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2012年2月22日 (水)

『天災と国防』

  戦後、大規模自然災害は何度かあった――。

 今、世に起きていることの「非日常」はとてもそんなものではない。地震・津波の地獄、放射能汚染危機、人口移動、内外の経済秩序破壊……。

 少年時代に経験した戦中にも「非日常」があった。政府は「非常時」といって忍耐を強い、国民精神の統一をはかった。国民は戦争目的のため、日常の言葉を失った、いや失わされたのだ。それとは全く違う「言葉を失った」、「言葉を選べなくなつた」現象が、今、わが身に降りかかっている。

 以上は去年3月18日、震災後1週間たった日に書いた当塾エントリーの書き出しである。さて、次の文章、塾頭の文と対比させるのはおこがましいので、さきに出典を明らかにしておこう。高名な物理学者・寺田寅彦博士が「天災と国防」という題で、昭和9年(1934)末に書かれたものである。(『天災と国防』講談社学術文庫)

  「非常時」というなんとなく不気味なしかしはっきりしたいこのわかりにくい言葉かはやりだしたのはいつごろであったか思い出せないが、ただ近来何かしら日本全国土の安寧を脅かす黒雲のようなものが、遠い地平線の向こう側からこっそりのぞいているらしいという、言わば取り止めのない悪夢のような不安の陰影が国民全体の意識の低層に揺曳していることは事実である。そうして、その不安の渦巻きの回転する中心点はと言えばやはり近い将来に期待される国際的折衝の難関であることはもちろんである。

 (中略)

 文明が進むに従って人間は次第に自然を征服しようとする野心を生じた。そうして、重力に逆らい、風圧水力に抗するようないろいろの造営物を作った。そうしてあっぱれ自然の暴威を封じ込めたつもりにらっていると、どうかした拍子に檻を破った猛獣の大群のように、自然があばれ出して高楼を倒壊せしめ堤防を崩壊させて人命を危うくし財産を滅ぼす。その災禍を起こさせたもとの起こりは天然に反抗する人間の細工であると言っても不当ではないはずである、災害の運動のエネルギーとなるべき位置エネルギーを蓄積させ、いやが上にも災害をおおきくするように努力しているものはたれあろう文明人そのものなのである。

 もう一つ文明の進歩のために生じた対自然関係の著しい変化がある。それは人間の団体、なかんずく国家あるいは国民と称するものの有機的結合が深化し、その内部機構の分化が著しく進展して来たために、その有機系のある一部分の傷害が全系統に致命的となりうる恐れがあるようになったということである。

 非常に長い引用となって、申し訳ない次第だが、それでも博士の先見を言い尽くせない。昨年の震災、なかんずく福島原発の失敗を予見しているかのようなよどみない文章の一部部だということで、ご理解をいただきたい。さらに「災難雑考」という文章の中で、次のようにも述べられている。

 理屈はぬきにして古今東西を通ずる歴史という歴史がほとんどあらゆる災難の歴史であるという事実から見て、今後少なくも二千や三千年昔からあらゆる災難を根気よく繰り返すものと見てもたいした間違いはないと思われる。少なくもそれが一つの科学的宿命観でありうるわけである。

 せんないことながら、もし、もし寺田寅彦博士が原子力安全委員会・委員長だったら福島の事件は起きなかっただろう。そしてこの先、必ずや第2、第3の寺田博士のような有能な物理学者が現れ、世界に平和をもたらす冠たる日本の科学立国をなしとげてくれる。塾頭はそう信じたい。

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コメント

天災ではなく人災と言っていいでしょう。問題は過失として処理するのではなく、原発を推進してきた開発者を犯罪者として処罰しなければならないということです。無責任体質を放置すると、時が過ぎれば何事もなかったのごとく全ての原発が再稼働することになります。そうなれば放射性廃棄物によって汚染され続ける時代がやってきます。その時、日本を放棄しなければならなくなります。

投稿: ていわ | 2012年2月23日 (木) 10時31分

最高刑は、原子力安全委員長。反省の色もなく責任感に欠け、他人事のような言動を繰り返す。証拠物件は寺田文献。

次いで東電。共同正犯であるが、現場の努力、賠償負担等で、若干の情状あり。

次いで政治家。安全神話に加担した罪、政策として原子力村の育成に努めた罪。

次いでメーカー。原子力村に巣食って暴利をむさぼった罪。最後は、立地自治体。安全神話を盲信し地域振興策とした罪。

マスコミとか裁判所。有罪だが執行猶予つき。

投稿: ましま | 2012年2月23日 (木) 13時40分

原子力安全委員会は、事務局が文部科学省から離れた時点で無力化されましたので、有罪にも値しない組織だと、私は考えています

投稿: 玉井人ひろた | 2012年2月23日 (木) 18時44分

玉井ひろた さま
いわゆる専門家集団ですね。頼んできたからやってやる、という殿様気分。

政治家は、それをチェックする任務があるけど「専門家が言うのだから」とかまけ続けてきた。裁判所もそうです。その証言だけを証拠採用した。

文科省よりもっと偉そうな内閣府がまだ現住所ですね。それでは、再稼働をサポートできるわけもない。電力不足が起きても内閣の責任ということになり、住民のせいにはできません。

投稿: ましま | 2012年2月23日 (木) 21時18分

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