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2012年1月 5日 (木)

新円切替の時代

 前回の<消費税と「蛮勇」政策>の続きです。終戦翌年の春、うちつづくインフレで庶民の懐も国の財政も銀行も破たん寸前でした。食糧危機は田舎も同然で、配給米ではとても足らず、農家の自家用備蓄米を分けてもらうか、イモ、カボチャなどの代用食でしのぎました。

 親しい農家から分けてもらうにしても、ヤミ米に匹敵する現金は我が家にありません。そこで家財を持ち出し物々交換をするのですが、最初に消えたのは「お召」と称される和服のようでした。これを、皮を一枚ずつはがしていくということから「たけのこ」生活といいました。

 そんな時に出てきたのが2月から3月にかけての「新円切替」政策です。現在持っている現金は旧円となり、新たに発行する新円に交換しないと旧円は使えなくなる、というものです。交換できる額は、世帯主300円、その他の世帯員は1人につき100円までと決められました。

 それ以上の旧円は、すべて銀行や郵便局などの金融機関に預金として預入れなくてはなりません。すぐにはおろせず、翌月から毎月前述の金額以内でおろすことができました。また、給料は、誰でも新円でもらえるのは500円まで、それ以上は預金としてお預けになります。つまりひと月500円以内で生活することになります。

 10 これを聞いた塾頭は、ちょっと愉快な気持ちになりました。「お金持ちも貧乏人も同じ500円程度の生活になる。インフレがなくなればもっと生活は楽になるに違いない」という素朴なものです。写真は、当時発行された新円10円札です。

 このデザインは、戦前には全くないスタイルで、学校でも左側の議事堂写真のあるほうが「米」、右側のは四角は「国」、つまり「米国をデザインしたものて゜「国」は鎖でしばられている、と評判になりました。この新札も印刷がまにあわず、かわりに切手を半分にしたような「証紙」というものが発行され、それを旧札の左肩に貼れば新円として通用する、という便法もとられました。

 そのあと、新憲法草案が発表され4月には、戦後初の総選挙が行われます。「新しい日本になるのだ」という感じがようやく出始めた頃です。いずれにしても「新円切替」は、子供心にも強い印象を残した戦後の金融政策でした。

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