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2013年4月18日 (木)

戦後屈辱論

新しい政治家諸君は敗戦後の占領軍による屈辱的な戦後史というのを詳細には知らないと思うし、その象徴の憲法について自民党の友党の公明党の(山口那津男)党首はいまだにこれを国民的イシュー(問題)とは思わないと発言されているようだ。

 以上は、17日衆院で行われた党首討論の石原慎太郎発言だ。塾頭が慎太郎と全く愁いを共にする部分は、政治家諸君が戦後史を知らない、という点だけだ。それは慎太郎が放言するでたらめを見抜けないのではないか、という心配である。

 慎太郎や小堀敬一郎東大名誉教授などは同年代だが、塾頭はそういった小説文人と全く違う時代認識を持っている。また、歴史学者の多数意見とも整合しない。「政治家諸君」だけでなく、「マスコミの諸君」もこの際、徹底的に(小説ではない)真相・実態を明らかにする作業に入ってほいし。

 当時の新聞・雑誌、国会討論その他公的資料の解明、NHKに保管されている街頭録音などの発掘などで、「戦後屈辱論」がいかに空論であることがわかるだろう。民主党の海江田万里代表があんな体たらくでは、全く心もとない。民主党を見放さなければならない日も遠くないなと感じた。

 以下は、塾頭とりあえずのレジュメである。

【戦後屈辱論】
・屈辱を味わうような戦争を誰が主導したのか。
・戦局をあやまり、多くの犠牲者を生み領土も放棄せざるを得ないようにしたのは誰か。
・戦後、屈辱を味わう境遇にあった人は具体的にどういう人達か。
・昭和天皇の終戦の決断ならびに、詔勅の中味は誤りだったのか。
・歌や流行に表れる戦後の庶民の明るさはどこから来たか。

【憲法について】
・GHQが当初考えていた自主憲法制定をさぼっていたのは誰か。
・なぜ、GHQが政府に案まで示してまで新憲法制定を急いだのか。
・国民は、新憲法をどう迎えたか。
・講和条約締結が当時なぜ国民的に祝福されなかったのか。
・また、直ちに改憲する動きがなく、誰の手で60年も維持され続けたか。
・新憲法がもたらした効用と被害を比較してみたことがあるのか。
・戦後屈辱論だけを改憲の目的にする必然性・妥当性はあるか。

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コメント

日本は好きで戦争をしたわけではないのです。
進むも地獄、退くも地獄というぎりぎりの局面でやむなく戦争に突入したのです。
太宰治は日米開戦の報に頭上の暗雲が晴れたと回想しています。同じ思いの人は大勢いました。
もちろん今となっては米国の周到な策略にまんまと嵌ったという事実はあります。見抜けなかった責任は当時の指導者にあります。敗戦の責任は戦争を遂行した軍部にあります。
りんごの唄や青い山脈などの歌にみられる戦後の明るさは当然です。厳しい灯火管制や食料統制から開放され自由の身になったのですから。
長くつらい戦争が終わったんですから庶民が歓迎するのも当たり前。負けた責任を問われる軍部以外はみな歓迎した。
ただその前段階、玉音放送の瞬間は別です。その日の午後は日本全国し~んとなったそうです。悔しさと怒りと虚脱状態…。
ここが一番のポイントだと思います。今まで信じていたものが裏切られた、ありえないことが起こった、今までの努力・我慢・忍耐はなんだったんだろう。
で、少し時間がたつとそこから価値観の大逆転が生じた、塾頭もその一人だったんだろうと推測します。
新憲法にほとんど反対の声がなかったのも今となってはよくわかります。完膚なきまでに負けて抗議の力さえ萎えた、というか庶民レベルではその日の食料・生活に追われて憲法どころではなかった。インテリレベルも今は仕方ない、何を言っても通じない、GHQには勝てない、でも今に見ていろいつかは改正するぞ、ということだった。
ところが時間がたつにつれ生活が豊かになってくると、庶民もインテリも案外この体制(国防をアメリカに丸投げ→代償としてアメリカの子分になる)も悪くないと思い始める。心の中ではいつまでも子分はまずい、いつかは独立すべき、と思ってはみるものの大変な難事業なので先送りした、ということではありませんか。

投稿: ミスター珍 | 2013年4月29日 (月) 21時21分

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