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2012年1月12日 (木)

「日本」とは何か

 2004年2月27日に物故された網野善彦氏は、中世史に多くの業績を残す著名な歴史家である。その晩年、2000年に出版された本が『「日本」とは何か』である。同書の巻末にある大津透氏の解説は、その輪郭を次のように紹介する。

 本書は、著者が晩年企画の中心にあたった講談社の大型企画「日本の歴史」の冒頭00巻として、書き下ろし執筆された。執筆中に肺がんが見つかり手術をはきんで書き上げられたという壮絶な事情があったため、次世代にこれだけは伝えたいという迫力が感じられ、著者のこれまでの研究・日本論を集大成したものである。

 塾頭も自著『海と周辺国に向き合う日本人の歴史』の中で、九州・松浦党の記述に際網野氏の研究から得るものが多かった。しかしそれは、あくまでも学際的な知識としてであり、「次世代にこれだけは伝えたいという迫力」とは無関係だった。

 その迫力とは、そもそも「日本」や「天皇」などの呼称は、律令時代以前には存在せず、百姓(おおみたから、ひゃくせい、ひゃくしょう)は農民だけを指すものではない、ということなどから、「みずほの国」や「日本」という言葉の安易な理解・使用に厳しい警句を発していることである。

 日本人、日本語、日本文化、日本の伝統、日本民族――すべて自分の都合に合うように間違った使い方をしているという主張である。極端に言うと「日本」という概念は、最初から存在しない架空のものだといわんばかりだ。

 おそらく執筆当時、政権を維持し続ける自民党を中心に、憲法や教育など「古い日本」回帰への機運が高まっていたことも関係あるだろう。保守ばかりか共産党まで「日本」を頭に冠していると皮肉り、「近代歴史学の鬼子(おにご、親に似ない、世間常識に反する鬼の子のような珍しい存在=塾頭・注)ともいうべき平泉澄氏の皇国史観(中略)西尾幹二氏の『国民の歴史』という新たな鬼子の存在」と、名指しで攻撃している。

 塾頭は、網野氏の主張全部を支持するものではないが、若者の右傾化にマンガで大きな影響を与えた小林よしのり氏でさえ、最近は、万世一系論や、皇統男系論に根拠のないことをマンガで表現している。これは、おそらく小林氏自身による歴史渉猟の結果であり、網野氏のいう右翼論客の「鬼子」ぶりが露呈してきたということだろう。

  当塾でも、民族の起源に始まり天皇制や教育勅語に登場した国体の精華、さらには日の丸、君が代などに関連する記事で、「日本」を偏狭に解釈する誤りを指摘してきたが、今日なお、網野氏が持った危機感が去るまでには至っていない。

 「真保守」ではない「真日本」を守るため、今後予想される政界再編を注目したいものだ。

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