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2012年9月24日 (月)

安保・外交と「神話」

大蒙古国皇帝。書を日本国王に奉ず。朕おもうに、古から小国の君も境土相接すれば、なお講信修睦に務める。いわんやわが祖宗、天の明命を受け、天下をおおう。遠方にある異境で威を畏れ徳になつくものは、ことごとく数えきれない。

朕即位のはじめ、高麗の無辜の民が久しく兵戦につかれているので即刻兵を引き、その境界を返還し、その老幼の民をかえさせた。高麗の君臣はこれをよろこび来朝した。義は君臣といえども、歓は父子のようである。

王の君臣もまたすでにこれを知るところであろう。高麗は朕の東にに接する藩である。日本は高麗により近く、開国以来また時に中国と通じた。朕みずからに至り一度の使いもなく和好を通ずることもない。

なお、恐れるのは王国がこれをつまびらかに知らないことである。故に特に使いを遣わし書をもって朕の志を告ぐ。ねがわくば自今、相親睦をもって問を通じ好を結ぶことである。かつ聖人は四海をもつて家となす。相通好せずば、どうして一家の理であろうか。

兵を用いるに至ること、たれが好むところにあらず。王、その意を図れ。

 以上は『元史・日本伝』を塾頭流に意訳したものである。ことさら、尖閣問題や中国共産党を意識したわけではない。これが大宰府に到着したのは、1268年、744年前の事である。これは鎌倉幕府に届けられさらに朝廷に奏上された。

 連日会議にかけられ「返牒あるべからず」という結論を出した。つまり無視せよということである。前述の書の最後の一行にカチンときたのであろう。元の側では、数度にわたり返書の催促をしたが、日本は決戦準備や、「敵国降伏」の祈祷に精出すことしかしなかった。

 日蓮でなくても、正直勝てるという自信はなかったのである。面子をつぶされ、しびれを切らした元は、2度にわたる渡海攻撃をかけてきた。結果は九州の水際で暴風などで元船側が戦闘継続できず撤退した。

 これを「神風が吹いた」という。つまり本当は負けるはずのところ、「日本は神国だから神が守ってくれた」という、「安全神話」ならぬ「神風神話」が日本に蔓延してしまったのである。第2次世界大戦突入も、軍部でさえ最後の決断は「神風神話」にすがり、ついに日本を滅ぼしてしまったのだ。

 日本に今「○○神話」が残っていないかどうか、この際厳しくチェックする必要がある。

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