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2012年7月29日 (日)

国を滅ぼす正義

以下は、城山三郎(1927~2007)の文章を、谷沢永一『百言百話』中公文庫の中で山本夏彦の『藪から棒』の一部として紹介したものである。

 ――「リベートや賄賂というと、新聞はとんでもない悪事のように書くが、本気でそう思っているのかどうかわからない。

 リベートは商取引にはつきもので、悪事ではない。ただそれを貰う席にいないものは、いまいましいから悪くいうが、それは嫉妬であって正義ではない。だからといって恐れながらと上役に訴え出るものがいないのは、いつ自分がその席に座る番が回ってくるか知れないので、故に利口者はリベートをひとり占めにしない。いつも同役にすこし分配して無事である。会社も気をつかって交替させ、同じ人物をそこに置かない。

 我々貧乏人はみな正義で、金持ちと権力ある者はみな正義ではないという論調は、金持ちでもなく権力もない読者を常に喜ばす。タダで喜ばすことができるから、新聞は昔から喜ばして今に至っている。これを迎合という。

 城山三郎著『男子の本懐』は、宰相浜口雄幸と蔵相井上準之助を、私事を忘れて国事に奔走した大丈夫としてえがいている。

 当時の新聞は政財界を最下等の集団だと書くこと今日のようだった。それをうのみにして、若者たちは政財界人を殺したのである。

 汚職や疑惑による損失は、その反動として生じた青年将校の革新運動によるそれとくらべればものの数ではない。血盟団や青年将校たちの正義はのちにわが国を滅ぼした。汚職は国を滅ぼさないが、正義は国を滅ぼすのである」

 塾頭は小説家・城山三郎のファンではない。原発や米軍基地そして増税などの問題の中、政治はかつてない信用喪失の中にある。今の時代、何が正義で、誰が唱えるか、正義と不正義国を滅ぼすのはどっちか。そんなことを考えさせる文章ではある。

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エッセイ」カテゴリの記事

コメント

結局のところ、リベートを一人占めし自分の利益のことしか考えない強欲な連中と、リベートそのものが全て悪いと勝手に勘違いし、正義を振りかざす血盟団や青年将校の連中も、同じ穴のムジナに過ぎないと見て間違い無い様に感じますね。
正しく、これこそが、「脱ニッポン型思考のすすめ」と言う電子テキストではありませんが、あの小室直樹博士が言っておられた、私たち日本人の社会における構造的欠陥やアノミー現象による空洞化を齎すことで、国を滅ぼしかねない根本的原因とも言えるし、これもまた真実に近いのでは無いかと、つくづく感じます。
本来なら、この真実に正面から向き合い、自らこれを克服していかなければ再発防止には繋がらないことは当然のことですが、だが真実に向き合うことによって、日本文化を自己否定することによって、その衝撃から物凄い痛みや苦しみ、悲しみに襲われることになるのは致し方無いことではあるものの、こうした不安や恐れ等により、真実から目を背け、それを他国に向ける様なことをすれば、それこそ日本が世界中から幾らでも袋叩きにされ、コテンパに痛みつけられ、一億総懺悔の愚かな過ちを繰り返すことになっても致し方無いことと思えば、もう余りにも悲しいし虚しい限りとしか言い様がありませんよね。
だとすれば、こうした強欲な連中と、その跳ね返りの連中を共に、騙されたふりをして幾らでも海外に追い出すことにしても構わないことだし、そうすることで、世界中から幾らでも毛嫌いされ厄介払いされることにでもなれば、それこそ特攻隊精神こそ、「お国のためにもならないし天皇陛下のためにもならない身勝手極まり無い命知らずのやることでしかありませんから」という事で、「どうぞ幾らでも勝手に自爆テロでもやって、勝手に死んで下さい」としか言い様がありませんし、そうでなければ、全人類に邪魔されない様に、そっと静かに生きて下さい。と言ってあげれば良いのだし、生き恥を晒すのが嫌なら、どうぞ人目のつかないところで、そっと静かに集団自殺でもして、そのまま滅びて下さい」と言うしかございませんよね。
逆に、まともな日本人なら、それこそ自分の利益が他人の利益になることだけをすることによって、お互いに損することさえしなければそれで良いのだし、そうすることで、共に支え合い、助け合い、分かち合いながら、地域経済の活性化と共に、資源や食糧等の輸入を減らし、為替は幾らでも円高で安定させれば良いのだし、株価なんか幾らでも下落させて安定させることで、謝礼程度の配当金だけでも末永く貰えるだけで満足して頂ける投資家も幾らでもおられることなので、そうした投資家の皆様だけに株主となって頂ければそれで良いのだし、原発に頼らないエネルギーの推進と原発そのものの廃炉と使用済み核燃料や放射性廃棄物の管理をはじめ、国内農林水産業や医療や介護等の社会福祉分野をはじめ、無駄な消費を抑制し、廃棄物を幾らでも減らすことに繋がる循環型経済により、経済規模は幾らでも縮小し、衰退させ、グローバル競争には喜んで敗北して、日本は世界の中でただひっそりと存続することが出来さえすればそれで良いのだし、そうすることで、ハブ空港なんか、韓国の仁川空港に譲ってあげても構わないのだし、そうすることで地方から海外に行く時には、羽田空港や成田空港と共に仁川空港も、状況に応じて使い分ける様に出来れば良いのだし、東京の人口は減り、首都機能も地方に幾らでも分散させることで、すっきりさせることが出来れば、それで良いのだし、そうすることで、社会は、いじめや自殺は減り、犯罪も減り、変な騒ぎも無くなり、幾らでもひっそりと静まり返った社会に変えて行くことで、皆が幸せに暮らすことが出来れば、これに越したことは無いのだし、稼げば稼ぐ程、幾らでも税金や社会保険料等を喜んでたくさん払ってあげることで、社会に恩返しすることだけを誇りとすると共に、地球環境に恩返しすることを誇りとして世界に幾らでも発信して行くことで、日本が世界に対して明るい光となることで、存在感が高まってくることが出来るのなら、もう此れ程喜ばしいことは無いし、素晴らしいことは無いし、何も言うことは無いのでは無いかとさえつくづく感じますが如何でしょうか?

投稿: asa | 2012年7月29日 (日) 13時49分

実はこの文を書きながら、asaさまを思い浮かべました。人類の半分はオランウータンやチンパンジーより劣る種のようですね。

投稿: ましま | 2012年7月29日 (日) 17時05分

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