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2012年3月10日 (土)

殉職

 東日本大震災の一周忌を明日に控え、テレビの回想番組が盛んだ。その中に宮城県南三陸町職員・遠藤未希さんの話がある。

 迫りくる津波情報を防災無線放送で刻々繰り返し、直ちに避難するよう呼びかけた。そのうち、猛威を振るう津波は容赦なく庁舎を飲みこみ、遠藤さんはその場で波にさらわれた。映像は、原野のようになった一帯に鉄骨だけが残った勤務場所を映し出す。

 何度見聞きしても、ことばを失う。そんな時、ふと尋常高等小学校時代に「修身」で習った木口小平のことが頭をよぎった。日清戦争に参戦した陸軍二等卒のラッパ手である。突撃命令のもと全軍鼓舞のためラッパを吹く。♪ミミドドミミミソミソミドドミ……。

 教科書には「キグチコヘイハ テキノ タマニ アタリマシタガ、 シンデモ ラッパヲ クチカラ ハナシマセンデシタ」と書いてあり、われわれがラッパの節につける慣用句は、「出てくる敵は、皆々殺せ」だった。このふたつの話、生かすと殺すの差があり、全く比較の対象にならない。

 漢字で木口小平でよかったかどうか、念のためWikipediaを見たら次のようにも書いてあった。

新しい歴史教科書をつくる会による扶桑社の市販本では、死んでもラッパを手から離さなかった、と変更され、後に教科書として文部科学省の検定に合格した。さらにその後、口から離さなかったと自主訂正された

――塾頭は明日から沖縄旅行にでます。

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コメント

たぶん、勘違いされたんだと思いますが、ご指摘をさせてくださいm(_ _)m

>宮城県南三陸町、消防署職員・遠藤未希さん

上記は誤りでございます。
遠藤未希さんは「役場職員」でございます。建物も南三陸町‘役場’でございました。
わが地域もそうですが「防災無線」と言うのは消防署には有りません。役場・市役所が所有しているのみなんです。

それと、

陸軍ラッパ手の「木口小平兵」の美談は、明治のころ実際に有った海軍ラッパ手の「三浦虎次郎3等兵」の美談を羨ましがった陸軍が真似て創作した虚偽だったようですね。

その陸軍も最初は「白神源次郎兵」で発表し、同兵が溺死だったと知るや心臓を撃たれ即死のためラッパなど吹けるはずもなかった「木口小平兵」に名前を突如として変えたというドタバタが真相のようです。

投稿: 玉井人ひろた | 2012年3月13日 (火) 14時51分

玉井人ひろた さま
ご指摘ありがとうございました
さっそく訂正させていただきます

投稿: ましま | 2012年3月14日 (水) 18時13分

私はこの遠藤未希さんの話を聞いてすぐ思い出したのは樺太・真岡の電話交換手の殉職でした。迫り来るソ連軍の猛攻を前に、最後まで仕事を投げ出さず職域に殉じた乙女たちの姿に特攻隊員が重なりました。大東亜戦争は男だけが戦った戦争ではない、男も女も老いも若きもそれぞれの持ち場で死力を尽くした戦争だったのです。
昨年だか一昨年だかこれをもとに作られてソ連の干渉でお蔵入りになった「氷雪の門」という映画が30年ぶりくらいで公開されました。

投稿: ミスター珍 | 2012年3月18日 (日) 09時43分

ミスター珍 さま
戦争というものは、そういうものだと感じています。自分の考えは違う、一抜けたということは許されない。沖縄も広島も東京空襲もすべて一線上にある。

あとで誰がいい悪いと言っても始まりません。津波は防げなくても戦争は防げます。一進一退ですが人類はその方向に向かっていると信じたいのです。

投稿: ましま | 2012年3月18日 (日) 18時10分

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