戦時中、国家の意思として女性を拉致した、国家の意思として女性を売買したということにあるのであれば、それは事実と異なる」という点と、これまで努力を続けてきた日韓基本条約の請求権放棄、河野談話に基づくお詫び、「女性のためのアジア平和国民基金」創設などが無視され、繰り返しむしかえされることにどうすればいいのか、という2点だけにしぼればよかった。

 このことに触れてはいるが、全7ページの最後2ページほどで、記者の関心はその方に向いていないように見えた。質問ももっぱら彼の政治家としての資質に向けられていたようだ。橋下も、日韓問題、朝鮮人と日本人の複雑かつ微妙な感情問題にあまり手を突っ込みたくないと思ったのかもしれない。

 アメリカ人や現在の日本人ですらよく理解できないことかも知れないが、日本の公娼制度でその資格を得るために、本人に限る申請と両親・親戚などの同意書が必要なこと、業者による強制があれば資格が剥奪され、娼妓廃業の自由も保障されていたことなども説明すべきだった。

 また、朝鮮人にはいまいましいかも知れないが、戦争末期には「皇民化政策」で、朝鮮人差別を国策として排除し、「日本人」として戦争に協力させようとしたことなども明らかにしなければならない。

 もちろん、最先端の戦場では公娼の「公」の部分が「軍」しかない。あらゆる管理・関与を軍が代行し軍の責任に付託されていただろう。従って「レイプ・センター」のような実態がなかったとは言い切れないし、あったという証拠もない。仮にあったとすれば、国の方針に大きく逸脱していたことは明らかである。

 こういったことは、政府レベルではなかなか公式発言はできないが、新興野党の党首の一人として橋下氏特有の発信力をもって発言できれば――、という《かすかな》期待があったが、やはりないものねだりで、彼の限界を示すことになった。

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2013年5月25日 (土)

交流外交に必要なのは

 ジョン・F・ケネディ政権時代、大統領直属の広報・文化交流庁(USIA)長官を務めたエドワヘド・マローは、「赤狩り」の首謀者マッカーシー上院議員に毅然として立ち向かった国民的ニュースキャスターとして知られていた。

 彼は、1963年8月4日の米ABCテレビのインタビューに、交流外交について、次の有名な警句を残している。(渡辺靖『文化と外交』中公新書・所載)

 {情報を}500マイルなり10000マイル動かすことが重要なのではありません。そんなことは、電気的な問題に過ぎません。国際コミュニケーションの連鎖を決定的に連結させるのは、個人的な接触を最善のかたちで橋渡しする最後の3フィート[=約1メートル]、すなわち他者との対話なのです。

 塾頭→どこかの国では、外交は軍事力そしてカネだと思っている人が今だに少なくありません。

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2013年5月23日 (木)

 Dscf3892_2 坂の写真は撮りにくい。どうしても、平坦に写ってしまう。永井荷風は、随筆「日和下駄」などで散策の途中の坂をこよなく愛していたことが知られている。どんな形であろうと生活に変化を与えるのが坂である。したがって生活のにおいのしない所では、坂にも名前がつかない。

 Dscf3895_2 しかし、それも町名や駅名、そして標識などで残しておかなければ忘れられてしまう。地名が残っても、どこにその坂があるのかわからないのが「おおさか(大阪)」だ。橋下市長のおかげて、今また世界にその名をひろげつつある。花柳界に杖をひいた永井荷風が苦笑していることだろう。(写真をクリックしてください。多少は気分が出ます)

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2013年5月21日 (火)

中国とのつきあい方 2

 前回、『礼記』の句が意識されて、いわゆる「尖閣棚上げ」の鄧小平論が出てきたのではないかと書いた。しかし、そのヒントとなった前掲書『対談・中国を考える』では、司馬遼太郎がそういった想像に、冷水をあびせかける。
 
 これを、解説者・山内昌之の表現を借りると次のようになる。

 司馬遼太郎は、漢文的世界の中国と現実の中国は別物たと述べている。これは、自分の頭の中に存在する漢詩や漢文でイメージされる世界が、生きた政治や外交の舞台である現実の中国とは同一でないということだ。

 司馬は1978年、25年前に「中国もしくは中国人とはなにか、ということは、21世紀に近づくにつれ、人類の切実な課題になってくるにちがいない」と予言している。そして、どんな観察、事例を積み重ねようと「一個の概念化を遂げることは至難」であるとし、「結局、中国は謎であるという一種の定説のとおり」と投げ出してしまう。

 しかし徒労であっても、やらざるをえないとして始まったのが、前掲書の陳舜臣との座談である。そこで、司馬は、日本ならびに日本人は「普遍性を身につけることが大事」だという。これはまた難解である。

 この「普遍性」とは何ぞや。文才のない塾頭には、具体例がないと分からない。しかし、前後の文脈を通して感ずることは、言葉の意味は違うが「島国根性」「ひとりよがり」「希望的、または悲観的観測」そして「閉鎖的」であってはならない、ということのようにとれるのである。

 対談中、結論めいたことばが次のようにでてくる。

  日本人を救う方法は普遍性を知ることであって、普遍性を知る手近な方法は中国を知ることかも知れない。アメリカやフランスも普遍性は多分にあるわけですね。ところが、アメリカ、フランスという文化で眩惑されてしまって、普遍性がよくわからなくなる。それよりも中国の庶民を見てたら、それでいい。インテリを見ずにね。それが日本人には永久にわからないかもしけないけれど、これがわからなかったら、日本は自滅するな。

 そういえば、日本国憲法前文には「普遍」のことばが、2度でてくる。

  その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。
 
  自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであって、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従うことは自国の主権を維持し、他国と対等関係に立とうとする各国の責務であると信ずる。

 ちなみに、自民党改憲案からは「普遍」のことばが一切排除されている。「普遍」の反対語は「特殊」である。自民党案は、普遍ではなくより特殊な国にしようとしていることが、歴然としてくるのである。司馬のいう「自滅」の道をたどらないようにする決意を、より強くするものである。
 

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2013年5月20日 (月)

中国とのつきあい方 1

 原題「日本人は”臨戦態勢”民族」という、司馬遼太郎と陳舜臣の対談集が、20年ぶりにこの3月文芸文庫新装版「対談・中国を考える」と改題の上、刊行された。この企画は、尖閣諸島をめぐる日中関係の一触即発のような現状を背景になされたものだろう。

 たしかに、「中国はこの先どう出るのか」「中国人は一体何を考えているのだろうか」という一般の関心はこれまでになく高い。塾頭の興味を引いたのは、本書の中味ではなく、陳舜臣の前書きに当たる部分と、巻末に掲載された山内昌之の解説の部分にあった。

 陳は対談に向き合うに当たって次のように『礼記』を引用する。

 ――及其久也 相説以解(其の久しきに及びて、相説いて以てさとる)
 という理解の仕方が望ましい。時間をたっぷりかけ、話し合いをかさねて、どうやらわかりかけるというのが理想的である。じつは『礼記』はこの句の前に、学問についてつぎのような発言がなされている。

 ――善問者 如攻堅木 先其易者 後其節目(善く問う者は、堅木をおさむるが如し、其の易きを先にし、其の節目を後にす)

 堅い木を材木にするには、やりやすいところから先に手がけ、鉋(かんな)でけずったりして、節目など難しいところは、あとまわしにする。

 これをみて塾頭がすぐ思い出したのは、1972年日中国交回復の際の田中角栄首相に対する周恩来首相の発言と、78年の日中平和条約締結に際しての園田直外相に対する鄧小平副首相の発言である。

 周恩来は、あらかじめ話題になっていなかった尖閣問題について田中首相から突然意見を聞かれ、「(それを話し出すといつ終わるか分からなくなるので)今回は話したくない」と答え、鄧小平は「このような問題については、今は突き詰めるべきではない。次の世代、さらにはその次の世代が方法をさがすだろう」といったとされることである。

 若し、陳舜臣の引用が鄧小平発言を意識して書いたものなら、いわゆる棚上げ論とは少し違って、少なくともたなざらしのままにはしない、という意味にもとれるし、古典に教訓を求めたともとれる。

 しかし、陳舜臣の文末には「一九七八年一月 六甲山麓にて」とあり、日中平和条約締結が同年8月12日なので全く無関係であろう。さはさりながら、日本の外交筋はもっと中国トップの発した言葉の重みをもっと真剣に吟味すべきであった。

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2013年5月18日 (土)

晋三、正恩--実はお友達

  北朝鮮のナンバー2、金永南(キム・ヨンナム)最高人民会議常任委員長と会談するなど、国内はもとより、国際的に大波紋を巻き起こしている飯島勲内閣官房参与が、今日帰って来る。

 テレビ番組では、連日「北朝鮮事情にくわしい○○さん」が出てきて、あれやこれやと憶測して見せるが、言ってる人も聞く人もよくわからない。そこで謎を解くカギとして「晋三、正恩--実はお友達」と考えたらどうだろう。

 ①お二人とも、偉大なおじい様をかぎりなく尊敬、その訓えを第一とするチョー国粋主義信奉。
 ②中国に見限られ、アメリカもそっぽを向き、韓国はカンカン。このところ頼りにするお仲間が誰もなく寂しい。
 ③国内は一致団結、高支持を受けてるようだが頼りないとも思われており、くずれるのがこわい。
 ④晋三ちゃんは、小泉訪朝の時同行し、帰国した拉致被害者を北に帰らせないなどで、非核政策などを盛り込んだ日朝共同宣言をほごにした。おかげで、北は、遠慮せずに「偉大な」核保有国になることができた。

 正恩ちゃんはこう考えるだろう。晋三ちゃんは拉致被害首問題膠着に責任を感じており、任期中に解決するといって頑張っている。友達だからできることは手助けをしよう。

 また、晋三ちゃんはこう考えるだろう。朝鮮総連の入居ビルの世話や、教科書無料化を許可することなど何でもない。私だからやっても文句はでない。国連制裁決議違反でもない。友達だから当たり前のことをするだけ。みんなこれ以上騒がないで欲しいな……。

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2013年5月16日 (木)

反原発へ転向宣言

 福島原発事故後、塾頭の考えは「いずれ原発はゼロにするものの、それまでは節電とともに代替エネルギー開発に全力を注ぎ、より厳格なチェックで安全が保障された原発は地元の同意を得ることを条件に運転を認める」というものだった。

 しかし、ここにきて「ちょっと無理な注文かな」と思うようになってきた。上述のうち、前段の代替エネルギー開発は条件さえ整えば予想以上に進展しそうなことと、節約効果も期待を上回る結果が出ているという明るい面がある一方、再開にともなうマイナス面が大きく出てきたことだ。

 そのマイナス要素とは、地震活動が活発期に入っており、注目されなかった活断や震源の連動などで、大地震の危険性が全国的にひろがっているという研究が進んだこと、また原発再稼働を支持する保守政治家の思惑が、アメリカと協業関係にある原発輸出や、経団連を中心とする財界の短期的・限定的利益に応えようとしていること、さらには、核兵器開発を可能とする「機微技術」を温存することが抑止力であるという考え方がわかってきたことである。

 機微技術については、かつて核軍縮や核拡散防止・核廃絶などに役立つ限り維持することに反対ではないと書いたことがあるが、そのような平和志向の発想には程遠く、保守政治家は逆の方向で考えていると見るべきで、当塾の趣旨とは真っ向から対立する。

 さらに致命的なことは、使用済み核燃料処理やその他放射能廃棄物処理方法やその技術が一歩も進まず、垂れ流しマンションの状態が事故前より改善するどころか、見通しも立たずむしろ後退していることである。

 そこへ今回ショッキングなニュースが入ってきた。原発事業者経営者のなりふりかまわぬ保身姿勢・体質が、事故前ほとんど変わらず、これからの安全確保を絶望的にしているという点である。

 これでは、考えを変えなくてはならないと思うのは当然で、塾頭は「脱原発から反原発へ」転向宣言をすることにした。そのニュースとは、16日付の毎日新聞(東京・朝刊)による原発事業者と原子力規制委員会(以下「規制委」)との激しいバトルである。

 ターゲットは日本原子力開発機構(以下「機構」という)の高速増殖炉「もんじゅ」と、日本原子力発電(株)(以下「機構」としう)の敦賀原発で、双方とも敦賀市にあるが、前者の問題点は事業者の無責任管理体制で後者は活断層である。以下、記事のつまみ食いになるので全文は下記でご確認願いたい。
http://mainichi.jp/opinion/news/20130516ddm003040153000c.html
http://mainichi.jp/select/news/20130516ddm002040105000c.html

【機構関連】
規制委の田中俊一委員長は「安全への基本認識が欠けている」と記者会見で機構を批判し、抜本的な組織改革を促した。委員5人からは機構のずさんな姿勢への厳しい意見が相次ぎ、試験運転再開へのハードルは高そうだ。
 機構は約1万個の機器の点検漏れに加え、その後の規制委の検査でも非常用発電機など重要機器13個の点検漏れが見つかるなどミスを繰り返した。過去にもさまざまなトラブルで組織に根差した問題への「根本原因分析」を繰り返してきたが、いっこうに改善されていないことが露呈した形だ。田中委員長は会見で「何度も同じことを繰り返している。今回こそ繰り返さないでいただきたい。かなり深刻だ」と強調した。規制委は16日、機構の鈴木篤之理事長を呼んで23日までに弁明するよう言い渡し、月内にも措置命令する。

 方針を決めたこの日の定例会では、島崎邦彦委員長代理が「(報告書を)作文してその場しのぎをしている。こういう組織の存続を許していること自体が問題だ」と厳しく批判した。大島賢三委員は「機構の病は深い。安全が徹底しなければ、原発事故から教訓を学んだことにならない」と訴えた。

 規制委は今回、機構について安全を最優先と考える体制を取らず「安全文化が劣化している」として組織的な問題に言及。規制委が聞き取り調査をした結果、現場職員が「数千の機器点検を1人で担当していて破綻する」と業務分担の見直しを求めたが、経営陣がこの声をくみ取らないなど、組織内の意思疎通不足も明らかになった。

【原電関係】
規制委内部には、原電が今夏の参院選を見据え、審議の延長戦を狙っているのではないかとの懸念もある。

 参院選で自民党が勝てば「再稼働圧力」が高まる可能性があるためだ。敦賀に関する3月の自民党会合では、原発立地の地元議員から「原電の反論に耳を貸さないのはどうか」など批判が相次いだ。

 「いろいろ圧力があった。ネガティブキャンペーン(誹謗(ひぼう)中傷)もあり、こういう役職を受ける人はいなくなるのではないか」。調査団の宮内崇裕・千葉大大学院教授は会合でこう語り、「圧力」の排除が今後の調査のカギになるとの見解を示した。

 機構がこれほど激しい言葉で繰り返し指弾されるようでは、話半分としても今後運営を任すわけにはいかない。原電に関しては「いろいろな圧力」とか「ネガティブキャンペーン(誹謗(ひぼう)中傷)」の存在である。

 大飯原発再開の時も、滋賀県知事などが言っていたが、マスコミはその正体を国民の前に曝す必要があり、規制委を支える力になるよう追及の手をゆるめないでほしい。また、それが義務であることを決して忘れてはならない。

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2013年5月14日 (火)

橋下発言効果

  日本維新の会の橋下徹共同代表が、13日午前、午後の2回にわたって記者団に語った歴史認識が大きく報道されている。投げかけられた質問は、村山談話と慰安婦問題で、発言要旨を比較的くわしい朝日の記事から拾って見る。

【村山談話関連】

.敗戦の結果として侵略だということはしっかりと受け止めないといけない。実際に多大な苦痛と損害を周辺諸国に与えたことも間違いない。反省とおわびはしなければいけない。

 侵略の定義がない、という安倍首相の発言を意識してか、侵略のあるなしは「勝てば官軍だろ」と正面衝突をさけた言い方だが、NHKでの高市早苗発言を後退させようという政府方針の援護射撃とも言えそうだ。しかし波紋を広げているのは慰安婦問題の方である。

【慰安婦問題】

日本は「レイプ国家」だと、国をあげて強制的に慰安婦を拉致し、職業に就かせたと世界は非難している。その点についてはやっぱり、違うところは違うと言わないといけない。意に反して慰安婦になってしまった方は、戦争の悲劇の結果でもある。戦争の責任は日本国にもある。心情をしっかりと理解して、優しく配慮していくことが必要だ。

 この部分については、塾頭は全く賛成なのである。その他の軍の制度としてこういった施設の存在を肯定する部分は、全く日本の恥の上塗りで、諸外国の反発を高めるだけでなく、橋下の評価をさげ、選挙で維新の会の女性票を多く逃がすことなるだろう。

 現在、国内に「姓奴隷」云々の言葉を含む市民団体があるようだが、これは、日本人・朝鮮人を問わず慰安婦であった多くの人の人権や尊厳を無視し軽蔑する言い方だ。花柳界の娼婦は、賤業と言われる反面、花魁高尾太夫ではないが非常にプライドが高いという観点が抜けている。

 戦時中の小説の中で、出典は忘れたが、「わたし、こんなところでのうのうとお茶をひいているくらいなら、お国のために戦っている兵隊さんのように志願して戦地へ行こうかしら……」というセリフがあったように記憶している。

 韓国でも、キーセン(妓生)と呼ばれる官女が存在し、日本よりはるかに古い伝統があった。従って日本以上にプライドの高い職業だったと思う。朴正煕大統領(現大統領の父)時代と記憶しているが、塾頭は韓国の経済紙の記者と懇談する機会があった。

 韓国は、外貨獲得にこのキーセンを最大限に活用し、キーセン外交とかキーセン観光といわれるほどになっているが、ほかに経済発展の妙手はないのか、という質問に対し、彼は困ったような顔で「計画はあるがまず国内の政治を安定させるのが第一」と答えたような気がする。

 日本の方が一歩先に売春禁止法を制定していたが、制度そのものは両国とも一種の文化だったのである。しかしそれが詐欺まがいの勧誘や強制連行で集めたものなら、当然犯罪であり、戦時中の朝鮮にそれがあったのなら、関与した業者や官憲は処罰される。

 塾頭は真相を知る由がない。当時小学生だった塾頭は、同級生にも多い朝鮮人に対し、差別や蔑視の言動をしてはいけないということを先生から強く指導されていた。戦争の緊迫により人的資源(いやな言葉だ)として、それまでなかった朝鮮人の徴兵・徴用を活発化するためだろう。

 そういった状況で、朝鮮人の反感を買う強制連行などが、国の政策として存在したとは考えられないのである。前述したとおり、塾頭は見たわけではない。この問題を「謝れば済む」と考えるのは浅薄で、いつまであっても「あった、なかった」で一致点はないだろう。

 橋下市長が言うように、そういった戦争犠牲者の存在は証拠がなくても否定はできない。日本人の中に、前にもまして戦争責任を否定する動きのが出てきたことは、靖国問題同様、外国に対してではなく国内で決着をつけなければならない問題だ。そんな議論の引き金になったとすれば、橋下氏の思惑とは違っても、最大の橋下発言効果だろう。

 最後に毎日新聞に載った識者の声で、現代史家秦郁彦さんの考えが塾頭にもっとも近いと思われるので引用しておく。

朝鮮戦争で韓国軍が慰安所を管理していたことは韓国陸軍の戦史にも書かれている。ベトナム戦争でも米軍が慰安所を利用しており、発言の事実関係はだいたいその通り。慰安所は兵士の性犯罪を防ぐ意味があった」と話した。その上で「こういう発言は専門家からよほど問題点を聞いた上で、きちんと説明しなければ誤解を招きかねない」と疑問も投げかけた

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2013年5月11日 (土)

チャーリー・チャプリン

Dscf3872   テレビで放映されるチャプリンのフィルムは、ほとんどビデオ・テープに落としてある。「殺人狂時代」がなかったが、最近BSで放映されたので、録画しておいた。チャプリン映画というと、傷んだフィルムで雨降り状態の画面を想像するが、デジタル技術のおかげで、新品以上の鮮明さだ。

 この映画は1947年の作品で、日本の終戦から2年後になる。容共的なDscf3881反戦映画であるということで、マッカーシズムが吹き荒れた52年に、米国から事実上国外追放を受けた理由のひとつに上げられている。自由と民主主義の権化のように言われるアメリカでもこんなことが起きていたのだ。

 あらすじは、チャプリン扮する主役が、金持ちの未亡人などと重婚して次々に殺害、金を奪っては現物や証券投資に回すというものだ。また被害者に預金などを引き出させる手口も、「明日、銀行取引が停止になる」というニセ情報Dscf3886を信じさせるなど、なにか今日の振り込め詐欺や金融ブームそっくりな背景になっている。

 殺人犯として逮捕された、歴史に残る最後のセリフは、字幕を通して読んでいただきたい。

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2013年5月 9日 (木)

沖縄も中国の領土

 「琉球に領有権があり議論に乗せるべきだ」という中国の主張が、事実上中国の国営紙である「人民日報」に学者の論文として掲載された。毎日新聞の8面に時事電としてベタで載っている(9日付、東京朝刊)。この主張は、尖閣を自国領土とする中国の論理を延長すれば必ず出てくる結論で、当塾では去年の9月30日、「核心的利益、反日、暴走」でこのことを予想した。

 その結論部分を「人民網」日本語版で紹介する。

馬関条約が締結され、清政府に琉球復興の力はなく、台湾及びその附属諸島(釣魚島諸島を含む)、澎湖諸島、琉球が日本に奪い去られた。だが1941年に中国政府は対日宣戦し、馬関条約を破棄した。その後、日本の天皇はカイロ宣言とポツダム宣言の日本の戦後処理に関する規定を受諾した。これらの規定に基づき、台湾及びその附属諸島、澎湖諸島が中国に復帰するのみならず、歴史上懸案のまま未解決だった琉球問題も再議できる時が到来したのである。

 馬関条約とは、日清戦争終結で行われた下関条約のことである。これが暴論であることは、朝鮮を中国領と主張するのと同じで、国際法上もとても理解が得られるものでない。つまり、日清戦争で日本に負けた怨念は台湾奪還だけでは不十分で、清・明の時代の冊封体勢に引き戻そうという、大国主義・覇権主義が台頭しているということである。

 こういった領土拡張の欲望は、軍部や権勢欲の強い政治家のもとで、相手が弱いと見ると次々に繰り出される。それは、かつての日本を見ればよくわかることである。この野望を封ずるには2つのことしかない。

 万全の自衛力整備と、国際世論を味方につけることである。そしてその裏付けとなるのは、国民の父祖から引き継いだ国土・領域は守り抜くというという強い意志である。日米同盟の集団的自衛権や核の傘が守ってくれるというのは、人のいい幻想である。

 冷戦時代なら、共産主義の防波堤という名目が建てられたが、そんな時代ではなくなっているのである。以上について、安倍を先頭とするタカ派政治家は勇ましいことを言うが何ひとつできていない。

 憲法を改正して軍隊にするとか、核武装するとか、米海兵隊に基地を貸すとか、そんなことをしなくても自衛隊で十分である。若し、専守防衛に不安があるというなら、必要最小限の装備増強をはかればそれでいい。

 日本の領土を侵略するには、膨大な人的・物的損害を覚悟しなければならないと思わせればいいのである。際限ない核武装競争や軍拡競争をしても何の国益にもならないということは、2度の大戦や冷戦を経て今や常識化している。

 さて、今回はそのようなことを言うつもりではなかったが、上記の中国の論文は、果せるかな日本発の井上清研究がその骨格をなしているようだ。中国は人民の支配する国、日本は独占資本家に支配されている国という、情緒が先行する左翼学者特有の時代物である。

 その点は、中国も「歴史認識」がいかにあやふやであるかということに通じているのだが、日本の政治家がそれに輪をかけたような有様で、まともな、世界を納得させるような反論ができていない。

 川口順子解任騒ぎを一つとっても、日本国民の領土保全や隣善外交への関心と、国際世論へのアピールが不足していることを痛感せざるを得ない。

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2013年5月 8日 (水)

[反戦老年委員会復刻版]のご案内

★「反戦老年委員会」は「反戦塾」の前身のブログで、2005年4月から2007年9月までの3年半を復刻版として収録しました。
★月別ファイルで、コメント・TB・リンク・画像は基本的に省略されています。カテゴリは「戦中・戦後」「東アジア共同体」「指定なし」の3分類だけです。
★閲覧は、右サイドバーの「バックナンバー」をクリックし、見たい年月をクリックして下さい。

◎シリーズ
・『靖国問題を読む』①~⑤ 2005/5/25~
・靖国問題の帰趨  2005/10/22
・自民党改憲案 1~7  2005/10/29~
・自民改憲案事典  2005/12/7
 (旧改憲案・俗に「舛添改憲案」)

・脅威論 1~5    2005/2/26~
・なぜ9条なのか 1~5   2007/6/20~ 
・自衛隊をどうする 1~6  2007/7/6~

◎年表・データベース 
・イラク年表  2007/9/16、2007/9/17
・Abe DeBe      2006/8/31
  (小泉後継に擬せられた安倍晋三の私的データベース)

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2013年5月 7日 (火)

小泉→安倍→福田の時代

 ブログを始めたのは8年前の4月である。標題を「反戦老年委員会」とし、最初の投稿が中国の「反日デモ」だった。小泉首相の靖国参拝や教科書問題、安保常任理事国指向などがその背景にある。

 翌年06年の9月、安倍首相に代わった。言っていることは全く今と同じ。「戦後レジーム脱却」「美しい日本」「改憲」の繰り返しである。書いているブログの中味も、いやになるほど今と似ている!。

 それが一転、翌年9月に健康問題で突如辞任、ハト派として期待される福田首相に代わった。ここでこのブログは、他に理由もあったが戦闘態勢を解き、プロバイダーを変えて「反戦塾」に衣替えをした。

 前に予告した通り、このブログに前ブログを簡略化(コメント、リンク、映像などをカットしたバックナンバー月別ファイル)し、復刻・移植作業をしていたが、このほどそれを終了した。

 「今と似ている」といったが、大いに違っている点もある。まず、応援団のコメントが本文を上回るほど多く、カットが惜しまれるような内容もすくなくなかつたこと、安倍内閣の支持率が20%台に落ち込んでいたことなどがある。

 つまり「反戦」にも勢いがあり、安倍を継いだ福田は「東アジア共同体」を構想するような知性派で、自民党で内に過去の戦争から教訓をくみ取る有力政治家も多数存在し、バランスがとれていた。

 それから見ると、現在は、連休中に首脳が派手な海外遊説に浮かれている状況ではなく、日本周辺が外交面で戦後初めての危機的状況にあることに気づいていない。今月下旬に予定されていた日中韓首脳会談をはじめ、外相会談、財務相・中央銀行総裁会議が相次いで中止され、環境相会合も中国は次官の派遣にとどめている。

 安倍首相は、靖国神社への閣僚参拝に「わが閣僚は脅しに屈したりしない」などと強気発言に終始しているが、中国は、環境で日本の協力を得るメリット以外に日本を必要とする場面はなく、韓国と協調してジャパン・パッシングをはじめたのではなかろうか。

 北朝鮮は、最近軟化姿勢にシフトしたようだ、などと言われているが、アメリカとの対話ができれば、あとは中国そして韓国で、日本はとりあえず必要がない。6か国協議復帰には何の意味もなく、拉致問題などは切り札として持ち続けていた方がいいということだろう。

 安倍内閣が頼みとするアメリカもアジアの安定が第一で、日本の右傾化・先鋭化は迷惑千万。米・中・韓でまとまればそれでよく、邪魔してほしくないという感じになっている。そんな状態にほくそ笑んでいるのがロシアだ。領土交渉にとってけっして悪い環境ではない。

 価値観外交とか、自由と民主主義の弧などというのは、通用してもかろうじて以前の安倍時代までであろう。このままでは、80数年ぶりで世界の孤児にもなりかねない。その上アベノミクスが空中分解すれば日本も終わりだ。

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2013年5月 6日 (月)

千葉県・風土記の丘

Dscf3844  「風土記の丘」というのは、文化庁の肝いりで全国的に展開されたもののようだが、連休中に初めて成田に近い標記へ行って見た。その印象は、一口で言って「お役所仕事!!」というものだ。

 広大な森林地帯にあるのだが、なぜか一帯が次の5エリアに分かれていることを帰ってから知った。

①「ふるさとの技体験エリア」(写真・上)
②「歴史と自然を学ぶ風土記の丘エリア」
③「栄町地域交流拠点ドラムの里」
④国指定史跡「岩屋古墳」
⑤その他(この地最大で日本最後の前方後円墳「浅間山古墳」、白鳳の古寺・龍角寺)

 Dscf3859 そして、①、②、③を合わせて「体験博物館・千葉県立房総のむら」という。①のエリアは有料で他のエリアと仕切られており近道はできない。本物のの博物館は②にあるほか、見どころの埴輪群出土の101号墳(写真)が最も遠くに位置する。

 この地を全国的に有名にしたポイントは④、⑤に存在するがエリアの外にあって行きにくい。これらを見るにどういう順序でどのコースをとればいいか、それぞれ所管が違うのかバンフ、掲示板等に一切書かれていない。同じところを行ったり来たりで、すっかり疲れた。

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2013年5月 4日 (土)

靖国に祀るべき人は……

Dscf3862  「日本のために命を捧げた人に尊崇の念を抱く」といって靖国参拝がしたい安倍首相だが、本来ならば真っ先に靖国に祀るべき人がいる。このたび国際新聞編集者協会(IPI、本部ウィーン)による「ワールド・プレス・フリーダム・ヒーロー賞」受賞が決まった山本美香さん(享年45歳)だ。

 もっとも本人はA級戦犯と一緒じゃあイヤというにきまっているだろうけど――。美香さんは去年8月、いまだに内戦の続くシリアで銃弾を浴び殺害された。彼女は戦場ジャーナリストとしてアフガニスタンで女性や子供が戦争に巻き込まれいかに苦しんでいるかを、帰国した折、中学生などを対象に熱心な講演会を繰り返していた。この輪がその後もひろがっているという。(以上毎日新聞5/4朝刊より)

 「塾」を名乗りながら到底彼女の足元にも及ばない塾頭は、忸怩たる思いを禁じ得ない。また、よく「戦争を知らない世代は……」などと口ばしるがよくないことだ。美香さんとその教え子たちを、強く強く信じることにしたい。

 なお、彼女は『戦争を取材する 子どもたちは何を体験したのか』(講談社)を書いているので、当ブログの常連検索一位の「こども/小学生/戦争」
http://hansenjuku.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/post-874c.html
に追加しておく。(ウエブが複雑になり編集が不能、という理由で追加できませんでした)

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2013年5月 1日 (水)

戦後史問答

 これは、ミスター珍 さまからいただいたコメントのレスポンスです。長文となり、本塾の基本テーマでもあるので本文にさせていただきました。

 なお、当塾では、コメント欄での「揚げ足とり」や「売り言葉に買い言葉」のようなやりとりを遠ざけています。したがって、一問一答スタイルにしてみました。ミスター珍さまにはお断りとお礼を申し上げます。(■=ミスター珍さま、▲塾頭)

■日本は好きで戦争をしたわけではないのです。進むも地獄、退くも地獄というぎりぎりの局面
でやむなく戦争に突入したのです。

▲太平洋戦争のことでしょうが、開戦の年の4月頃は開戦をさけるための日米交渉が進んでおり、陸軍もこれに賛成していました。ぶち壊したのは松岡外相ら3国同盟派で、「やむなく」は秋口から開戦までの御前会議の経緯で判断されたのだと思います。
▲その前の、満州事変のきっかけとなった柳条湖満鉄爆破事件、盧溝橋事件の前の上海事変を起こした邦人僧侶殺害事件など、好きで戦争をしたい関東軍の自作自演だったことは疑う余地がありません。

■太宰治は日米開戦の報に頭上の暗雲が晴れたと回想しています。同じ思いの人は大勢いました。

▲「大勢」がどれほどかわかりませんが、否定はしません。

■もちろん今となっては米国の周到な策略にまんまと嵌ったという事実はあります。見抜けなかった責任は当時の指導者にあります。敗戦の責任は戦争を遂行した軍部にあります。

▲米国の陰謀、そういう説はありますが、歴史的事実とする十分な史料がありません。陸海軍の対立、それを調整できなかった政府や天皇にも責任がありますね。

■りんごの唄や青い山脈などの歌にみられる戦後の明るさは当然です。厳しい灯火管制や食料統制から開放され自由の身になったのですから。
長くつらい戦争が終わったんですから庶民が歓迎するのも当たり前。負けた責任を問われる軍部以外はみな歓迎した。
ただその前段階、玉音放送の瞬間は別です。その日の午後は日本全国し~んとなったそうです。悔しさと怒りと虚脱状態…。

ここが一番のポイントだと思います。今まで信じていたものが裏切られた、ありえないことが起こった、今までの努力・我慢・忍耐はなんだったんだろう。
で、少し時間がたつとそこから価値観の大逆転が生じた、塾頭もその一人だったんだろうと推測します。

▲価値観の大逆転は一度に来たのではありません。塾頭個人では、まず東条英機の自殺未遂による軍部・戦争指導者への決定的不信感。次いで秋口に体験した鬼畜米英ではない進駐軍(当時、占領軍しは言いませんでした)のソフトな印象。さらに女性の地位向上・民主主義普及・反占領政策以外の自由復活・労働運動解禁などの推奨があり、憲法はそれに次いで年をこしてからです。

■新憲法にほとんど反対の声がなかったのも今となってはよくわかります。完膚なきまでに負けて抗議の力さえ萎えた、というか庶民レベルではその日の食料・生活に追われて憲法どころではなかった。

▲この点は違います。貧困・飢餓に覆われた日本ですが、食糧メーデーや闇市などで見られる気力と活気は今以上にありました。新憲法のどこに反対するのでしょう。天皇制や戦争放棄には、いろいろ意見があり、巷間で活発な討議もされました(街頭録音の再現を見たい)。

■インテリレベルも今は仕方ない、何を言っても通じない、GHQには勝てない、でも今に見ていろいつかは改正するぞ、ということだった。

▲そういう考えを持った人は、たしかにいます。敗戦で出世の望みを絶たれた人、A級からC級までの戦争犯罪人にされた人、戦争で指導的役割を果たしたとして公職を追放された人、農地解放で土地を小作人にとられた人およびその家族などの一部ではないでしょうか。苛酷な戦争被害を受けた大部分の庶民はそうは思いませんでした。

■ところが時間がたつにつれ生活が豊かになってくると、庶民もインテリも案外この体制(国防をアメリカに丸投げ→代償としてアメリカの子分になる)も悪くないと思い始める。

▲この表現がある程度当たっているのは、80年代後半、日本を「不沈空母」といった中曽根さん時代以降でしょうか。講和が発効すると同時に旧安保条約も発効しました。当時冷戦がもっとも烈しい時代です。北朝鮮は釜山まで戦火を広げてきました。日本がいきなり丸裸で放り出されるのでは、たまったものではありません。米軍の駐留をしばらく続けるというのは、已むをない選択だったでしょう。

■心の中ではいつまでも子分はまずい、いつかは独立すべき、と思ってはみるものの大変な難事業なので先送りした、ということではありませんか。

▼仮に、憲法を改正し9条をなくしていたら、日本は韓国のように朝鮮戦争、ベトナム戦争に参戦する運命にあったでしょう。占領期間を「独立」国でないというのは、安倍さんたち特有のレトリックです。
押し付けられたといっても憲法を持ち、警察が治安維持にあたり、選挙で国や地方の議員が選ばれ、戦前からの法律は占領政策に反するものは改正し、アメリカのアドバイスを受けたものの経済・金融・財政政策などで秩序を取り戻した日本が独立国でないわけがありません。それを否定するのを塾頭は「右派自虐史観」と名付けます。

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