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2012年6月

2012年6月30日 (土)

この道はいつか来た道

 反古(ほご)同様の債券に対していうがままの融通を与え、花も咲かず実も結ばぬ新会社に対して手一ぱいの金融を許した。往年日露戦役の好況時に南満株の募集に振替応募なるものが行われ、一流銀行は挙げてこれを非難したが、欧州戦争中の新株発行に対し、いずれの銀行がこの振替応募の方法を採らぬものがありましたろうか。銀行の重役、支配人自ら産業会社の発起人となり、プレミアム稼ぎをしない者が幾人ありましたろうか。

 以上は大正8年頃日銀在職中の結城豊太郎の語った言葉である(高橋亀吉・森垣淑『昭和金融恐慌史』所載)。最近、少し言葉を変えればそのまま通用するような事件がすくなくない。今日も野村証券のインサイダー取引の記事が新聞紙面上に踊っていた。

 世界恐慌が起きたのは92年前、このすぐ後だった。関東大震災はその3年後、さらに波乱繰り返しながら昭和大恐慌の大津波がやってくる。ここから抜け出せるのは、昭和二けたの戦争景気到来まで待たなければならなかった。

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2012年6月28日 (木)

続・民主党自壊

 民主党の小沢氏を中心とする造反騒ぎが依然として続いている。一寸先は闇、の政局話にはあまり触れたくはないが、こわし屋小沢の狙いはやはり気になる。小沢は盛んに離党をほのめかすが、離党したところで何のメリットもない。

 今日28日午後は、小沢・輿石会談が2回もあった。内容はわからないが、どうやら舞台を参議院に移し、法案修正の可能性をさぐっているらしい。小沢はその後の会見で「参院でもそのまま強行採決するようなら、民主党の枠を越えて直接国民に訴えざるを得ない」という表現を使った。

 当塾は、これまでもたびたび公明党がカギをにぎる事態がくるのではないか、と言ってきた。輿石幹事長は、長年参議院会長としての実力を蓄えてきたベテランである。自公が選挙協力で与党を保ってきたものの、憲法や増税などの政策面で必ずしも一枚岩とはいえないことも見抜いている。

 輿石は、衆院の定数問題で0増5減に比例代表の連用制を加味した案を単独提出した。これは自民党はもとよりマスコミなどから総スカンを食った形だったが、公明党の気を引くためには十分だった。

 参院では民主104人に対し、自公は自86+公19の107人で3人しか違わない。仮に国民新の3、大地2が加わればこれを上回り、さらに公明が加わって修正案を作れば可決可能だ。こういったことは常識的には今までの自公路線からはずれる。

 しかし、消費増税の衆院可決で民自大連立の機運が高まり、公明の存在がスポイルされるような事態が来ないとは限らない。以前書いたことがあるが、創価学会の伝統的価値観は、「美・利・善」であり「真・善・美」の「真」より「利」の方を重視する。

 党の政策目標達成のため、それが「利」であれば乗り換えることにそう抵抗はないだろう。とはいうものの、党執行部や選挙活動を担ってきた実戦部隊にとってそんな急ハンドルが切れるのかどうか疑問だ。また、国民やマスコミからは不明朗な取引のように見えるだろう。

 小沢が絡んでいることでそれはよけいに増幅される。参院で修正されるとさらに決定まで時間が費やされ、解散総選挙の時期も遅れる。小沢は、それが控訴審無罪判決後になれば好都合だが、谷垣自民党、野田首相、財界、大手マスコミなどがそれに耐えられるかどうか疑問だ。

 それらを総合すると前エントリー「民主党・自壊」というシナリオは、結果として変わりがないのではないかと思える。

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2012年6月26日 (火)

民主党自壊

 先週の日曜日に「妄言・政局展望」という記事を書いた。その時は消費税法案採決を21日としたが、実際は26日になった。さらに民主党の造反議員は50人前後であるだろうと予想したが57人にふえた。そして全体では賛成80%以上で可決と見たが、それは363人の76%であった。

 つまり塾頭の見立てる造反数を上回ったということである。マスコミはさかんに「事実上の分裂」と言いはやすが、分裂というより「自壊」にならないかが心配である。前記事では、造反イコール党離脱とはならず、それは不信任案採決の時まで持ち越されるだろう、という予測をした。

 これはどうやらそうなりそうだ。小沢元代表は、本会議終了後のグループ内会合で「みなさんの気持ちはわかっているつもりなので今後の去就はまかせてほしい」と言ったそうだ。マスコミは、すぐにでも新党結成か?などと先走るが、現状では40人程度の同調者しかいない。不信任案なら、消費税案に賛成しても自民に傾斜する野田首相に警戒心を持つ中間派を中心に、さらに離党者が増える可能性がある。

 輿石幹事長は、反対投票議員の除名など強硬策をさけるだろう。野田首相も同様だ。造反者が、衆議院過半数確保に必要な54人以内という限度を超えて57人になったため、これを党外に出すと一挙に政権与党としての足元がぐらつく。

 というより、いつでも不信任案可決の脅威にさらされることになるのだ。残った会期で、参院にまわされた議案と同時に国債発行法案や衆院定数是正法案に目途をつけなければならない。また原発事故の総括やエネルギー政策もこれまでの二股行政なども追及されることになる。

 沖縄のオスプレー配備も難問だ。虎視眈々と不信任案提出の機をうかがっている自公の標的になるのはこれまでの比ではない。一方の小沢グループも、造反が予定より多かったと言っても今離党となると、ついてくるのは40人程度にすぎない。

 小沢新党を立ち上げると言っても、消費税法案は解散前に衆参両院で可決されることはほぼ確実だ。その撤回や民主の旧マニフェストをかかげて選挙にのぞむわけにもいかないだろう。波に乗れる目新しいスローガンがなければ行動をおこせないことは小沢氏が一番よく知っているはずだ。

 それをどうやって構築するか、橋下維新の会など未熟でただ目立ちたいだけの地域リーダーの風下に立つようならばやはり、自壊の道を歩むしかないだろう。

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2012年6月23日 (土)

日立製品の不買運動でもするか

 前回の原子力基本法関連記事の続編になるが、毎日新聞は23日付で”「安全保障目的」は不要”という社説をだした。なお、前回記事で「東京新聞以外に当該報道が見当たらなかった」と書いたが不正確で、記事中の藤村官房長官の発言趣旨は同紙からえたものである。

 社説の趣旨は、当塾の主張と大差がない。また3大一般紙のうち、朝日は22日付で社説をかかげ「次の国会で削除すべきである」としている反面、原発導入に積極的役割を果たした歴史のある読売は予想どおり「当然だ」という趣旨を掲げた。

 この問題はむしろ韓国のマスコミでクローズアップされているようで、朝日の社説が結論的に「原子力、宇宙開発といった国策に直結する科学技術に枠をはめる法律が、国民的な議論をせずに、変えられていく。見過ごせぬ事態である」といっているのは、こっそりとしてやられた日本のマスコミや、護憲政党を自認する社・共の責任であることを示すものだ。

 一般国民は、あまり報道されないのに一斉に3紙が社説で取り上げたことを奇異に感ずるに違いない。東京新聞が後の祭りながらトップ記事で波紋を投げかけたことがせめてもの救いである。その流れでこれから書くのは一般国民はどうこれに抵抗すべきかということである。

 確実な効果をもたらすのは選挙である。「○○年までに原発ゼロ」、「原子力村解体・国是としての核廃絶」、「自民流改憲反対」の公約を掲げる政党に過半数を取らせるしかない。しかし社・共だけではとてもおぼつかない。

 今、マニフェスト棚上げが政変の焦点になっている。あとで覆されるようであれば国民の権利として何が残るのだろう。日本ではゼネストもとうの昔に姿を消した。中東のような暴動しかないようでは国民主権が聞いてあきれる。とはいっても政局本位の小沢新党に願いを託す気にもなれない。

 そうすると、塾頭の妄想(17日付「妄想・政局展望」)のように長老による挙国新党にでも結集するしかない。こうなると妄想ではなく悲願になってしまう。そこで、忘れていた本題に戻ろう。今日毎日新聞に出ていた3つの小さな記事からだ。

 まず枝野経産大臣。25日にロシアで開かれるアジア太平洋経済協力会議で、国内的には「脱原発依存」政策を推進し国際的には原発稼働に協力するという「二重政策」を表明し、国際社会全体で原子力への依存度をひきさげるべきであるという立場をとらず、採択予定の原子力の重要性確認の共同宣言に賛同するのだという。

 そういえば、リトアニア向けの日立製原発輸出が決まったようだし、昨日開かれた日立製作所の株主総会では、原発事業からの撤退を求める株主提案があっさりかわされ、望月晴文・元経産事務次官を同社の社外取締役起用について、枝野大臣は「天下り規制に抵触しないので、コメントできない」と言ったそうだ。

 塾頭は、枝野氏の官房長官時代や経産省移管当初は、玄海原発をめぐる九電への厳しい追及に、野田首相のもとでも骨っ節の強いところがある、と評価していたがこれで見損ねた。一切撤回し野田首相とともに消えてほしい。

 日立製作所は、東芝、三菱重工などとともに原発にかかわり、重電・コンピュータ、宇宙・兵器産業などの一角をになう、つまり経産省がその強化発展に力を注がなければならない大企業の雄である。

 また一方で、韓国メーカーに押されているとはいえ家電では日本を代表するメーカーである。塾頭のあまり好む方法ではないが、一般庶民は原発推進勢力一端をささえる象徴的な会社として、同社製品の不買運動でも起こすしかないのだろうか。

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2012年6月22日 (金)

原発推進派の本音は「機微技術」

 21日の東京新聞朝刊トップは「「原子力の憲法」こっそり変更」だ。これをワイドショーで伝えたテレビ朝日では、若いコメンテーターが「エッ、お聞きしますが東京新聞以外には出てないのですか?」とびっくりして聞いていた。

 塾頭も探したけどほかには見当たらなかった。20日に衆院で成立した原子力規制委員会設置法の付則である。国民はその内容を事前に知ることができず、民・自・公の3党合意案はさしたる議論を呼ぶこともなく通過したようだ。

 その変更は、付則の12条に盛り込まれた。原子力の研究や利用を「平和の目的に限り、安全の確保を旨として、民主的な運営の下に」とした基本法2条に一項を追加。原子力利用の「安全確保」は「国民の生命、健康及び財産の保護、環境の保全並びに我が国の安全保障に資することを目的として」行うとしたことだ。

 当初案になかった「我が国の安全保障」は自民党の要求ですべり込ませたというが、これまでの基本方針が国の安全保障から切り離す方向付けをしていたところへ、突如木に竹を接ぐような文言を強引に付け足したということだ。自民の改憲案によく似ている。

 国の安全保障といえば、この場合当然核兵器を想定する。藤村官房長官は「我が国の非核3原則に変更はない」とか「核兵器不拡散に向けたもの」という、苦しい言い訳をしているようだが、それならば「国際的な核不拡散ならびに核軍縮に資するため」とはっきり書けばいいではないか。

 当塾でもこれまで指摘してきたことであるが、自民党が推進してきた国の原子力政策の底流に暗黙の共通認識「機微技術」の確保があった。「機微技術」については下記を参照していただきたいが、原子力でいえば最初のウラン濃縮技術から原子炉、移送手段、廃棄物処理に至るまで、核兵器製造に要する一貫した技術を言う。

http://hansenjuku.cocolog-nifty.com/blog/2011/08/post-0520.html

 これをさかのぼれば、東西冷戦の熾烈な核開発競争のさなかの1955年、アイゼンハワー米大統領が「核の平和利用」についての演説をし、翌年西側の同盟国となった日本が早速それに乗ったところから始まる。

 当時原子力発電の技術はソ連の方が先行していた。アメリカはそれにうち勝つため、ひろく西側同盟国に呼びかけ、核技術の高度化・共有を呼びかけて対抗した。日本の「平和憲法」と「平和利用」とが奇妙なところで結びついたのだ。

 それ以来「日米同盟」とあいまって核技術についても、切っても切れない関係になった。今や、原発メーカーとして日米はタッグを組んで輸出競争にはげんでいる一方、日本はアメリカの核の傘を保持するため、アメリカは、ロシアをつきはなした絶対的核保有国の地位を維持するのに役立つと考えている。

 一方で、まじめに核抑止力を信奉しているのは、日本の一部政治家と2国間の地域紛争をけん制するパキスタンとインドのぐらいだろう。北朝鮮とイランは抑止力というより国内向けドラミング効果、あとは、アメリカが世界でどこも対抗できない絶対的効果に未練を残しているだけである。

 ちなみに、核弾頭の数は米ロが万発規模だが、ロシアは保有数の多くが古くなっているだけでなく、備蓄技術、ミサイル防衛技術などで、これまでにアメリカとは大きく水をあけられている。その他の法的所有国、英・仏・中が数百発、インド・パキスタン・イスラエルなど隠れ保有国が数十発、北朝鮮が多くても数発?で、アメリカの独占が際立っている。

 そのアメリカも、これまでロシア相手に核弾頭制限条約などで核装備を減らしつつあり、オバマ大統領もその方向を促進しようとしている。今すでに地球を滅亡に導くだけの数量があるのに、事実上使えない兵器に魅力を持ち続けているのは世界で北朝鮮だけだろう。

 中国もミサイル技術向上には熱心だが、国力に見合った核弾頭を、などとは考えていない。アメリカが恐れているのは核戦争でなく、核物質がテロリストなどにわたることだ。日本も、「ならずもの国家」または「ならず者軍部」がこの世からなくなると考えてはならず、究極的には原発を含めた核廃絶を目指さなければならない。

 そのための「機微技術」なら、放射能廃棄物処理技術開発を含め、塾頭も賛成するが、今の民・自消費税連合の手になるものならば反対せざるを得ない。

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2012年6月20日 (水)

看板の意味??3題

Dscf3678 理解するのにすこし時間がかかったよ。(昔の愛煙家)

Dscf3679_2 漢字+英字+カタカナ。要は「工事の現場事務所の照明などにソーラー・システムを使っている」という宣伝らしい。何語だろう?。

  Dscf3681_2 3.11のあと、ひびの入ったブロック塀の前後に掲示された法定外標識。つむじまがりの塾頭から見ると、修理をしない塀所有者へのあてこすり。

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2012年6月18日 (月)

放射能被害恐怖症候群

 3.11以前から「核アレルギー」という言葉があった。これは、原発だけでなく核兵器なども含めて使われたが、核反応が人類にもたらす被害に過敏な反応をし、科学的的・人文学的知識追求を疎外視する傾向を言った。

 当塾は、震災のがれき処理をめぐって2月以来下記の3本の記事を書いてきた。いずれも「岩手県・宮城県の津波によるがれきと放射能は関係ないのではないか」という直感がさきにあったからだ。

http://hansenjuku.cocolog-nifty.com/blog/2012/02/post-f1b8.html
「がれき処理妨害は差別だ」(2/17)
http://hansenjuku.cocolog-nifty.com/blog/2012/05/post-74a6.html
不信列島・日本(5/27)
http://hansenjuku.cocolog-nifty.com/blog/2012/06/post-268b.html
過激派復興?(6/11)

 可燃物を燃やし、その灰の中に自然界にある放射能が凝縮されるのは何を燃やそうと当然だ。それを試験的燃焼実験さえピケを張って物理的に阻止しようとする運動がどうも理解できなかった。前の記事についても、抗議賛成の立場から意見をいくつかいただいている。

 中身は全く違うが、最近噂されている「小沢元民主党代表が、放射能をおそれて選挙区である岩手県に出向かなかった」という『週刊文春』の記事も、通常の常識のある人ならとても想像できないことがらである。

 仮にあり得ない放射能被害が、風評被害ばかりでなく、体よく政治利用されているとすれば由々しいことである。これが結果的に原発推進派を強気にさせたり、情報隠匿体質に根拠を与えたり、また個人攻撃の材料にされたりするのでは、その悪影響は計り知れない。

今回はこれまでの記事の結末をつける意味で、下記のデータを収録しておくことにした。

【がれきの量】
岩手県=525万トン、うち県外広域処理依頼量=120万トン 
宮城県=1154万トン、 同       上   =120万トン

【北九州市の試験焼却】
3月 北九州青年会議所が市民735人を対象にアンケート
    がけき受入れ賛成69.7% 反対8.4%
5/22 石巻からのトラックを反対派約50人が施設前で実力阻止、男性2人が公務執行妨害の疑いで逮捕される。

5/23~25 焼却実施
5/28 試験結果公表
 煙突からの排ガス・燃え残りの主灰=放射性セシウム検出せず
 飛灰=同最大30ベクレル/㎏
  (注)国の埋め立て基準値=800ベクレル
     人体に含まれる天然の放射性物質カリウム
     =体重1㎏あたり70ベクレル程度

*以上、中川恵一東大附属病院准教授、毎日新聞6/18所載による

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2012年6月17日 (日)

妄言・政局展望

「税と社会保障一体改革」の法案を21日の衆院本会議で可決する運びとなった、ということで、中央有力紙は「決められる政治がようやく実現した」と大はしゃぎしている。

 今日の日曜日は、きっとどこかの社で世論調査をやって明日あたりそれを発表するだろう。塾頭の感じからすると、大新聞の期待にもかかわらず、内閣支持率や民社・自民の政党支持率は微動の範囲を越えないだろう。

 国民は法案のこまかい点で政党間の駆け引きがあったことの中味なんかはよく知らない。ただ消費税が上がるんだな、という程度である。それに、与野党が国を憂い与野党が私情を捨てて一致協力したなどとは誰も考えていない。

 あれが「野合」であることは誰でも知っている。なぜ野合というか、それは民主党は党内で了解を得るといっているが、小沢派を中心とした根強い反対意見がそのままであり、自民党に「マニフェストを撤回するのが条件だ」と迫られ、次々に身ぐるみをはがされてようやくパンツ1枚残したことを恩に着せられるような妥協のしかたである。民主党の中間派と称される議員の我慢も限界すれすれにきているはずだ。

 攻めているように見える自民党の方も大きなことは言えない。この案に対して、総務会では反対意見が続出、かつては全会一致で党議決定していた慣習が守られなかった。また、公明党も民・自から置いてけぼりにされるのが嫌で、創価学会内の反増税意見に目くらましを投げて、法案賛成に加わった。

 21日の本会議の採決はどうなるだろう。4日のエントリー「小沢の出番は?」で予測したように民主党は小沢氏が欠席、その他の小沢グループは自主投票で、中間派からの造反もそう多くなく反対は50人を超えるかどうかだろう。

 このほか社民・共産・「み」など小政党が反対、さらに自民から反対票がでるかどうか、また公明から「腹痛議員」がでたとしても結局、賛成は80%以上を獲得し可決されるだろう。問題はこの増税案ではなく、8月末までいわれる延長国会終盤に出されるだろう解散催促の内閣不信任案や問責決議案の方である。

 こっちは可決される可能性がきわめて高い。そうなると解散総選挙を避けて通れない。その前に議会が決めておかなければならないのは、違憲状態の衆院議員定数の是正である。これも大もめするだろうが、民主は公約の定数削減を取り下げ、自民の言うように0増5減の緊急措置を丸のみすることになるだろう。公明の「抜本改革」も棚ざらしにされる。

 今度は、民主党の中間派からも多くの造反者が出る。理由は度重なるマニフェスト無視、自民との連立を視野に入れた野田首相による第2自民、原発その他に見られる右傾化である。これは、明らかに一部民主党右派議員が望んでいることでもある。

 その反対に、原発政策の後退や「脱原発依存」の欺瞞性(これは既に去年の9月に指摘している)が表面化し、沖縄基地問題では防衛相を安倍首相時代の主張に固執する森本氏にするなど、単に増税に対する不満にとどまらず民主党のよって立つ基盤を探しあぐねている議員も多数いる。

 小沢グループはもとより、中間派議員も野田民主党では選挙を戦えないことを痛感している。野田・谷垣両党首の改選前に解散がきまれば、彼らは無所属か新党での立候補で局面を乗り切るしかない。

 この場合、小沢新党ではブームを起こせないだろう。細川内閣の時のような清新かつ安定感のある広告塔が必要なことは4日のエントリーですでに言及した。その土台を作るのは、党籍離脱をして議会を守った経験のある横路孝弘衆院議長、河野洋平前同議長、江田五月前参院議長あたりの集団指導はどうだろう。

 塾頭ごのみの顔ぶれだと言われそうだが、その前の綿貫民輔・渡部恒三正副議長を加えてもいい。しかし、現役引退した人まで引っぱり出すわけにはいかないだろう。公約はとりあえず野田民主・谷垣自民にはない国民を引きつけるキャッチフレーズがあればいいし、さらに若手の広告塔をかつげればそれにこしたことはない。

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2012年6月14日 (木)

海洋拡張主義中国の内情

 今日(14日)の毎日新聞・金子秀敏のコラムに見逃せない記事があるので紹介しておく。尖閣諸島は、東京都知事の島買収介入とか中国大使の憂慮発言などで関心を持たれ続けている。一方、中国は南シナ海ではフィリピンやベトナム沿岸に近い島嶼の領有権を主張し、実効支配のためさまざまな実力を駆使して構造物を作るなど、両国の激しい反発を受けている。

 この場合も、中国側に国際的に支持されるような論拠があるとは思えず、大国による露骨な拡張主義にほかならないと思っていた。中国の近代史には、そのような拡張主義の被害をまともに受け、それに抵抗・否定してきた輝かしい歴史が存在するはずだ。

 中国は歴史を重んじる国である。その中国が資本主義的手法を取り入れてから手のひらを返すように様変わりし、良識を捨てたというのも考えにくい。中国側の本音がどこにあるのか、一般報道ではなかなか見えてこないが、記事はそのあたりを香港誌を引いて次のように伝えている。

(前略)いままた米国のオバマ大統領がアジア太平洋地域に米軍を回帰させると言った。追い風を受けたフィリピンは強気になった。海軍艦艇が4月、スカボロー礁で操業中の中国漁船を臨検した。

 中国の漁業監視船などが何隻も南シナ海を巡航している。一斉に救援に駆けつけ漁船を取り返した。

 中国側の強硬な対応も目立った。香港誌「争鳴」6月号によると、この事件の直後、武力行使を主張する郭伯雄・党中央軍事委副主席、陳炳徳・総参謀長の一派と、外交解決を主張する徐才厚・軍事委副主席、梁光烈国防相の一派に軍が割れた。結局、習近平国家副主席を長とする「国家海域工作領導小組」を作って対応していくことになった。郭副主席が訪日を突然キャンセルしたのはそのころだ。

 いまのところ外交派が優勢らしい。だが、主戦派はトウ小平の「争いを棚上げし共同開発する」政策を時代遅れと批判しているという。

 石原知事がアメリカのとある講演会で思わせぶりな予告をした上、尖閣のいくつかの島を所有者から買収すると宣言した。中国を「支那」といいたがる石原のことを中国はよく知っている。例の幼稚なパフォーマンスだが、郭さん陳さんは飛び上がって喜んだだろう。

 中国の強硬派は「これで対等に実効支配の競争ができる」と思ったかも知れない。政府は100年以上も実効支配しているので「領土問題は存在しない」という立場である。石原はわざわざアメリカまで行って領土問題にしてしまったわけだ。

 長年にわたって一民間人が所有し、平穏静謐に国に賃貸し、税金も払ってきた。その実績が実効支配そのままの証明であり、中国もそれを認めている。所有者がいらなくなったのなら、もとの国有地にもどすのが順当で、ことさら強硬上陸を試み、旗などを立てる必要はどこにもない。領海侵犯を見張る海上自衛隊の厳重な監視だけで十分だ。

 それにあえて波風をたてようという、日本の右翼と中国の強硬派軍部は、もしかして盟友関係にあるのではないかと思ってしまう。

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2012年6月13日 (水)

梅雨の晴れ間

政界にはありません。Dscf3676

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2012年6月12日 (火)

総理・防衛相の資質

 野田内閣になってから防衛相は一川保夫大臣が4か月余、田中直紀大臣は5か月余、素人にしてもあまりにも軽い人事との批判に、今度は野田首相自身の資質を暴露するように自衛隊出身の右寄り評論家・森本敏をかつぎだした。これも、今の政局がらみから、小池百合子大臣の54日という短命記録に迫るかも知れない。

 大嫌いの石原慎太郎ではあるが、「国の安全保障を軽く考えている」と見る点では全く同意見である。素人でいい、専門知識はあとで勉強すればいい。この点は原発の安全判断も同じで、プロの学者が大局を判断するというのは、かえって危険なことがある。

 安全保障にかかわる閣僚の資質はこれだけでいい、『孫子』の冒頭・「始計第一」の22字である。それががしっかり身についていれば間違いをおこさない。改憲を提案しようとする議員についてもまた然りである。

孫子曰 兵者国之大事 死生之地 存亡之道 不可不察也 

 【読下し文】孫子曰わく、兵とは国の大事なり、死生の地、存亡の道、察せざるべからずなり。

 【注釈】孫子はいう。戦争とは国家の大事である。[国民の]死活がきまるところで、[国家の]存亡の分かれ道であるから、よくよく熟慮せねばならぬ。

 【兵】①つわもの。軍人。兵士。兵隊②武器。兵器③戦争。軍隊・軍事・戦争などに関すること④武力⑤武器で人を殺す

以上、金谷治訳注『孫子』岩波文庫および『新緩和中事典』岩波文庫より。

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2012年6月11日 (月)

過激派復興?

「がれき処理妨害は差別だ」
http://hansenjuku.cocolog-nifty.com/blog/2012/02/post-f1b8.html
「不信列島・日本」
http://hansenjuku.cocolog-nifty.com/blog/2012/05/post-74a6.html

 以上の2編は、当塾が2月17日と5月27日にアップした原発関連の記事である。がれき焼却反対運動が各地で起きているがそのうちのいくつかは、反対の理由といい抗議運動のあり方といい、なにか直感的に不可解さをぬぐいきれなかった。

 塾頭は、脱原発では人後に落ちないつもりだが、福島事故による被害は原発推進の国策を停止できなかった国民の一人として、直接被災者の千分の一でも万分の一でも被害を共有しなければならないと思ってる。

 最近、それら反対運動が旧過激派で組織されていることを如実かつ詳細に語るブログを目にした。
http://blog.goo.ne.jp/mutouha80s/e/34968a793ec6ae3227a0dee24666b63d
http://banmakoto.air-nifty.com/blues/2012/05/post-af5f.html

 塾頭は、中◇派とか□○派とか△×派とかがさっぱりわからない2世代以上前の世代だ。彼らの「うちゲバ」か何か知らないが、通勤途上の駅が焼き討ちされたり、職場の近くのレストランが放火されたり、大いに迷惑を受けたくちで、戦術としても「人民の敵」ではないか、と思ったくらいだ。

 大飯原発再開問題は、政府自治体の無能無策ぶりが日々明らかになりつつある。野田首相が「私の責任において」と言わざるを得ないのがなによりの証拠だ。また、世論を2分しているどころか、より、知識を積んだ一般市民の反対が圧倒していると見るべきだ。

 もと過激派の皆さん!、どうか良心的で市民に忠実な心ある公僕を敵に回したり、問題から逃避させたりすることのないよう、思慮ある行動をとってください。反戦塾からのお願いです。

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2012年6月 9日 (土)

北朝鮮から見た日本

 題名は、検索フレーズで当塾の「中国から見た北朝鮮、韓国、日本」というエントリーにヒットしてきたものです。北朝鮮はなぜ日本を敵視するのか?、これにつていて書いてみたいとはかねがね思っていました。しかし韓国には行った事がありますが、北朝鮮には一歩も足を踏み入れたことがありません。そこで歴史をたよりに考えてみることにしました。

 多くの日本人は拉致問題があった頃以降の北朝鮮のイメージだけが強く、工作員を放ってきたり、ミサイルや核を仕掛けてくる危険な存在で、身近にいる在日朝鮮人を「朝鮮人一般」として差別・排除する風潮が、一部とはいえあるのが事実でしょう。

 韓国は民主主義国であり、情報量も多いのですが、正直なところ複雑でなかなかわかりにくい。その点、「歴史の目」で見ると韓国との共通点はあるものの、北朝鮮の方が割り切れる点が多いのです。

 大昔、漢の時代は、中国が朝鮮に郡・県を置いて不完全ながら直接支配をしていました。日本の卑弥呼の時代のあと、郡・県は機能を失い北は高麗(高句麗)、南は百済・新羅のいわゆる三国時代に入ります。

 この3国は、後に新羅、またその後に高麗の手で朝鮮統一を果たすのですが、太平洋戦争後、冷戦の影響を受けてまた南北に分断されました。大雑把にいうと北の高麗地区と南の百済・新羅地区に相当します。

 そんな大昔のことを持ち出して、現朝鮮人に当てはめるのはまちがっているかも知れません。しかし、風土や人情などに微妙な違いはあるようです。最近まで韓国の大統領選は、東部の新羅地区と中南部の百済地区を地盤とする候補がはげしく競い合っていたという事実があります。

 三国時代は、同盟したり、裏切ったりしながらたえず争いが繰り返されました。中国と日本のはざまにあって三つ巴になって国勢を競い合いました。ほぼ日本の古墳時代に相当し、さまざまな文物や宗教などがもたらされるなど、大きな影響を受けます。

 北は、一時渤海国が興ったことがありますが、一貫して高麗の伝統が受け継がれました。中国や北方民族、後にロシアと国土を接し、たえずその脅威に備えなければなりませんでした。(参考:「最も警戒すべき国は中国」金正日遺訓)http://hansenjuku.cocolog-nifty.com/blog/2012/04/post-92d0.html

 その点、三国時代が崩壊すると南から海を隔てた日本が侵攻してきたのは、豊臣秀吉による2回だけで、倭寇で迷惑したことをのぞけば日清戦争まで比較的安穏でいられたわけです。それが、李王朝末期の近代化乗り遅れと、混乱した権力闘争や外交の不手際なども重なって、日本による併合という、有史以来なかった屈辱を味わされたのは、南北を問わず民族にとって痛恨の極みだったと思います。(このあたりは、カテゴリINDEXにより、「朝鮮・韓国」シリーズ23編を参照してください)

 さて、前置きが長くなりましたが本題に入って、その後を北朝鮮の立場から見てみたいと思います。金正恩の祖父・建国の父金日成は、日本から独立を勝ち取るための抗日パルチザンの出身、とされています。

 本拠は朝鮮民族にとって聖なる山、中朝国境線にある最高峰・白頭山中で、そこが出撃基地となり、息子の金正日の生家というのも現在名所になっているようです。しかし、戦時中は、ソ連軍の士官であったという証言もあり、同国以外ではあまり信用されていません。

 ソ連の対日参戦により、ソ連軍と満州から北朝鮮に進軍したのはその通りでしょう。ソ連が北朝鮮の指導者として、金日成を見出し送り込んだことも十分説明がつきます。彼は地下活動をしていた共産党の同志などを糾合し、建国を果たしました。そのあたりは、同志の詩人などが協力して神話に仕立てたようです。

 ソ連の傀儡といえば傀儡ですが、早速計画経済を取り入れ、再建を軌道に乗せました。その当時の南側は、やはりアメリカが同国に亡命中の政治家・李承晩を連れてきて大統領にしましたが、北と違う点は、日本本土同様米軍の占領下で自発的な行動が制限されていたことです。

 しかも、日本統治時代の官僚をそのまま活用するなどもあって民心が離れ、政治倫理、経済、生活水準など北に差をつけられ、今と逆のような有様でした。こういったときに朝鮮戦争が起きたのです。北からの侵攻により始まったのはすでに常識です。

 金日成にとって、南は、支配者が日本からアメリカに変わっただけで南の同胞は解放されず困窮の底にあえいでいる、これを開放するのはわれわれ共産主義者の崇高な使命であり義務である、と信じたとしても決して不思議ではありません。

 腐敗した李承晩の軍はなすすべもなく敗北し、釜山のあたりまで北に蹂躙されました。これに驚いたマッカーサーが日本から精鋭部隊をつぎ込み逆襲に転じたわけです。これで、日本は補給基地として特需に沸き、高度成長の手がかりを得ました。

 また、米軍の元山上陸作戦に日本の海上保安庁の掃海艇が参加し、1名の戦死者をだしていることはあまり知られていません。このように金日成にとってみれば、日本は大戦中から一貫して敵であり、いまなおアメリカと同様に敵対国であるという考えは変りません。

 北は、アメリカの物量作戦には到底太刀打ちできないということを悟りました。そこで南に工作員を放ち、内部から革命を起させることを考えました。また何度もの南北の攻防の中で、強制的または自発的に北側に移った人もすくなくありません。

 こういった人たちを北は高度に利用しました。手製の小型潜水艦で夜陰に乗じて韓国に潜入するようなこともたびたびありました。これが日本人拉致の下地になっています。敵国に勝つためには手段を選ばない――これが戦争というものです。日本人は北朝鮮と戦争をしたおぼえはないが、彼らにとっては首領様以来の宿敵だったのです。

 北は、中国・ロシアとともに旧共産圏の国だから仲がいい、だからアメリカとの同盟国・日本に敵意を持つのだろう――という発想は基本的に間違っています。北には有名な「主体性(チュチェ)」理論というのがあります。

 これは李王朝末期に「より強いものに従うことがもっとも安全」という「事大主義(大につかえる)」が国を亡ぼし、日本に併合されるような結果を生んだという、強い反省の中から生まれたものと思います。

 長い歴史を見ても、高麗は何度も中国から手痛い目にあっています。中国は隣の超大国ですから、たとえ妥協することがあっても、自らの自主性を堅持し警戒を怠ってはならないという考え方です。そのこともあってか、北の身勝手に中国が振り回されているようなところもあります。

 ここまで書くと、反戦塾は北朝鮮のよき理解者だと誤解するこ人がいるかも知れません。とんでもないことで、先軍主義をとり、世界で最も好戦的で、平気で他国を徴発し、自国民を窮乏させる、それだけが権力維持の唯一の手段などという国は、まさに「反戦」の逆を行くものだといえましょう。

 この稿の目的は、拉致問題解決にしろ6か国協議にのぞむにしろ、北に対するワンパターンの見方だけしかないようでは、何も生まれないということと、唇歯の間柄にある隣国を置いて引越しはできないということを言いたかったのです。

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2012年6月 6日 (水)

物・者・もの

 ”mono”、”もの”で漢字転換すると、ワープロのご機嫌により最初に出るのが「物」だったり「者」だったりする。熟語で転換するとひらがなで「もの」となるケースが最も多い。以下、できるだけ転換した表示をそのまま使う。

 「もの」とは何ぞや、そこで『広辞苑』を見たら、あるはあるは。【もの】の解釋の哲学的・法学的分析をはじめ、もの―**と続く単語が何ページにもわたっている。それにかかわりなく頭の体操で、思いつくままを挙げてみた。

 もの思いにふける、もの心がつく、ものさびしい、ものかなし、もののあわれ……。ここまでの「もの」は、物理的存在の「物」ではない。心に作用する印象をものと表現するのか。もののけは心霊現象だが、大主神も神体が山だったり小蛇だったりするので「大者」ではなく「物」扱いになる。もの忘れ、の「もの」は人物を含めた物理的存在、つまり物体だ。

 できもの、賜、げてものものいり、は、物体や金銭といった物理的存在。てんやもの、酢の、あつものは食料、夏、履などいずれも身の回りの「もの」である。もの忌(いみ)は、そういった「もの」の禁忌と行動のタブーで、足りないの「もの」は、物質と心の両面にかかる。

 際、出しも行動をともなう物体である。ものぐさ、腰 は個人の静的な状態であるが、死に狂い、ものともせずの「もの」とはどう違うのであろうか。後者の方には心理的な「力」とか「強制」が感じられる。

 ものすごいやものものしい、そんなものじゃないの言葉の裏にもそれが感じられる。もののふ=武士の語源にも関係があるのだろうか。何々がものを言う、好きこそものの上手なれの「もの」も、技量という「力」の存在を示しているように思える。

 ものいいがつく、は相撲用語だがその「もの」は言葉である。上段のものをいうも言葉と解釈できるが実際の言葉は発しない。書きという表現がある。小説家ではなし、作家というほど有名ではない「言葉」を書く職業を指すが一般的ではない。そこで「ライター」という英語を多用するが、英和辞典を引くと「作家」とある。

 最後はあわてとか怠けといった人間につける「者」である。物と者は全く違うのかと思ったら、平安時代初期まで「者」には「ひと」という和訓がつけられ「もの」とは読まなかった(大野晋『日本語をさかのぼる』)。時代が下って、身分の低い人目下の人を物扱いにしてしまったらしい。

 そういえば、「○○もの」という言葉に、幸せとか優れものというほめ言葉はあるものの、偉人や貴人・才女・善人などのような使い方はなく、なんとなく見下したような言いまわしになる。「馬鹿」といっても「馬鹿人」とは言わない。

 以上、与太話をだらだら書いてしまったが、これはブログねたに困った塾頭の暇つぶしだろうか。なんと、いましたいました、この摩訶不思議な日本語をこねくり回した大先輩が。清少納言と、江戸時代後半の庶民である。

 清少納言は『枕草子』。「すさまじきもの」「にくきもの」「なまめかくきもの」「はしたなきもの」「うれしきもの」などなど、「もの」コレクションの文学鑑賞は、すでに古文の学習でおなじみであろう。江戸時代の庶民は「ものはづけ」という雑俳で言葉のゲームを楽しんだ。これも、落語の大喜利で今に生き続けている。日本から「もの文化」を切り放すことはできないのだ。

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2012年6月 4日 (月)

小沢の出番は?

 昨日曜日の昼下がり、普通なら政治ニュースがないのが当たり前。野田・小沢・輿石会談は2回目で、「小沢、増税反対。野田、即時決行」の平行線で新味がないのか、オウムの菊池直子逮捕のニュースの方に押されていた。

 あったとしても、記者の関心は内閣改造のの方に向いているというように見えた。言っちゃ悪いが、野田首相にとっては閣僚などどうでもいいのだ。政権延命の道具、どうせ任期が秋まで続くかどうかの大臣にはあまり関心がない。

 それより、会談後の小沢・輿石のコメントの端はしに今後の政局をさぐる糸口が見え隠れした。まず、今後の投票行動について聞かれた小沢氏が「賛成できないということは、”反対”でしょ……」と、やや茶化し気味の返事をした点である。

 はっきり「反対投票をする」と言わない点と、輿石氏が「一致団結し党を割るようなことはしないということで合意した」と明言した点である。野田首相は、内閣改造と野党協議入りと宣言し了解を得た。これにより消費税増税法案可決への歯車は回り始めるだろう。

 問題はその先である。法案の本会議採決で小沢氏はどういった行動をとるか。塾頭の想像では小沢氏は欠席、グループ議員は自主投票である。小沢氏と歩調をあわせる議員がどれくらいでるかが、その次を占うことになる。

 少なければ党規違反による除名は避けたいということで混乱回避を優先、予想以上に多ければ野党の解散要求がこれまで以上にがボルテージを上げるだろう。野田首相が命運をかけた法案が通過すれば、その先がどうなろうと解散に身を託すしかない。重要法案の審議は野田政権の抱きつきでむしろ促進される。

 議会は完全に自民ペースとなり、野田内閣と民主党は死に体になる。そんな時に解散すれば惨敗しかない。結局、「大連立」さらに民・自合併まで視野に入れた保守安定政権が政権公約になるだろう。野田・谷垣が続投するならこれしかない。早ければ夏休み解散である。

 一方の小沢グループである。仮に解散回避ができ民主党代表選のある9月を迎えても、小沢自身が代表選にのぞむというのは至難の技だろう。それは、自身の控訴審が続いており、総理となるには障害が多すぎることによる。また、党内から勝てるダミーを立てることも困難だ。

 むしろ解散となった方が彼の活躍の場はふえる。それは、自民化する現主流に飽き足りない中間派も取り込んだ新党立ち上げである。これも本人が表に立てば、多くとも30人そこそこの小勢力が限度だろう。

 橋下維新の会を上回る政党を作るためには、細川日本新党発足当時のように既成政党を離れたある程度重みのある広告塔が必要だ。この際民間人まで含めて考えるべきで、今頃すでに構想されていなければならない。

 その公約の目玉は、脱原発、沖縄基地問題、護憲だ。やや、塾頭の我田引水だが、保守化した民・自連合に対抗するにはこれしかない。小沢氏をどう買いかぶっても、縁の下の力持ちでここまで求めるのは無理だろう。それは分かっているが……。

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2012年6月 3日 (日)

46年前に分かっていたこと

 以下は、昭和41年11月(今から45年半も前!)国民生活審議会が将来における望ましい生活の内容とその実現のための基本政策として答申した「将来の国民生活像――20年後のビジョン――」の結論部分である。(経済企画庁「昭和43年版国民生活白書」より)

責任体制の確立と国民との対話
 生活向上のための施策を進めるにあたっては、これを受け止める責任体制が確立されていなければなりません。

 行政は、後手でなく、先手の生活行政を行い、たて割り行政からセクショナリズムによる責任転嫁の弊害を除去し、総合的、広域的、能率的行政が遂行されうる機構を整備すべきであります。また、社会開発の諸施策を推進していくうえで、立ち遅れている社会開発関係の統計、調査の整備が行なわれ、常時公表されることが望まれます。

 企業は、その社会性、公共性を十分に認識し、公正な競争を行ない、消費者に奉仕すべきであります。

 最後に、国民生活の向上は、地域社会の住民の生活向上が積み重なって実現されていくものです。

 地域住民の希望が十分に政治に反映し、また政府の考えが地域住民に納得されるようにする必要があります。このためには、行政に対する意見を述べるモニター制度の活用をはじめとする国民の考えが政治屋行政に反映する組織作りとその円滑な運営がはかられなければなりません。

 政府も官僚も東電もこの通りやっていれば、年金問題も財政危機も原発事故も起きなかった。20年後どころか45年たっても空念仏のままですごしたつけがこれだ。多分、白々しいから「白書」というのだろう。

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2012年6月 1日 (金)

続・改憲と各党の姿勢

 衆院憲法審査会は、第一章天皇に続け9条の戦争放棄を昨5/31日に議論した。当塾は前回の5/25付エントリーに続き、各党の主張を一覧表にした毎日新聞記事を引いて紹介する。

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【塾頭感想】
=第一章以外もそうだとすると、塾頭の考えに最も近いのが公明党だ。同党はこれまで「論憲」をいってきたが、自民党案に明確な対立軸をだしてきた=

 実をいうと、これは前回の「感想」の書き出しだ。公明の主張だった「論憲」は現在それをやっているのだから、改めて「改憲も加憲もいらない」という主張を明確にしたということである。これも前回と同じ印象だが、「今のまま理想を忘れず世界に広げる」などという点、共産・社民の「反対」理由より力強いものを感じる。

 おそらく、自民にとって社・共の反対とは比較にならないインパクトだっただろう。これは創価学会に君臨する池田大作イズムの発露で、橋下大阪市長のようにころころ豹変することはなさそうだ。それに対して民主党である。「明言せず」で、消費税対応などと同様混迷状態だ。記事ではこういっている。

 民主党を代表した逢坂誠二氏は、05年党のまとめた「憲法提言」を紹介し、「自衛権の行使などに歯止めをかけることが憲法の役割」と述べるにとどめた。しかし、自由討議の際、同党の篠原孝氏が「自衛のための軍隊は持てると銘記すべきだ」と9条改正に言及し、党内意見の隔たりが浮き彫りになった。

 自民党はこういったらどうだろう。「党の中をきちんとまとめてからきてください」。国民の期待を担って生まれた政権も、ここまでくればもう支えきれない。次の選挙は、憲法ほはじめ消費税、原発、沖縄基地などをはっきりさせた方が勝つ。自民党は、すでに右傾化に舵を切りはじめた。政界再編は目の前まできている。政治家にどこまでその覚悟があるのか。

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