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2013年2月21日 (木)

知らなかった荒畑寒村

 荒畑寒村という名は、左翼活動家として名前はよく知っているが、かつて思想犯として何度も検挙され、仲間というか同志と離合集散を繰り返した、という程度のことしか知らない。明治末期、幸徳秋水や堺利彦らが発行する『平民新聞』の非戦論に共鳴したというのが最初だというから、社会主義運動の始祖のようなものだ。

 塾頭の書棚にある寒村の本は、彼がが翻訳した『石油帝国主義』1冊だけである。1974年に出た復刻版であるが、折からの石油ショックに際し勉強のため買った。寒村は、この本の「訳者あとがき」を書いており7年後の81年に94歳でなくなった。この時代の人としては珍しく長寿を全うしている。

 左翼が厳しい弾圧を受けていた時代、彼の思想信条の遍歴についてはものの本などで知ることができるが、戦後については社会党代議士になったことなどを含め、あまり脚光を浴びるようなことがなかったように思われる。

 そんな晩年について、菊池昌典『歴史と想像力』筑摩書房、で意外なことを知った。「意外な」というのは、塾頭が16日に書いた「安倍改憲に立ち向かうには」の所論、
http://hansenjuku.cocolog-nifty.com/blog/2013/02/post-9ea8.html
となんとなく似通っているからである。

 もちろん寒村と塾頭では月とスッポン、学識や経験で到底比較対象にはならないが、その要点をご紹介しておこう。

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 寒村の「忍びざるの情」を核とした社会主義像は、単に個人の次元にとどまらず、国家の次元にまで普遍化されていった。
 昭和二十五年八月、「北鮮の侵略戦争反対」は、その典型である。寒村は、この反対の理由の一つに、たとえ南朝鮮人民が李承晩政府の圧政下に苦悶していたとしても、それは南朝鮮人民の自覚、創意、闘争によって、「自由な意志によって政府を選ぶの権利」に依らなければならず、北鮮の武力介入が「単に民族の統一・人民の解放のためには武力行使も是認されるべきであるとしたら、旧日本軍閥が東亜民族解放のために野蛮な戦争に訴えた暴挙を、誰が非難し得るであろうか」といい放っている。

 この考え方の中に、寒村の国家の独立の尊厳、内政不干渉の原則尊重がはっきり打ち出されている。そして、この考えは、国家の自衛権に連結していく。社会主義者が現在でも逡巡している自衛権について、寒村は早くも昭和二十六年春に、はっきりと、自衛権をうたい、次のようにいいきっている。

 われわれの自衛権とは、日本が他国から武力による侵略をうけた場合、独立と自由とを守るために武力に訴えて戦かう、自己保有の権利である。
 日本が現実的、具体的に他国の侵略を受けた場合には、国民の自発的な義勇兵部隊を編成する。そして日本が自由と独立を守って戦う上に、いかなる国の軍事的援助も拒まない(著作集第四巻)

 寒村の自衛権とは、アメリカの軍事的従属から脱し、国家の自主独立を獲得するためには、自衛力を具備しなければならぬ、そのことによってのみ国際的な戦争下に中立を維持しうる可能性があるとしていた。寒村の恐れたのは、観念的な非武装国家論が、「ブルジョアジーの反動的な旧体制再軍備の実現」や「口に平和を唱えて軍事行動の実を行う日本共産党」を援助することにあった。(中略)

 寒村は、北方領土がソ連に占領されている現実や、ソ連の対外拡張行動の歴史的事実を引用して、社会主義国の軍隊は不侵略の平和を守る軍隊、資本主義のそれは、帝国主義的侵略軍というカテゴリカルな、むしろ事実に反する教条的解釈にはげしく反駁した。
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 以上は、現在と時代も違うしそのままではあてはまらない。しかし、当時の社会主義者からは異端と見られ、顧みられなかったのであろう。当時の主流派がその後の社会主義運動をを主導したため、健全な社会主義(ヨーロッパに見られるような)が育たず、左派の衰退を招いたのではなかろうか。

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コメント

知らなかった寒村

 参考になりました。30年のむかし大杉栄の墓前祭が静岡で行われ、手伝いの若い小生は茅ヶ崎からの送迎の付き添いを担当しました。本は「寒村自伝」一冊のみ。ただ日本人にこんなスケールの大きい人物がいたことを知って驚きであった。直接のご本人はすでに好々爺であったが、静かながらに語る雰囲気はかつての闘士を物語るものでした。電車内で静岡は終戦後、登呂遺跡の発掘で食うものもろくにない中で静大生たちが発掘しているのを見て当時の農林大臣に連絡して米やイモを送らせたと言う話をしてくれました。
 同じ労農派であった向坂氏などはソ連のブレジネフに追随したりして自ら崩壊してしまったと言うのがわが青春の思い出です。

投稿: saduka | 2013年9月 5日 (木) 15時06分

saduka さま
 小文に目をとめていただき光栄です。雑食系なので人物論は書けませんが、その一言一句が心に響き、珠玉の輝きを持つという人がいます。

そんな時、なにか幸せになったような気がします。寒村がそうでした。

投稿: ましま | 2013年9月 5日 (木) 16時57分

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受信: 2013年2月22日 (金) 11時47分

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