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2012年9月 2日 (日)

求められているのは「維新」より「安全・安心・安定」だ

 「大阪維新の会」が政界再編の台風の目になっているというが、奇妙な気がして仕方ない。それにあやかろうという「維新」が雨後の竹の子のように各地にはやる。いま、なぜ「維新」にしなければならないのだ。

 明治維新では大勢の人が暗殺され、戊辰戦争による大勢の犠牲者もだした。昭和の代に入って青年将校や右翼が「昭和維新」を旗印に、やはり財界人や政治家要人を暗殺した。その結果が大戦への道となり国民が多く死ぬことになった。

 今、維新をやって何をどう変えようというのか。「船中八策」といっても、道州制や首相公選・憲法改正……。今すぐどうなるという中味ではないし、国民が渇望してることでもない。政治劇場の人気者でありたいという野望で、国政を混乱させるだけなら直ちにやめにしてほしい。

(参考)http://hansenjuku.cocolog-nifty.com/blog/2012/08/post-bb77.html

 国民が望んでいるのは、原発をゼロに向けた政策転換をし、放射能の危険から身の安全を確保すること、福祉政策で安心して暮らせるようにすること、オスプレー配備や沖縄基地の固定化を断り、周辺国と安定的な関係を維持することなどではないか。

 民主党や、自民党の代表・総裁選の候補と目される人の中にそう言った事を実現させてくれそうな人は見当たらない。仮にそういった政策を掲げても、党内でそれを消化実行に移せるような指導力を持つということは至難の業だ。

 それでは、これまで首相経験がなく「安全・安心・安定」を感じさせる知名度の高いベテラン政治家はいないだろうか。絶望するにはあたらない。公正公平を心がける衆議院の議長を経験した横路孝弘と河野洋平、それに自民党の加藤紘一議員などがいる。

 「な~んだ全部左じゃないか」とウヨ諸君はいうだろう。その通りだが世の中がこのところ右へ傾いてしまったので、このあたりが中庸に位置するようになったのだ。橋下のように独断独行ではなく集団指導体制で若手もどんどん起用する。そして、長期安定政権を目指すのだ。危なっかしい「維新新党」よりよほどましだ。

 もちろん、自民でも民主でもない「安・安」新党のたちあけである。小沢一郎の拙速脱党騒ぎを遅らせていれば、最近できた「民主党復活会議」の44人や菅直人などによる「脱原発を考える会」70人余もこれに加わったチャンスがあっただろう。鹿野道彦や山田正彦とそのグループの動向も注目だ。

 さらに自民や社民党からの参加も見込まれるので、第一党は無理にしても政策決定に影響力行使が可能な勢力を目指すことは不可能ではないのではないか。例によって素人の妄想だが、さきに名を上げた人たちをマスコミがステージに乗せることはまずなく、本人たちがどう思ってるかわからない。そこで加藤紘一議員のオフィシャルサイトから、次の部分を転載しておく。

 日本の政局は、各党の違いがよくわからない状況になりました。大連立か、政界再編か、二大政党にこだわるのか、はっきりしません。このような状態がこれから2、3年は続きそうです。私は政界再編に進むべきだと思います。そして、そこには大義名分がなければなりません。政策という明確な旗が掲げられ、国民が選択できるようにならなければ意味がありません。どんな旗が立つべきか、どの旗の下に集うべきなのか、この2年ほど考え続けています。

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コメント

辻褄を合わせて語ることができなければ、国内外の社交も外交も実のあるものにはならない。
実況放送・現状報告のたぐいの話だけでは、人は心を通わせることはできない。「それで、どうした」の問いに対する答が必要である。
その答えは、実況放送・現状報告の延長線上には存在しない。未来構文という次元の違った構文の中にある。
日本語には未来構文がないので、話はあくまでも現在構文の中にとどまる。すると、歌詠みのようなものになる。無為無策でありながら感情に訴えることになる。
空理・空論であるから、何事も起こらない。現実の世界を動かすことはできない。

教育には金がかかる。だが、無知にはもっと金がかかる。
日本人の大きな間違いは、日本にいても英米の高等教育と同等なものが受けられると思っていることである。
日本は、自国語で教育を全うできる ‘たぐいまれな国’ であると思い込んでいるようだ。
英語と日本語は別の言語であり、日本語で英語の考え方を学ぶことはできない。

そのような教育の事情を深く理解している結果かどうかは知らないが、中国の富裕層の85%は、自分たちの子供を海外で教育させたいと思っている。
アメリカの大学の留学生の22%は中国からであるという。次にインド (14%)、韓国、カナダ、台湾 (3%) と続く。日本は、五指にも入らない。
はたして、我が国は教育の満ち足り足りた国なのであろうか。このところ、国力は下降線をたどっている。
我が国は、英国、仏国、ドイツなどと同じような国であると考えられているのであろうか。

中国から米国に留学して成功して有名になった人に宋三姉妹 (three Soong sisters) がある。
特に宋美齢 (Soong May-ling) は英語に堪能で、ヘミングウェイに ’中国の女王’ (empress of China) とまで褒められた。
彼女は、有名な大学 (Wellesley College) を優秀な成績で卒業した。主専攻は英文学、副専攻は哲学であった。

http://www11.ocn.ne.jp/~noga1213/
http://3379tera.blog.ocn.ne.jp/blog/

投稿: noga | 2012年9月 2日 (日) 19時47分

私は日韓条約世代よりも10年程経過した世代です。

「維新」といえば朴正煕大統領の「維新体制」を連想します。その韓国は朴大統領の娘が有力候補としてクローズアップされていますが、日本でも「維新」が台風の目になっているというのは歴史的な必然を感じているところです。日本と朝鮮半島は同じ時空で流れているようです。

領土問題が騒がしくなった今年の夏ですが、84歳になる父親が台湾を初めて旅行した時の話をポツンと言っていました。もう30年も前のことです。父親を台湾で迎えてくれた人は同世代でした。当然ですが国民学校で教育を受けたのですから日本語は堪能でした。タカサゴ族の知人は「日本のおかげで原住民は教育も言語も統一することができました」と感謝していたと言うのです。そして、尖閣諸島を領土だというならその土地で暮らしてきた歴史を有する人々が主張すべきではないかと言っていました。「活動家」というのは無責任なトラブルメーカーではないか。まったくそのとおりです。

パフォーマンスに明け暮れる政治にはウンザリしています。国際感覚を身につけた庶民は、日中韓の幼稚な政治ゲームを見抜いています。

投稿: ていわ | 2012年9月 4日 (火) 23時31分

台湾のタカサゴ族といえば2つのことを思い出します。くわしくは覚えていませんが、修身の授業で日本軍に協力し、荷物運搬をしていたタカサゴ族の娘?が丸木橋で足をすべらせて転落した話、それと遠足で神戸港にいった時、桟橋で台湾の基隆への定期船で1万トンという最大級の客船・高砂丸を見たことです。

清国は台湾の原住民を「化外の民で政教の及ばぬところ」と施政権の限界を認めていました。その前の明時代から「尖閣は自領」だとの主張はいかにも空しいですね。

投稿: ましま | 2012年9月 5日 (水) 10時59分

維新には『まったく新しく何かを創造する』との革命の意味は無くて、維新は『これあらた』。
維新が『変革』の意味を持つというのは誤解で、実は過去の歴史の理想の状態に、新たに立ち返ることで『変革する』との意味です。
明治維新ですが、これは王政復古だったのです。
飛鳥時代の天武天皇とか鎌倉時代の後醍醐天皇などの、天皇親政なのですが、実態は『天皇の絶対的権威』を口実にして長州が実権を握り、今に続く官僚制度を固めていった。
維新を標榜する橋下徹が、何を理想としているかが不明です。一見右翼にも見えるがはっきりしないのです。
無闇に中国韓国と緊張感を煽る『つくる会』とか慎太郎とは微妙に違っている。
日の丸君が代の強制など、そもそも日本の伝統ではなく、平成の借金王小渕恵三が1999年に決めたことに由来する極最近の珍事ですね。

投稿: 宗純 | 2012年9月 6日 (木) 11時14分

山岡鉄舟や清川八郎など、幕府サイドにいた連中の「回天」の方が合ってそうなのだが、自爆機と同じでは採用しかねるのか、とにかく言葉だけで世を動かせると思う魂胆ではダメなのです。

投稿: ましま | 2012年9月 6日 (木) 13時21分

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