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2012年10月17日 (水)

反戦塾乗12/10/17

【軽忽】
 東洞院藤原公賢という人は、建武の中興を主導し、南北朝分裂のもととなった後醍醐天皇の前代、花園天皇の時代に禁中の要職についた。そして、南北統合の1年まえまで北朝の太政大臣を務めた由緒ある貴族だ。綿密な日記を書き続け、南北時代の有力な史料を残したことで有名である。

 南北の激しい攻防戦を受け、京が混乱のさなかにあった頃である。三宝院賢俊僧正という人が国政への参加を求め、これが許可された。この人物について公賢は「頗る軽忽(すこぶるきょうこつ)」と日記で表現し、不快の念をあらわにしているのをある書で発見した。

 「軽忽」、塾頭がはじめて目にする熟語である。「軽率にして粗忽」と読めてしまう。僧賢俊は「世情の形勢」を理由に、公賢らが意図した伝統行事を延期するように誘導する。公賢はこの横やりに対し「驚き存じ候」「言語道断」となげいている。

 「軽忽」、言い得て妙というか、なんとなく今を時めく大阪の売れっ子政治家を思い出してしまうのである。
 
 【どじょうの頭は左へ左へ】
 これは、先週書いた記事のタイトルである。今日の毎日新聞を見ると、「近いうち解散」の時期に関連し、安倍自民党総裁が野田首相の発言を「2度ほど食事を共にしたことがあり信頼している。鳩山・菅両氏とは違う」という趣旨のコメントをしている。年内解散実現によほど自信を持っているようだ。

 ということは、塾頭のいう「身投げ解散」で、民主党からの反野田グループの大量脱党、同党の劇的な惨敗を見越し、当選者を中心にした右派連立または吸収を夢見ているのだろうか。野田を信頼しているというのは、前言から見て右派としての波長が合ったということだろう。

 もしそうなら、とても総理などの役職など務まらない「大アマ」の観測で政治家としてもどうかと思ってしまう。「どじょうの頭は左へ左へ」といったのは、前のマニフェストから「消費増税を4年間しない」という部分を変更し、脱原発を明確化させるほかは、外交・経済を中心に前回の主な内容を復活させ、自民党との対立軸を際立たせることにつきる。

 つまり、右へ右へとハンドルを切り過ぎたのをもとに戻すだけである。野田や野田支持勢力にとってそれほど難題とは言えないだろう。また、国民に対する裏切りでもないと思うのだが、果たして選挙に勝てる秘策が構築できるかどうか。野田と安倍の器量を問い直す重要な試金石となろう。

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