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2013年4月 2日 (火)

凋落

  「凋落」という言葉がある。失礼ながら、小沢一郎、石原慎太郎ご両人に捧げたい。かくいう塾頭も、石原さんより先に生まれているいるので、そんな高いところにいたことはないがお仲間に入れてもらおう。

 小沢さんは、ご自身の裁判で「無罪」を勝ち取られた。長い検察やマスコミとの戦いにうち勝ったやに見えた。しかし、キーマンであった石川智裕元秘書が2審判決で執行猶予付き有罪判決を受け、当初の強気発言にもかかわらず、議員辞職とか、上告取り下げなどが取沙汰されているようだ。

 おそらく、ともに判決をうけた大久保・池田元被告の上告断念が響いているのだろう。というのは、どんなに情状が認められ、また過失であったにしても「収支報告不実記載」という事実は残るからだ。

 すると、それがいかに小沢狙い撃ちの仕掛けであったにしろ、上訴審で「まっ白な無罪」とするには困難がある。当塾はかつて「小沢氏には戦ってほしい」と声援を送ったこともある。

 しかし、秘書たちの共闘がくずれれば小沢さんの最後の砦が放棄されたことになる。秘書有罪が確定すれば、小沢さんにも共同責任がかかってくるのは避けられず、この先首相になるような芽は摘み撮られたということだろう。

 塾頭は、この敗北の最大の作戦失敗が民主党脱党であり、続いて衆院選でなすすべもなく大敗北し、仲間を失ったことだと思う。つまり、剛腕、選挙の神様、改革の旗手といった「虚像」が「偶像」と化していた、また過信があったということではなかろうか。

 政治にはカリスマ性というものが必要である。しかし、それが「虚像」「偶像」であったということに有権者が気がつけば、政治的な凋落に時間がかからない。石原さんも「軽い脳梗塞」による入院がなくとも、遅かれ早かれそういった現象が現れると思っていた。

 青嵐会の暴れん坊以来、都知事としてもトラックの排ガス規制以外にこれと言った業績がなく、むしろ尖閣買い取りなど派手な発言がもとで国や都に実損をもたらす、まさに「虚像」だったのである。

 本人は「暴走老人」などと自称してみたり、週刊誌記者を「ぶんなぐる」など怪気炎が通用すると思っているようだが、選挙民はそういつまでも「虚像」を「偶像化」するわけではない。

 都知事辞任の失敗は気がついているようだ。しかし、年相応の慎重さを欠いた政界攪乱から今度の入院さわぎに至った過程が、まさに「凋落」のはじまりだと気がついていないなら、病院の見立て以上に重症だと言っておこう。

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