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2012年7月27日 (金)

オリンピックと民族の話

 「民族の祭典」というベルリン・オリンピックの記録映画を作り、最大限の国威発揚と政治宣伝に効果を上げたのはヒトラーである。塾頭も子供の頃見たが感激した。

「民族」という言葉ほどわからない言葉はない。ヒトラーのいう民族としてのドイツ国民は、アーリア民族でなければならないということだった。西洋史では、ドイツはゲルマン民族と習ったような気がしたが、どう違うのかよくわからない。

 今開会式を迎えたイギリスは、アメリカと共にアングロサクソン民族と称される。これももともと現在のイギリスに古来からある民族ではなく、ヨーロッパ東岸から集団移住し、原住民を征服した複合民族だ。

 古いことを言われると、そもそも民族とは何ぞや、ということになる。日本も縄文人が最初にあって弥生人が後から入ってきた。そもそも、日本で自然発生した人種などあるわけがない。

 人類共通の祖先はアフリカ育ちである。縄文人の出は中国南部、インド、ミクロネシアなどがあがる。北は間宮海峡経由で北方民族が渡来して混血、1万年以上にわたる縄文土器文化を栄えさせたとされる。

 弥生人が渡来したのは3000年前ぐらいからで、水耕栽培や銅器・鉄器の文明を持ち込んだ。これは朝鮮南部から、あるいは徐福伝説のように山東省あたりからの中国ルーツの人が多いのではないかと想像する。さらに同じ経路で4、5世紀以降新技術や文字、芸術、宗教などを携えて大勢の人が主に朝鮮からわたってくる。

 そういった人たちが日本民族で、昔はどうだったか、人種は何かなど、一切問われることがない。アングロサクソンというのは、もっと新しい。イギリスの植民地が世界を覆い、アメリカ、オーストラリア、ニュージーランドを独立させ、英語が世界語となった世界制覇をした白人優越主義の代名詞のように語られることが多い。

 そのイメージを残すせいか、どうもテロの標的にされやすい。イギリスではオリンピック会場近辺にミサイルを配置し、軍・警察など厳重な警備態勢がTVで放映されている。アメリカにしろイギリスにしろ人種のるつぼと言われるほどの多民族国家である。

 したがって民族主義国家にはなり得ないのだが、アングロサクソン民族が世界をまたにかけて支配する横暴な国と思われてしまうのは、どういったわけだろう。民族主義とか純血主義というのが、いかにご都合主義的であるかを痛感する。

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コメント

日本では国民と民族とがアイヌ人などの少数の例外を除けば一致するので問題点が分かり難いのですが、西欧でも9割程度で1割は別の少数民族が国内に存在する。
東欧などでは国民と民族の一致度が5割程度の比率の国もあり、国内の半数近くも別の民族なんて例もある。
1960年代には優勝したアイルランド系の選手が自国のユニオンジャックに背を向けた例や、アメリカの黒人陸上選手が表彰台で全員が星条旗に拳を突き上げて抗議した話は余りにも有名です。
今のように黒人選手が星条旗を身に纏ってはしゃいでいる姿を見るのは隔世の感がありますね。

投稿: 宗純 | 2012年7月28日 (土) 10時34分

本文で「民族」という言葉の複雑さを書いておきましたが、アイヌにも当てはまります。彼らは先住民族ではありません。
DNA鑑定では、北海道縄文人に最も親縁関係があるといいます。差別は論外ですし伝統文化も維持すべきですが、少数民族として他国の例をあてはめたり、日本人とことさら区別する理由はないと思います。
拙宅の近くにアイヌ語から来ているという古来の地名が残っていますが、これも古代日本語がアイヌにだけ受け継がれたのだと思っています。

投稿: ましま | 2012年7月28日 (土) 11時32分

近頃のいじめ報道の陰湿さですが、人権問題が色々言われている中国には日本の同じようないじめ問題はないらしいですよ。
理由ですが、国内に1億人の異民族がいるので、自分の近くに別の異分子がいても日本人ほど神経質にならないためらしい。
日本人ですが圧倒的に均質で、これが悪い方に作用して少しの違いを理由にしていじめ問題が起きてしまう。
アイヌですが、現在アイヌ語を母語とする民族集団は日本国内にはいないようです。
その意味では日本で民族としてのアイヌ人は絶滅したことになりますね。
日本とは違い、たぶん千島とか樺太などでは今でも残っているのではないでしょうか。
大ロシア主義の同化圧力よりも、『和をもって尊しとする』日本の同化圧力の方が強力なのですが、考えさせられる話です。
沖縄方言は日本の古語がなまったものであり、日本の僻地の1地方と考えるより、本土のヤマトの文化圏と琉球の文化圏とが長いあいだ並立していたと考える方が正しいらしい。ところが今では正しい沖縄弁がしゃべれるのはごく一部の年寄りだけで若者たちは無理があるようですね。
多数による同調圧力の強さは、良い方向に向かえば長所となるが、悪い方に向かうと文化の破壊、単一化に向かいます。

投稿: 宗純 | 2012年7月28日 (土) 17時07分

中国にいじめがない、というのは初耳ですが、フィリピンやベトナムに対して南沙諸島などを占拠、覇権を誇示するなど、尖閣は別としてもアジア学級の弱い者いじめですね。

「徳」という概念は今の中国から感じられません。「徳」があっても「得」にならないからでしょうか。

投稿: ましま | 2012年7月29日 (日) 06時52分

『中国にいじめがない』は間違いで、正しくは『日本と同じようないじめ問題がない』で、強いものが弱いものを虐待する例は世界的な共通の話です。
ただし、日本のような『いじめ』はないのですよ。これは何も中国に限らずアメリカでも欧州でもありません。
欧州のネオナチが移民を殺害するような極端な人種差別は日本には起きないのですが、集団で一人のクラスメートを標的にして長期間いじめるなどの例は実に珍し特異な話であり、外国では強者は弱者に対してそれほどの強い関心を持たないのですよ。
日本のいじめの特徴ですが、いじめる側が多人数であること、長期的であること、虐待のレベルは軽度であるが陰湿であること。軽度で陰湿なので、教師などが強く制止しないことなどですが、
いじめ問題が深刻化する最大の問題点は「いじめ」を知っている周りのクラスメートが黙認し、結果的に強い同調圧力が生まれることではないでしょうか。
積極的に止めるものがいないのです。だから被害者が自殺に追い込まれる。
この現象ですが、横並びで出る杭を打つ日本文化が大きく影響している可能性が高いのです。
日系ブラジル人とか中国残留子女の帰国者の子供たちに対するいじめですが、理由は彼らが微妙に普通の日本人と違うことが原因している。
外国では「違う」ことは当然とみなされるが、同化圧力が極端に強い日本では「違う」ことが即「悪い」となってしまうので「いじめ」が生まれてしまうのです。

投稿: 宗純 | 2012年7月29日 (日) 09時25分

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オリンピックにおける人種差別問題で、私にとって今でも衝撃的な記憶はメキシコ大会で行ったアフリカ系アメリカ人選手によって行われた「ブラックパワー」のパフォーマンスです。 それは国内の人種差別の問題でした... [続きを読む]

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