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2012年2月

2012年2月29日 (水)

原発、各党公約ではどうなる

 本塾では、原発今後のあり方について過去に2回の記事を書いた。

11/7/10付、脱原発の定義が必要
http://hansenjuku.cocolog-nifty.com/blog/2011/07/post-fd93.html
11/9/22付、なぜ「脱原発依存」ではいけないか
http://hansenjuku.cocolog-nifty.com/blog/2011/09/post-337f.html

 そこに掲げたのは、「脱原発依存」と「脱原発」の2つの用語だが、解散総選挙を各党議員が意識しはじめているとか、政界再編と政策の違いがどう絡み合うかなど、原発についてのキャッチフレーズをどう表現するか興味が出てきた。

 以上の2つ以外に「原発維持」と「反原発」の両極が出てくると全部で4つ。選挙公約では、中途半端などっちつかずのような表現では訴求力がない。「郵政民営化、賛成か反対か!」、残念ながらあれがいいのである。

 「脱原発依存」は、枝野さんが官房長官時代に発明した言葉だ。「原発に依存はしませんが輸出はします、停止中の原発は簡単なテストで再稼働させたい、原発の寿命は40年だが延長もありです」このまま解散なら、民主党はそれを公約にせさざるを得ない。

 自民党は河野太郎さんなどをのぞいて、「原発推進」といきたいところだが「維持」に落とすか、それもかなわぬとなれば、「脱原発依存」でお茶をにごし、消費税同様民主党と呉越同舟を決め込むか。それでは選挙民に何のインパクトも与えず、双方とも惨敗確実となろう。

 自民党の維持・推進派は、なりを潜めているようだが、機微技術(核兵器開発能力のある技術)維持をはかろうとする石破さんなど防衛族からの要求、重化学工業を支配する米倉経団連の圧力、長年にわたって築き上げてきた核燃料サイクルなどの原子力体制・利権構造の維持・復活を目論む官僚群・学閥もあり、その力の源泉は健在だ。

 社民党は、脱原発のプログラムを提唱しており、これで行くだろう。ただし、「脱原発依存」と紛らわしいので、これと区別をするなにか新しいキャッチフレーズが必要だ。大阪維新の会もこれで来るだろうから、社共の専売特許にはならない。

 そこで、現れそうなのが最左翼を行く「反原発」である。先の話ではなく原発即時全面停止・全基廃炉にせよ、と主張する。ここにきて公約の有力候補になったのは、3つの理由からである。第1に、計画停電なしで去年の夏を乗り切り、記録的寒さといわれる今冬もやっていけそうだという、安心感が蔓延したこと。

 第2に、このところの事故原因調査や、事故発生当時の証言が明らかになるにつれ、安全神話がソフトでもハードでも完璧にくずれ去ったこと。つまり、人間のやることだから事故は避けられないということだ。最後は、放射能被害に対する政府の対応・発言が信用を失い、一部に冷静さを失った過剰反応さえ見られるということである。

 
 本塾は、ご承知のように早くから「脱原発」を主張し、反原発はエネルギー需給上非現実的として取り上げてこなかった。しかし、客観情勢は明らかに変わってきた。遅くとも菅首相在任中に原発運転再開新基準策定準備にかかり、年末頃までに案を提示しなければならなかった。同時に、原子力村メンバーを大幅に入れ替えた安全チェック機関を立ち上げる必要があった。

 脱原発に本気で取り組むなら、最優先させるべき政策だったのに、ずるずると引っ張ってきたため、止まった原発はそのまま氷漬けとなり、原発ゼロが実現しそうな皮肉な結果となった。非現実的が現実的になってしまったのである。

 本塾は、「反原発」に主旨替えをするつもりきない。ただ「反原発」をとなえる人に含んでもらいたいことがある。

 それは、1.原発が停止すれば安全が確保されるとは限らない。むしろ運転継続中のほうが安定しているともいえる。2.運転停止・廃炉となるとより多くの技術者、作業員が何十年にわたって必要となるが、日本ではそのノウハウが確立しているとはいいがたい。3.放射性核燃料処理の技術が未完成で、受け入れ能力にも疑問がある、などの課題を無視しないということだ。

 さらに、日本が有する核や原発に対する知識や経験は、原発をゼロにすればあとはお役御免ではなく、世界に多く分布する原発の安全や処理に対して貢献しなければならない義務がある。今回のフクシマを見ても、決して1国だけの問題ではない。その先には、平和主義日本の核軍縮に対する協力も視野に入れなくてはならないということである。

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2012年2月27日 (月)

ひさかたの

久かたのひかりのどけき春の日に
        しづ心なく花のちるらむ

Dscf3597  今年は梅の開花がおくれ、場所によっては桜の開花と同時期になるかも、などと予報されている。そうすると、散るのは桜よりあと?。なんだか変なことになりそう。

 そこで「久かたの」というのはどういう意味?。
 「ひかり」の枕詞です。

 広辞苑を見てみよう。

(枕)①「あめ」(天)」「あま」(天)「そら(空)」にかかる。②転じて、天空に関係のある「月」「日」「昼」「雨」「雪」「霞」「星」「星」「光」または「夜」にかかる。③「桂」「都」「鏡」にかかる。

 「久かたの」がどうして「かかる」のかは書いてない。当塾で過去もっとも多かった検索に「あおによし」がある。たまたま、奈良の都を想起する文にその枕詞を書いたら、なぜか、殺到したのだ。不思議な思いをしていたら、ある学校の先生から「当時はやりの同名のテレビドラマを放映中」、とご教示いただいた。

 「あおによし」が奈良の枕詞になったのも、しかとした定説がないようだ。塾頭は「青」と「丹」つまり建物や自然の色彩だと思っている。ところで「ひさかた」は?。

 「あ」の枕詞である――という珍説がでてきた。
ひさかた→瓢型(ひょうたん型)→蟻(あり)の姿→だから「あ」というわけだ。
そして、「あ」は、あま(天)につながり、以下前述のように連鎖反応していく。

 これは池田弥三郎『日本故事物語』に出ており、以前紹介したことがある。まあ、落語家顔負けのヤボ落ち。「久かた」は、久しい方、宇宙の彼方……など、詩を鑑賞する人が勝手に解釈するのが「枕詞」にとってふさわしいような気がする。

 啓蟄まであと一週間。この寒さでは「アリ」の出番が当分なさそうだ。

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2012年2月25日 (土)

消えた怪物・共産主義

 「一つの怪物がヨーロッパをうろついている――共産主義の怪物が」この有名な共産党宣言の書き出しは1848年、今から164年前、明治になるまであと20年も間のある頃の話である。この怪物はもうすっかり世界から姿を消したのに、なぜか日本では怪物の存在を信じている人が多い。

 もつとも日本を含めた世界各国に「共産党」が現存するのだから、怪物は健全なのだと思われても仕方ない面はあるが、少なくてもスターリン死後「一つの」怪物ではなくなった。共産党宣言の頃がマルクス・エンゲルス主義だとすると、ロシア革命に成功(1917年)したのがマルクス・レーニン主義であり、レーニン・スターリン主義はソ連中心の独裁体制を確立した。

 周辺に侵攻して自治州を作り、東欧の衛星国を従え、いわゆる「共産圏」を構築した。そこに中国、ユーゴスラビア、ルーマニアさらに北朝鮮、ベトナム、キューバなども加わる。ところが、スターリンの死後、その強権・独裁体制に国内からも「スターリン批判」が公然化(1956年)することになる。

 しかしソ連は、共産主義の本家本元はクレムリン(モスクワの権力中枢)であり、その方針に背く国または党員は、追放か粛清されなくてはならない、という態度を変えない。共産圏の団結は必要だが、それぞれの国にはそれぞれのやり方がある、というのが中国をはじめ前段で国名をあげたような国々だ。

 東欧のブルガリアやチェコスロバギアなどには、それぞれスターリンに忠誠を誓って地位を維持してきた分子がいたが、文化人・作家など国民の批判が高まった。それに対し、ソ連は反革命であるとして軍事行動をとることになる。

 中国の毛沢東は、そういったソ連を「覇権主義国家」と位置づけ、一時は国境紛争などもあり、戦争を覚悟するようなこともあった。ソ連が崩壊したのは、スターリンが死んでから実に38年たった1991年である。その間、東欧衛星国国民の血のにじむようなソ連全体主義への抵抗は、日本であまり知られていない。

 特に若い人は、共産主義、共産圏というワンパターンでしか物を考えないようだが、それが通常の国際感覚を麻痺させている。共産主義といっても、マルクス・エンゲルス、マルクス・レーニン、レーニン・スターリン、そして東欧主体の人民民主主義や、中国の毛沢東主義、鄧小平主義など、それぞれ別のものだ。

 東欧国民抵抗の指標となった「二千語宣言」というのは有名だが、中身を紹介されることがあまりない。中国や北朝鮮の今後を占ううえでも参考になると思い、以下テキストとして紹介する。

 [起草者]作家・ルドヴィク・ヴァツリク、1926年生まれ、元国営チェコスロヴァキア放送と雑誌「リテラルニ・リスティ」編集者、1969年党から除名されたが1968年に党員権を回復、1969年党から再除名。

 「二千語宣言」1968年6月27急進的民主派が一層の民主化促進を要求し発表された宣言。(主な内容)

①[共産党]は、指導部の誤った路線のために、政党から、またイデオロギーによって貫かれた同盟から、権力機構へと変化し、この「権力機構」は、支配欲の強い利己主義者、嫉妬深い卑怯者、および恥知らずの人々に対して大きな魅力となった。

②党が国家と結びついたために、党は、行政権力から距離を失う結果となった。国家および諸経済組織の活動は、批判されることが無かった。議会は審議することを、政府は統治することを、そして、企業の支配人等は管理することを忘れた。人間関係は堕落し、労働に対する喜びは失われた。

③今日の状態に対しては、われわれすべてに責任があるが、そのなかでも、共産主義者には、より大きな責任がある。しかし、主要な責任は何らの抑制も受けなかった権力の構成分子、およびその手先であった人々が負っている。特別に育成された党および国家機構の職員の階層が、労働者の名において支配した。この階層は、打倒された階層に事実上とって代わり、自ら新しい権力となった。

④社会政策の源は、経済である。

⑤[自由にものが言える、新しい]制度を、人間的にしようというわれわれの意図は、絶対に完成されなければならない。

⑥各人は自らの責任において、自らの結論を出さなければならないであろう。共通の一致した結論は、ただ討論によってのみえられるのであり、その討論には、今年われわれがかちとった唯一の民主主義的成果である言論の自由が必要なのである。

⑦われわれは権力を乱用し、公共財産を破壊し、不誠実あるいは残忍に振舞った者の退陣を要求しよう。たとえば公開の批判、決議、デモ、示威を行う労働者たちによる、彼らが恩給生活に引退するための資金カンパ、ストライキ、ボイコットなどを行う活動を妨げる、彼ら反労働社会層を退陣に追い込む方法を見出さなければならない。われわれは、国民戦線の運動を復活させよう。われわれは国民委員会の公開の会議を要求しよう。

 誰もかかわることを望まない問題のためには、われわれも自身の市民委員会を結成しよう。われわれは、大部分が公式見解の代弁者に堕落している地方、および市町村の新聞を、あらゆる肯定的な政治勢力への演壇に代えよう。われわれは言論の自由を守る委員会を結成しよう。

⑧最近わが国の発展に、外国勢力が介入するかもしれないとの恐れから、大きな不安が生じている。すべての点で優勢な勢力に直面して、われわれがなし得ることは、われわれの立場を、節度を守って主張し、誰にも「言いがかり」をつけられないようにすることである。われわれの同盟国に対しては、われわれの同盟条約、友好条約を守ることを保障することができる。

⑨われわれの国内状態を質的に改善し、そして、われわれの復活の家庭を大幅に推し進め、その結果、われわれが選挙によってこうした関係を樹立し、維持するに十分な勇気、誠実さ、政治的能力を身につけた人々を選出する。それは、世界の全小国全ての政府に通じる問題である。
(小屋修一訳『人民民主主義の歴史/スターリン以後(下)』より)
 

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2012年2月23日 (木)

何をしている!衆院議長

 もう4、5年前だが、当時まだ衆院副議長だった横路孝弘議員の講演を聞いたことがある。終了後の聴衆の質問に「今は副議長で党籍を離れているため、できることに制約があるが、それがなくなればじっとしていませんよ」と、やる気満々で答えたことを覚えている。

 質問は、しかと覚えていないが多分憲法問題だったと思う。いま議会は、衆院の「1票の格差」をめぐる定数是正問題で、各党や各議員が国民に対する義務を果たそうとせず、公然と違憲状態のまま放置しようとする未曾有の醜態をさらしている。

 この国家的危機に際し、横路議長はなにをしているのだろうか。有識者の意見を聞いてなどという案もあったらしいが、各党から蹴っ飛ばされ動きがとれないというのだろうか。衆院議長は、首相と並んで国家を代表する地位と報酬と権威を有するはずだ。

 議会の司会や決をとるだけが仕事ではない。他の案件と違って議会のことである。機能してない各党の意見調整ができなければ、みずから決断して議員を指導誘導する任務もあるのではないか。

 今日、毎日と日経がこの問題について社説を書いているが、毎日はその中で3度にわたり議長に行動をするよう促した。まさに党籍を離れていればこそ、なさねばならぬ仕事ではないか。塾頭は最後まで彼の決断に期待する。

 それができないときは……、なんとなく昔、「ぐず哲」と呼ばれた片山哲首相を思い出した。このまま過ごすつもりなら議長も議員も辞して北海道で余生を送ることにしてほしい。

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2012年2月22日 (水)

『天災と国防』

  戦後、大規模自然災害は何度かあった――。

 今、世に起きていることの「非日常」はとてもそんなものではない。地震・津波の地獄、放射能汚染危機、人口移動、内外の経済秩序破壊……。

 少年時代に経験した戦中にも「非日常」があった。政府は「非常時」といって忍耐を強い、国民精神の統一をはかった。国民は戦争目的のため、日常の言葉を失った、いや失わされたのだ。それとは全く違う「言葉を失った」、「言葉を選べなくなつた」現象が、今、わが身に降りかかっている。

 以上は去年3月18日、震災後1週間たった日に書いた当塾エントリーの書き出しである。さて、次の文章、塾頭の文と対比させるのはおこがましいので、さきに出典を明らかにしておこう。高名な物理学者・寺田寅彦博士が「天災と国防」という題で、昭和9年(1934)末に書かれたものである。(『天災と国防』講談社学術文庫)

  「非常時」というなんとなく不気味なしかしはっきりしたいこのわかりにくい言葉かはやりだしたのはいつごろであったか思い出せないが、ただ近来何かしら日本全国土の安寧を脅かす黒雲のようなものが、遠い地平線の向こう側からこっそりのぞいているらしいという、言わば取り止めのない悪夢のような不安の陰影が国民全体の意識の低層に揺曳していることは事実である。そうして、その不安の渦巻きの回転する中心点はと言えばやはり近い将来に期待される国際的折衝の難関であることはもちろんである。

 (中略)

 文明が進むに従って人間は次第に自然を征服しようとする野心を生じた。そうして、重力に逆らい、風圧水力に抗するようないろいろの造営物を作った。そうしてあっぱれ自然の暴威を封じ込めたつもりにらっていると、どうかした拍子に檻を破った猛獣の大群のように、自然があばれ出して高楼を倒壊せしめ堤防を崩壊させて人命を危うくし財産を滅ぼす。その災禍を起こさせたもとの起こりは天然に反抗する人間の細工であると言っても不当ではないはずである、災害の運動のエネルギーとなるべき位置エネルギーを蓄積させ、いやが上にも災害をおおきくするように努力しているものはたれあろう文明人そのものなのである。

 もう一つ文明の進歩のために生じた対自然関係の著しい変化がある。それは人間の団体、なかんずく国家あるいは国民と称するものの有機的結合が深化し、その内部機構の分化が著しく進展して来たために、その有機系のある一部分の傷害が全系統に致命的となりうる恐れがあるようになったということである。

 非常に長い引用となって、申し訳ない次第だが、それでも博士の先見を言い尽くせない。昨年の震災、なかんずく福島原発の失敗を予見しているかのようなよどみない文章の一部部だということで、ご理解をいただきたい。さらに「災難雑考」という文章の中で、次のようにも述べられている。

 理屈はぬきにして古今東西を通ずる歴史という歴史がほとんどあらゆる災難の歴史であるという事実から見て、今後少なくも二千や三千年昔からあらゆる災難を根気よく繰り返すものと見てもたいした間違いはないと思われる。少なくもそれが一つの科学的宿命観でありうるわけである。

 せんないことながら、もし、もし寺田寅彦博士が原子力安全委員会・委員長だったら福島の事件は起きなかっただろう。そしてこの先、必ずや第2、第3の寺田博士のような有能な物理学者が現れ、世界に平和をもたらす冠たる日本の科学立国をなしとげてくれる。塾頭はそう信じたい。

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2012年2月21日 (火)

沖縄米軍基地問題の本質

 普天間基地移転で、20日に辺野古沖の環境影響評価(アセスメント)に対する知事の反対意見が提出されたとか、玄葉外相がさかんに南の方の小さな施設返還を先行させるという懐柔案をちらつかせるとか、田中防衛相による「真摯に真剣に理解を求めていく」のオウムがえしだとか、野田首相も近く沖縄訪問するとか……。

 そういった事は、沖縄米軍基地問題の本質から遠い問題だ。沖縄の人は、ジュゴンがいなくなるとかサンゴ礁がどうとかで辺野古に反対しているのではない。また、首相が顔を出さないから沖縄内での移転を認めないと言っているのではない。

 政府は、アメリカが「辺野古移転はあきらめますよ」といったらどうするのだろうか。おそらく、「どうかそう言わないで」と懇願するに決まっている。現状を見るとそれしかないではないか。本塾は先月「日本敗戦20日前」という記事を書いた。その中のにある、沖縄を放棄した1か月後の政府の発想はこうだ。

本土は神霊鎮まります父祖伝承の地なり断じて敵の蹂躙を許さず

 神霊の生んだ本土は、伊弉諾・伊邪那美命から生まれた大八島だ。沖縄・北海道は含まれていない。自民党および政府の頭の中にそういった隠された意識がある限り、沖縄県民の合意を得ることは金輪際ない、と言っておこう。

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2012年2月19日 (日)

徴兵制論は改憲への呼水

 『サンデー毎日』で岩見隆夫が「徴兵制賛成論」をぶち上げた。彼の評論を「老害」だなどとくさす人がいるが、実は若いのだ。終戦の時は小学生低学年だから、徴兵制度のなんたるかを知らない。老害をいうなら石原慎太郎だが、彼は海軍兵学校など軍幹部になるための進学校にいたから、田中角栄が経験したような初年兵になることなどは考えられなかっただろう。

 徴兵されて戦地へ行く、それは限りなく死と隣り合わせになることを意味した。だから中産階級以上は、いかにして徴兵逃れをするか、あるいは入隊しても危険から遠い兵種を志願してもぐりこむかに腐心したものだ。これは、アメリカで徴兵制度があった頃、ブッシュが州兵を志願してそれを逃れたという噂をされたのと同様である。

 日本の徴兵制度は、明治新政府による国民皆兵精神のもと変遷を重ねてきたが、所要兵数を満たすため、成人男子に徴兵の順位をつけることから始まる。そのために受ける最初の儀式が徴兵検査だ。

 結果は甲、乙、丙、丁、戊の5種に区分され、丁・戊は重い病気や障害を持つ人なので、ほとんどは上の3種に入る。甲、乙が合格で乙は第一乙と第二乙に区分され、徴兵される順序にかかわってくる。結果を悪くするため、どんな手口が使われたかは、Wikipediaを見ればわかる。

 徴兵令状(一般に赤紙といった)が実際何時どういう形でくるかはわからない。明治時代は、長男や家督(家業など)を継いでいるものは除外された。しかし、戦局の発展によりどうなるかわからない。太平洋戦争前までは、就学中の大学生も除外されていたが、志願する形で強制的に動員された。よく画像に出る神宮外苑の雨中の行進がそれだ。

 また、基準はよくわからないが、戦争遂行上不可欠な職業・地位にいる人の順位はあとになるとか、戦争非協力者は真っ先に持ってこられるとか、さまざまな運用操作があったことは、公然の秘密であった。

 話はがらっと変る。共通番号制度(マイナンバー法案)のことである。国民の住民票をはじめ病歴、所得、財産などの諸情報を一括管理して番号化するという構想は、塾頭の記憶がはっきりしないが、相当以前、多分朝鮮戦争からそう遠くない頃からある。

 当初、その反対の最大の理由は、「徴兵制度に悪用される」であった。現在なら、徴兵順序ソフトを作れば瞬時に結果が出てくる。大手新聞の社説では、産経が真っ先にマイナンバー法案賛成の線で意向を示したが、今日19日になって朝日・毎日が社説にした。

 いずれも、個人情報の流出を十分ガード」したうえ、国民的議論を経て成案を得るよう、という事実上のゴーサインである。これは、各社が実施した国民世論調査などで、過半数が賛成しているというのを見たうえの結論かも知れない。

 そのアンケートの反対する理由の中に、「徴兵制度に悪用される可能性があるから」というのはなかった。憲法上あり得ないからという意識が作用したのだろう。しかし、その意識と前段の岩見氏の「徴兵制度論」の間に、越えがたい別世界の事柄としていい隔壁があるのだろうか。

 塾頭は津波に役に立たなかった隔壁のことを考えてしまう。最近の与野党の均質化、橋下現象など地方首長による右傾化現象などから、国民の護憲マインドは相当低下していると憂慮している。岩見の「徴兵制度論」も「大阪都」や「首相公選」構想も憲法改正をともなう。

 それを正面に出さず、耳当たりのよさそうなキャッチフレーズを連発することで、改憲が当然の帰趨であるかのような機運がかもしだされる。それがこわいのだ。小さな外電記事だが、ハンガリーの政権に右傾化の兆しがあるという。あの民主化を求めたハンガーリー動乱を知らない世代が多くなったから、との解説だ。

 フランスや韓国は左派が優勢というが、イスラエル、イランをはじめナショナリズムを前面に打ち出したパワー・ポリティクスは衰えを見せない。また、経済面の不安定がそれに輪をかけている。日本では、中国・北朝鮮の脅威を念頭に、アメリカの新防衛戦略展開を必要以上に強調して受け止めようとする人がすくなくない。
 
 すでに世界は新しい時代に入っている。その機運にのって、日本の憲法を軽んじ、9条の意味をないがしろにする動きには、断固とどめをささなくてはならない。その点で「徴兵制論」など不用意な発言をしてかえりみないやからは、老害とか売文家といわれてもやむを得ないだろう。

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2012年2月17日 (金)

がれき処理妨害は差別だ

 各地自治体で、大震災被災地の膨大ながれき処理を引き受けることに、放射能被害不安を理由に住民の妨害運動が起きている。中には、当該自治体首長に罵声を浴びせかけたり、係員の説明に耳を貸そうともしない住民らが混じっている。

 石原都知事は、そんな声に「黙れ、と言えばいいんだ」と言ったというが、彼のそんなところが嫌い(好きな人もいるかも知れないが)だ。そして新党結成も失敗して引退すればいいと思っているが、「自分たちの所さえよければ」という被災地の苦悩を分かち合おうとしない活動家?には、知事同様大いに疑問を感じる。

 そういう人たちは、よもや「革新陣営」に属する人ではないだろう。なぜならば、沖縄の米軍基地や海兵隊は、中国などへの抑止力として存在は不可欠で、普天間の辺野古移転は必要。そして、日本の安全のためなら沖縄だけが犠牲になってもやむを得ない、とする自民や一部保守系の考えと相通ずるからだ。

 焼却灰の8000ベクレル/Kgは高すぎるから、震災前から「原子炉等規制法」で決まっていた100ベクレル/Kg以下にしろ、というのが反対者の意見だ。そもそも、上記の数値を適用する前提がまるっきり違う。

 後者は、原子炉周辺から廃棄されるような放射能汚染物質持ち出しについて決めた数値で、地震津波のがれきは原発に関係なく、8000ベクレル/Kgは、それを焼却したあとの灰に残った放射能の数値だ。

 仮にがれきそのものが100ベクレル/Kg以下でも、灰として濃縮されれば、それだけ高濃度になる。がれきが公的に持ち出され、公的に焼却施設で処理され、その灰は埋め立てて土で覆われるため99.8%の放射能が遮断され、年間0.01ミリシーベルト以下になるという。

 これは、まったく健康に云々という数値ではないが、既成の数値が二重基準で細かいことが決められていないとか、政府の言うことは信用できないから反対だとする。たしかに、事故後の諸現象に対応するような法律は未整備であり、放射能被害には未知の部分が多いことは事実だ。

 しかし、がれきを放置して被災地を見捨てるわけにいかない。可能な限りの方策を立て順次実行していかなければならない。「子供に影響がないという保証はない」「埋め立てた後、何百年もあと知らないで掘り返されるかもしれない」、それはそうだろう。

 そうだとしても、「かもしれない」の程度の軽さならば甘んじて受けようではないか。被災地の苦しみ痛みを比べれば、身勝手なのはどっちかがはっきりする。市民と称していながら他の不幸をかえりみず、被災地の復興を政治的に妨害するようなことは、不名誉なことだとさとってほしいものだ。

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2012年2月16日 (木)

男女交際文範

 携帯のメール交換もいいですが、こんなのはいかがでしょうか。ただし、「だいじょうぶ??……」といわれるかも知れません。

 日露戦争が始まるかどうかという瀬戸際。恋文の模範例出版とは、かなり余裕たっぷりだったのですね。明治版バレンタインデーの贈り物は「たまご」でした。(『男女交際文範』東京聚栄堂・明治36年8月)

 ○寒中見舞の文(女)
時候からとは申しながら昨今寒気いよいよ激しくほとほと膚もつんざくるかと思わるる折から御尊家皆々さま如何御くらし遊ばされ候や幸ひに何の御さわりもなく益々さ江さ江しくわたらせ候おもむき何より芽出度ことと存じ上げ参らせ候偖て此の鶏卵は手飼のよしにて田舎の親属より到来のままいささか御すそわけ呈し上げ参らせ候猶ほ時節がら寒気に当てられぬやう養生専一のことと存じ上げ参らせ候かしこ

 ○右返事(男)
仰せの如く昨今寒気凛烈にして殆んど指も落つる斗りに候処香高堂益々御清健の段欣喜此事に御座候寒中の御伺ひ此方よりと思ひ居候処却て疾く貴嬢より御慰問を蒙り汗顔恐縮の至りに存候幸に拙者方も無事に暮らし居候間此段御放心被下度猶ほ防寒の珍味沢山に頂戴仕り難有早速拝味仕候余は近日拝眉の節答礼可申述候不悉

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2012年2月15日 (水)

「学べは学ぶにつけ」とは言わぬ韓国

 韓国の最大野党・民主統合党は8日、在韓米国大使館に対し、米韓FTAの発効阻止と全面再検討を求め、オバマ米大統領あての書簡を伝達した。米韓FTAは、盧武鉉(ノ・ムヒョン)前政権が交渉をまとめたが、米側の要求で李明博(イ・ミョンバク)政権が再交渉に応じ、米国製自動車の韓国向け輸出にかかわる部分などの修正に合意したものだ。

 野党側の求める修正が実現しない場合には「総選挙と(大統領選での)政権交代を通じて破棄させる」と韓明淑(ハン・ミョンスク)代表が述べている。つまり、政権交代があれば、合意した交渉も白紙に戻せる、という意思表示だ。

 日本の沖縄基地問題で鳩山首相が「学べは学ぶにつけ」と変節し、前政権の約束事にしばられて、民主党は沖縄で候補者を立てられない有様だ。韓国はアメリカに振り回されている日本とまるっきり違う。外務省や防衛省、保守政治家の中には「日本は日米同盟により米軍に守ってもらっているから」という意識がより強いのだろう。

 しかし、首都ソウルのすぐそばに北朝鮮との国境があり、隙を見て大砲をぶっ放したり魚雷攻撃をする隣国に対する米軍の抑止力は、日本の比ではない。アメリカは、反米感情や日本よりすくない韓国の駐留費分担などもあってか、2012年には、作戦指揮権を韓国に移すとか16年には地上軍を全面撤退させるなどの既定路線を持っている。

 普天間の辺野古移転を断念したい、安保条約・地位協定の改定を検討したいなどを申し入れることもできない、そういうことは日米同盟の深化に逆行するという発想が日本の政府だ。世界はどんどん変わっている。ぬるま湯につかったままの安全神話をいつまで持ち続けるのだろうか。

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2012年2月13日 (月)

卑弥呼史観・付録

 前回、このシリーズの最後として、卑弥呼に対抗した狗奴国は静岡方面で、この地域には、大和朝廷の勢力範囲を示すシンボルである前方後円墳が長い間作られなかった、と書いた。壱予(一説では倭姫命)出現で戦乱はおさまったことになっているが、その後を推察させる『日本書紀』景行紀の日本武尊(やまとたけるのみこと)東征記事を掲げておく(宇治谷孟『全現代語訳』講談社学術文庫)。

 冬十月二日、日本武尊は出発された。七日、寄り道をして、伊勢神宮を拝まれた。倭媛命にお別れのことばを述べ、「いま天皇の命を承って東国に行き、もろもろの叛く者を討つことになりました。それで御挨拶に参りました」といわれた。倭媛命は草薙剣をとって、日本武尊に授けて「よく気をつけ、決して油断しないように」といわれた。

 この年、日本武尊は、初めて駿河に行かれた。そこの賊が従ったように見せ、欺いて、「この野には大鹿が多く、その吐く息は朝霧のようで、足は若木のようです。おいでになって狩りをなさいませ」といった。日本武尊はその言葉を信じて、野に入り狩りをなされた。

 賊は皇子を殺そうという気があって、その野に火を放った。皇子は欺かれたと気づき、火打石をとり出し火をつけて、迎え火をつくり逃れることができた。――一説には皇子の差しておられる天叢雲剣が、自ら抜けだして皇子の傍の草をなぎ払い、これによって難を逃れられた。それでその剣を名づけて草薙というと――。

 皇子のいわれるのに、「ほとんど欺かれるところであった」と。ことごとくその賊共を焼き滅ぼした。だからそこを名づけて焼津という。

 今ある焼津市は、静岡市の南に位置する。日本武尊東征記事は、これを皮切りに関東から碓氷峠経由で信州に抜け帰路につく物語となっている。ただし、蝦夷帰順や神がかりした動物の話はあっても、焼津以外に戦闘に類した話はない。

 この前の崇神天皇の時代には、埼玉古墳群から発見された鉄剣に8代前の先祖の名として彫り込まれていたことから、実在した可能性のある人物として注目された大彦命(大毘古命)が、息子と東西ふたてに別れて会津まで行ったことになっている(古事記)。そしてこの地には複数の前期古墳も見られる。仮にそれらが史実であるとすれば、戦後過小評価された大和政権の勢力範囲や発生時期など、大幅に見直す必要がありそうだ。

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2012年2月11日 (土)

卑弥呼史観 3

 この回からヤマトトビモモソ姫が卑弥呼であるという前提で話を進める。中国からもたらされた大量の織物・金箔・真珠などは、早速大和王朝を構成する豪族らに分配された。しかし、その量には限りがある。

 そこで、銅鏡100枚を限りなく増やすため、型をとって国産の鏡を増産した。これを同笵鏡といい相当長い期間にわたって作られ続けた。それを配ることで同盟豪族の結束には役立ったが、天神・アマテラスの祭祀普及には失敗した。

 大和でも纏向を見下ろす位置にある大三輪山の大物主神をはじめ、大国魂神など古来地元に根付いてきた地祇である出雲系神々の影響力が圧倒的に強い。よそもののアマテラスは、むしろ排斥される対象であった。卑弥呼もこれら旧勢力の懐柔を図ろうとしたが失敗、また、その機に乗じてもともと同盟の外にあった狗奴国が攻勢をかけてきた。

 それから間もなく、卑弥呼は失意の中で命を絶った。しかし、それは同盟豪族や民衆は結束を固めるきっかけになった。かつて抗争に明け暮れ、宅地や田畑を環濠で守った頃の苦しい生活を救ったのは卑弥呼だ。平和の守り神になってもらうため、特大の墳墓を造って威を張ることになる。

 この墳墓で慰霊するため、遠く山陽・山陰などの豪族が地元伝統の特殊祭器を携えてかけつけた。なお、狗奴(くな)国は、邪馬台国九州説がいう熊襲や球磨などではなく、静岡から安倍川・大井川・天竜川あたりに名の出てくる久怒臣・国造や久能山あたりの国名ではないかと思われる。

 この抗争は崇神天皇から垂仁天皇の時代まで持ち越された。魏志倭人伝は、卑弥呼の宗女壱予(13歳)を立ててようやく抗争がおさまる、と書いている。崇神の時代には、卑弥呼がうち立てた豪族同盟を維持するため、地方で力を持つ地祇をアマテラスと並行して祀る方針を確立した。

 異なる神をもつ豪族にアマテラスを祭らせることは、天孫族に完全服従することを意味する。それは、謀反計画などが露顕して討伐を受け、降伏したような場合に限られていた。したがって、前述のような二重の祭祀というのは、さまざまの場面で矛盾が避けられないという欠陥をはらんでいたのだ。

 これを補完するのが前方後円墳(制度)である。卑弥呼の箸墓に続いて大和以外でも続々と作られるようになった。全体の外観、祭器やはにわの使用、棺の材質・構造、それらは時代や場所により多少の変化はあるが、一定の共通性が保たれている。

 設計・施工方法、石材や土器、副葬品などを比較すると、相当遠隔地であっても盛んに交流があったことがうかがわれる。これは、葬制の共有であって祖先への祭祀ではない。また、大きさ形状などに差があるのは、大和朝廷の先導によるものという解釈がある。

 さて、壱予に話を戻すが、壱予は、垂仁の娘である倭姫命(やまとひめのみこと)であるという説がある。これも卑弥呼=ヤマトトソソビ姫同様確証はない。それがわずか13歳であるとすれば、「年すでに長大」とされている卑弥呼と、戦乱がおさまった理由に大きな隔たりがあるはずだ。

 日本書紀によると、倭姫は、今の奈良県から三重県、滋賀県、岐阜県を経て伊勢湾沿いに南下し、アマテラスを祀る場所を探したという。その結果、「伊勢は平和をもたらす波がうち寄せる好ましい地である」というご神託があって、ここをアマテラス専用の斎宮とした。

 これには、何の意味があるだろう。大和朝廷には聞こえが悪いが、政治の中心地からアマテラスの分離・追放をするである。これにより、大和は二重祭祀から解放され、八百万(やおよろず)の神を祀ることに専念します、ということになる。こうして、同盟豪族との間にあった不調和音を解消させた。

 もうひとつは、近江から伊勢に至る線を、狗奴国との停戦・不可侵ラインとしたことである。それは、遠く、群馬・栃木・から茨城・東北南部まで大和王朝の勢力範囲となる動きが出てきたことに関係がある。つまり、広域の狗奴国包囲網を意識し始め、この橋頭堡として伊勢を選んだという解釈だ。

 倭国が最初に遭遇した危機は、これでひとまず回避された。大和朝廷の影響力を示す前期大型前方後円墳が濃尾平野や三河方面になく、遠く離れた外側に多く分布するのはそのせいだろうか。

 前方後円墳が3~4世紀にわたり継続し、律令による支配体制が整備されるとともに古墳時代が終焉する。万世一系とは言えないが、大和王朝が今に続いていることは疑う余地がないことだ。

 建国記念日という、でたらめな日にこのシリーズを閉じる。加えて、日本史の知識がなく、不用意に大統領制や首相公選制を持ち出す新政治勢力への批判も、忘れてはならないということを付け加えておこう。

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2012年2月10日 (金)

卑弥呼史観 2

 ヤマトトビモモソ姫の重要な役目は、大和王朝の始祖・天照大神を祀ることである。この王朝は神武東征伝説により、九州から山陽・紀伊経由で大和に入り、地元勢力と戦って征服したことになっている。この際も、太陽神であるアマテラスの神威によるところが大きかった。

 この一族は、天神を祖とし高天原から九州・日向の高千穂の峰に日向に天下った天孫族であるとする。他の各地の神々は地祇と称し、ローカルの守り神に位置付けた。それはともかく、一族(神武)の東征は実際にあったことだと想像している。

 それは、九州に根拠があったため、倭国統一が対外交易にとって最重要課題であることとを知っていたからだ。銅・鉄・高級織物そういった先進文物・資源を得るためには、大陸との接触が必要で、接点となった九州北西部のバックに、大きな「倭国」という存在が必要だったのだ。

 日本(倭国)が中国の文献に現れ始めたのは前漢書・後漢書で、卑弥呼の時代より200年ほど前の57年には、「倭奴国王」に金印が授けられている。この金印は、福岡・志賀島で現物が発見されており、倭を代表するのが奴国・九州内部であったことは確実視される。

 その後の魏の時代は中国も安定を欠いており、「倭」を大きく見せることで魏の関心を引くことができた。魏志倭人伝が伝える卑弥呼の共立により、倭の大乱がおさまり、卑弥呼の遣使で大量の銅鏡などを獲得することが可能になった。

 さて、問題は邪馬台国が大和か九州かということになる。詳しくは専門書によってほしいが、①箸墓をはじめ、纏向近辺の出現期前方後円墳には、3世紀前半から中葉にかけてけ建造されたものがある、②卑弥呼遣使の頃の239年、240年に相当する魏の年号が入ったものを含む三角縁神獣鏡が、大和を中心に大量に発見される、③銅鏡の文化は、この頃すでに九州から大和に移転していた、④纏向の住居址などに、九州を含む山陽・山陰・北陸・東海など各地の土器などが発見され、都の存在を思わせる。など、最近は、考古学者は「邪馬台国大和説で決まり」とさえ言われるようになった。

 一方の卑弥呼=ヤマトトビモモソ姫説には、確証がひとつもない。魏志倭人伝のいう「径百歩余」の塚に葬ったというのは、箸墓の後円部に近い寸法だが実際はもっと大きい。その当時、径百歩もある墳丘はほかに発見できていない。

 ヤマトトビモモソ姫の墓をそのように大きく作る意味は、天孫族が倭を統一するシンボルとしてふさわしいという、国内向け国際向けのデモンストレーションだったのではなかろうか。もしそうだとすると、卑弥呼=ヤマトトビモモソ姫の信ぴょう性は高まってくる。

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2012年2月 9日 (木)

卑弥呼史観 1

 「女ならでは世の明けぬ国」の元祖を、古事記や日本書紀にある日本神話の天照大神とし、客観性のある外国文献では、「倭の女王」卑弥呼が注目されることに異論はないだろう。古くは明治末、東大の白鳥倉吉氏が、魏志倭人伝の卑弥呼は天照大神であると主張、戦後も1968年には、数理文献学を駆使して安本美典氏が同じ結論をだしている。

 皇国史観全盛の時代には、「日本の皇室が中国の帝王に貢物をささげるわけがない。それは九州の一地方を支配する女酋にちがいない」という解釈が有力だった。天照大神(あまてらすおおみかみ)を「テンテルダイジン」などと読んだら不敬罪にもなりかねない時代である。

 塾頭も、卑弥呼=天照大神説に一時ひかれていた。また、天岩戸伝説も倭の大乱が卑弥呼の共立でおさまったことも、「和をもって貴し」が神代から受け継がれた大和魂の神髄をなすという解釈もあり、当塾向きでもあった。

 しかし、最近はこれを取り下げ、大幅修正することにした。ことわっておくが、塾頭のは「学説」でなく、半分以上は暇に任せた空想の世界のことだと理解していただきたい。その空想の変更、最大の変更理由は、考古学の進歩・新発見と、後世の女帝、神功皇后と斉明天皇が、ほかに比べてみてどうも好戦的だと言えそうだからである。

 考古学というのは、遺物の炭素や年輪による年代測定の新技術により、大和朝廷の起源すなわち前方後円墳がスタートした時期と、卑弥呼が存在した時期がほぼ重なると解釈されるようになったことである。他にもあるが、当塾のブログ内を「纏向=まきむく」で検索すると8本の記事があるので、興味ある方は是非ご覧いただきたい。

 卑弥呼に擬せられたのは、最初の大型前方後円墳・箸墓に葬られた日本書紀に記録されている「ヤマトトビモモソ姫」である。仮にそうだとすると、文献上単純な大きな疑問が残る。まず、なぜ、中国との交流という大きな事績が記録されていないかということ、天皇でないこと、天皇でないのに、なぜ前代未聞の巨大な墳墓が人民の協力でできたのか、といったことである。

 天皇ではない、という点については、神功皇后もそうである。ただし、日本書紀は他の天皇以上の条目を立てているし、他の古文献では「天皇」と明記しているものもある。そもそもこの頃は、「天皇」という最高権力者の地位につける名称がまだなかったのだから、ヤマトトビモモソ姫がその役割を果たしていれば、外国人から見て「倭国女王」に見えてもなんら不思議ではない。

 現に書紀では、畿内や九州で女性が支配していた地域をそれぞれ複数掲げている。それらが、天照大神や卑弥呼と同様巫女であった点は共通しているようだ。吉凶の占い、自然・外敵からの鎮護、予言、八百万の神への鎮魂、先祖の祭祀、とういったものがトップリーダーの資質として不可欠だったのである。

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2012年2月 6日 (月)

第2次朝鮮戦争を言う雑駁

 小学館が発行する『SAPIO』という雑誌がある。広告の表題をたまに見るだけで、一度も買って読んだことはない。たまたま、ネット上にバックナンバーに載ったジャーナリスト・桜井よし子氏の一文があったので何とはなしに目を通してみた。

 文春とか新潮系の雑誌に定番で現れる右翼論壇の学者・教授などの中には、同意しかねるが「読ませる=勉強になる」文章に接することはある。しかし、桜井氏の場合、まずそういう期待からは遠い。

 それでも、一時ほどではないが売れっ子の彼女のことである。最近あふれんばかりの安易な中国・北朝鮮脅威論に、なにか目新しい観点でもあるのかな、という興味はあった。しかし、それは的外れだった。やはりネットウヨ・アジテーターのレベルを超えるものでなかった。

 くわしく紹介する気にはならないが、北朝鮮の金正日なきあとの新体制は不安定なものになる。その結果、仮に同国内に騒擾状態が発生した場合、中国軍が国境を越えて進駐する可能性がある――、ここまでは塾頭も同じ考えだ。

 そして、「あわよくば韓国を含めた朝鮮半島全体を自らの影響下に置きたい、かつての朝貢国のようにしたいというのが中国の思惑なのです」と飛躍する。その場合、アメリカが中国の朝鮮支配をだまって見ているわけがない。北朝鮮情勢は「第2次朝鮮戦争」の危険をはらんでいます、というおとぎ話になる。

 だから、日本政府はいますぐにでも「集団的自衛権」を明確に認め、さらに「先制攻撃」「敵基地攻撃」は、憲法上も可能であると明言しておかなければならないという、国民も司法も認知していない空論を重ねる。

 そして最後の結論が、「中国の軍事介入を抑止するためにも、日本が「韓国による朝鮮半島の自由統一」を明確に支持し、中国の北朝鮮支配には正当性がないことを国際社会に訴え続け、日米韓が団結することが極めて重要なのです」である。

 ここに話をもってくるため、古代高句麗支配の例を示したり、日・米・韓が行う図上作戦計とか日本の後方支援が切り札、といったさきの朝鮮戦争の話を持ってきて、現実がさしせまっているように表現する。

 軍部が仮想敵国を考えて準備したがるのは日常あることで、その職責上、あるいは予算獲得のテクニックとして当然なことである。しかし、それに輪をかけてあおりたてる「トンデモ」ぶり、それがまた「売り物」となるというところに、この種のアジテーションの怖さがある。

 中国軍が仮に中朝国境を越えるような事態が発生したとしよう。理由は、軍部暴発の危機でも虐殺でも、暴動発生治安維持、なんでもいい。中国は、国連安保理に緊急事態の発生と、そのためにとった行動を報告するとともに、しかるべき決議を要求する。

 もちろん、アメリカにはたとえ了解がなくとも、限定的作戦であることを内報する。この場合、日韓の頭越しで暗黙の了解が成立するかも知れない。アメリカは総力をあげ情報収集と監視を続け、また38度線で厳戒態勢をとるが成り行きを静観するにとどめる。

 中国は、傀儡であろうが何であろうが軍部の暴発を押さえ、治安が確保されて難民の大流出が避けられるようであれば漸次撤兵する。それ以上のことをするわけは、絶対にない。その理由は、桜井氏の言うような中国の拡張政策なら、北の民衆は身を挺して抵抗するに違いないからだ。それは東北地区に多い中国の少数民族・朝鮮族に波及し、チベットやウイグルに次ぐ難問をかかえることを意味する。

 また、最大の貿易相手先である日・米・韓と対敵するようなことになれば、得るものより失うものの方がはるかに大きい。アメリカにとっても中国の介入により、この地域が安定すすることに反対する理由はない。核実験や軍事力行使による瀬戸際政策がなくなれば、日・米・韓ともに好都合なことだ。

  もう一つ抜け落ちている観点がある。それは、朝鮮半島に住む朝鮮民族の悲願が南北統一であるとしても、いつどのような方法で、またどうあるべきかを決めるのは彼ら自身でなければならない。それを、あたかも中国や日・米・韓に主導権があるような発想をすること自体、越権行為だということである。

 桜井氏がいう、日本政府が平時から「韓国による朝鮮半島の自由統一を支持する」と表明し、「そのためにいかなる協力も惜しまない」との態度を明確に示すべきだなどという構図は、韓国からも猛反発を受ける可能性がある。そのくらいなら、北朝鮮と結託して反日国家を作った方がましだ、という人さえでてくるだろう。

 北朝鮮の「主体思想=チュチェ思想」という言葉を聞いたことのある人は多いと思う。朝鮮は有史以来大陸や日本の侵攻を受け苦しんできた。その中で生まれたのが「事大主義=大きいもの、強いものに従い仕えること」という処世術である。

 そういった思想を克服しない限り、民族の悲劇が繰り返される。北朝鮮独立後、その相手がたとえソ連・中国であっても、民族の自立を優先させ盲従はしないという考え方だ。これはスターリン批判後、より鮮明になっている。いまだに「共産圏は一枚岩だ」と信じるている冷戦思考から抜け切れない人が多いのは、日本をおいてそうないだろう。

 韓国にはそんな国是はないが、民族感情としては共通するものがある。体制の違いはあっても、同じ民族だという意識の方がかなり根強い。在韓アメリカ軍に対する韓国民の心情には複雑なものがある。統一にアメリカの力を借りるという主体性のない話はやはり通用しないだろ。戊辰戦争で英・仏の協力をことわった日本の明治維新を考えれてみればすぐわかる。

 日本にとってもっとも憂慮すべきことは、国際化が進んでいるというのは口先だけで、外交や国際感覚については、明治時代、戦前以上に鎖国状態にあるということだ。そうして、日米の近代兵器さえあれば、朝鮮半島の征服など朝飯前だという戦争に対する浅はかな知識だ。陸上兵力を主とする白兵戦ならば、量質ともに北朝鮮が最強である。ベトナムやイラク、アフガンから何も学びとっていない。

 桜井女史もさることながら、防衛大臣が田中さんという日本の寒さは、このまま続いていくのだろうか。

本塾内参考エントリー
http://hansenjuku.cocolog-nifty.com/blog/2011/12/post-afc3.html

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2012年2月 4日 (土)

春歌

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                    式子内親王
 ながめつる今日は昔になりぬとも
           軒端の梅はわれを忘るな
             (新古今和歌集巻第一)

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2012年2月 2日 (木)

辺野古移転計画断末魔

 前回の記事で、防衛省末端の目も当てられないような混乱・非常識ぶりを次のように書いた。

それにつけても、このまえの書類送達・暁の急襲にしろ「犯す前に……」発言にしろ防衛省端末の言動は、ますます辺野古移転を絶望的にさせている。

 反対する県民からすれば、どんな大集会をかけるより効果的なことをしてくれているのが防衛庁ということになる。こっちの方は「謀反」でなく、日米政府が断念する口実づくりをする裏の裏の工作かと疑いたくもなる。

 最後の一行は「何をいっているのかわからない」と言われそうなのをそのままにしておいた。末端だけでない。野田首相が、本当に辺野古移転を実現させようと思うなら、よりによってこれほど無防備な防衛大臣を任命するわけがない。移転失敗の貧乏くじを引かせる役割ではないのか。そこで、やや露骨な推測してみよう。

 ▼辺野古移転は、政権交代を機に沖縄県民の反対が鮮明化し、その実現が客観的に見て困難になっていた。そこに、アメリカの新国防戦略が明らかにされ、従来の沖縄の戦略的地位が激変することになった。
【参照】http://hansenjuku.cocolog-nifty.com/blog/2012/01/post-8845.html

 ▼普天間の辺野古移転計画はすでに過去のものであり、アメリカは計画通り進むことを望んでいない。それを今なお固執しているようにしているのは、

 ・日本の保守層が、核の傘を信じその維持を懇請し続けてきたこと。
 ・沖縄に大量の米軍基地があることで、米軍の日本防衛が担保されていると考えていること。
 ・アメリカは世界戦略やアジア情勢で主導権を維持するため、日本がいつでも異論をさしはさまない忠実な同盟国であってほしいこと。東日本大震災の「ともだち作戦」という命名は、まさにうってつけの機会であった。
 ・アメリカは大統領選をひかえ、共和党など保守勢力を意識し、「強いアメリカ」の撤退・後退を思わせるような政策変更がしにくいこと。
 ・中国も、首脳交代を控えており、それらの変化を見極めてから考えてもよい。

などであろう。

 田中防衛相以上に素人である塾頭の寝言というなかれ。元陸上自衛隊西部方面総監部幕僚長で、ハーバード大アジアセンター上級客員研究員を経験した福山隆という、ベテラン中のベテランが考えることとそう違わない。「現行計画を進めれば、日本は米軍に無駄な投資を行う恐れがある」とし、次のように言っている。

普天間問題をいったん白紙に戻し、一定の冷却期間を置き、日米双方納得のいく再配置案を協議すべきだ。海兵隊は国外に再配置し、事態に応じ日本全土に展開できるようにする方向が賢明に思われる。その際国民は、国防上の負担を等しく受け入れる気概が必要であろう。(毎日新聞12/2/2

 最後の1行が、憲法9条の変更を意味するのでなければ、当塾の主張に合致する。

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2012年2月 1日 (水)

反戦塾乗12/2/1

寒冷化原因ガスは何?
 酷寒の日々が続く。大雪も新記録になりそう。
 灯油も値上げ、電気もガスも値上げ?!。昔は朝起きて七輪に練炭を入れ、上に燠(おき=薪を燃やして残った炭火――これも死語となった)をおいて掘りごたつに入れた。一日持つが入ってばかりいると怒られた「子供は風の子っ!」。

 復活させたいが、練炭と七輪を買いに行くと「変な目」でみられること請け合い。夏場あれほど「地球温暖化」が言われていたのがウソみたいな昨今だ。

バカ正直なのか謀反なのか?
 東電の西沢俊夫社長と真部朗沖縄防衛局長である。東電は、社長だから謀反というのはおかしいが、原子力村村長や原発マフィアのゴッドファザーには裏切り行為である。企業向け電気料金を突然発表し、「値上げは権利」とのたまわったそうだ。

 たしかに、これまでの仕組みではそうとも言えるが、福島事故を起こしておいて(それも「想定外の津浪のせいにして、ウチの責任ではないと言いたいのだろう)無神経この上もない。かつて、「爆発」を「原子炉建屋の上方が解放」と言いかえ世間をあきれさせた小森常務もそうだが、こういった発言が東電の癒しがたい体質そのものという感覚をひろめ、脱原発派を勢いづかせている。

 沖縄防衛局は、普天間基地を抱える宜野湾市の市長選を前に、職員の家族・親戚(いとこまでも含む)の有権者名簿をださせ、局長の講話を聴くようにという内容のメールがあることがわかった。それを国会でばらしたのは共産党の赤嶺議員である。

 久しぶりで共産党が政治に存在感を示した。国会であろうと、地方議会であろうと共産党議員がいないと困る所以である。それにつけても、このまえの書類送達・暁の急襲にしろ「犯す前に……」発言にしろ防衛省端末の言動は、ますます辺野古移転を絶望的にさせている。

 反対する県民からすれば、どんな大集会をかけるより効果的なことをしてくれているのが防衛庁ということになる。こっちの方は「謀反」でなく、日米政府が断念する口実づくりをする裏の裏の工作かと疑いたくもなる。

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