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2012年1月

2012年1月30日 (月)

送電線を地図から消した電力

 以下、毎日新聞(12/01/30)の記事

 地形図の電子情報化に伴い、国土地理院が電力会社10社に送電線や鉄塔の位置について情報提供を求めたところ、全社がテロなど安全上の問題を理由に提供を拒否し、送電線などの表記が最新の電子地形図から消えたことが分かった。送電線の記載は、登山などで現在地を確認する際に利用されており、日本地理学会などは掲載の継続を求めている。【中西拓司】

 送電線や鉄塔の記載が消えたのは、国土地理院の電子国土基本図。従来の紙の地形図(縮尺2万5000分の1)に代わるものとして、昨年2月からインターネット上で公開している。 従来の地形図は現地での測量に基づいて作製していたが、電子国土基本図は航空写真に、自治体や法人などから寄せられた道路や建造物の位置情報を反映させて作っている。

 送電線や鉄塔などは航空写真では確認しにくいため、国土地理院は昨年末までに電力各社に位置情報の提供を求めた。ところが、いずれも「保安対策上の問題」を理由に提供を拒否されたという。関西電力の担当者は毎日新聞の取材に対し、「位置情報がテロなどに悪用される恐れもあり、詳細な情報は提供していない」と話す。(以下略)

 電力10社が揃ってそういうことを言うのは、元が電事連(電気事業連合会)だということだろう。そのまた元は経産省エネルギー庁だ。国土地理院も国交省管下のお役所だからそのまた元が内閣ということはなさそうだが。

 かつて5万分の1地図を持って各地を歩いたことがある。山で迷った場合、自分の位置を確認に貴重な目印になるのが送電線だ。それで山小屋にたどり着けるなど、場合によれば人命にもかかわる情報でもある。

 平地には目印になるものがたくさんあるが、送電線の所在は、不動産・建設・行政など仕事上なくてはならないものだろう。また、古い地図も歴史の検証によく使う。地図の作製は伊能忠敬以来国家事業であり、国民が手放すことのできない共有財産である。

 うさんくさいのは、「テロなどに悪用」である。9.11以来アメリカにはやった「そういえばなんでも通る。基本的人権が犠牲になってもやむを得ない」という風潮である。テロとは、裏をかいて行うもので、その元を絶つ対策がなければなにをやっても防げるものではない。

 テレビを見ていると役所などに、首からカードをぶら下げた人よくが映る。塾頭の近くの田舎の公民館までそうだ。それでなにか得々としているようにさえ見える。塾頭が所用で都心の大型ビルに入ろうとした時、「これをお願いします。テロ対策のためでご協力ください」と例のカードを渡された。

 なにか昔の「のらくろ一等兵」がぶら下げた階級章のようで嫌だったが断って入れないのも困るので従った。そのビルの地下駐車場へ公用車で乗り付けるような偉い人は、そんなものをぶらさげていない。

 そういえば、北朝鮮の偉い軍人は軍服の生地が見えないほどたくさんの勲章をぶら下げている。日本の政治家も衿に余計なものをつけている人はいるが、ファッションだと思っているのかも知れない。いずれにしてもその国の文明・民度の低さを表わしているように思えてならない。

 さて、本題に戻るが、電力の情報隠ぺい体質などというより、もっと根深いものがありそうだ。テロリストの利用とひろく国民の利便を秤にかけて考えれば簡単なことだ。お願いだから「一億一心」の再来だけはご勘弁願いたい。

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2012年1月29日 (日)

海軍あって国家なし

 昭和5年のロンドン海軍軍縮条約で、フリゲート艦など補助艦の比率を米英の10に対して日本は6と提示された。これに海軍軍令司令部の加藤寛治は7を主張してゆずらず、加藤らは「統帥権干犯」という天皇の権威を持ち出して浜口内閣を攻撃した。

 当時海軍はアメリカを仮想敵国としており、対等に戦うには最低限度7が必要だとした。これに対し、北一輝との間に次のようなやり取りがあった(松本健一『日本のナショナリズム』ちくま新書)。

 「将軍、あなたはそう言いますけれども、あなたはアメリカとだけ戦争をするつもりになっている。しかし、わたしが言ったように、日米戦争を起こせば必ずイギリスがうしろにくっつくんだ。そうしたときには十対十対七なんだから、七とったところで二十対七なんだ。こんなので戦争に勝てると思っているのか」と言ったら、将軍は「いや、海軍は国に殉じ死んでいくのみだ」と答えた。

 北はこれに対して、「そんなバカなことを言わないでください。わが国は海軍に殉じて死んでいくわけにはいかないんだから」と批判している。

 海軍あって陸軍なし、海軍あって国家なし……。省益や自らの地位しか考えない官僚精神は、今なおうけつがれて健全だ。同書は続けてこういう。

 昭和三年頃の民政党と政友会は、お互いに政権をとったり維持したりすることだけが目的になっていた。このための賄賂合戦、曝露合戦、スキャンダル合戦がものすごく、政権交代時に前政権の機密費はどこに使われていたのか、などいまと同じような話が出てきていた。

 政権をとることだけが自己目的化する二大政党政治の最大の矛盾点であり、欠陥であるが、どちらが権力をとるかによってお金の流れ方、人の集まり方が大きく違うので、過激なスキャンダル合戦となる。すると、それを見ている国民のほうには、政党は汚い、そういう汚い政治にたずさわっていない「清新」な軍人にまかせようという考え方が出てくる。

 北一輝は当時の代表的な右翼の大物である。のちに二・二六事件を指導したとの疑いを受けて刑死し、結果的に軍人をのさばらせ天皇制ファシズムを招くことになった。しかし、北は軍人よりはるかに世界に向けた広い目を持っていたことだけはたしかである。府政から市政、市政から国政とコマネズミのように動き回るハシズムより、はるかにスケールは大きい。

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2012年1月28日 (土)

お相撲さんの出身国

 大相撲初場所が終わったばかりでです。優勝は把瑠都。出身はエストニアでバルト海に面した小さな国です。隣接するラトビア、リトアニアと共に、長い間ソ連に統合されていました。たまたま、ソ連崩壊の過程における東欧各国や中国などの動静を書いた本を読んでいたので、外国人力士の出身国が頭に浮かび、調べてみました。

 そこでクイズ。外国人力士の出身国は、モンゴルの28人は別格として、ベストスリーはどこでしょう?。

 2位中国4人、3位ロシアとグルジアがそれぞれ3人です。アメリカはゼロになって久しいのですが韓国がゼロになっているのは知りませんでした。出身国は10か国を数えますが、そのうち西側、いわゆる自由主義国家だったのはブラジル1か国で、あとはすべて旧共産圏の国々です。

 その中でも、チェコスロバギヤが分離独立したチェコ出身の隆の山、力士らしくない痩身での活躍がウリです。ブルガリアは長身の大関・琴欧州、下位ですがハンガリーの力士もいます。以上の各国は、ソ連衛星国といわれていましたが、スターリン死後直ちに民族運動が燃え上がったわけではありません。

 それぞれスターリンお気に入りの幹部が残っており、スターリンのあとを継ぎスターリン批判を断行したフルシチョフに抵抗して粛清されたような人もたくさんいたのです。そのソ連に従順でなく、時により鋭く対立していたのがユーゴスラビア、ルーマニア、中国などでした。

 日本ではほとんど知られていませんが、それぞれ民族の悲劇を背負い、厳しい決断、抵抗、葛藤の積み重ねの中で、現在みられるような道を切り開いてきたのです。これとは別に、つい最近までロシアと戦争状態に発展したグルジアからも、先輩・黒海に次いで栃の心、臥牙丸がきて活躍しており、さらに東へいってカザフスタン出身者もいます。

 こういった旧共産圏の国々がどういった経緯をたどって改革開放され、自由化してきたのか、どういう問題があったのか、せっかくなじみの力士が土俵をにぎわせているこの際、星取表だけではなくそういった国情についても是非紹介してもらいたいものです。

 社会主義政治体制が続いている中国・北朝鮮がこのさきどう変化するのかしないのか、参考になるようなことがたくさんあるはずです。日本のマスコミも「優勝額から日本人が消えた」などと嘆いているだけでなく、こういった国々を取り上げて、そのお国柄や歴史を紹介する、そうすれば、相撲への人気や関心ももっと高まることでしょう。

追補(14/7/31)

 2年半たって見直すと、基本的にはあまり変わりません。横綱3人すべてモンゴル、幕下まで数えると24人ほどで他を圧倒しています。それを除くアジア人は、中国内蒙古出身の蒼国来ひとりになりました。

 珍しく、アフリカはエジプト。イスラム教徒の大砂嵐が幕内に躍り出ました。

 国際色はますます強くなりそうです。 

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2012年1月26日 (木)

ヒトラーの日本観

 ドイツでは、ヒトラーの『わが闘争』が、州法により禁書扱いになっているらしい。ネオ・ナチのバイブルにされかねないということのようだが、日本の常識からすると「そこまでしなくても」と思う。しかし第2次世界大戦の反省は、国是といっていいほどの厳しさがある。最近、英国の出版社が一部抜粋を黒塗りで発行せざるを得なかったという報道があった。
【参照】
http://www.jiji.com/jc/c?g=int_30&k=2012012600099

Dscf3577  塾頭蔵書(写真)の訳者・平野一郎は、巻頭の序で次のように書いている

 わたしをこの仕事にふみきらせたものは、最近の一部の青少年のヒトラー礼賛の声――それはしばしば仮借なき残酷さをもつ青年期特有のヒロイズムに由来するのであろうが――であった。戦争経験なき世代こそ、この書を読むべきではないだろうか。この書をくもりなき目で読み、客観的に判断することが、この世代にとって必要であり、戦後の教育を受けたものなら、十分な批判力をもって読むことができるのではないか、と考えたからである。さらにヒトラーが痛烈に攻撃している議会の腐敗堕落、これは形を変えて現代の日本の社会にも存在しているのではなかろうか。もしそうだとするならば、議会主義という近代民主政治の最低擁護線を確保し、ファシズム勢力の台頭を予防するためにこそ、ナチ勢力の伸長過程とナチの論理をつぶさに見ることが必要なのではないか、というのが、わたしの立場である。

 本塾は、これまで何度か同書を引用した記事を書いてきた。
ヒトラーの宣伝と戦争
http://hansenjuku.cocolog-nifty.com/blog/2009/07/post-c0dc.html
ヒトラーと歴史教育
http://hansenjuku.cocolog-nifty.com/blog/2009/06/post-ac65.html
ヒトラーと逃亡兵
http://hansenjuku.cocolog-nifty.com/blog/2009/07/post-303f.html
ヒトラーとユダヤ人
http://hansenjuku.cocolog-nifty.com/blog/2009/06/post-fa24.html
ヒトラーの戦争礼賛
http://hansenjuku.cocolog-nifty.com/blog/2009/06/post-3c4f.html
ヒトラーと優生学
http://hansenjuku.cocolog-nifty.com/blog/2009/06/post-f397.html
ヒトラーと民主主義
http://hansenjuku.cocolog-nifty.com/blog/2009/06/post-e345.html

 戦時中同盟国であった日本は、ヒトラー礼賛派が多かったが、『わか闘争』の中で翻訳公開されない部分があった。今回はそれを明らかにしておこう。

 多くの人々がそう思っているように、日本は自分の文化にヨーロッパの技術を付け加えたのではなく、ヨーロッパの科学と技術が日本の特性によって装飾されたのだ。実際生活の基礎は、たとえ、日本文化が――内面的区別なのだから外観ではよけいにヨーロッパ人の目に入ってくるから――生活の色彩を限定しているにしても、もはや特に日本的な文化でないのであって、それは、ヨーロッパとアメリカの、したがってアーリア民族の強力な科学・技術的労作なのである。これらの業績に基づいてのみ、東洋も一般的な人類の進歩についてゆくことがで゜きるのだ。これらは、日々のパンのための闘争の基礎を作り出し、そのための武器と道具を生み出したのであって、ただ表面的な包装だけが、徐々に日本の存在様式に調和させられたに過ぎない。

 今日以後、仮にヨーロッパとアメリカが滅亡したとして、アーリア人の影響がそれ以上日本に及ぼされなくなったとしよう。その場合、短期間は、なお今日の日本の科学と技術の上昇は続くことができるに違いない。しかし数年で、はやくも泉は水がかれてしまい、日本的特性が強まってゆくだろう が、現在の文化は硬直し、七十年前にアーリア文化の大浪によって破られた眠りに再び落ちてゆくだろう。だから、今日の日本の発展がアーリア的源泉に生命を負っているとまったく同様、かつて遠い昔にもまた、外国の影響と精神が当時の日本文化の覚醒者であったのだ。その文化が後になって化石化したり、完全に硬直してしまったという事実は、そのことをもっともよく証明している。こうした硬直は、元来創造的な人種の本質が失われるか、あるいは、文化領域の最初の発展に動因と素材を与えた、外からの影響が後になって欠けてしまう場合にのみ、一民族に現れうる。ある民族が、文化を他人種から本質的な基礎材料として、うけとり、同化し、加工しても、それから先き、外からの影響が絶えてしまうと、またしても硬化するということが確実であるとすれば、このような人種は、おそらく「文化支持的」と呼ばれうるが、けっして「文化創造的」と呼ばれることはできない。

 塾頭曰く。――残念ながら合っているところもあるな――。

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2012年1月25日 (水)

暗中模索の年

 お先真っ暗――とは言わないが、今年ほど先の見えない年はない。

 まず、政局。予算案や消費税の案は衆議院を通るのか。解散はあるのかないのか。その前に、小沢一郎は無罪か有罪か。衆議院の定数是正はどうなるのか。

 解散があったとして、政界再編はあるのかどうか。まあ、あると見るのが常識だろう。既成政党はどこも議席を増やすだけの魅力がない。それどころか、減って当然といっていい有様だ。

 魅力がないとすれば「新党」だが、衆参合わせて100人規模の勢力を持てば、キャスティングボードが握れる。しかし、新党であれば、自・民と区別できるだけの魅力ある公約を掲げなければならない。その整合性から、そのいずれと連立を組むにしても難関が待ち構えている。

 「新党」には、広告塔となる人物が必要だ。すぐ頭に浮かぶのは橋下新党だが、ローカルからいきなり脱却できるとは思えない。小沢新党もあり得るが、無罪になったとしても、もはや自ら広告塔になることに無理があるのではないか。

 そして今年後半。野田首相が続いているという想像はどうもしにくいのだが……。だれが首相であっても、夏には福島原発事故発生原因にスポットが当たり、原発存続の可否を含む長期エネルギー政策を打ち出さなければならない。焦点は脱原発の可否だ。

 一方、沖縄普天間基地の辺野古移転を断念せざるを得ない転機が来るだろう。アメリカは大統領選がある。新国防戦略はどう進むのか。中東民主化の進展、イランやシリア、中国・北朝鮮など流動する国際情勢に対応できるだけの外交能力が築けるかどうか疑問。

 経済問題が最後になったが、ユーロー問題は今年前半になんらかの決着に至るだろう。だがその傷跡は長く続き、日本の成長にも明るさが見えてこない。最近下火になっているがTPPの議論も忘れていい存在ではない。

 以上、万事暗中模索の年。この濃い霧に国民はいいかげんうんざりしている。

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2012年1月21日 (土)

大寒とかけて

冷ややかな声ととく
その心は

「不毛な政局談義はやめ、大局に立って身を捨てて国民に奉仕をすることが民主党に一番求められている」
     野田首相、民主党大会で

「一事を必ずなさむと思わば、他の事破るもいたむべからず。人のあざけりをも恥ずべならず。万事に変えずしては、一つの大事成るべからず。
     吉田兼好『徒然草』

「どじょうがさ 金魚のまねすることねんだよなあ」
     相田みつお

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2012年1月20日 (金)

日本敗戦20日前

 高見順の『敗戦日記』を久しぶりで手に取った。たまたま開いた頁が昭和20年7月26日の分である。その日彼は、内務省・情報局から「啓発宣伝事業に関して御懇談を致したく」という手紙で呼び出され、上京している。

 集められたのは文士だけでなく、広く文化芸能団体関係者ということで、その場で配られた「紙」の全文を高見は日記にすべて書き写している。それが歴史上重要な意味を持つようになるということを、察知していたのかも知れない。

 塾頭も、読み返してみて、この公文書を今あらためて記録しておくことの意義を感じた。それは、中国が攻めて来たらとか、北朝鮮と戦争になればなどと、気軽に話す手合いが多くなったからである。戦争宣伝や攻防の現実を知ってもらうため、やや長いが文末に主要部分を転載する。それほど”戦中・戦後”は遠くなったということである。

 この会議には、机をたたき大声で叱咤する神がかりの意見を言う人、志気を昂揚させるなら、言論出版結社の自由を認めよとする「佐倉惣五郎」のような人、冷静で落ち着いた客観的意見を言う人など色々だったようだ。

 そして、高見はこう書いている。

気違いじみた大声、自分だけ愛国者で、他人はみな売国奴だといわんばかりの馬鹿な意見が天下に横行したので、日本はいまこの状態になったのだ。似而非愛国者のために真の愛国者が殴打追放され沈黙無為を強いられた。今となってもまだそのことに対する反省が行われていない。

 この時期、すでにポツダム宣言が発表され、最高戦争指導会議では天皇の指示で戦争終結の方向が打ち出されている。高見も国民も、まだそんなことは知る由もない。しかし、なんとなく負け戦となり、奇跡が起きたとしても日本が勝てる見込みのなさそうなことは、みんなが肌で感じている。

 高見はかつて治安維持法で検挙され、いわゆる「転向作家」となり釈放させた経歴を持つ。このような日記を書いて、もし特高警察に発見されたら、今度は助かる見込みがないはずだ。だが、当局の士気高揚の呼びかけは、もはや断末魔の叫び声に聞こえたのではないか。人々は小声ではあるが一時よりは自由にものを言うようになっていた。

 さらに下記の「要領」を見ると、開戦当時は、三国同盟の力強い盟友として賛美を惜しまなかったドイツが、負けたことによりその国民や軍をみそくそに罵倒し、反面反撃に成功したソ連・英国などをほめあげている。そのソ連が2週間後に突如対日宣戦布告をし、日本の敗戦を決定的にしたのは、何とも皮肉なことではないか。

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国民士気高揚に関する
 啓発宣伝実施要領
    (昭和二十年七月情報局)

 第一 宣伝方針
一、本宣伝は沖縄戦局の我に不利にして敵空襲の激化並に本土決戦必至なるの秋軍官民を挙げて断乎戦ひ抜くべき決意の下、七生尽忠、一人以て国を興すべき熾烈旺盛なる戦意を昂揚するに在り

二、本宣伝においては左の諸点を強調徹底す
 イ 今や本土決戦必至にして皇国の存亡を決するの秋なり、来るべき本土決戦こそは皇国の存亡を決する決定戦なり、本土決戦に敗れんか皇国他日の計を図るべき途絶対になし
 我国民は一人を残さず惰性による無関心、安易感を断乎排除し全生活、全精力を挙げて本決戦に勝つの一点に集中し、如何なる危急困苦にも敢然耐へ抜くべき決意を固むべし
 ロ 本土決戦をして大殲滅戦たらしむべし
   この決戦により我は敵の大兵力を一挙に殲滅し去り最後の勝利獲得の好機たらしめんために一億結束して必至敢闘すべきなり

 ハ 本土決戦に際し皇国民たるの自覚と衿持を遺憾なく振起すべし
   本土は神霊鎮まります父祖伝承の地なり断じて敵の蹂躙を許さず、敵来たらば来よ、その時こそ徹底的に撃破すべしの気概を振起し、個々の生死を超越し身を皇国に捧げて悠久の大義に殉じ帝国の光栄と歴史を守り抜くべきこと

 ニ 国民戦争の本義に徹すべし
  本土決戦とならば一億国民一人残らず戦列に加わる、国民義勇隊結成の所以もまたここにあり、隊伍盛盛一糸乱れず生産に防衛に死力を尽くすべし

  第二 宣伝の内容
一、敵の本土侵寇時期は切迫せり
 沖縄地上作戦の終結の次に来るものこそは必然的の空襲激化に続いての上陸作戦による本土侵寇なりしかもその時期たるや数旬乃至数ヶ月の近きにありと観ずべし

二、本土戦場化必至なり
 洋上及水際に敵を撃破すれ共、まぬがれての敵兵力の上陸も亦必至と考ふべし、従つて本土の一部は敵兵の蹂躙せられ全国土は敵の猛砲爆撃に曝され本土は挙げて戦場となるべし

 三、本土作戦の有利なる点次の如し
  イ 本土作戦は大軍集中及び補給の点に有利なり
   我方は所要の地点に敵に数倍する兵力を迅速に集中且つ之に対する補給も敵に比し遥に容易なり

  ロ 我は日本的特攻兵器の活躍に期待する所大なり、敵の空襲による航空機の減産は已むを得ずとするも戦場近接に伴ひ実動機数の増加は急激に上昇すめのみならず特攻基地は無数に整備せられありて同時常続的攻撃の可能なるを知るべし

  ハ 敵米英の北仏上陸の場合はその大根拠として目鼻の間に英本土あり、我本土上陸に際してはかかる近接根拠地を有せず洋上長途の補給に敵の弱点あり

  ニ 我本土には数百万の陸海精鋭部隊あり、その背後には更に数千万の義勇戦闘隊顕在するあり

四、戦争放棄は国体の破壊日本民族の滅亡なり
  イ 我国体と離れて我国民は存在せず、日本人に降伏なし
  ロ 敵の野望は我国体を破壊し我国民一人残さず殺戮若くは奴隷化し皇国を地上より抹殺するに在り

  ハ 戦争放棄は国民一部にのみ死と奴隷化をもたらすに非ず、如何なる階層、如何なる立場を問わず一人を残さずかかる非惨(註=原文のママ)なる運命に導くべし
  ニ 降伏後のドイツの現状よりも遥かに苛酷なる条件下に置かるべし

五 敗戦的思想の徹底的払拭に努べし
  イ 徒に敵の物量におびえるは誤りなり
  ロ 目前の空襲被害其他の状況により我戦力を過小評価するは誤なり
  ハ 敵陣にも苦悩の色濃厚なり
  ニ 重要生産施設の疎開復旧も着々進捗しあり

六、戦争は意志と意志との闘争なり
  イ 戦争は全精力を集中し右顧左眄するなく、遮二無二突き捲り押し捲り、最後の一瞬まで頑張りぬく方が勝つ、本土決戦は我らに課せられたる未曾有の大試練なり、これに耐へて耐へ抜く場合我々は勝つ、戦局急迫の余り「どうともなれ」の気持が微かにでも動くとき我等は敗る、強靭不屈、精神的にも肉体的にも徹底的に頑張り通し貫き通すべし

  ロ 欧州戦線における「スターリングラード」「ダンケルク」を見よ、前者に在りてはソ連が実に千数百万を戦没せしめつつもその強固なる意志と団結により最後の土壇場において、破竹の勢いにて無人の野を行くが如き独逸の大軍を一挙に押し返し、究極の利を占めたる好適例、後者は敵英の大軍が仏国戦場にて一敗地に塗れ、独空軍の縦横無尽なる猛爆に曝されつつその本土正に危殆に瀕せるにかかはらず英国民は老幼男女を問はず見事なる秩序を保ち、屈せず撓まず遂に独逸を屈服せしめたる実例を冷静に考察すべし

七、我国と「ドイツ」は根本的に異なる
  イ 我国体は万邦無比なり
  ロ 「ドイツ」き軍隊三百万の捕虜を出だせる事実に比し、我が皇軍将兵悉く特攻隊なり
  ハ 「ドイツ」の指導者はその信念と態度に欠くるところあり
  ニ サイパン、硫黄島、沖縄何れにいても我官民は常に一体協力し来たり、「ドイツ」にその例を見るを得ず

八、敵の思想謀略の激化を厳戒すべし
  イ 敵は同時に我国民の戦意の低下、軍官民離間等を狙ひ、伝単、放送等あらゆる手段による思想謀略を激化せしむるは当然予想せらるるも、我は皇国民たるの自覚に徹しその企画を破墔すべし
  ロ 和平希望の思想及戦争傍観的態度は敵謀略の乗ずべき間隙なり

九、我々は一に戦ふのみ
 畏くも第八十七臨時議会に賜りたる勅語において
 「爾有衆ノ忠誠武勇ニ信■(にんべんに奇)シ共ニ難苦ヲ分チ以テ祖宗ノ遺業ヲ恢弘セムコトヲ庶幾フ」と仰せられたる御聖旨を畏み、我国民は如何なる難苦にも堪へ、臥薪嘗胆、一人の戦争傍観者あるなく軍官民真に一致結束一切の不平不満を排除し、以て各職任において決死体当りを敢行すべし

 第三 宣伝の対象(省略)

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塾頭補注) ほかに「航空機等特定兵器緊急増産に関する啓発宣伝実施要領」があり、家庭工業で木製飛行機を作ったり、松根油増産を指示しているが、「飛べぬ飛行機」生産に「叱る指導」をしてはいけないなどと書いてある。 

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2012年1月19日 (木)

原発マフィアの黒幕

 福島の原発事故は「第2の敗戦」だということは、本塾で何度か言ってきた。しかし「敗戦」を経験したことのない人には、単なる物のたとえとしか感じないだろう。また、原発を推進し、今なおその延命を考えている政治家、企業の要人は、「嵐が過ぎ去るのを待てば」という、あたかも、敗戦時帝国陸海軍の復活を夢見た軍人そのものである。

 「第2の敗戦」、いやそれ以上の苦難にあえいでいるのが福島県の人々だ。それを他人ごとのように平然として見殺しにし、事故への責任は想定外の天災のせいにして恬と恥じない原子力村、いや、これからは「原発マフィア」と呼ぼう。あなたがたは、どういう犯罪に加担してきたか知っているのか。

 憲法に保証された基本的人権を奪った。それは、居住・移転・職業選択の自由から、財産権の侵害にまで及ぶ。それはさらに、福島に在住する故をもって風評被害という「差別」を生んでいる。その精神的・肉体的被害は、まさに戦争による被害に劣るものではない。

 国家・国民には、膨大な経済的損害を与え、これからまだまだ積み上がっていく。放射能被害は、直接間接に国内ばかりか国外まで影響を及ぼしている。国際的に長年培ってきた日本の技術の高さ、正確さ、堅実性などの評判に傷をつけ、歴史や文化に対する尊厳まで疑念の目で見られようとしている。

 さらに、政治家・官僚・専門家の信頼を低下させ、国論の分裂や政治の混迷を招き、国民はやり場のない閉塞感のなか、将来に託す夢まで奪おうとしている。このような、元凶を「原子力村」などというのんびりした平和なイメージで呼ぶのはふさわしくない。

 激しく糾弾しなければならないのは、「内閣官房原子力安全規則組織等改革準備室」なる名前だけ長ったらしい中途半端な組織が、原発の寿命を40年とするが、20年、つまり60年に延長することもできるという法律を政府に作らせようとしていることである。
 
 その黒幕は、だれか見当がつかない。経産省も今後安全・保安を担当するようになる環境省も中堅官僚の意識は微妙に変わりつつあるように見える。にもかかわらず、福島事故の原因究明の結論を今年夏まで先送りし、そこで将来の原子力・エネルギー政策のあり方を考えようというのんびりした方針なのに、なぜ、原発の寿命を盛り込んだ法案を今提出し、4月1日から施行するようにしなければならないのか。

 60年はおろか、半分の30年で再生可能エネルギーや低公害エネルギーが原発にとって代わるという、多くの試算がある。放射能をコントロールできない人類は、そうすべきであり、しなければならないということが常識化しつつある。

 それに対し、準備室は、アメリカの基準がそうなっており、世界でも認められているから、と答えたそうだ。そ~ら出ました、アメリカン・スタンダード!。アメリカも国土が狭く、地震の巣だらけで、津波を受けやすい海岸に原発がひしめいているといいたげだ。

 TPP、普天間、イランと同じ構図だ。もしかして原発マフィアには、全責任をアメリカに押し付け、日本国民を反米化させようという陰謀があるのかも知れない。

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2012年1月17日 (火)

米・イランの秘密ルート

 先週10日に「イラン制裁と日本」という記事を書いた。米・イラン間の緊張拡大を憂い、日本は制裁同調を要求するアメリカの意に沿うことではなく、緊張緩和に向けた外交努力を払うべきだと主張した。そこへ、[ていわさま]から次のようなコメントを頂いた

この問題はどのように説明しようか悩むところですが、明らかなのは両国には太いパイプがあります。オバマ民主党よりは共和党のラインと言ってよいでしょう。歴史を振り返れば、その答えは解ると思います。
ではオバマは何故制裁強化に踏み切ったのでしょうか?答えは明確です。オバマ民主党のラインを築きたいのです。 

 ありがたいことで、早速それに関する報道が目に飛び込んできた。ひとつはニューヨーク・タイムズを引用した15日付毎日新聞で《米政府は「秘密ルート」を通じ、イランの最高指導者ハメネイ師に海峡封鎖をしないよう警告した》としている。

 それに対し、共同通信はニューヨーク・タイムズ記事をフォローして《米政権からのメッセージの詳細やイランの最高指導者ハメネイ師宛てであったかどうかなどは不明。報道官は、米国の国連大使、米国の利益代表部を務めるテヘランのスイス大使館イラクのタラバニ大統領の3者からイラン側に伝達されたと説明している》と、よりくわしい。

 [ていわさま]のいう「太いパイプ」とは、これと別のもののようだが、共同通信の伝えるルートなら、国交のない国同士なら当然利用し合うルートで「秘密ルート」という程のものではない。いずれにしても、お互いの腹の中は見通しており、緊張は、国内権力(選挙)闘争や国内世論、同盟国・支持国向けのプロパガンダの要素が強い、ということだけはわかるような気がする。

 そういった中で、日本外交が原子炉と新幹線を売り込むだけというのはさびしすぎる。玄葉大臣にどこまで大人の外交ができるのか、さっぱり見えてこない。ただし日本の政治家が、米、イランのような手練手管を駆使することは絶対反対だ。昔、関東軍がこれで取り返しのつかない失敗をした。

 イランの核技術者が続々と暗殺されるなど、ソ連崩壊前後のように異様な闇の部分が多すぎる。日本は、政治家だけでなく国民全体を見てもそういったことに対する訓練ができておらず、韓国・台湾以下だということだけは確かなようだ。外交による怪我の代償は、とてつもなく大きいことを忘れてはならない。

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2012年1月16日 (月)

続・野田改造内閣採点

 前回このテーマで20点以下になりそう……、と書いたばかりである。そこに田中直紀防衛相のことも書こうと思ったが、どうしても、「田中真紀子の婿で云々」という話になりそうなのでやめた。塾頭は、政治家が2代目、3代目であろうと、政治家として独自の見識を持ち、立派な業績を上げられるなら出自を問わない主義である。

 直紀氏については、福島で衆議院に自民党から出馬して以来、その夫唱婦随(逆か!)ぶりが報じられる程度で、目立つ業績は何一つ知らない。しかし、「防衛相?、大丈夫かなあ」という印象はすくなからず持っていた。

 それが、早くもマスコミから足元をすくわれた。普天間の辺野古移転を「年内着工」と初めて時期を明言した。これが、本人の信念なら立派なものだがすでに「あれは手順を話したjまで」などと弁解しているらしい。それにしても、野田首相の「反対運動で血を見るようなことことまでしてやらないしアメリカもそれを望んでいない」というのと明らかに背反する。

 発言は、信念からでたものではなく、お役人がしつらえた勉強会から得た知識に違いない。それを証明するように、同じ場で出たPKO派遣の自衛隊の武器使用制限について、武器輸出3原則緩和の話と取違え、何度聞き直しても「防弾チョッキなど現地の要望があれば置いてこれるようにする」と繰り返したそうだ。昔のことなので役人のレクチャーになかったのだろう。

 塾頭は素人で高齢者だが、そんなことを取り違えたりしない。自分の頭でちゃんと答えられる。「防衛は素人」発言の一川前大臣よりひどい。自民側では早速国会で問題視するようだが、彼も小沢Gである。野田総理はどうする?。これで、採点は10点台前半が確実になった。

 
 

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2012年1月14日 (土)

野田改造内閣採点

 4か月半で早くも第2次野田内閣である。全く関心も希望もわかないが、どうしてそうなるのかを分析したいため、強いて採点することにした。

 まず、100点満点から半分の50点を控除した。その理由は、野党が発言にいちゃもんをつけた閣僚を守りきる度量に欠け、菅首相同様その都度枝葉を切り落としてつくろうことに専念した。おかげて大臣の地位は軽くなり、使い捨て雑巾なみになって、政治はますます官僚に軽んじられるようになった。

 その発言というのを、思いつくまま上げてみると次のようなものである。

仙石「暴力装置」→旧社会→前原G
鉢呂「放射能つけるぞー」→旧社会
松本龍「客を待たせるな」→旧社会2代目
中井冾「皇族が早く座らないと座れない」→小沢G
一川「防衛は素人」→小沢G

 軽口ではあるが、道義を問われて閣僚を辞めなければならないほどのものではない。事実、これよりひどい問題発言でも、小泉首相、石原・橋下知事などが言えば問題にされることがない。こうしてみると、犠牲者はかつて社会党に籍を置いたものや小沢グループに属する議員に集中しているように見える。

 発言以外では、秘書の不始末がある。小沢一郎自身がこれですでに3年余り、代表や幹事長の座をあけわたしたり、法廷に引き出されたりして、政治生命が奪われる寸前まできている。政治資金規正法で、悪質な違反が発覚すれば政治家に共同責任が問われるのは当然である。

 しかし、報告書の記載方法や、小口献金・会費などを受け取った中に、在日朝鮮人がまじっていたことを議員本人も秘書も知らなかったなどの件は、過失ではあろうが、大臣や議員が職をなげうつほどの問題かどうかには疑問がある。

 これまで、野田内閣閣僚の中でいずれ狙い撃ちされるに違いないと思ったのは、平岡法務大臣で、閣僚ではないが輿石幹事長もターゲットになるかもしれないと予測した。平岡は党内のリベラルの会を組織する護憲派で、死刑反対論者でもある。

 平岡はそのとおりになった。国会で問題にされる前にあらかじめ身をかわした感じだが、これも秘書の問題である。政策秘書に詐欺の執行猶予つきの前科があったというのである。その秘書は以前自民党議員の政策秘書で、平岡の秘書になるときは執行猶予期間を過ぎ、姓も妻の姓を名乗っていたので平岡は気がつかなかったという。

 法的には全く問題がなく、弁護士である平岡が、前科を理由に差別をしたとすれば、その方が道義的に問題がある。陰謀論を好まない塾頭だが、こんな風潮がはやると、敵陣営が大物政治家を失脚させるためスパイ秘書をもぐり込ませ、故意に不正を働らいて政治生命を奪うことだってできる。政治をそこまで腐敗させたくはない。

 以上、大臣を粗末にする罪にスペースを割きすぎたようだ。残り50点のうち、30点は最重要課題の原発・エネルギー政策、TPP、震災復興、財政再建、年金、普天間移転など、将来のあるべき姿をあいまいにしたまま明確に打ち出すことができず、また新閣僚に期待すべき任務も明らかにされていない改造であることで減点される。

 ブレがすくなく、元代表クラスで小沢をのぞき唯一首相経験のない岡田を副総理とし、消費税・社会保障の一体改革、行政改革で中央突破する意気込みを買って5点をプラスするが、小沢グループの動揺を放置したまま、挙党一致体制にほど遠いことで、それも帳消しとなり、結局合計20点が維持できれば、という大アマの採点が結論である。
 

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2012年1月13日 (金)

ま冬の噴水

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やはり寒そう!!

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2012年1月12日 (木)

「日本」とは何か

 2004年2月27日に物故された網野善彦氏は、中世史に多くの業績を残す著名な歴史家である。その晩年、2000年に出版された本が『「日本」とは何か』である。同書の巻末にある大津透氏の解説は、その輪郭を次のように紹介する。

 本書は、著者が晩年企画の中心にあたった講談社の大型企画「日本の歴史」の冒頭00巻として、書き下ろし執筆された。執筆中に肺がんが見つかり手術をはきんで書き上げられたという壮絶な事情があったため、次世代にこれだけは伝えたいという迫力が感じられ、著者のこれまでの研究・日本論を集大成したものである。

 塾頭も自著『海と周辺国に向き合う日本人の歴史』の中で、九州・松浦党の記述に際網野氏の研究から得るものが多かった。しかしそれは、あくまでも学際的な知識としてであり、「次世代にこれだけは伝えたいという迫力」とは無関係だった。

 その迫力とは、そもそも「日本」や「天皇」などの呼称は、律令時代以前には存在せず、百姓(おおみたから、ひゃくせい、ひゃくしょう)は農民だけを指すものではない、ということなどから、「みずほの国」や「日本」という言葉の安易な理解・使用に厳しい警句を発していることである。

 日本人、日本語、日本文化、日本の伝統、日本民族――すべて自分の都合に合うように間違った使い方をしているという主張である。極端に言うと「日本」という概念は、最初から存在しない架空のものだといわんばかりだ。

 おそらく執筆当時、政権を維持し続ける自民党を中心に、憲法や教育など「古い日本」回帰への機運が高まっていたことも関係あるだろう。保守ばかりか共産党まで「日本」を頭に冠していると皮肉り、「近代歴史学の鬼子(おにご、親に似ない、世間常識に反する鬼の子のような珍しい存在=塾頭・注)ともいうべき平泉澄氏の皇国史観(中略)西尾幹二氏の『国民の歴史』という新たな鬼子の存在」と、名指しで攻撃している。

 塾頭は、網野氏の主張全部を支持するものではないが、若者の右傾化にマンガで大きな影響を与えた小林よしのり氏でさえ、最近は、万世一系論や、皇統男系論に根拠のないことをマンガで表現している。これは、おそらく小林氏自身による歴史渉猟の結果であり、網野氏のいう右翼論客の「鬼子」ぶりが露呈してきたということだろう。

  当塾でも、民族の起源に始まり天皇制や教育勅語に登場した国体の精華、さらには日の丸、君が代などに関連する記事で、「日本」を偏狭に解釈する誤りを指摘してきたが、今日なお、網野氏が持った危機感が去るまでには至っていない。

 「真保守」ではない「真日本」を守るため、今後予想される政界再編を注目したいものだ。

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2012年1月10日 (火)

イラン制裁と日本

 このところ、どうもわからないのがイランと米欧の対立にからむ国際問題だ。アメリカはイランに核開発の中止を求めて、イラン中央銀行との取引禁止の経済封鎖を進め、これにヨーロッパ各国も追随する構えだ。

 アメリカは、日本・韓国にも同調するよう圧力を強めている。そしてイラン海軍はメキシコ湾で演習をはじめ、アメリカ海軍も周辺で警戒を強めている。イランは、経済封鎖には、ホルムズ海峡封鎖で対抗するといっている。

 ホルムズ海峡の封鎖は、日露戦争の旅順港封鎖と同じで海峡の狭いところに大型船一隻を沈めれば通行不能になるのではないか。そうなれば日本の原油輸入ルートの大半が影響を受ける。そもそも経済封鎖というのは、戦争の一歩手前の強硬手段だ。

 イランにとっても石油輸出は命の綱だ。中国などへの販路は残るのでゼロにはならないだろうが、アメリカの圧迫に屈するわけにはいかない。イランはウラン濃縮を継続しているが、国際機関IAEAによる確認のもとで行い、北朝鮮の秘密裏の行動とは違う。

 核拡散防止条約で認められた保有国5か国以外に、インド・パキスタンがすでに核兵器を所有しており、イスラエルの保有は公然の秘密扱い、北朝鮮は国交テクニックと国内引き締めの道具にこれを使う。イランに対する明らかなダブル・スタンダードだ。

 今やちょっとした国なら、核を持つことなどそれほど困難なことではない。アメリカは、どうしてこれほどイランにだけ神経をとがらすのだろうか。それは、イスラエルを抜きにして考えられない。

 イランが核施設を持つとイスラエルが先制のミサイル攻撃をイランに行使するからだという。たしかに、シリアには同じ理由で爆破攻撃を行った。それならば、アメリカがイスラエルに自制を求める方が先ではないか。

 境界を超えてヨルダン川西岸地区に移住家屋建設を進めるイスラエルに、中止や撤退を求めるにしてもも、明らかに腰が引けている。国内の経済界・政界に有力な人材を配しているユダヤ人への配慮といううわさも俗説とは思えない。

 ヨーロッパは、イギリスを筆頭に中東、イラン地区でさんざん手を汚してきた歴史があり、十字軍以来イスラム圏での信頼がない。アメリカの歴史はそんな古くはないが、ホメイニ革命や、アメリカ大使館占拠事件などにトラウマが残るのであろうか。

 イランの宗教指導者など強硬派にも責任があるが、東西文明の交錯した古代ペルシア発祥の地としての責任を自覚してほしいものだ。また、日本は、イランと対敵する理由はひとつもない。まさか、北朝鮮と通じているからと、子供じみたことをとう人はいないだろう。

 ここは、アメリカの言うなりではなく、日本・イランの友好維持のため、すこしはしたたかな外交の妙と知恵を発揮してもらいたいものだ。

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2012年1月 7日 (土)

続・新円切替の時代

 「新円切替」とはどういうものかについては、前々回の記事を見てください。その前の<消費税と「蛮勇」政策>から話はつながっているのですが、わかりにくいようでしたら読み返してみてください。次の話は、塾頭のごく身近にいた先輩から聞いた話です。

リンゴ成金
 彼は、兵隊でしたが衛生兵という、あまり前線で戦うことのない部門の担当でした。彼は、軍人勅諭の「一つ 軍人は忠節を尽くすを本分とすべし……」をもじった「軍人は要領をもって旨とすべし」に徹したんだ、と自慢げに述懐していました。

 その彼は復員後、せっかく無事帰ってきたのだから、戦争の垢を洗い落とし、気分一新しようと熱海の温泉で休養することを思い立ちました。そうして、大浴場で偶然会った人と次のような会話を交わしました。

 男「復員早々だというが、長逗留だね」
 彼「うん、金ならいくらでもある」
 男「そうかい。じゃあリンゴを大口で買わないか。○○円でどうだ」
 彼「よし、買った。引取先はあとで部屋へ届けさせよう」

 彼はそのまま忘れていたところ、ある日秋葉原の貨物駅から突然電話がかかってきました。「青森からリンゴが貨車で届いているんですが……」。大口とは言ったがまさか貨車で……、と驚いた彼だが、引き取らないわけにいかない。

 その頃、すでに新円切替の話が出始めていたのです。男の方は、新円になったら、貨車単位でリンゴを買ってくれる客はそうはいないだろうという計算です。一方彼は、旧円をいくら持っていても銀行預金で封鎖されたら使えなくなるはずだということで、旧円を親戚や知人からもかき集めました。それで支払を済ませ、全量自宅に引き取りました。

 自宅の玄関から庭までうず高く積み上げられたリンゴ箱をどう処分するか。彼が思い立ったのは、新円切替が始まると同時に、新橋駅前でにわか露天商、別名ヤミ屋をはじめることです。「リンゴの歌」がはやったように、それこそ飛ぶように売れました。

 彼の手元には使いきれないほどの新円が転がり込みました。500円生活、300円生活には全く縁がない、いくら使ってもいいお金です。彼はやがてこれを株式投資に向け、ちょとした金満家になりました。話半分に聞いても、目先の利く人はやはり違います。

家内工業全盛
 サラリーマンなら、月に500円は新円が入るわけですが、定職のない人はそうはいきません。インフレに置いて行かれないように、なんとか新円を手に入れなくてはなりません。そこで塾頭の家では、手動のメリヤス編み機を導入し、「軍足(ぐんそく=靴下)」を作って問屋に納入することにしました。

 「軍手」なら今でも100円ショップなどで買えますが、「軍足」はご存知ない人が多いと思います。作り方は、まず、「短繊維」という再生品の毛糸(粗悪品ですぐ切れる)をメリヤス編みにして円筒形の胴の部分を作ります。 
  
 別にゴム編みで履き口の部分をまとめて作り、メリヤス編みの筒にかがってつなぎます。つま先の部分は、しぼって閉じるだけ。これで完成。かかとの部分の補強加工は特にありません。それでも一応は商品です。靴下の形をしたジュラルミンの板を中に入れ、アイロンをあてて体裁をよくしました。

 「それでは一度履くとかたちがなくなる……」。それでいいのです。軍足は履くたびにかかとの位置が変わり、特定の場所に穴が開きにくいのです。それでも1シーズン持てばいい方だったでしょう。良心的ではありませんが、物不足だからそれでも売れた時代なのです。

 バイトなどという言葉もなかった時代、学校から帰ると一所懸命に手伝いました。後には、「前身ごろ」「うしろ見ごろ」「袖」を編んでかがり合わせるセーターも作りましたが、それらの商売は2年と続かなかったように思います。近くには、軍需品の部品製造設備を利用して電球まで作る家がありました。田舎の小さな町でも、そんな復興への活力があったのです。

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2012年1月 6日 (金)

米・新国防戦略、日本はどうなる

 オバマ米大統領が今日未明(現地時間5日午前)、国防総省で演説し、国防費削減に対応するための新国防戦略を発表した。各紙が報ずるところによると、米軍が約20年間にわたり維持してきた二つの紛争に同時対処する「二正面作戦」遂行の態勢を大幅に見直すことになる。

 イラク撤収は、なんとか終え、アフガニスタンからの段階的撤収を順調に進めたいところだ。これで地上戦力を大幅削減する。そして、欧州や中南米の戦力も削減し、中国の軍事的台頭に対処するため、アジア・太平洋地域に重点を置く方針を改めて明確化した。

 これは、ブッシュ以来の「テロとの戦い」で膨張した戦費が米経済の足かせとなっており、近づく大統領選に有利な足場を固めるためにも、避けて通れない選択となっている。世界の警察官をやめて、アジア・太平洋地区に交番を集めてしまおう、というわけだ。

 その具体的中身は、海兵隊や陸軍など、敵地に乗り込んで制圧する伝統的戦術をやめ、「ジョイント・エア・シー・バトル」(空海統合戦略)構想を推進することで、空、海軍の大幅削減は避けることのようだ。この構想は、動機や規模が全く違うが、専守防衛の自衛隊こそ他に先駆けて採用すべき方針だ、ということをかねがね当塾は主張してきた。

 わが国は幸いにして陸上に国境がない。国土を相手国からの侵略を防ぐため、予防的に国境を越えて侵攻しなれけばならない、ということもない。相手の侵略は、領海・領空の制海権・制空権を完全に把握していれば、敵の多数の兵士を上陸させることなどほとんど不可能だ。もし強行すれば、莫大な犠牲と損害を覚悟のうえということになる。

 それでも、人を伴わないミサイル攻撃やサイバー攻撃がやってくるかもしれない。当然それらには対処する研究開発を怠るわけにいかない。この分野も他国に決して劣るものではないだろう。こうして、アメリカの戦略と似ている部分をあわせ、「日米同盟の深化」ということはあり得る。

 ただし、大きな違いはアメリカには日本憲法の9条に相当するものがないことだ。安保条約上は、双方の憲法を尊重する規定があるが、これまでの経緯は、アメリカの都合が何かにつけまかり通る、つまりアメリカのいいなり外交で骨抜きになることばかりだった。この点が改められなければ、むしろ米中戦争に巻き込まれかねない危険があるのだ。
 
 沖縄のことだが、アメリカにとって最大の海兵隊を駐屯させる戦略的価値はほとんどなくなり、普天間の辺野古移転問題など、過去の遺物と化すことだろう。それを、環境調査報告の書類がとうのこうのと役所の小役人のやるようなことに神経を集中している。全く無駄というほかない。

 アメリカは、次に日本に何を要求してくるだろうか。まず考えられるのは「ジョイント・エア・シー・バトル」の自衛隊による一部肩代わりだ。もっと悪いのは、新戦略を日米を一体化した同盟関係ととらえ、グァムやハワイの基地費用まで分担させるというものだ。

 そのいずれも、日本憲法の改正や解釈変更を要求してくるだろうし、最大の目的である軍事費の軽減を実効あるものにするため、あらゆる方法で日本の協力を強要するだろう。これを避ける道はあるのか、平和憲法のある日本が、米中の間に立ち、お互いの覇権主義を批判して軍拡競争に歯止めをかけることである。

 これは、日米中いずれにとっても利益のあることだが、問題は日本の外交当局や首相にその能力がない。また、そのような国民世論も醸成されていない。このままのないないづくしでは一歩も進まない。ないものねだりだが、やはり健全な指導力を発揮する政治家の出現を待つしかないのか。

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2012年1月 5日 (木)

新円切替の時代

 前回の<消費税と「蛮勇」政策>の続きです。終戦翌年の春、うちつづくインフレで庶民の懐も国の財政も銀行も破たん寸前でした。食糧危機は田舎も同然で、配給米ではとても足らず、農家の自家用備蓄米を分けてもらうか、イモ、カボチャなどの代用食でしのぎました。

 親しい農家から分けてもらうにしても、ヤミ米に匹敵する現金は我が家にありません。そこで家財を持ち出し物々交換をするのですが、最初に消えたのは「お召」と称される和服のようでした。これを、皮を一枚ずつはがしていくということから「たけのこ」生活といいました。

 そんな時に出てきたのが2月から3月にかけての「新円切替」政策です。現在持っている現金は旧円となり、新たに発行する新円に交換しないと旧円は使えなくなる、というものです。交換できる額は、世帯主300円、その他の世帯員は1人につき100円までと決められました。

 それ以上の旧円は、すべて銀行や郵便局などの金融機関に預金として預入れなくてはなりません。すぐにはおろせず、翌月から毎月前述の金額以内でおろすことができました。また、給料は、誰でも新円でもらえるのは500円まで、それ以上は預金としてお預けになります。つまりひと月500円以内で生活することになります。

 10 これを聞いた塾頭は、ちょっと愉快な気持ちになりました。「お金持ちも貧乏人も同じ500円程度の生活になる。インフレがなくなればもっと生活は楽になるに違いない」という素朴なものです。写真は、当時発行された新円10円札です。

 このデザインは、戦前には全くないスタイルで、学校でも左側の議事堂写真のあるほうが「米」、右側のは四角は「国」、つまり「米国をデザインしたものて゜「国」は鎖でしばられている、と評判になりました。この新札も印刷がまにあわず、かわりに切手を半分にしたような「証紙」というものが発行され、それを旧札の左肩に貼れば新円として通用する、という便法もとられました。

 そのあと、新憲法草案が発表され4月には、戦後初の総選挙が行われます。「新しい日本になるのだ」という感じがようやく出始めた頃です。いずれにしても「新円切替」は、子供心にも強い印象を残した戦後の金融政策でした。

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2012年1月 4日 (水)

消費税と「蛮勇」政策

 東日本大震災が起きた時、当ブログは何をどう書くべきか、しばし言葉を失う状態になった。近所の学校は「本日臨時休校」となり、スタンドでは「売り切れ」札、路線バス「運休のお知らせ」などを写真に撮り、「非日常」と題するエントリーを2回ほど載せた。

 そして、同時に「これは、日本の敗戦にも匹敵する変わり目になるぞ」という不安が頭をよぎった。はっきり表現はできないが、「これで成長路線は終わり、いかに衰退を防ぐか、また経済破たんを避けるため、政治は全力を注がなければならなくなるだろう」ということ、「国民の負担増を甘受しなければならない時代が来るのではないか」ということである。

 その意味から、消費税アップと年金の一体改革に賛成である。反対論は、マニフェストに書いた時期と違う、行政改革、公務員の給料引き下げが先、不景気になって税収減を招く、あたりであろうか。いずれも確固とした方向性を示すものと思えない。

 マニフェストは、国内外の環境が大変化しているのだから変更するのが当たり前。必要な行政改革は日頃実行しなければならないが、官僚の知恵や行政サービス低下を招く強権政治はマイナス。景気の上げ潮を期待するだけでは、長年の体質を維持するだけ。簡単にいうと、そういうことだ。

 戦後経験のある人なら、金融ですぐ思い出すのが「新円切り替え」だ。終戦の年(1945)が翌年にかけてヤミ物価はみるみるうちに2倍になり、食糧不足は餓死者さえ出るほど深刻となる。政府は膨大な戦時国債をかかえ、銀行の貸し出しは増えるが、預金するようなバカはいない。

 この手の付けられないような事態に、及び腰の渋沢大蔵大臣をよそに、権限をはるかに越えるような「経済緊急対策」を提言したのは、大蔵省の中堅官僚だった。その骨子は、

①「全国民戦死ノ観念」で約1000億円の財産税をとろう②その財産をしらべるためには新紙幣を発行して旧紙幣と交換しなければならない③交換のさい預金の封鎖を断行しよう④軍需企業に対する補償は行うが、財産税もとる。

というものであった。これは、東大教授・大内兵衛の「戦時の政府債務を棒引きするくらいでなければ戦後再建は難しい。渋沢大蔵大臣は蛮勇をふるえ」と述べた線に沿っている(『昭和経済史下』日経新書)。そのうちの通貨措置が「新円切り替え」となったのだが、通貨発行高は激減したものの生産高が追いつかず、物価安定に向けた時間稼ぎに終わった。

  この「蛮勇」政策がすべて当を得ていたかどうかには問題があるが、やがてそれぞれが独特の効果を発揮し、戦後の体制を固めて次の成長の基礎となったことは間違いないだろう。大きな時代の変わり目には、それを意識させる「蛮勇」政策が求められる所以である。

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2012年1月 1日 (日)

謹賀新年/2012

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