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2012年7月12日 (木)

小沢新党と「脱原発」

 「国民の生活が第一党」がスタートし小沢党首が第一声を発した。基本政策は反消費増税と脱原発の二本柱である。この新党に国民が期待していないのは、世論調査の結果を待つまでもなく当然である。その2つなら共産党や社民党がとっくに打ち出している古証文と同じだ。

 原発に関しては、なんとなく変な言い回しで、民主党の発明した「脱原発依存」よりさらに訴求力の劣る「脱原発方向性」である。

原子力は過渡的なエネルギーと位置づけ、原子力発電に変わる新エネルギー開発に努め「脱原発」の方向性を鮮明にする。(毎日新聞による要旨)

 詳しい政策は追って発表されるそうだが、「過渡的エネルギー論」は3.11以前からあり、あまり期待できるものはでないだろう。原発政策については、これまで推進に手を貸していた自民・民主の幹部としての反省の弁が全くない。その点、同罪のそしりは免れないだろう。

 もし脱原発プログラムを作る時間的余裕がないのであれば、社民党が「脱原発」の唯一しっかりした展望を掲げている。「オリーブの木」だそうだから、手始めに「大賛成」とばかりそれに乗ったらどうか。

【社民党の政策】
http://www5.sdp.or.jp/policy/policy/energy/energy0712.htm

 本塾は、これまでも「脱原発」「脱原発依存」「反原発」の言葉の違いをはっきりさせなくてはならないと説いてきた。早くいえば、漸次原発を減らし、ゼロとする年次を決めておくのが「脱原発」、ゼロにするのではなく比率を下げようというのが「脱原発依存」、原発稼働はすぐにでもやめろというのが「反原発」である。

【既述】
脱原発の定義が必要(11/7/10)
http://hansenjuku.cocolog-nifty.com/blog/2011/07/post-fd93.html
なぜ「脱原発依存」ではいけないか(11/9/22)
http://hansenjuku.cocolog-nifty.com/blog/2011/09/post-337f.html

 3つの用語は全く違う意味合いを持つが、マスコミは無神経で使い分けをほとんどしていない。小沢発言を「反原発」と表現したところもある。しかし、出てきたのは「脱原発方向性」という、またまた意味不明の新語である。国民は、だまされないよう、政策の先行きによほど注意をした方がいい。

 塾頭は「脱原発」論者であるが、大飯原発再開に限れば「反原発」である。理由は、原子力村解体が進んでいない、福島第一の事故原因調査による新安全基準が未完である、住民避難対策がない、地震等の新知見が軽視されている等のほかに、「脱原発」が明言されていないことをあげる。

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コメント

民主党の発明した『脱原発依存』とは、何ともインチキ臭い造語ですが、
今回小沢一郎を批判するのに『の』の字を勝手に抜いて、
>『さらに訴求力の劣る「脱原発方向性」である。』とするのは感心しません。
小沢新党ですが>『「脱原発」の方向性を鮮明にする』
とはっきり断言しているのですから、『の』を抜いて『脱原発方向性』などという新造語を創作した、は無理があるでしょう。
小沢が3・11以前は原発推進派であった事実は明確な真実で、この点を共産党などが批判しているのですが、これは8・15以前に戦争賛成だったと批判している水準ですね。
脱原発依存とは、本音では原発依存であるが、世論の反発が厳しいので頭を下げて風を避けているだけ。
脱原発と反原発を別々の意味で使い分けするのは反戦塾としての矜持かも知れもあせんが、両者にはそれ程の大きな違いがない。
『原発を無くす』ではまったく同じ。
脱原発依存だけが別物で、脱原発と反原発を区別する必要は、まったく無いと思いますよ。
違うのは時間軸だけです。
しかし、『今すぐ全部止める』との最も強硬な反原発論者でも、原発が止まっているからといって少しも安全でないことぐらい百も承知している。
廃炉作業に数十年から百年。放射性廃棄物の管理には何万年もの途方もない時間が必要です。
100万年の管理が必要だとの説もありますよ。

投稿: 宗純 | 2012年7月12日 (木) 15時40分

宗純 さま
「脱原発方向性」で「の」を除いたというご批判ですが、「の」を入れても別に変りません。要はなぜ「脱原発」と言い切らないのかという点です。

言葉の意味するところは「脱原発依存」とどう違うのでしょう。揶揄でなく福島みずほちゃんに賛成してあげればすむことです。

なお、「脱原発」と「反原発」を区別したのは、私の独断ではなく、震災以前からで専門家の吉岡福岡大副学長などが使っています。

投稿: ましま | 2012年7月12日 (木) 18時37分

非常に方向や指針がどちらとも取れる文章を作るのを十八番としているは官僚です。今回も、原子力村の官僚が制作したのでしょう。あとでどうにでも解釈して方向を変えられるようにとの意図がはっきりわかる証拠だと思います

>理由は、原子力村解体が進んでいない

まさに、根本は↑これです。

投稿: 玉井人ひろた | 2012年7月14日 (土) 08時42分

玉井人ひろた さま
たまりかねて続編を書きました。独裁はよくないが、橋下市長程度であればいつでも取り返しがつきます。

原子力政策は、取り返しがつかない点で決定的ですね。

投稿: ましま | 2012年7月14日 (土) 10時15分

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