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2012年10月19日 (金)

幣原外交と孤立する日本

 1932年(大正12)9月1日、関東大震災が起こった。この時、幣原喜重郎は駐米大使から帰任し、大阪方面を旅行していた。急きょ上京しようとしたが列車は名古屋でストップ、長野県を経由する信越線遠回りコースに切り替えた。以下『人物・日本の歴史』読売新聞社、より。

 途中、ある駅のプラットホームで、興奮した群衆が一人の朝鮮人を取り囲んで、こいつが東京で石油缶を持ち歩いて火をつけて焼いたのだと、私刑を加えようとした。

 幣原はその中へはいって、なんの証拠があるのかと反問し、証拠もないのに自分の同胞をいじめ、それをまた見物しているというのは日本のつらよごしである。たとえ悪いことをしたとしても、懲罰するのは警察とか、裁判所であり、勝手に乱暴するのはよくない、と群衆を厳しく叱責したといわれる。

 このあと、満州事変に至るまで何度か外相を務め、日本の孤立化に歯止めをかけようとする国際感覚重視の「幣原外交」を展開する。そして、同書は次のように続ける。

 同時にそれは幣原外交の発想に、当時の日本の風土とはいくぶん異質なものがあったことをも語るもので、それだけに一般からは不評を招くおそれがじゅうぶんにあったことを示しているといえよう。

 さて、これを現在の中国や韓国で起きている民衆の動き、そして日本の一部にある偏狭なナショナリズムを考え併せて考えてみるとどうなるか。「当時の日本の民度はこの程度だったのだ」でかたづけられるだろうか?。

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