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2012年11月 5日 (月)

学者と真実

 大飯原子力発電所に活断層があるかどうか、原子力規制委員会が実地調査に当たり、昨日4日に開いた会合では、活断層か地すべりによるものか意見が分かれ、いつ結論が出るのかも不透明になった。

 塾頭が予想していた通りである。こんな調査一回で真実が明らかになるはずがない。真実は必ずしもひとつとは限らない。それに、マスコミなど衆人環視の中での調査や意見集約で黒か白の意見を戦わすのは、決して真実に近づく道ではない。

 学者にとって、自説を覆すのは至難の業である。少し前に、原発の再稼働など、規制委員会が決めるのか政府が決めるのか、関係自治体が決めるのか、あるいは事業者が決めるのか議論があった。

 素人には専門的なことがわからない。学者に判断をゆだねるしかない、というのは、結論的に責任回避の口実である。そうしたから、福島:原発大失敗の一因となったのではないか。これは、政府・自治体・裁判所そして国民の大部分について言える。

 だだし、国民については敗戦時の東久迩内閣ではないが、「一億総ざんげ」論と同じで為政者が使うもう一つの責任回避以外の何ものでもない。国民は責任者というより為政者の誘導に基ずく最大の被害者なのである。ただ、それを監視するという点で力が及ばなかったということだ。

 それでは、どこが決断を下すか。やはり政府しかない。法学部出身であろうが文学部出身であろうが、学者の意見を吟味し、真実に一歩でも近づく努力を怠ってはならない。国民や自治体に代わって国会がという考えもあるが、規制委員会の人事ですらいまだにたなざらしという無能ぶりではとてもまかせられない。

 田中文科相は、大学の質が落ちたというが、今の閣僚にその能力がなければ、国政から降りてもらうしかない。要は「脱原発」のしっかりした方針を確立できていないところに、すべての欠陥が露呈しているのだ。

 もちろん、政府が原発再開などを決めても地元が反対すればそれに従うのは当然だ。沖縄の基地問題でも、その基本姿勢が欠けている点、ある意味では日本の民主主義の根幹にかかわる問題といえよう。政府の持つ政策委員会、調査・諮問委員会などは、何があろうとその決定を政府の責任逃れに使ってはならない。

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