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2012年4月20日 (金)

未完成技術・原発

 日本では、原子力委員会をはじめ、原子力発電についてバラ色の夢をえがいた話をする人が多いが、そのような楽観的な人にかぎって、ここに取りあげた放射性廃棄物の問題については、まるで無関心であるようにしか、受けとれない。

 いまの段階て、というより、この段階まで原子力発電が進んできて、どうしても、どうにもならないもの――それが、放射線を放出しながらなかなか消滅しないで生きながらえる物質――放射性物質であるという認識について、原子力発電にたずさわっている当事者がきわめて甘いといわざるをえない。

 この困難さがあることをはじめから知っていながら、現実となって目の前に立ちはだかるまで、積極的な解決策は日本ではほとんど何も求められてはいなかったのだ。(武谷三男編『原子力発電』岩波新書、1976/2/20初版)

 これは、昨今の議論ではない。36年前の1976年、すでに原子力安全問題研究会を組織した専門家により喝破されていたことだ。そこから一歩も先に進んでいない。どこが「先端技術」だといいたくなる。

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コメント

みんな、きずかされていない、メデアの奴隷以下です今の日本人は。いずれ、必ず、きずくことがあるでしょう。でも、その時が来たら、と、思うともう遅いのだと私は思うのですが。力のある限りで、しかでこないのですから、。

投稿: 農婦 | 2012年4月20日 (金) 17時36分

昔の新聞人は「オピニオンリーダー」と呼ばれていました。

今のマスメディア人は、その能力がなく、世論調査の結果を追っかけて自分の意見にしています。サラリーマンの保身術ですね。

これからは、自分の意見をもって行動しないと、とんでもないことになる、というのはたしかですね。

投稿: ましま | 2012年4月20日 (金) 20時54分

私もこの原発事故のあとに発行された衆議院議員「河野太郎氏」の本を読んで知ったのですが、予定では安全対策などや廃棄物処理のもんだいが2000年ごろにはできていたはずだったようなのです。

それをすべて止めていたのが、原発村の住人のようです。理由はとんでもなく単純で恐ろしい理由です。

放射能問題を本格的に力を入れると国民は「原発は危険」というイメージをもたせかねない。そうなっては原発を建設できなくなるし、経済的損失が大きくなるから止めよう

という原子力村の住人の独特の算盤勘定からのようです。
ほんの一部の人間の考えなんでしょうが、そのために何万、何百万の人々が、そして原発村住人そのものに影響を与えてしまったのです。

ため息しか出ません

投稿: 玉井人ひろた | 2012年4月20日 (金) 22時23分

玉井ひろた さま
私は理系志望で果たせなかった過去もあり、放射性廃棄物は再処理で高速増殖炉「文殊」で利用したり、それでも残る物はガラスで固めて地中深く、などという神話をぼんやりと信じていました。

しかし、引用した意見は、もっと本質的に人間と原子力の関係をはっきりとらえるべきだ、という警句だったのですね。

本当の科学者はそうでなくてはならない。アインシュタイン、湯川秀樹……みんなそうだってたのですね。

投稿: ましま | 2012年4月21日 (土) 07時51分

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