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2013年2月28日 (木)

マッチ箱

 Dscf3778 かつては家庭内で存在感の大きかったマッチ箱、今では「近藤真彦の箱?」などと言われかねない。わが家は古く、仏壇もあるのでかき集めたらこれだけあった。

 明治末まで活躍したランプ、台所の煮炊き、暖房のためのこたつ・ストーブ、風呂釜などあらゆるエネルギーのもとはマッチ、漢字で書くと燐寸だった。そして最後まで残ったのが、仏壇や誕生祝いのケーキのローソク用というところか。

 お徳用マッチといって、10㌢四方で高さ4~5㌢(正確ではない)の大箱も各家庭にあった。携帯用でも、写真にある箱の3倍は入るのがマッチ箱だ。「マッチ箱のような家」といえば、小さく凹凸のない安価なつくりを指した。

 その箱は、今のような紙製ではなく、経木(木を薄く割いたもの)が使われていたように記憶している。経木でまた別のことを思い出した。「つけ木」という。

 終戦前後、配給のマッチは火付きが悪く、擦っても白いかすかな煙がでるだけで役に立たない。2,3本まとめてやっと火が付くといったありさまだった。そこで活躍したのが「つけ木」だ。

 10㌢ほどの細い経木の先に硫黄が塗ってある。それをすでに火がついている炭火にあてると、青白い炎になるというわけだ。そうして貴重品マッチを節約した。

 マッチ箱も、洗濯板、タン壺同様いずれ絶滅品種になるかもしれない。

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コメント

田舎なものですから、わが家ではその大きなマッチ、こちらでは「大燐寸(おおまっち)」と言いますが、今でも使用しています。主に小燐寸の詰め替え用ですがね。その燐寸はやはり仏壇のお線香に使用しています。

>明治末まで活躍したランプ・・・

わが家では昭和35年頃まで普通に使っていました。

そして同じく付け木も昭和40年代まで使用していました。

だいぶ時代がずれている我が家です

投稿: 玉井人ひろた | 2013年2月28日 (木) 18時56分

ランプといえば、♪山小屋のともし火は……、とか♪ランプ引き寄せ故郷……というのは、昭和2、30年代の流行歌。

35,6年ころだったか、北アルプスつばくろ山荘に到着したら蛍光灯なのでがっかりしました。

投稿: ましま | 2013年3月 1日 (金) 07時39分

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