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2012年10月28日 (日)

高校生の読書力

 孫崎亨氏が自著・『戦後史の正体』を「です・ます調」にし、「高校生でも読める」としているのを見て、「……でも」というのは見下した表現だなと思ったことを前々回書いた。ところがこのほど「学校読書調査」 というのが公表された。

 それによると「5月の1カ月に本を何冊読みましたか」の設問で0冊という答えが、高校生で53%にのぼり、小中学生の5、16%の下を行く結果になった。これでは見下されても仕方ないのかな――と思ったが97年には70%あり、これでも大幅に改善されたのだそうだ。

 以下は大正8年(1919)、中学5年生(現在なら高2)の作文である。筆者がお元気なら110歳を超えるお年だが、塾頭にも書けないこの文章が読めれば、高校生の解読力合格ということにしよう。(田村大作「意気ある青年たれ」『臥龍』新潟県立村松高等学校創立100周年記念、より抜粋)

 今や西欧の戦雲は漸く散じ、平和の曙光は再び輝き初めたとは言へ。あの戦ひの神はあの恐ろしさうな形相に悲痛の色を浮べ、つぶやきながらも遂に人間の手を離れて、平和の曙光が再び輝き初めたとは言へ。彼の衣擦れの音も静かな平和の女神の足下には弱肉強食の暗雲が渦巻き、彼の金光璨爛たる正義人道の金看板の後には「マイト、イズ、ライト」の囁きが聞えている。

 ……東洋の平和は永遠に確保する事が出来るか……国際連盟は果して列強の争闘を防止する事が出来るか。……これを思ひ彼を思へば我等第二の国民たる者は、決して、空しく桃源の夢に酔うて居るべき時ではない。何時迄も無気力、不活発の謗りを受けているべきではない。諸君よ自覚し給へ!!

 その後の十数年、政争に明け暮れする政治家や威張り散らすだけの軍部が中学生並みの自覚があれば……。歴史には「もしも」がないのだ。

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コメント

大正時代にこんな思いを作文にした少年がいたことに、新鮮なものを見たかのようです。
ちょっと調べたらこの時代「マイト、イズ、ライト」という言葉がちょっとした流行だったようですね

これすごいです。私のブログにもアップしたくなりました
この文章を引用させてもらっても良いでしょうか?

大正生まれだった父に少しはそのころのことを聞きかじったことは有りますが、これは凄い内容です。


投稿: 玉井人ひろた | 2012年10月28日 (日) 18時44分

玉井人ひろた さま
お目に止まって光栄です。その作文は塾頭出身の高校の大先輩です。

ぜひアップして広めてください。大正デモクラシーの時代、国債連盟が正式発足するのはその翌年なんですね。

国内問題、国際問題よく観察していると思います。明治時代は明治時代で年端もいかぬ下級武士でも、漢詩のひとつも歌い上げる能力、すごいと思います。

投稿: ましま | 2012年10月28日 (日) 19時24分

 西洋人のものの考え方の根底にはMight is right.があると思われます。勿論,東洋にもそういう人はいますが,西洋よりは少ない。
 これに代わる主流思想は,
インドでは,Spiritual ego is right.
中国では,Physical ego is right.
日本では,Society is right.
ではないでしょうか。

投稿: 弥勒魁 | 2012年10月28日 (日) 19時55分

第一次大戦だと、dyna.mite is right
がぴったりかも知れませんね。

投稿: ましま | 2012年10月28日 (日) 20時51分

感謝します。早いうちに使わせていただきます

投稿: 玉井人ひろた | 2012年10月29日 (月) 19時56分

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