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2012年7月21日 (土)

粗雑な自民党安保基本法案

 本稿は前回記事の続きとして見ていただけたらと思う。本塾は、憲法9条の文章の背景が大きく変化しており、自民党政権下で解釈改憲が横行し、9条が形骸化されることのないよう、歯止めとなる第3項が考えられるとこれまでも主張してきた(下記参照)。

護憲的改憲論にひそむ危険(08/5/13)
http://hansenjuku.cocolog-nifty.com/blog/2008/05/post_97e4.html

 したがってその骨子を規定する基本法は必要と考えるが、自民党のホームページで発表されている「国家安全保障基本法案(概要)」のように国、国民、自治体に責務を押し付ける内容ではなく、逆に自衛隊の海外での武力行使を禁止するための具体案を盛り込むものでなくてはならない。

 自民党案を見て感じたことは、憲法の前文がうたっている立場、つまり世界全人類の協調があってこそ、日本国および国民の安全が保障されるという歴史観がない。さらに敷衍すると、現憲法前文にある「人間相互の関係を支配する崇高な理想」の自覚と、「全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有すること」の確認という理念がスポイルされているばかりではなく、それに代わるべき精神的支柱もないということである。

 これは、自民党改憲案の前文が、「国民主権と民主主義、自由主義と基本的人権の尊重及び平和主義と国際協調主義の基本原則は、不変の価値として継承する」という、○○主義というこなれていない用語の羅列だけで、継承する中味を示さないというか故意に中味を除外して9条の改変を試みるという、法律としては整合性のない屈折した素案になっている点で全く軌を一にする。

 このような、粗雑で明治憲法や現憲法よりはるかに格調のない、国や国民のアイデンティティーの欠けた改憲案しか提示されないというのは、国民にとって不幸なことである。さらに、「集団的自衛権」と「自衛権」の名のもとに自衛隊の正規軍的な改変をはかろうというのが、この基本法案の改憲にそなえた姑息の手段であり、換骨奪胎作業であると言わざるを得ない。

 およそ法律のベテランが起草したとは思えないずさんな基本法案は、一体誰が誰のために作ったのであろう。塾頭は敢えて言う。軍事費の一部肩代わりと戦争の人的被害を軽減したいアメリカ。そして、世界最強のアメリカに追随するのが日本の安全にとって最善(一面の真理はあるが恒久平和・地球規模の平和は意味しない)と信ずる日本の産軍共同体自らのためである。

 本稿では次の3点を指摘しておこう。まず第2条の目的と基本方針の中で「自由と民主主義を基調とする我が国の独立と平和を守り、国益を確保」とある。自由と民主主義は現憲法にも基本理念としてうたわれているが、国内にそれを根付かせるためで安全保障とは無関係とである。

 これは、日米同盟や米国の太平洋戦略を言う場合よく使われる「価値観の共有」とか「価値観外交」といった線上の使い方であろう。つまり、言外に中国・北朝鮮やイスラム国家を日米豪の対極に置いた考え方だ。現憲法前文の汎世界的な考えとは全く異質なものである。

 改憲に熱心な戦前回帰派や教育勅語礼賛派はどう考えるのだろう。明治当初に板垣退助の自由民権運動があっただけで、大正デモクラシーは民本主義と言い換えざるを得ず、戦時中は自由主義も弾圧を受けた。もともと自由と民主主義の国ではなかったのである。

 第2点は、第3条と4条で国、政府、地方公共団体、国民の安全保障施策への協力義務(責務)を定めていることである。ここには、主権在民の精神はおろか議会の存在も無視されている。国には安全保障上の必要な配慮として、教育、科学技術、建設、運輸、通信その他内政の各分野での協力である。

 教育から平和教育が排除され、核開発技術の推進、道路網整備などの軍事転用にも考慮を払えということか。また、基地新増設、オスプレー配備などには、地方公共団体に対して協力義務が課せられる。国民の責務には具体的項目がないが、基地反対闘争が協力義務違反とされ、徴兵制度に道を開くものとなればゾーッとせざるを得ない。

 最後は、「国連憲章で定められた自衛権の行使」という、あたかも国連が武力行使の権利を認証しているかのような表現で扱っていることである。国連は緊急かつ代わるべき手段のない一時的な範囲で例外的に自衛権を認めているのであって、戦争を合法化したものではない。
 
  その武力を行使するためには「我が国、あるいは我が国と密接な関係にある他国に対する、外部からの武力攻撃が発生した事態であること」が必要で、かつ関係国から「我が国の支援についての要請があること」としている。またそれには「国会の適切な関与」を求めているが「承認決議」は下位の法律に委ねるなどと軽視されている。

 つまり、ニューヨークの高層ビルが爆破された、大統領が「これは戦争だ」と叫び、時をおかずアフガンへの侵攻作戦を準備し、イラクに大量破壊兵器があるとして進撃を開始する。国連への手続きはアメリカが行うが、決議内容はアメリカが勝手に判断して行動を起こす。

 当然アメリカは、共同軍事行動を日本に要求する。この基本法を通せば小泉首相当時のように、洋上給油だけとか後方支援ならば、などと言うことでは済まない。アメリカの都合で血を流す戦争に自発的に加担しなければならないことになる。

 そして、国民は反対のデモなど起こせない。国民は協力の責務を負うことになるからだ。どうかすると反対運動は軍事的手段によらない間接的侵害と見なされかねない。自衛隊に与えられた「公共の秩序維持にあたる」任務で武力弾圧されるという、かつての治安維持法にすらないような条文(第8条)もある。

 断っておくが、1960年に岸元首相が締結して現在なお続いている日米安保条約にはそんなことは一切書いてない。それには手をつけず、集団的自衛権どころか、地域限定のない2国間攻守同盟にまで性格を変えてしまおうという、恐ろしい内容を盛り込んだのがこの基本法案である。

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