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2012年4月27日 (金)

辺野古断念まで米追随?

 以下毎日新聞4/27夕刊トップ(太字は塾頭)

 (前略)普天間移設問題に絡んで、米国防予算の編成で大きな権限を持つ上院軍事委員会のレビン委員長らが直前に中間発表に反対する書簡をパネッタ国防長官に送ったことを受け、日米両政府は25日の発表予定を延期して急きょ文言を再調整。レビン氏らが辺野古への移設は非現実的だとして、米軍嘉手納基地(沖縄県嘉手納町など)への統合案を提唱していることを勘案し、辺野古への移設が「唯一の有効な解決策」とする予定だった箇所の前に「これまでに特定された」との文言を挿入した。現時点での移設案であることを明示することで理解を得た。(後略)

【塾頭解説】「中間発表」は、在日米軍再編ロードマップの見直しに関する、日米の外務・防衛担当閣僚2+2が連名で行う。発表に「待ったが」かかって保留になっていたが、首相訪米の際にこの線で両首脳が合意することになっていた。

 その「待った」の中味が以上である。普天間の辺野古移転の代案として既設の嘉手納基地統合案が、元岡田外相などにより幾度が検討されたが、自民党時代に決めた辺野古案に固執、鳩山首相が掲げた「すくなくても県外」同様葬り去られていたものだ。

 それが、沖縄住民の固い決意の前で右往左往する日本政府ではなく、アメリカの議会筋の方が無理であると見て現実的解決を要求するようになった。これまで日本では、アメリカ側に再考の余地全くなしとする強硬意見が多いように伝えられがちだったが、別の意見も前からあったのだ。

 上記の報道の中にも、レビン氏らの意見に対する抵抗勢力が、日米の外交・防衛官僚であることが垣間見えてくる。殊に日本が問題で、鳩山内閣以来沖縄県民の悲願をくみ取ろうとする力が政権内にないどころか、中には辺野古強行を望む勢力もあったのではないか。

 社・共と一部有志議員だけでは、有効な議会からの働きかけにも限界があり、辺野古断念までアメリカ人の力を借りるようになってはもうおしまいだ。無罪になった小沢氏にそれを打破する器量がもし備わっているなら、是非復権してもらいたいものだ。

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