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2012年6月 6日 (水)

物・者・もの

 ”mono”、”もの”で漢字転換すると、ワープロのご機嫌により最初に出るのが「物」だったり「者」だったりする。熟語で転換するとひらがなで「もの」となるケースが最も多い。以下、できるだけ転換した表示をそのまま使う。

 「もの」とは何ぞや、そこで『広辞苑』を見たら、あるはあるは。【もの】の解釋の哲学的・法学的分析をはじめ、もの―**と続く単語が何ページにもわたっている。それにかかわりなく頭の体操で、思いつくままを挙げてみた。

 もの思いにふける、もの心がつく、ものさびしい、ものかなし、もののあわれ……。ここまでの「もの」は、物理的存在の「物」ではない。心に作用する印象をものと表現するのか。もののけは心霊現象だが、大主神も神体が山だったり小蛇だったりするので「大者」ではなく「物」扱いになる。もの忘れ、の「もの」は人物を含めた物理的存在、つまり物体だ。

 できもの、賜、げてものものいり、は、物体や金銭といった物理的存在。てんやもの、酢の、あつものは食料、夏、履などいずれも身の回りの「もの」である。もの忌(いみ)は、そういった「もの」の禁忌と行動のタブーで、足りないの「もの」は、物質と心の両面にかかる。

 際、出しも行動をともなう物体である。ものぐさ、腰 は個人の静的な状態であるが、死に狂い、ものともせずの「もの」とはどう違うのであろうか。後者の方には心理的な「力」とか「強制」が感じられる。

 ものすごいやものものしい、そんなものじゃないの言葉の裏にもそれが感じられる。もののふ=武士の語源にも関係があるのだろうか。何々がものを言う、好きこそものの上手なれの「もの」も、技量という「力」の存在を示しているように思える。

 ものいいがつく、は相撲用語だがその「もの」は言葉である。上段のものをいうも言葉と解釈できるが実際の言葉は発しない。書きという表現がある。小説家ではなし、作家というほど有名ではない「言葉」を書く職業を指すが一般的ではない。そこで「ライター」という英語を多用するが、英和辞典を引くと「作家」とある。

 最後はあわてとか怠けといった人間につける「者」である。物と者は全く違うのかと思ったら、平安時代初期まで「者」には「ひと」という和訓がつけられ「もの」とは読まなかった(大野晋『日本語をさかのぼる』)。時代が下って、身分の低い人目下の人を物扱いにしてしまったらしい。

 そういえば、「○○もの」という言葉に、幸せとか優れものというほめ言葉はあるものの、偉人や貴人・才女・善人などのような使い方はなく、なんとなく見下したような言いまわしになる。「馬鹿」といっても「馬鹿人」とは言わない。

 以上、与太話をだらだら書いてしまったが、これはブログねたに困った塾頭の暇つぶしだろうか。なんと、いましたいました、この摩訶不思議な日本語をこねくり回した大先輩が。清少納言と、江戸時代後半の庶民である。

 清少納言は『枕草子』。「すさまじきもの」「にくきもの」「なまめかくきもの」「はしたなきもの」「うれしきもの」などなど、「もの」コレクションの文学鑑賞は、すでに古文の学習でおなじみであろう。江戸時代の庶民は「ものはづけ」という雑俳で言葉のゲームを楽しんだ。これも、落語の大喜利で今に生き続けている。日本から「もの文化」を切り放すことはできないのだ。

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コメント

辞典によれば、

=牛が群れ移動様子が、旗めく様に似ていることから財産の意からの転じ


=自分ともろもろの人々を区別する位からの転じ


=人間を横から見たようすからの転じ


つまり、「人=特定の人物」「者=広く多数」と言う違いになるようです。

投稿: 玉井人ひろた | 2012年6月 9日 (土) 08時34分

コメントありがとうございました。

「平家物語」の「もの」も書こうと思いましたが、あれは「物語」ではなく「者語」ですね。とくにNHKの大河ドラマは。その点は源氏物語の方が先輩格ですが、天皇を含む人事を「者」とするわけにいかず、意味あいまいな「物」にしてしまったのでしょうか(笑)。

投稿: ましま | 2012年6月 9日 (土) 09時36分

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