原発、各党公約ではどうなる
本塾では、原発今後のあり方について過去に2回の記事を書いた。
11/7/10付、脱原発の定義が必要
http://hansenjuku.cocolog-nifty.com/blog/2011/07/post-fd93.html
11/9/22付、なぜ「脱原発依存」ではいけないか
http://hansenjuku.cocolog-nifty.com/blog/2011/09/post-337f.html
そこに掲げたのは、「脱原発依存」と「脱原発」の2つの用語だが、解散総選挙を各党議員が意識しはじめているとか、政界再編と政策の違いがどう絡み合うかなど、原発についてのキャッチフレーズをどう表現するか興味が出てきた。
以上の2つ以外に「原発維持」と「反原発」の両極が出てくると全部で4つ。選挙公約では、中途半端などっちつかずのような表現では訴求力がない。「郵政民営化、賛成か反対か!」、残念ながらあれがいいのである。
「脱原発依存」は、枝野さんが官房長官時代に発明した言葉だ。「原発に依存はしませんが輸出はします、停止中の原発は簡単なテストで再稼働させたい、原発の寿命は40年だが延長もありです」このまま解散なら、民主党はそれを公約にせさざるを得ない。
自民党は河野太郎さんなどをのぞいて、「原発推進」といきたいところだが「維持」に落とすか、それもかなわぬとなれば、「脱原発依存」でお茶をにごし、消費税同様民主党と呉越同舟を決め込むか。それでは選挙民に何のインパクトも与えず、双方とも惨敗確実となろう。
自民党の維持・推進派は、なりを潜めているようだが、機微技術(核兵器開発能力のある技術)維持をはかろうとする石破さんなど防衛族からの要求、重化学工業を支配する米倉経団連の圧力、長年にわたって築き上げてきた核燃料サイクルなどの原子力体制・利権構造の維持・復活を目論む官僚群・学閥もあり、その力の源泉は健在だ。
社民党は、脱原発のプログラムを提唱しており、これで行くだろう。ただし、「脱原発依存」と紛らわしいので、これと区別をするなにか新しいキャッチフレーズが必要だ。大阪維新の会もこれで来るだろうから、社共の専売特許にはならない。
そこで、現れそうなのが最左翼を行く「反原発」である。先の話ではなく原発即時全面停止・全基廃炉にせよ、と主張する。ここにきて公約の有力候補になったのは、3つの理由からである。第1に、計画停電なしで去年の夏を乗り切り、記録的寒さといわれる今冬もやっていけそうだという、安心感が蔓延したこと。
第2に、このところの事故原因調査や、事故発生当時の証言が明らかになるにつれ、安全神話がソフトでもハードでも完璧にくずれ去ったこと。つまり、人間のやることだから事故は避けられないということだ。最後は、放射能被害に対する政府の対応・発言が信用を失い、一部に冷静さを失った過剰反応さえ見られるということである。
本塾は、ご承知のように早くから「脱原発」を主張し、反原発はエネルギー需給上非現実的として取り上げてこなかった。しかし、客観情勢は明らかに変わってきた。遅くとも菅首相在任中に原発運転再開新基準策定準備にかかり、年末頃までに案を提示しなければならなかった。同時に、原子力村メンバーを大幅に入れ替えた安全チェック機関を立ち上げる必要があった。
脱原発に本気で取り組むなら、最優先させるべき政策だったのに、ずるずると引っ張ってきたため、止まった原発はそのまま氷漬けとなり、原発ゼロが実現しそうな皮肉な結果となった。非現実的が現実的になってしまったのである。
本塾は、「反原発」に主旨替えをするつもりきない。ただ「反原発」をとなえる人に含んでもらいたいことがある。
それは、1.原発が停止すれば安全が確保されるとは限らない。むしろ運転継続中のほうが安定しているともいえる。2.運転停止・廃炉となるとより多くの技術者、作業員が何十年にわたって必要となるが、日本ではそのノウハウが確立しているとはいいがたい。3.放射性核燃料処理の技術が未完成で、受け入れ能力にも疑問がある、などの課題を無視しないということだ。
さらに、日本が有する核や原発に対する知識や経験は、原発をゼロにすればあとはお役御免ではなく、世界に多く分布する原発の安全や処理に対して貢献しなければならない義務がある。今回のフクシマを見ても、決して1国だけの問題ではない。その先には、平和主義日本の核軍縮に対する協力も視野に入れなくてはならないということである。
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