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2012年1月20日 (金)

日本敗戦20日前

 高見順の『敗戦日記』を久しぶりで手に取った。たまたま開いた頁が昭和20年7月26日の分である。その日彼は、内務省・情報局から「啓発宣伝事業に関して御懇談を致したく」という手紙で呼び出され、上京している。

 集められたのは文士だけでなく、広く文化芸能団体関係者ということで、その場で配られた「紙」の全文を高見は日記にすべて書き写している。それが歴史上重要な意味を持つようになるということを、察知していたのかも知れない。

 塾頭も、読み返してみて、この公文書を今あらためて記録しておくことの意義を感じた。それは、中国が攻めて来たらとか、北朝鮮と戦争になればなどと、気軽に話す手合いが多くなったからである。戦争宣伝や攻防の現実を知ってもらうため、やや長いが文末に主要部分を転載する。それほど”戦中・戦後”は遠くなったということである。

 この会議には、机をたたき大声で叱咤する神がかりの意見を言う人、志気を昂揚させるなら、言論出版結社の自由を認めよとする「佐倉惣五郎」のような人、冷静で落ち着いた客観的意見を言う人など色々だったようだ。

 そして、高見はこう書いている。

気違いじみた大声、自分だけ愛国者で、他人はみな売国奴だといわんばかりの馬鹿な意見が天下に横行したので、日本はいまこの状態になったのだ。似而非愛国者のために真の愛国者が殴打追放され沈黙無為を強いられた。今となってもまだそのことに対する反省が行われていない。

 この時期、すでにポツダム宣言が発表され、最高戦争指導会議では天皇の指示で戦争終結の方向が打ち出されている。高見も国民も、まだそんなことは知る由もない。しかし、なんとなく負け戦となり、奇跡が起きたとしても日本が勝てる見込みのなさそうなことは、みんなが肌で感じている。

 高見はかつて治安維持法で検挙され、いわゆる「転向作家」となり釈放させた経歴を持つ。このような日記を書いて、もし特高警察に発見されたら、今度は助かる見込みがないはずだ。だが、当局の士気高揚の呼びかけは、もはや断末魔の叫び声に聞こえたのではないか。人々は小声ではあるが一時よりは自由にものを言うようになっていた。

 さらに下記の「要領」を見ると、開戦当時は、三国同盟の力強い盟友として賛美を惜しまなかったドイツが、負けたことによりその国民や軍をみそくそに罵倒し、反面反撃に成功したソ連・英国などをほめあげている。そのソ連が2週間後に突如対日宣戦布告をし、日本の敗戦を決定的にしたのは、何とも皮肉なことではないか。

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国民士気高揚に関する
 啓発宣伝実施要領
    (昭和二十年七月情報局)

 第一 宣伝方針
一、本宣伝は沖縄戦局の我に不利にして敵空襲の激化並に本土決戦必至なるの秋軍官民を挙げて断乎戦ひ抜くべき決意の下、七生尽忠、一人以て国を興すべき熾烈旺盛なる戦意を昂揚するに在り

二、本宣伝においては左の諸点を強調徹底す
 イ 今や本土決戦必至にして皇国の存亡を決するの秋なり、来るべき本土決戦こそは皇国の存亡を決する決定戦なり、本土決戦に敗れんか皇国他日の計を図るべき途絶対になし
 我国民は一人を残さず惰性による無関心、安易感を断乎排除し全生活、全精力を挙げて本決戦に勝つの一点に集中し、如何なる危急困苦にも敢然耐へ抜くべき決意を固むべし
 ロ 本土決戦をして大殲滅戦たらしむべし
   この決戦により我は敵の大兵力を一挙に殲滅し去り最後の勝利獲得の好機たらしめんために一億結束して必至敢闘すべきなり

 ハ 本土決戦に際し皇国民たるの自覚と衿持を遺憾なく振起すべし
   本土は神霊鎮まります父祖伝承の地なり断じて敵の蹂躙を許さず、敵来たらば来よ、その時こそ徹底的に撃破すべしの気概を振起し、個々の生死を超越し身を皇国に捧げて悠久の大義に殉じ帝国の光栄と歴史を守り抜くべきこと

 ニ 国民戦争の本義に徹すべし
  本土決戦とならば一億国民一人残らず戦列に加わる、国民義勇隊結成の所以もまたここにあり、隊伍盛盛一糸乱れず生産に防衛に死力を尽くすべし

  第二 宣伝の内容
一、敵の本土侵寇時期は切迫せり
 沖縄地上作戦の終結の次に来るものこそは必然的の空襲激化に続いての上陸作戦による本土侵寇なりしかもその時期たるや数旬乃至数ヶ月の近きにありと観ずべし

二、本土戦場化必至なり
 洋上及水際に敵を撃破すれ共、まぬがれての敵兵力の上陸も亦必至と考ふべし、従つて本土の一部は敵兵の蹂躙せられ全国土は敵の猛砲爆撃に曝され本土は挙げて戦場となるべし

 三、本土作戦の有利なる点次の如し
  イ 本土作戦は大軍集中及び補給の点に有利なり
   我方は所要の地点に敵に数倍する兵力を迅速に集中且つ之に対する補給も敵に比し遥に容易なり

  ロ 我は日本的特攻兵器の活躍に期待する所大なり、敵の空襲による航空機の減産は已むを得ずとするも戦場近接に伴ひ実動機数の増加は急激に上昇すめのみならず特攻基地は無数に整備せられありて同時常続的攻撃の可能なるを知るべし

  ハ 敵米英の北仏上陸の場合はその大根拠として目鼻の間に英本土あり、我本土上陸に際してはかかる近接根拠地を有せず洋上長途の補給に敵の弱点あり

  ニ 我本土には数百万の陸海精鋭部隊あり、その背後には更に数千万の義勇戦闘隊顕在するあり

四、戦争放棄は国体の破壊日本民族の滅亡なり
  イ 我国体と離れて我国民は存在せず、日本人に降伏なし
  ロ 敵の野望は我国体を破壊し我国民一人残さず殺戮若くは奴隷化し皇国を地上より抹殺するに在り

  ハ 戦争放棄は国民一部にのみ死と奴隷化をもたらすに非ず、如何なる階層、如何なる立場を問わず一人を残さずかかる非惨(註=原文のママ)なる運命に導くべし
  ニ 降伏後のドイツの現状よりも遥かに苛酷なる条件下に置かるべし

五 敗戦的思想の徹底的払拭に努べし
  イ 徒に敵の物量におびえるは誤りなり
  ロ 目前の空襲被害其他の状況により我戦力を過小評価するは誤なり
  ハ 敵陣にも苦悩の色濃厚なり
  ニ 重要生産施設の疎開復旧も着々進捗しあり

六、戦争は意志と意志との闘争なり
  イ 戦争は全精力を集中し右顧左眄するなく、遮二無二突き捲り押し捲り、最後の一瞬まで頑張りぬく方が勝つ、本土決戦は我らに課せられたる未曾有の大試練なり、これに耐へて耐へ抜く場合我々は勝つ、戦局急迫の余り「どうともなれ」の気持が微かにでも動くとき我等は敗る、強靭不屈、精神的にも肉体的にも徹底的に頑張り通し貫き通すべし

  ロ 欧州戦線における「スターリングラード」「ダンケルク」を見よ、前者に在りてはソ連が実に千数百万を戦没せしめつつもその強固なる意志と団結により最後の土壇場において、破竹の勢いにて無人の野を行くが如き独逸の大軍を一挙に押し返し、究極の利を占めたる好適例、後者は敵英の大軍が仏国戦場にて一敗地に塗れ、独空軍の縦横無尽なる猛爆に曝されつつその本土正に危殆に瀕せるにかかはらず英国民は老幼男女を問はず見事なる秩序を保ち、屈せず撓まず遂に独逸を屈服せしめたる実例を冷静に考察すべし

七、我国と「ドイツ」は根本的に異なる
  イ 我国体は万邦無比なり
  ロ 「ドイツ」き軍隊三百万の捕虜を出だせる事実に比し、我が皇軍将兵悉く特攻隊なり
  ハ 「ドイツ」の指導者はその信念と態度に欠くるところあり
  ニ サイパン、硫黄島、沖縄何れにいても我官民は常に一体協力し来たり、「ドイツ」にその例を見るを得ず

八、敵の思想謀略の激化を厳戒すべし
  イ 敵は同時に我国民の戦意の低下、軍官民離間等を狙ひ、伝単、放送等あらゆる手段による思想謀略を激化せしむるは当然予想せらるるも、我は皇国民たるの自覚に徹しその企画を破墔すべし
  ロ 和平希望の思想及戦争傍観的態度は敵謀略の乗ずべき間隙なり

九、我々は一に戦ふのみ
 畏くも第八十七臨時議会に賜りたる勅語において
 「爾有衆ノ忠誠武勇ニ信■(にんべんに奇)シ共ニ難苦ヲ分チ以テ祖宗ノ遺業ヲ恢弘セムコトヲ庶幾フ」と仰せられたる御聖旨を畏み、我国民は如何なる難苦にも堪へ、臥薪嘗胆、一人の戦争傍観者あるなく軍官民真に一致結束一切の不平不満を排除し、以て各職任において決死体当りを敢行すべし

 第三 宣伝の対象(省略)

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塾頭補注) ほかに「航空機等特定兵器緊急増産に関する啓発宣伝実施要領」があり、家庭工業で木製飛行機を作ったり、松根油増産を指示しているが、「飛べぬ飛行機」生産に「叱る指導」をしてはいけないなどと書いてある。 

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戦中・戦後」カテゴリの記事

コメント

結果がわかっているから塾頭のような批判をする人がいるのです。
敗戦20日前とは当時は誰も思わなかった、勝てる見込みはないとは誰も思わなかった。もちろん一般国民レベルですよ。
非常に苦しい状況ではあったがみんな必死にがんばっていたのです。
国民全員が一致団結して国難を切り抜けようと各自が自分の持ち場で全力を尽くしていたのです。
負けるはずがないと思っていたから8月15日に全員茫然自失になったのです。自暴自棄になる人が出たのも仕方ありません。
それを現在の時点でバカだとか騙されていたとか非難するのは卑怯。あとからならいくらでも言えます。
で、中にはそれまでの自分を消し去りたい衝動と自己防衛から新たなる支配者に媚びる者も出現するのです。鈴木安蔵とか市川房江とか180度転向する者たちです。

投稿: ミスター珍 | 2012年1月21日 (土) 23時00分

ミスター珍 さま
あなたの知識がどこから来たのか知れませんが、ある面ではもっともなことでしょう。なぜならば、新聞・ラジオはもとより、学校の先生や地域を守る警防団長など、世の中はすべてあなたのような言説が支配していました。

当時中学生だった私は、内職で食いつなぐ母が近所の人との会話で「日本は負けるらしい」というのを聞き、たしなめたことがあります。

いつの時点だったか覚えていませんが、昭和18年には悲観論がではじめ、20年には「一般国民」のなかば公然化したことが、歴史書や、研究書の中でも見られます。(下記をご参照)
http://hansenjuku.cocolog-nifty.com/blog/2010/09/post-44e5.html

 それに危機感を抱いたから上述のような宣伝会議が招集されることになったのでしょう。昭和17年には考えられないようなことがささやかれ始めたということで、いい、悪いとは別問題です。歴史から何を学ぶかです。

投稿: ましま | 2012年1月22日 (日) 10時19分

太平洋戦争において、日本軍が十分な軍事力を示すことができていたならば、米軍は、沖縄に近づくことはなかった。したがって、沖縄戦もなかった。力を軽視する人間には、力量の判定はできない。テクニカル・ノックアウトの判定を下す能力のない指導者が権力を握っていると、民の命はいたずらに消耗するばかりである。力は正義である。力を軽視する風習が人命を軽視する習慣につながっている。我々が自らの力を抑止力として十分に示すことができれば、正義はわが方についてくる。(Might is right).

http://www11.ocn.ne.jp/~noga1213/
http://page.cafe.ocn.ne.jp/profile/terasima/diary/200812


投稿: noga | 2012年1月28日 (土) 03時13分

noga さま

本文の「啓発宣伝実施要領」でも戦力の差があることを暗に認めていますね。

 <五 敗戦的思想の徹底的払拭に努べし
   イ 徒に敵の物量におびえるは誤りなり

それを精神力で跳ね返そうという趣旨です。

日本の核武装論にも言えます。核戦争をやれば国土面積と人口の多い方が勝つから、本当は抑止力にならない。

太平洋戦争も冷静に研究すれば結果が最初からわかっていたはずです。

投稿: ましま | 2012年1月28日 (土) 11時11分

結果を知ってからなら、誰だって言えますよ。

投稿: makoto | 2012年1月28日 (土) 17時00分

結果を知って二度と繰り返さないようにするのが賢い人のやり方ではないでしょうか。

投稿: ましま | 2012年1月28日 (土) 21時17分

ましまさん

>結果を知って二度と繰り返さないようにするのが賢い人のやり方ではないでしょうか。

話を摩り替えないでください。
あなたはこうおっしゃった。

>太平洋戦争も冷静に研究すれば結果が最初からわかっていたはずです。

これは、結果を知る前でも、徹底的に研究すれば、負けることは分かっていた、あの戦争をすべきじゃなかった。
という意味でしょう。
上の、「結果を知って・・・」とは、論点が違います。
結果を知っているあなたが、「わかっていたはず」などと書いているから、
私は、「結果を知ってからなら誰でも言える」と言っているのです。

私も、いくらでも言えますよ。
前にも書きましたが、明智光秀は信長を殺すべきじゃなかった。
石田光成も徳川家康と戦をすべきじゃなかった。どんなに家康が嫌がらせをしてきても、豊臣家のために一切逆らうべきじゃなかった。
白虎隊はさっさと降伏すべきだった。
バブルが崩壊するのは分かっていたのだから、日経平均が最高値に達したときに、レバレッジをかけて逆張りすべきだった。
ってね。

投稿: makoto | 2012年1月30日 (月) 04時01分

訂正

逆張り → 空売り

投稿: makoto | 2012年1月30日 (月) 04時11分

思考回路が全く違うので答えようがありません。

投稿: ましま | 2012年1月30日 (月) 08時56分

ましまさん

>思考回路が全く違うので答えようがありません。

こうやって、意見が違う人との話し合いを避けるんですね。
外国と話し合いでなんでも解決するというご意見だったと思いますが、それがいかに心もとないかよくお分かりになったと思います。

アドバイスを差し上げれば、
「私は結果を知ってるから、『あの戦争を避ければよかった』、などと言ってしまった。二度とそのようなことは言わない。」
と言えばいいのではないですか。

投稿: makoto | 2012年1月30日 (月) 17時26分

「歴史の後知恵」という事は確かにありますが、だからと言ってこの話をその一言で片付けるのは浅薄ではないかと思います。戦争終結20日前どころか、それ以前に日本の敗戦を予想していた人は幾らも居る訳で、それ自体は珍しくもありません。「国民全員が一致団結」というのは平板な理解だと思います。失礼を承知で申し上げれば、そういう理解は絵空事に近い。エリートから特別な情報にアクセスできない一般人まで、当時の人の日記などを読めば、本気で日本の勝利と正義を信じていた人から、きっぱり日本政府のプロパガンダを拒絶した人の間には巨大なグレーゾーンが広がっていて、勝利に対して半信半疑の人、懐疑的あるいはまったく信じていないけど渡世の都合で迎合していた人、口先だけお付き合いしてできるだけ自己保存に努めた人、嫌でも戦争が始まった以上はできるだけの事をやらねばならないと思っていた人など様々です。
そうして振り返ってみたときに、「結果を知ってからなら、誰でも言えます」というのは議論を深めない態度ではないでしょうか。そのような事を言えば、歴史は単なる過去の事実の羅列に過ぎなくなります。そうではなく、「結果を知っている」私達はそれらが相互にどのような関連を持って次の展開につながったのかを理解するべきでしょう。
今、ここにあげられた高見順(むろん彼は文化的エリートであって、平均的な日本人以上に恵まれた情報環境にあった訳ですが)の日記を改めて読むならば、少なくとも漠然としたという以上の敗北の予測を感じており、敗戦の総括を無意識にすでに始めている事が読み取れます。そのような視点から見る軍部の宣伝政策との乖離こそがくみ取るべき当時の現実であり、後世の私達の興味の対象であるべきではないでしょうか。

投稿: 匿名子 | 2012年2月 4日 (土) 18時49分

匿名子 さま
 懇切なコメントありがとうございました。

 開戦、敗戦、占領をすべて体験している者にとって、「結果を知って」云々の意味はかえって理解しにくいのです。その時々の印象を変えるわけにはいきません。

 このブログではその時々について断片的に書いていますが、それが歴史のすべであり、貴殿のように体系づけて説明することが困難でした。

 ありがとうございました。

投稿: ましま | 2012年2月 4日 (土) 20時08分

匿名子さん

こんにちは

>「歴史の後知恵」という事は確かにありますが、だからと言ってこの話をその一言で片付けるのは
>「結果を知ってからなら、誰でも言えます」というのは議論を深めない態度ではないでしょうか。

私は何も、一言で片付けようとしていませんよ。
歴史認識について、議論をしたかったのに、むしろ、ましまさんが、
「思考回路が全く違うので答えようがありません。」と、話し合いを遮断したんですよ。

>「結果を知っている」私達は・・・

結果を知っているから、それを教訓にして次に活かす、と言うなら分かります。
しかしましまさんは、
「冷静に研究すれば結果が最初からわかっていたはず」と書かれていたから、違和感を覚えたのです。

結果を知っている私も、ましまさんと同じことを言えますよ。
アメリカ相手に戦争なんかしなきゃ良かったのに。
したとしても、緒戦の戦局が優勢なときに、より好条件で降伏すればよかったのに。
そしたら、日本への空襲も原爆投下もなかったのに。

それに、私は何も、「国民全員が一致団結」などと、一言も言っていませんが。
開戦当時の、国民感情、思想については、ここでは一切語っていませんよ。
捏造しないでいただきたいです。

日本が負ける可能性が高い事は、東条英機など、軍部の上の方も思っていたでしょう。
真珠湾攻撃の日の未明、自宅で東条英機は皇居のほうを向いて泣いていた、と家族も証言していますし、他の軍のトップも、星条旗が東京に立つことはあっても、日の丸がワシントンに立つことはありえない、と言ったと、なんかの本で読んだことがあります。
それでも、やらざるを得なかった、そういう時代だったんでしょう。
徹底的に、嫌がらせをさせ、なんとしても、日本に最初に攻撃させる。
そのアメリカの戦略にまんまと引っかかったんでしょうよ。

投稿: makoto | 2012年2月 5日 (日) 18時18分

makoto様
コメントを拝読いたしました。
貴殿には不本意だったかもしれませんが、私には貴見とミスター珍様のご意見が連続性を帯びていると思えますので、一括してコメントをいたしました。具体的に貴見を念頭に置いているのは中断以降の部分です。
ましまさんが貴兄との話を打ち切られたのは、貴兄の歴史認識の話以前の問題だったと思うのです。

人は全く同じ経験からしばしば全く正反対の結論を導き出します。ある人は敗戦故に平和主義者になるかもしれませんし、他の人は同じ敗戦故に今度は戦争に負けないような軍備を欲するかもしれません。しかし、いずれにしてもそれは戦争と言う深刻な経験から導き出された真摯な思索の結果であって、私たちの世代にとっては、それは敬意を以て聴くに値するのです。例えば「戦争は悲惨だから二度としてはいけない」という結論は、それ自体は後知恵の平凡な言葉かもしれませんが、その背景にある個々人の結論と思索の過程を軽んじることはできません。
私は縁あってロシアで数年を過ごし、そこでもやはり戦争の経験者を知りましたが、そうした人たちの中には今でも語るのを嫌がったり、あるいはただただ今でも涙が出てきてそれ以上何も語ってくれない人もいます。それが70年近くも前に終わった戦争の今も残る帰結であり、それほど過酷な経験があったのだという事を私は推察するしかできませんし、その沈黙と涙の背後にどのような思いが潜んでいるのか知ることはできないのです。今、少なくなりつつある戦争の経験者が自らの経験と、そこから始まった思索の結果をこうしてネットで知らせてくれるという事自体、私達が感謝と敬意を以て受け取るべき貴重な知的資産なのです。貴殿のように、その結論の平凡性を表面的にとらえてあげつらったり、ましてや侮蔑的な意見を書き込むのは匿名の暴力であり、知性と品性の荒廃を晒すことに他なりません。

貴兄も言われる通り、もしも軍部指導者も予め敗戦を予測していたのなら、それなら「なぜそれにも拘らず」という疑問をもっと真摯に問うべきでしょう。私は最近ましまさんのブログを拝見し始めたので、過去に貴兄とましま様の間でどういうご議論があったのかすべてを知っている訳ではありません。しかし、貴兄は1月28日付のコメントでいきなり「結果を知ってからなら、誰だって言えますよ」と一言でコメントされている。それは少し乱暴ではないかという事です。捏造ではありません。真面目に考えるのならば、そこから次の問いに行くべきなのに、申し訳ないけれども貴兄のコメントはいずれもその真摯さに欠けていると思われても仕方がないものです。見知らぬ私にいきなりこんな事を言われたら不快かもしれないけど、虚心坦懐に自分のコメントをもう一度見直していただけませんか?わたしがましまさんでも貴兄のコメントを読んで、真面目に議論しようとはあまり思わないです。
ネットの世界では、お互いに顔も見えない、信頼も何もない相手がいきなりやって来て議論が始まります。そこで相手が気分を悪くして議論を打ち切ったら、打ち切った方が言い負かされたかのようになる。これでは実りある議論にならないし、まして「歴史認識」などというレベルの話をしたければそれなりに相手にお付き合いを戴くだけの知性も「作法」も求められます。
もしそう思っていただけるのなら、自分のコメントをもう一度読み直していただけませんか?

貴兄が誠実に議論をしようと言うのなら、誰も拒まないと思います。少なくとも、私は貴兄とお話がしたいです。

投稿: 匿名子 | 2012年2月 5日 (日) 19時50分

匿名子さん

細かく丁寧なコメントありがとうございます。

>私には貴見とミスター珍様のご意見が連続性を帯びていると思えますので、一括してコメントをいたしました。

ミスター珍さんとは、同意できるところもありますが、だからと言って、一緒くたにして私に反論するのはいかがなものですか。
それこそ、乱暴じゃないですか。

>ましまさんが貴兄との話を打ち切られたのは、貴兄の歴史認識の話以前の問題だったと思うのです。
>貴殿のように、その結論の平凡性を表面的にとらえてあげつらったり、ましてや侮蔑的な意見を書き込むのは匿名の暴力であり、知性と品性の荒廃を晒すことに他なりません。
>貴兄は1月28日付のコメントでいきなり「結果を知ってからなら、誰だって言えますよ」と一言でコメントされている。それは少し乱暴ではないかという事です。

あなたはご存じないかもしれませんが、ましまさんが歴史を振り返って「すべきだった」みたいなことをおっしゃったのは、私の知っている限り、2回目です。
以前はもっと長く反論しましたが、また繰り返すのはしつこいと思ったので、それで端的に書いたのです。

と、ここまで書いて、過去のを探したら、ましまさんではなく、青い鳥さんでした。
青い鳥さんが、
「開戦前のハルノート(最後通牒)を受け入れていれば、悲惨な戦争は避けられ」
とおっしゃったんでした。
ましまさん、大変失礼しました。

ですから侮辱するつもりはなく、同じことをちまちま書くのがくどいと思ったから、端的に書いたのです。
それにしても、失礼しました。

>今、少なくなりつつある戦争の経験者が自らの経験と、そこから始まった思索の結果をこうしてネットで知らせてくれるという事自体、私達が感謝と敬意を以て受け取るべき貴重な知的資産なのです。

お年寄りに対する感謝と敬意は持ち合わせているつもりです。
毎年地元の敬老ホームおよび、近くにある先人の苦労や歴史を展示してある博物館には寄付をしています。
ただ、納得いかない意見に対しては、お年寄りであろうと、やはり反論します。
特に日本の国益や、日本の子孫にとってマイナスであると思う意見には。

体験談を貴重と受け取るのはわかりますが、それが必ずしも真実とは限りませんしね。
あの、従軍慰安婦という売春婦の体験談を、あたかも事実であるかのように受け入れることもどうかと思いますよ。

>貴兄も言われる通り、もしも軍部指導者も予め敗戦を予測していたのなら、それなら「なぜそれにも拘らず」という疑問をもっと真摯に問うべきでしょう。

そりゃ、それだけ追い詰められていたんでしょう。
そういう時代だったんだから仕方がないでしょう。
ハルノートを受け入れ、屈辱的な外交をするよりも、負ける可能性が高いだろうけど、もしかしたらうまくいくかも知れない戦争に賭けたんでしょう。

>捏造ではありません。

この言葉は、私の「捏造しないでいただきたい」という言葉への返しでしょうか。
私が捏造という言葉を使ったのは、あなたが、
「『国民全員が一致団結』というのは平板な理解だと思います。失礼を承知で申し上げれば、そういう理解は絵空事に近い。」
と、私があたかも開戦当時の国民全員の意見が戦争賛成で一致団結しているかのように、書かれていたので、捏造しないでくださいと書いたのです。

>少なくとも、私は貴兄とお話がしたいです。

ありがとうございます。私もです。

投稿: makoto | 2012年2月 6日 (月) 15時42分

makoto様
再度の興味深いコメントありがとうございます。
長々と書くのはできるだけ控えたいので、二つだけ記します。まず「捏造ではありません」という私の一言ですが、勿論貴兄に向けてです。貴兄が「捏造しないでほしい」と仰いましたので。実際、私はミスター珍様の発言を引用しております。「貴兄がそう言った」などとどこにも書いていません。更に言えば、貴兄は誤解とは言え、その流れで「後知恵云々」の発言をしており、そう言った事情を知らない私があのコメントを読めば、ご両所との間に論理一貫性を見出し、その流れに沿って斯様な指摘をすることは左程不当ではありません。
少なくとも貴兄は「捏造」と言う言葉の使い方を完璧に間違えています。どうしてもおっしゃりたいのであれば、「これこれの理由で、あなたの指摘する論理の連続性というのは誤読です」とおっしゃるべきです。貴兄が見つけるべき論点はそこにしかありません。
但し、もしも貴兄が「あの後知恵発言云々は先に述べたとおり誤解であったので取り消す」と仰るのなら、話の前提が根本から変わるので、私もお二人の間の連続性云々は取り消すのに吝かではありません。誤解があったという貴兄の事情は諒としますが、その部分をすっ飛ばして「捏造」と言われましても、私も困ります。

無謀な戦争を無謀と知って始めるのと、「非常に難しいけど、幾何かは見込みがある」と思って始めるのは雲泥の差です。当時でも完敗の予測を合理的根拠に基づきしていた人は少なからずあった訳ですから、指導部の予測が前者であったなら無責任ですし、後者であったとするならば、それはやはり甘いと言わざるをえません。実際のところは誰がどの程度の認識だったのかはもっと丁寧な検証が必要でしょう。
例えば、貴兄は前回のコメントで開戦の日、東条が皇居に向かって落涙したエピソードを引用されていますが、信憑性(何と言っても家族のそれも戦後の証言ですから)、あるいはその涙の意味などもっと丁寧に検証しなければなりません。それによって多様な解釈できます。
また、貴兄は開戦の不可避をしきりと指摘されていますが、これも同様の論点です。任侠映画の世界なら、勝敗を度外視して止むに止まれぬ男伊達と言うのはよくありますが、事は一国の政策決定にかかわる問題です。日清戦争の後の三国干渉、日露戦争の後のポーツマス条約に反対する日比谷焼打ち事件など、日本は圧倒的に不人気な外交政策の決定を何度かしてきたわけですが、なぜそれがある時点から出来なくなったのかは、アメリカの対日圧力だけを念頭に「そういう時代だったから仕方がない」と言う言葉で処理するには重すぎるテーマではありませんか。

「国益」という言葉の使い方、あるいは従軍慰安婦については私は貴兄とは別の見解を有しておりますが、それについては徒に論点が拡大するだけであまり有益とは思えませんので、筆を控えます。
さて、これ以上ましまさんのブログを長々とした私の駄コメントで汚すのもどうかと思いますので、御手数ですが、もし戴けるのならお返事を私にメールアドレス宛に頂けると幸いです。
私のサイトからメールを送る事ができますのでよろしくお願いいたします。

今後ともよろしくお願いします。

投稿: 匿名子 | 2012年2月 8日 (水) 05時30分

匿名子さん

承知しました。
1,2日ほどお待ちください。

投稿: makoto | 2012年2月 8日 (水) 17時39分

上記のご両人 さまへ

私はかつて、「コメント欄を掲示板的に使わないでほしい」といったことがあります。しかし、ここは「塾」を名乗っているので、ディベートは大歓迎です。

ただ「塾」の品位を損ねるもの、礼儀を失するものはカットする権利を保持しますが、今までほとんど行使したことはありません。

レスポンスは、言われていることが愚昧な頭で理解できないような場合、答えようのない場合はノーアンサーにします。違う意見をシャットアウトするわけではありませんが、それも権利とさせてください。

論点や意見が整理され、結論が出るようなら、「塾」のために、ぜひお知らせくださるようあえてお願いします。

投稿: ましま | 2012年2月 9日 (木) 20時31分

ましまさん
一応、結論らしきものが出たのでご報告します。

私が考えていた、匿名子さんの問題点は、2月4日18時49分のレスで、私が書いて異な言葉で私を批判してきたことです。
その言葉とは、

>「国民全員が一致団結」というのは平板な理解だと思います。失礼を承知で申し上げれば、

私は、そんな言葉は書いていませんので、そのことを批判していたのですが、彼(彼女)とメールでやり取りしているうちに、彼が、あのコメントの最初の段落は、私宛ではなく、ミスター珍さん宛だったということが判明しました。
そして、2段落目以降が私へのコメントだそうです。

それが、書いてあったのが、2月5日19時50分のコメントにある、

>具体的に貴見を念頭に置いているのは中断以降の部分です。

です。
ここで、「中断」は、「中段」の誤変換でした。
それじゃあ、分かるわけないですよね。
コメントを書くときは、それが直前の人に対して出なかったら、誰宛にか書かないと。
で、珍さん宛だと気がつかなかった私が、延々と彼と論点がずれたまま議論をして、最後に、ようやく理解し、「それだったら別に良いや」と、議論が終わったのです。

今は、橋下市長やその他のことで議論をしています。

以上です。

投稿: makoto | 2012年3月 3日 (土) 18時09分

訂正
書いて異な

書いていない

投稿: makoto | 2012年3月 3日 (土) 18時22分

ましまさま
makotoさんのコメントにある通り、相互に誤解があったり、そもそも私の誤変換やらmakotoさんも珍さんのコメントを認識されずにコメントを続けられたとの事もあって、ご報告に値する帰結にはなりませんでした。ご期待に沿えず申し訳ありません。
makotoさんには私のブログをお読みいただいた事から、大阪の橋下市政についての私の考えを説明しております。

匿名子

投稿: 匿名子 | 2012年3月 3日 (土) 20時02分

makoto さま
匿名子 さま

ご報告ありがとうございました。
書いたもので議論するというのはむつかしいものですね。相手の年も職業も性別もわからず、知っているもの同士なら省略しても通じ合うことが通じないとか。

だから、端的に疑問や間違いがあれば、質問とか指摘するというのが限度で、意見を人に納得してもらうためには、コメント欄のやりとりでけでは無理なような気がします。

どうしたらよいか、工夫が必要なところですね。

投稿: ましま | 2012年3月 4日 (日) 07時39分

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