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2013年2月 6日 (水)

昭和一ケタ世代

 昭和一ケタ世代に骨の髄まで沁みこんでいるのは国家の崩壊感覚である。大日本帝国の権威、権力の脆さ、はかなさ、そして何よりも、その無責任さを否応なくこの世代は心の底に灼きつけたのであった。

 その反動として、一ケタ世代のユートピア幻想はたえずふくれあがる。夢が現実によってくりかえし破壊されても、夢を追いつづけ、その夢で現実を打ち返す営為を戦後三十余年、休みなくつづけてきたのである。

 戦争中の精神の窒息状況に対する無限の自由への憧れ、いささかの管理をも生理的に嫌悪する体質、そして高度経済成長下にはぐくまれた傲慢な浪費の美徳称揚にたいする絶対否定、節倹称揚の精神などは、一ケタ世代に不思議ともいえる思想の共通性を与えている。

菊地昌典『歴史と想像力』筑摩書房(1988)、「第一部 戦争体験と文学、二、2 『生誕の時を求めて』」より。

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コメント

ましまさん、私はほんのへび年の還暦。ましまさんの言う未だ「若造」です。

おかげさまで勉強させてもらっています。

以下は「琉球沖縄徹底無視」文壇が琉球列島を除く日本列島の文壇であることが原因でだい嫌いな司馬遼太郎の『十六の話』の一節です。

ましまさんのこのページから、勝手ながら連想させてもらいました。

なにぶん今は亡き生粋の琉球人であった父らの支那前線部隊体験と終戦観以外の生の話を直接聴いたことがあまりなかったもので、後学のため、できればその司馬遼太郎や父の直ぐ後の世代の貴重な歴史を生きてこられた貴方が培った思想を知りたくとても興味深く思っています。

どうか真摯に承りたくぞんじますので教えてください。本村

「訴えるべき相手がないまま」

 、、、(略)、、、「うしなう」-ということについてつづけます。

 敗戦によって日本がうしなったものは、物質的な面だけではむろんありません。

 一八六八年の明治革命以来、富国強兵という国家の絶対的な主題が、七十七年間、重すぎる気圧として国民ひとりひとりの上にのしかかっていたのですが、敗戦とともにこれが消滅し、明治以前の、というより太古の時代の普通の気圧にー(略)ーほんの一時期ながら戻ったのです。(略)

 日本という国家がその重圧的な思想を捨てざるをえなくなったことによって、われわれはひょっとすると体が宙に浮いてしまうかもしれない程の気楽さ、ー例えば石器時代人の自由に近いようなー無邪気な自由を得たのです。

この不思議な開放感は、私に関する限り、数年つづきました。

ー(つまり、うしなう、ということがいかに気楽かということを言っているのです)

 ・・・いまわれわれは、マクトウエンが経験した文明社会と同質で、しかももっと深刻な段階を経験しつつあります。

かといって、かれが落ち込んだ、子どもっぽい、あるいは老人性痴呆症のように、ペシミズムに陥ることなしに、あたらしい方角を見出せないものだろうか。

ということで、かれの精神の歴史は、参考材料として価値をもつと思います。

 ここで少し話を変えます。

さきに「うしなう」ということについて述べましたが、「捨てる」ということについては、まだ述べておりません。

 十三世紀に仏教は日本化しました。

私ども日本人がふつう「仏教」とよんでいるのはおもに十三世紀の日本仏教のことで、むしろ釈迦との直接の関係はうすいと考えていただくほうがいいと思います。

 十二世紀の日本で、農民層からむらがり出た武士が、政権をにぎるという事態がおこりました。

彼らは土地制度を改革し、倫理観まで一変させただけでなく、造形芸術の面でも、その影響でリアリズムが中心になりました。

この世紀に、日本的なユートピア願望の宗教が生まれました。

ただしこの場合のユートピアは地上にはなく、死後の世界ー彼岸ーにありました。

彼岸に行くためには、すべての宗教的な手段を捨て、ひたすら、彼岸にいきたい、とのみ念じつづけよ、という宗教思想でした。

・・・(略)・・・十三世紀までに、・・・その時の日本人の死生観・自然観、あるいは芸術観などに影響を与えた。

 ・・・日本は、中国史やヨーロッパ史に見られるような圧倒的な権力が存在したことがなく、また歴史上の権力者たちも、多量に財宝を独占するということがなかったのです。

 五、六世紀ごろまでは、巨大古墳もありましたが、すくなくとも十世紀以後、いかなる権力者といえどもその死は、死体が焼却されることで完了し、墓も土の上に石を置いた程度のもので、十二世紀ごろまでの権力者の墓は、所在さえさだかではありません。

みんな虚空にかえったということで、宗教的バランスシートは、プラスマイナス、ゼロになっています。・・・・・・(略)・・・終わり

以上、1993年10月初版、同年12月25日第五版発行、中央公論社発行『十六の話』司馬遼太郎著-から抜粋した。

2012年四月十七、十八日、そして十九日。那覇拘置支所内にて、無党派無宗教無団体 本村安彦

参照:

http://yakkoo.seesaa.net/article/296352267.html

投稿: 本村 安彦 | 2013年2月10日 (日) 20時13分

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