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2011年11月

2011年11月30日 (水)

西欧と東欧のはざま

 ユーローでヨーロッパが大揺れの日が続く。ギリシア、イタリア、スペインなど南欧諸国は、日本にとって比較的なじみが深い。しかし、地政学的にとか経済的にとなると無知なことが多い。

 それが、東欧となると、旧ソ連圏であったこともあり、西欧との関係はもっと分かりづらいし、双方の人の考えにどのような差があるのかは、簡単に知るすべはない。

 Dscf3552 写真にした2冊の冊子は、元・西日本新聞欧州総局長、同新聞社論説委員長を経て東海大学教授をつとめられた、小屋修一氏からご恵与いただいたものである。A4版なので、新書にすれば多分3、4冊は下らない。

 題して『人民民主主義の歴史-スターリン以後-』である。中味はまだ読んでないが、ハンガリーの共産政権で外交官だった人が、ハンガリー事件を機にフランスに亡命して書いたもので、その葛藤と狭間を知る上で貴重なものであろう。

 これを、92歳になられた小屋氏が翻訳された。まことに頭の下がる思いである。内容を紹介するかわりに、著者が冒頭の「初めに」の結語として記した「歴史に向き合う姿勢」に共感を覚えたので、引用しておきたい。

 歴史は体験し、生活することなしでは書くことができない。われわれは、敬意を払うべき理想が持つ価値を、観念化することによってしか、歴史を書くことはできないのである。私は、私が生まれ育った東欧の最近の歴史を、苦しみを分かち合うこと、屈辱と、子供たちに対する希望なしには書くことができない。

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2011年11月28日 (月)

橋下現象

 当塾のサブタイトルは「時事、歴史、エッセイ」とある。「反戦塾」だからといって、「反戦」専門店にするつもりはないし、したくない。「時事」なら、日々のニュースから何を選んでもいいわけなのだが、突っ込んで論評するだけの知識もなく材料もないと、どうしても敬遠しがちになる。

 その代表的なものが、大阪の橋下現象とTTP問題である。いずれも、具体的に何をどうするのか、プラス、マイナスはそれぞれ何かがわからず、最後の姿がどうなるかも見えてこないという共通点がある。これは塾頭の不勉強というより、野田さんも橋下さんも示していないと言った方がどうやら正しいらしい。

 その双方に、これまでいっさい触れないできたわけではないが、いずれもマイナスイメージで表現してきた。それは、自民党、中でも小泉改革にどこかでつながるからだ。かといって、100%反対ではない。まず大阪でいうと、大阪市と周辺自治体は、旧来から刷新が必要だとされていたように思う。

 これに対して、大阪の伝統的なポピュリズムは変らぬものの、根本的に切り込む首長はでてこなかった。府・市の2重行政解消も当然であろう。しかし、大阪都構想で、無くしてしまおうという大阪市の市長選に、府知事を捨てて立候補するというのは、どうしてもわからない。国政に打って出るというならわかるが、選挙民を馬鹿にしているとは思わないのだろうか。

 大阪都構想、郵政民営化よりはるかに実現困難であろう。それまで、橋下独裁体制が持つのかどうか。常識的には、途中で瓦解する危険性50%と見てしまう。そんなゲーム感覚の橋下ゴッコを政治に持ち込もうとする限り、批判はし続けなければならなということになる。

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2011年11月27日 (日)

経産省、ネットを監視

 「雪裏の梅花」という奥ゆかしい名のブログで、「資源エネルギー庁がネットを監視する動きを」という記事を見ました。まるで、戦前・戦中の監視社会の再現のようだと書かれています。一時、防衛庁がそんなことをしている、という噂を聞いたことがありました。

 防衛省は、制服か背広か知らないが、塾頭もよくお目にかかります。多分、国民の声をよく聞き、国民の幸せや国家の安全に役立てたい、あるいは防諜面でもおろそかにできない、ということなのでしょう。ご苦労様です。

 エネルギー庁も、きっとそうに違いない、と踏んでいたら、大違いのようです。まず、経産省の役人はそんなことを自分でしません。下請けに丸投げでやらせるのです。監視とはいわず「モニタリング」だそうで、企画から結果の仕上げまで、口はさしはさむものの、すべて業者まかせです。どんな情報処理がされるかわかりません。

 そして、「不正確な情報及び不適切と思われる情報」に対処、国民を教えさとすのだそうです。ちょっと待ってください。それが国民の公僕である役人のすることでしょうか?。全く逆ではないでしょうか。

 正確な情報を流さず「不正確な情報及び不適切と思われる情報」を流し続けたのは、一体誰でしょう。そういう仕組みにどっぷりつかっていたのは誰でしょう。しっかりモニタリングをして教え諭すのは、国民の方です。

 そしてそれには、一体いくらかかるのでしょうか。誰に発注するのでしょうか。そのレポートの中味はすべて公表するのでしょうか。信頼されていない役所がQ&Aを作っても、まともに受けとってもらえません。やめていただいた方が賢明です。

 国難といわれるほどの大変な時期です。国民の税金と暇は、もっと大切な仕事に使ってください。

【不正確情報対応発注仕様書】
http://www.enecho.meti.go.jp/info/tender/tenddata/1106/110624b/3.pdf

1.件名
平成23年度原子力安全規制情報広聴・広報事業(不正確情報対応)
2.事業目的
ツイッター、ブログなどインターネット上に掲載される原子力等に関する不正確な情報又は不適切な情報を常時モニタリングし、それに対して速やかに正確な情報を提供し、又は正確な情報へ導くことで、原子力発電所の事故等に対する風評被害を防止する。
3.事業内容
① ツイッター、ブログなどインターネット上の原子力や放射線等に関する情報を常時モニタリングし、風評被害を招くおそれのある正確ではない情報又は不適切な情報を調査・分析すること。モニタリングの対象とする情報媒体及びモニタリングの方法については、具体的な提案をすること。
② 上記①のモニタリングの結果、風評被害を招くおそれのある正確ではない情報又は不適切な情報及び当庁から指示する情報に対して、速やかに正確な情報を伝えるためにQ&A集作成し、資源エネルギー庁ホームページやツイッター等に掲載し、当庁に報告する。
③ Q&A集の作成に際して、必要に応じて、原子力関係の専門家や技術者等の専門的知見を有する者(有識者)からアドバイス等を受けること。また、原子力関係の専門家や有識者からアドバイス等を受ける場合には、それらの者について具体的な提案をすること。
④ 事業開始から1ヶ月程度で30問以上、事業終了時までには100問以上のQ&A集を作成すること。
【提案事項】
① モニタリングの対象とする情報媒体(ツイッターは必須)
② モニタリングの具体的な方法と体制
③ Q&A集を作成後、速やかに周知するための具体的な方法
④ 想定される専門家や有識者
⑤ これらを活用した新規提案
【留意事項】
・受託者は、不正確な情報又は不適切と思われる情報媒体や抽出するキーワードについては、資源エネルギー庁担当者と十分に調整すること。
・Q&A集の作成にあたっては、十分な調査・分析を行い、その結果を反映すること。また、Q&A集の最終的な問数については、実態に合わせて資源エネルギー庁担当官と調整すること。
・原則として、正確な情報提供は即座に行うとともに、その結果については、翌営業日以内に資源エネルギー庁担当者に報告すること。
・常時モニタリングするために十分な人員を確保すること。
4.事業期間
委託契約締結日から平成24年3月30日まで
5.納入物
・不正確な情報及び不適切と思われる情報並びにそれらに対する正確な情報等をとりまとめた報告書の電子媒体(CD-R)一式

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2011年11月25日 (金)

大きいことはいいことだ 

♪大きいことはいいことだ 森永ミルクチョコレート

 山本直純がタクトをとって飛び上がるシーンのCM、40代以上の人には遠い思い出だ。500人乗りのジャンボジェット機、大きすぎてマラッカ海峡を通れない50万トンマンモスタンカーなどが続々と登場した。それが今や厄介者扱いにされ、姿を消していく運命にさらされている。

 「大量生産・大量消費、消費は美徳」が、石油ショックを機に、「資源は有限、大量消費は公害を生み環境破壊を避けられない」に変化していった。1980年代はじめには、すでに多くの学識者が、研究や著作で「脱原発」を予告し、消費文明の将来に警鐘をならしていたのである。

 ところが、ドッコイ。一度身についた習慣は、そう簡単に姿を消さないものだ。TPPに備えて大規模農業経営に投資、1基で莫大な発電能力を持つ原発の維持、国境をこえた大型企業合併などの大合唱が続く。山本直純さんも泉下でタクトが振えず、苦笑していることだろう。

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2011年11月23日 (水)

NGO・赤十字、頑張れ!

 以下は11/23日、毎日新聞朝刊トップである。他の各紙に見当たらないので、特ダネなのかも知れない。地味ではあるが、トップの価値十分である。

【ジュネーブ伊藤智永】国際赤十字・赤新月社連盟(IFRC、加盟187カ国・地域、会長・近衞忠煇<ただてる>=日本赤十字社長)は23日からジュネーブで始まる総会で、世界の原子力災害・事故で、被災者の救援や健康管理に先導的な役割を果たすため、一定時間に放射線を浴びる許容量や避難が必要な範囲の設定基準など「被災者救済の視点」に立った初の国際的なガイドライン作りに乗り出すことを決議する。日本赤十字の提言を受けたもので、日赤は総会で、日本で来春に原発保有国(31カ国、導入予定約10カ国)の赤十字を集めて基準作りを討議する国際会議の開催も提案する。

 近衞会長が当地で毎日新聞の取材に明らかにした。ガイドラインは約2年かけて策定。将来的には国際法として条約化を目指し、非戦闘員の保護など「戦争のルール」を定めたジュネーブ条約と同様、各国政府共通の基準にしたい構想だ。

 近衞氏によると、日赤は広島・長崎原爆の被爆者医療で実績があり、東日本大震災直後から放射線被害診療などを開始した。しかし、自治体、国、外国など国際社会いずれも避難範囲はばらばらで、現在も統一されておらず、国際原子力機関(IAEA)などの放射線の許容量を示す国際基準も被災者本位になっていないなど現状に危機感を強くしたという。

 まだこれからのことであるが、塾頭は久々に「やった!!」という気分になった。実は、一昨年の7月、福島原発事故など夢にも思わなかった時に、国連のIAEA事務局長に天野之弥氏が選ばれたことに対し、歓迎の記事を書いた。

 国連職員だから日本人を代表して仕事をするわけではないが、唯一の被曝国で、非核3原則を持つ国の出身者として、核平和利用、核拡散防止、ひいては核軍縮に力量を発揮してもらいたいと思ったからだ。

 ところが最近では、イランにおける核兵器用の高性能起爆装置の実験施設の存在指摘に関連し、イラン・アフマディネジャド大統領は天野事務局長に対する不信を募らせており、「米国の主張を繰り返しているだけ」などと批判を受けている(11/19読売)。

 国連組織が強い政治性に左右され、純粋な中立的立場を取り得ないことはわかるが、最小限度「国連イコールアメリカではないよ」という最小限度の信頼を維持できなかったことに、落胆させられたばかりである。

 当塾は、このところ脱原発を指向して、持てる核技術・経験等の蓄積を生かした国際貢献の道をさぐり、将来的には核廃絶を先導する日本になってほしい、と訴え続けてきた。しかし、政府はもとより国民世論でも鮮明な形にはなっていない。

 そう、NGO(非政府組織)の出番なのだ。これまでも、国家や政府ではなしえない国際基準づくりをNGOが先導して築き上げてきた。原子力施設からの安全保持、事故や廃棄物を含む放射能被害への許容基準、国境を超えた共通認識の育成など、できあがれば原子力安全神話に対するアンチテーゼになりうる。

 上述のような計画は、当然これまであってしかるべきだったのだ。それができなかったのは、「核」の持つ特殊性・排他性が阻んできたからだろう。これを打ち破ったのが福島の事故であり、被災者の力であると思う。

 近衛会長をはじめ、日本赤十字社には、国にできないことで最大限の力量を発揮してほしい。必ずできるだろうし、実現する日を国民のひとりとして楽しみにしている。

付録 (赤新月社)イスラム圏では、赤十字マークを使わない。ご想像の通り、キリスト教の十字架や十字軍を連想させるからだ。何故、赤い新月か。日本ならなにか不吉な暗いイメージがあるのだが、砂漠の民にとっては、日の丸は灼熱の太陽、飢餓をイメージする。月の見えない暗黒から、か細い新月の現れるのが希望のシンボルなのだ。

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2011年11月22日 (火)

韓・中黄海大海戦

 中国は、尖閣諸島や南沙諸島などの領有を主張して東南アジア海域に波紋を投げかけている。その根拠がいずれも、明や清の時代の文書で、中国が今のベトナム、カンボジア、タイ、ビルマにまで権益を持っていた時代だ。

 日本だってその前から山田長政が活躍していた文書がある。大国主義、覇権主義といわれても仕方のない主張だというのが当塾の立場だ。そこへまた、新たな問題がおきた。領土はからまないが、今度は韓国海洋警察と中国漁船の大規模衝突だ。

 韓国・中央日報によると、19日早朝、済州道湫子島(チェジュド・チュジャド)北西12キロメートル海上で領海を侵犯して違法操業をしていた中国漁船を韓国海上警察が発見、追いつ追われつの追撃戦の末、警察5人が負傷したものの中国漁船を制圧した。

 これを知った他の中国漁船25隻が、船団を作って警備艦周辺に集まってきて連行を妨害、警察の警備艦艇12隻、ヘリコプター2機が緊急に現場に出動してようやく退いた。16日にも同様な事件があり、この時は 母船を中心に11隻が密着してロープで縛る海上スクラムを組み、竹の棒やおの、鉄パイプなどを振り回して抵抗した。この際も、洋警察の警備艦2隻とヘリコプター2機、特攻隊員24人を投じて制圧した。

 同紙によると、中国漁船がこのように激しく抵抗するのは、拿捕されれば数千万ウォンに達する罰金を払わなければならないことと、中国で送還された時の処罰があるためだ。海洋警察は無許可操業の場合、50トン級以下は2000万~3000万ウォン(約135万~200万円)、50~80トン級は4000万ウォン以上の担保金を払わせる。操業期間違反や操業日誌未記録などは200万~500万ウォンを払わせている。

 また、 中国に戻れば船を押収されたり漁業免許を取り消されこともあるようだが、中国近海では得られない量と品質の漁獲が魅力で、再発防止の役に立っていないという。まさに一触即発の海戦さながらの事態が続発しているのだ。

 尖閣の巡視船衝突事件の時もそうだが、中国当局にとって歓迎しかねる行動であっても、国内にこれを罪悪視する風潮が足りないのではないか。または、取り締まり当局の裁量に幅があったり、罰金もわいろ次第で、などということがないのかどうかも気にかかる。

 日韓両国に求められることは、国際法やルールを守るうえで毅然とした態度・体制をとりつづけること、漁業・資源開発等で双方にとって利益を見出せる案件があれば、話し合いで解決を図れるよう窓口をいつもあけておくことである。

 それが、成功するがどうかは、日中韓の国民が冷静さを保ち、かりそめにも、民族感情をあおったり、反中、嫌韓と言った次元で物を考えたりしない、むしろ3国協調がどんな利益がもたらされるかといった方向に導くことだろう。

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2011年11月21日 (月)

金融資本主義

 系統的な学問をしたことはないが、マルクス主義を学んだ当時、発展段階説で「今が独占資本主義、最後は金融資本主義になって資本主義が壊滅する」と教わった。

 そんなのは遠い将来の話であると思っていたが、一方でこんなに早く(まだ完成しない)共産主義が崩壊するとは思ってもみなかった。そこからすると、資本主義の寿命も案外短いのかもしれない。

 今の世界の姿を見ると、そう思い始めても無理がないように思える。マルクス、エンゲルス、ケインズ、シュンペータ……、それらに代わる新学説はあるのだろうか。

 ブータン国王の顔がことさら輝いて見えたのも故なきことではなさそうだ。

東洋経済オンライン 2011年11月15日掲載)より

 欧州危機の本質は、ギリシャでもイタリアでもない。そして、損失拡大からの資本毀損による銀行の資本不足の危機でもない。ユーロという共通通貨の問題でもない。本質は銀行の存在そのものの危機であり、金融そのものの危機なのだ。

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2011年11月18日 (金)

9条を強くできるか(その5)

 前回、「このところ急速に(保守層を含め)反米感情が高まりつつある」を結語として持ってきた。国会討論で「アメリカの言いなりになっている」ということが公言されるようになったことがそれを示している。この責任は、アーミテージ氏というより、責任の過半は、冷戦後日本が進むべき外交上の理念が欠落し、官僚任せにしてきた日本の政治家にあることを断言する。

 その具体的で最大の弊害が、日米の官僚が望む現状維持の切り札として、「核の傘幻想」を振りまいてきたことである。同床異夢とはいいながら、これを持ち出してアメリカに懇願したのは日本の方だった。

 核保有国にとって、使い勝手が悪く使いようのない核兵器を持ち続けることはお荷物になっている。南アフリカやリビアは、「1抜けた」でその地位を捨ててしまった。反面、盛んに持ちたがっている小国が現存することも事実である。

 核武装することで、国民が飢えても「強勢大国」なると信じて止まない国とか、かくれ保有国イスラエルから攻撃の危機にさらされている国などだ。保有量トップと2位のアメリカ、ロシア内には、それがあるから世界の警察官や、かつてのソ連の栄光がとりもどせると盲信するタカ派がまだいる。

 3番目が、ジャパン・バッシングは仕方ないが、パッシングやナッシングだけはご勘弁を、といってアメリカに「傘」を懇願する日本や韓国などである。そんな傘(戦術核)などすでにないのだが、「せっかくそういうのなら仕方ない」と、応ずる顔をする。これが「抑止力」という幻になる。

 前回紹介した、アーミテージとナイの本を見ると、この抑止力は海兵隊とセットになっている。核の傘といっても、日本が攻撃を受けた場合、アメリカは本当に核で反撃するんですか、という疑問についてこのように発言している。

 ナイ (前略)核有事の際に米国が日本を守ることを担保してくれるのは核兵器そのものではなく、日本に駐留する米軍なのです。
 仮に核兵器を搭載した米艦船を日本の領海内に置いたところで、それは必ずしも核抑止力を強めることにはなりません。もちろん、幾分かは便利というか、効率的ではあると思いますが、真に担保するものは北朝鮮の(核)攻撃によって、日本国内で命を落とすことになるかもしれない米国人が(日本に)いるという事実なのです。(中略)

 春原 その「ロジック」とは沖縄に駐留する米海兵隊のことを意味しているのですね。

 ナイ ええ、沖縄の海兵隊はその好例です。もちろん青森県の三沢基地や横須賀基地なども含まれます。これらの基地、米軍兵力はいずれも日本にとって、米国の核の抑止力を最も強く担保してくれるものなのです。

 アーミテージは、「人質」という言葉は避けたが、その趣旨には反対していない。さあ、これであなたは「核の傘」に信頼を置けますか。たとえ同盟国であっても、「米軍基地がなければ核兵器で日本を守ることはしません」と言ってるのと同じで「駐留なき安保」では、「傘は無効ですよ」ということになる。

 なんとも恩着せがましいが、2人は沖縄の米軍基地の存在が抑止力となり、日本の安全にとって不可欠のものであることを強調する。中国の軍事力増大や海洋進出そして、プレッシャーが強ければ強いほど日米当局に有利な状況が生まれてくるという構図だ。

 ところが、最近こんなニュースが飛び込んできた。沖縄の海兵隊約1万7600人のうち8000人がグアムに移転する。これは前から決まっていたことだが、中身が司令部要員中心だったのが歩兵、航空部隊などの戦闘部隊も移転する案が立てられたという。

 その理由について「西太平洋で米軍の行動を妨害できる能力を高めている中国軍を念頭に、海兵隊を分散することで壊滅的打撃を受ける危険性を減じる狙いがある」(毎日新聞11/13)としている。

 現在は、沖縄1万7600人、ハワイ6000人、グアム20人、豪州25人で圧倒的な人数が沖縄に集中していることになる。それが「壊滅的打撃を受ける危険」があるというのだから、抑止力どころか、そこに基地があること自体が危ないということを証明することになる。

 さらに豪州ダウインに駐留・訓練基地を設け、数年後には豪州からの展開可能力を保持する本格的な海兵隊の拠点となる可能性(11/17夕・毎日新聞)も報じられた。こうなればもう、離着陸を含む総合訓練のために必要としていた辺野古移転などやめてもいいのではないか。

 しかしそうにはなるまい。アメリカは世界でもっとも安上がりで住み心地のいい基地が沖縄だ。軍事費削減で締め付けられている現在、日本からそれを要求されるようなことがあれば、立退き料はうんと積み増さなければならないだろう。アメリカにとって日米同盟の深化とは、軍事費と人命の肩代わりを日本に期待することなのだ。

 敵地への殴り込みを任務とする海兵隊や、先制攻撃も否定しない米軍が沖縄にいるのと、外国での武力行使をより厳密に禁止された自衛隊が固く守備をするのと、どっちが抑止力になるか議論してもいい頃だ。

 最後に、上田愛彦など元自衛隊幹部7人の共同執筆になる『派遣国家・中国とどう向き合うか――2020年を見据えた我が国の防衛――』(10/11/10発行)からの引用を付録として付け加えておこう。

 与党内の政権争いは、菅グループと小沢グループとの対立を鮮明にしたことでマニフェストを実行できるかの懸念を国民に抱かせているが、保守と革新の寄せ集めの政権であるから各種政策を進める上で大きな矛盾を露呈する可能性があり、大胆な予測をすれば3年後には民主党も自民党も存在しない可能性もある。(中略)

 第二に『米国』であるが、2009年に誕生したオバマ政権は、サブプライムローン問題を原因とする金融政策から実体経済に大きな綻びを見せたため、暫くは国内経済対策に忙殺され、安全保障面での国際的役割を縮小し、中国やロシアそしてEU(欧州連合)の進出を許さざるを得ないだろう。このため、経済が縮小する分、米国の世界制覇を維持するために、同盟国への役割分担を求める公算は高く、とりわけ日本に対しては経済的負担と、自衛隊の国際的関与を要求する度合いが強くなることが予測される。

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2011年11月16日 (水)

9条を強くできるか(その4)

 今度は、在日米軍である。在日米軍といえば、沖縄の普天間基地移転が頭に浮かび、米軍再編→日米同盟→日米安保条約とその根源を探るという順序になる。そこで、毎回のように法文引用で申し訳ないような気がするが、日本国憲法との関連があるのでお許しいただきたい。(色付けは塾頭)

 【新安保条約】(昭和35年=1960年6月23日発効)
第三条 締結国は、個別的に及び相互に協力して、継続的かつ効果的な自助及び相互援助により、武力攻撃に抵抗するそれぞれの能力を、憲法上の規定に従うことを条件として、推進し発展させる。

第六条 日本国の安全に寄与し、並びに極東における国際の平和及び安全の維持に寄与するため、アメリカ合衆国は、その陸軍、空軍及び海軍が日本国において施設及び区域を使用することを許される。(以下略)

【同条約第六条の実施に関する交換公文】
 合衆国軍隊の日本国への配置における重要な変更、同軍隊の装備における重要な変更並びに日本から行われる戦闘作戦行動(前記の条約第五条の規定[日本が直接攻撃を受けた場合=塾頭注]に基づいて行われるものを除く。)のための基地としての日本国内の施設及び区域の使用は、日本国政府との事前の協議の主題とする

 それからもうひとつ、改憲派も護憲派も当塾訪問のみなさまには、是非おすすめしたいのが下記の図書。これがアメリカのすべてとは言わないが参考になる。アーミテージといえば、元軍人でブッシュ大統領時代の国務副長官。「ショー・ザ・フラッグ」といって日本に参戦を迫ったあのおじさんだ。 

日米同盟vs日米同盟vs.中国・北朝鮮 (文春新書).中国・北朝鮮 (文春新書)

著者:リチャード・L・アーミテージ,ジョセフ・S・ナイJr,春原 剛
販売元:文藝春秋
Amazon.co.jpで詳細を確認する

  民主党オバマ大統領の時代になって、すっかり暇を持て余しているのかと思ったら、ブッシュ時代の2007年、民主党外交サークルのブレーンで元国防次官補・ジョセフ・ナイと組んで対日政策指南書(アーミテージ・ナイ報告書2)を作成、それがいまだに日米の安保政策をしばっており、政権交代しても「普天間移転先はすくなくても県外」と言った鳩山首相を失脚させる原因をつくり、菅・野田と変わっても微動だにしない。

 アメリカでは知日派とされるアーミテージは、 「日本の外交当局、特にアメリカン・スクールと呼ばれる対米専門家集団と幅広く気脈を通じ、日米関係を切り盛りする役割」(前掲書)を担って、久間元防衛大臣の表現を借りれば、以前同様「偉そうに」ご指導を頂いているのだろう。

 ご両人とも、日本の事を心配していただくのはありがたい。しかし、沖縄の基地問題だけではなく、冒頭に掲げた日米安保条約の条文は、あってなきがごとし。憲法解釈や改憲への口出し、密約の存在、事前協議の空文化はもとより、最近ではTPP問題にいたるまで、このところ急速に(保守層を含め)反米感情が高まりつつあるあることに目がいかないようでは、知日派とは言えない。塾頭はそのことを心配している。

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2011年11月14日 (月)

9条を強くできるか(その3)

 憲法改正が審議会にあがる場合、その素案は政党が作るか、あるいはその支持推薦を受けたものになるだろう。そこに「私は護憲だから改悪には一切反対」だけでは対抗できない。改悪案に対し、改善案を示して「どっちがいいか」と国民に問いかける形にしなければならない。

 立法府には、福島瑞穂先生をはじめ有能な弁護士が大勢いるので文案作成にはこと欠かないだろう。したがって、憲法はもとより、他のあらゆる国内法をはなれ、自衛隊や在日米軍のあり方を塾頭なりに考えてみることにした。

 まず自衛隊である。さきに述べたように、その呼び方だけでは軍隊との区別がつかない。吉田元首相の言葉を借りるまでもなく、戦争のほとんどは自衛という口実で開始される。呼び方をなんとか変えたいものだ。

 ただし、その名称を憲法に載せる必要はない。警察であろうと消防であろうとまた海上保安庁であろうと、憲法にその名は出てこない。禁止すべきことは、すべて「公務員」の名ででてくる。次に服装である。迷彩模様のミリタリールックはやめてほしい。PKO派遣隊なども、むしろ目立つ赤系統などどうだろうか。四川省大地震で消防の援助隊が救助できなかった遺体に敬礼する姿に、中国の対日感情が好転した事実を思い出す。

 次に装備である。福田首相時代、クラスター爆弾を自衛隊が保有することに、米軍との共同作戦など防衛庁がその必要性を訴えたが、国内使用に合理的な説明ができず、首相の決断で禁止条約に参加することを決めた。

 同様なことが、近代設備を満載した大型戦車やステルス戦闘機にもいえそうだ。四面海に囲まれた日本はこの点幸せで、領域の制海権・制空権を万全に確保すれば、敵の上陸を防ぐことができる。

 そのための装備は、レーダー網、地対空ミサイル(必要があれば艦対空・艦)、対潜哨戒機などであろう。金がかかりすぎるきらいはあるが、アメリカのMD(ミサイル防衛システム)計画にのって共同研究をしてもいいのではないか。

 MD計画については、大陸間弾道弾制限条約のバランスを崩すという反論があるが、日本はそれを軍縮の方向に導く姿勢を持ち続けていればいいのだ。同じことが核軍縮についてもいえる。日本は核兵器を持っていないが、世界で最も保有可能に近いところにいる。

 今回の福島原発の事故で、日本が脱原発を鮮明に宣言すれば、核爆弾の洗礼を受けた唯一の国として、確実に核軍縮の先頭に立てる唯一の機会だったのだ。しかし政府は、みすみすその機会を失ってしまった。

 次回予告は在日米軍である。

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2011年11月13日 (日)

9条を強くできるか(その2)

 前回、9条には83年の歴史があるのだ、ということを書いた。終戦後、改訂憲法に「戦争放棄」条項を入れるという案は、当時の総理大臣幣原喜重郎が、GHQのマッカーサーに打診し、絶賛を得たという話がある。

 幣原氏は、大正末から昭和にかけてたびたび外務大臣を務めた外交のベテランである。よく松岡外交と対比されるが、軍部・右翼からは軟弱外交と攻撃の的になることが多く苦労していた。不戦条約が難産した時には閣僚でなかったものの、その経緯は熟知しており、進んで提案した可能性は十分に考えられる。

その後安保体制下の現憲法が一回も手をつけられることなく今日まで続く。講和条約と同時に吉田政権のもとで旧・日米安保が結ばれた。それがあまりにも一方的な不公平な条約で、期限の定めもないといって改訂に乗り出したのが岸首相である。
 
 その結果、有効期限は10年で、後は1年ごとの自動更新ということになった。岸首相は、まさか半世紀以上も外国軍基地が日本に張り付いたままになるとは思わなかったであろう。憲法改正を含めた何らかの自衛措置が完備すれば、外国軍は撤退するのが当然だと思っていたに違いない。

 憲法9条を考えるうえでぜひ知っておかなければならないのは、国連憲章、関連して常任理事会、それに安保条約と米軍基地の問題だ。当塾には「自衛隊は違憲?」しいう検索がよく入るが、日米関係は、条約のほか地位協定などの合意、密約、ガイドラインなどがからんで、すっきりした答えが出しにくい。

 これまで何度も米軍基地や自衛隊に関する訴訟が起こされているが、その判決は、合憲、違憲まちまちだ。最高裁判決でも、砂川判決は15人の裁判官の意見が3グループに分かれるなど、必ずしも全員一致ではない。従って素人が判断できるわけがない。

 だから、素人は判断するな、ということではない。原発建設の立地や運転の可否を決めには、最終的に住民が選挙に反映させなくてはならせない。米軍基地の新設・移転も同様である。憲法改正は、国民投票でその意思を示すことになる。

 このように、いろいろな解釈がされるようでは、やはり9条の条文に欠陥があると言わざるを得ない。そういった中でこれまでまかり通ってきた「解釈改憲」が乱用されるようでは、護憲派であってもその恐れの無いようにするため、改憲案を持つべきであるというのが、塾頭の考えである。

 9条を素直に見る限り、自衛隊や米軍基地の存在が合憲であるとするには、相当無理がある。そこで、憲法には書いてない「国には、外国の侵略から守る自衛権がある」、という論理が出てくることになる。

 この論理も素人感覚から飛び離れたものでなく、一概に否定はできない。非武装中立論という考え方は、国力が弱く東西対立の激しい中では選択肢のひとつだと考えられ、塾頭もそう思った時期があった。

 しかし、今は「自衛隊は必要、ただし外国に出て行って武力行使するのは禁止」という線だ。心変わりをした理由は、大きくいって2つある。ひとつは、外国からの侵略から国を守るという強い意志を国民が持ち、国がそれを組織化し外国に見える形にしておかなければならないこと、もうひとつは、自衛隊発足後半世紀以上たち、災害派遣や、カンボジア、東チモールなどのPKO活動でプラス面の実績が認知され、これを廃止または漸次縮小というのは、現実的でないことである。

 最初の点は、塾頭が朝鮮の李朝崩壊、日清戦争、日韓併合の歴史をたどる中で、国防を宗主国・清に頼り、清が頼りないと見ると、日本の宮廷近代化などの要求を嫌ってロシア大使館内で執政するなど、国民の強い意志を組織化できず、結果として日韓併合を呼び込んでしまった経緯を知ったからである。この詳しいことは、当ブログのINDEXにある「朝鮮・韓国」シリーズで見ていただきたい。

 2つ目については、専守防衛の自衛隊の存在はいいが、日米同盟の関連で、日本の憲法の制約を受けない米軍と合同訓練をし、共同作戦に参加して、違憲すれすれ、または、イラクの米軍兵員輸送のように裁判所が違憲の認定をするようなことに留意しなければならない。

 政府は、これを厳重にチェックする義務があるのにこれまでは逆の方向に動いてきた。また、民主党政権もその轍を踏むきらいなしとはいえない。9条2項でいう「陸海空軍」と「陸上自衛隊、海上自衛隊、航空自衛隊」はどこが違うんだ、といわれれば答えられる人は少ないのではないか。

 昔からある軍隊の分類法をそのまま用いているからだ。巨砲・巨艦、渡洋爆撃機、戦闘機、戦車そういったものがないと軍隊でないという考えがまだある。現在は、電波と情報、ミサイルの時代だ。専守防衛のあるべき組織、装備はどうあるべきか、そういった研究を進めるべきだ。

 繰り返しになるが、自衛隊が他国の領域に入って軍事行動をとらない限り、侵略のそしりを受けることはない。またそのような行動をする他国との共同作戦に参加しないことで、現憲法の精神は守れるはずだ。2項はその線で明確化する必要がある。

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2011年11月10日 (木)

9条を強くできるか(その1)

 先月26日に「憲法審査会と護憲」を書き、その趣旨をふまえて、第一章の「天皇」を4回続けてきた。その次は、最大の焦点となる第二章「戦争放棄」である。この条項が1928年(昭和3)の「不戦条約」に由来していることは、よく知られている。

 最初に、その条文を復習する。

【不戦条約=パリ条約】
第一条
 締約国ハ国際紛争解決ノ為戦争ニ訴フルコトヲ非トシ且其ノ相互関係ニ於テ国家ノ政策ノ手段トシテノ戦争ヲ抛棄スルコトヲ其ノ各自ノ人民ノ名ニ於テ厳粛ニ宣言スル。
第二条
 締約国ハ相互間ニ起コルコトアルベキ一切ノ紛争又ハ紛議ハ其ノ性質又ハ起因ノ如何ヲ問ハズ平和的手段ニ依ルノ外之ガ処理又ハ解決ヲ求メザルコトヲ約ス
(第三条は主に手続きを定めるもので省略)

【現行憲法】
    第二章 戦争の放棄
第九条 [戦争の放棄、戦力の不保持・交戦権の否認]日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
② 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

 現・第9条は、不戦条約に枝葉をつけて補強したものといえよう。不戦条約は、第一次大戦後のベルサイユ講和条約、国際連盟発足、軍縮が議題となったワシントン条約など戦争再発を防止する一連の動きの中で締結された。

 締結国は、仏・米・英・独・日など15か国で後に63か国にふえた。この条約は、過去の戦争で得た権益や賠償には言及せず、罰則がない上、宣戦布告のない交戦は「戦争でない」という解釈を生んだ。

 満州事変・支那事変など「事変」と称したのは、「戦争」ではないということにするためである。事実上条約は無視され、第2次大戦に至ったが、条約そのものは生きており、国際連盟のあとを受けた国際連合(国連)にその精神がひき継がれている。

 その経験を生かし、国連憲章からは「戦争」という言葉が一切消え、「武力行使」という言葉に変わった。現行憲法も、標題には「戦争」を使ってる一方、本文では「武力の行使」と表現しているのは、この反映であると見られる。

余談ながら、不戦条約締結の年の流行語は、「人民の名において」「マネキンガール」「せまいながも楽しい我が家」などであった(『20世紀年表』小学館)。最初に上げた「人民の名において」は、不戦条約第一条の宣言からきている。

 この言葉を、立憲民政党がとらえて、田中義一内閣を攻撃した。「日本人は、皆臣民であって人民ではない」ということだ。それに右翼・軍部が同調、翌年6月、次のような付帯決議をつけてようやく議会の批准手続きが完了した。

帝国政府は、1928年2月27日パリにおいて署名される、戦争抛棄に関する条約第一条中の「其の各自の人民の名に於いて」という字句は、帝国憲法の条文により、日本国に限り適用されないものと了解することを宣言する。

 「人民」という言葉は、Peopleの訳語として、福沢諭吉などにより、こぐあたりまえに使われていた。それが旧憲法で「臣民」とされて以来、次第に使われなくなっていつしか左翼専用語になったようだ。今時は共産党でさえすっかり「国民」を定着させた。

 「人民民主主義共和国」など、全然民主的でない国の名前になっているので、復活させたいとも思わないが、「市民」や少し前にはやった「生活者」では落ち着かず、人民や前回紹介した古代の「おおみたから」に相当する現代語を、誰かが発明してほしいものだ。

 不戦条約を締結してわずか2,3年あと、利権と邦人保護を理由に、満州事変・上海事件を起こし、大陸侵攻がはじまった。ここからを15年戦争という人がいるが、これを左翼用語と決めつける人もいる。戦争放棄の背景には、このような歴史がある。

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2011年11月 8日 (火)

見て見ぬふりと内政干渉

 恒例により毎日新聞ネタである。同じ今日付朝刊の二つの記事に考え込んでしまった。ステージは全く違うことがらなのに、問題の類似性に気がついたからである。一つが1面トップで見出しにこうある。

 中国 2歳女児ひき逃げ18人素通り
 見死不救(死にそうな人助けない)、不可
 社会連帯問う声若者から

 もう一つは西川恵専門編集委員による「記者の目」で、リビアにおけるフランス等NATOの行動をはじめ、虐殺などからの市民保護を名目とした過去の軍事行使を振り返って、外交や国連での対応を論じたものである。

 最初の中国の事件は、すでに各所で報道されており、追加取材によるものである。見出しでおおむねの内容がわかるが、その社会的背景について関係者の証言などを次のように記す。

 06年11月、江蘇省南京のバス停で、倒れていた高齢女性を助け起こし、病院に付き添った若い男性が、逆に女性から「この男に突き倒された」と裁判に訴えられた事件だ。判決は女性の言い分を認定したうえ「必要以上」に他人に関わる行為が「中国の社会道理に反している」と断じ、賠償金約4万6000元(約56万円)の支払いを命じた。

 これは、治療費負担をおそれた女性にひっかかったもので、そういったリスクから身を守るということが、習い性となったという識者の解説も載せている。つまり引っかかったのは「自己責任」というわけだ。

 自己責任といえば、アメリカをはじめ、欧米の市場原理主義者が経済弱者に対して放つ専売特許用語と思ったが、中国の方がさらに上を行く。人権保護を掲げ、欧米が国連に軍事行動開始の決議を求めても、反対や棄権に回ることの多いのは、旧共産圏などとは関係なく、虐殺が起きるのは「自己責任」、よって起きる結果も「自己責任」ということなのだろうか。

 「内政不干渉」の理想を掲げる大原則も、「人道・人権保護」と同様、もとは国際的利己主義外交にその端を発している、と思わせるのが二つの記事である。そうは思いたくないのだが、中国の若者に期待をつなぐしかない。 
 

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2011年11月 7日 (月)

天皇と憲法(その4)

 前回の、女帝に道を開く皇室典範の改正や、天皇の「国事行為」に「祈り」を加えたらどうか、という結論に、さらに説明を付け加えたい。まず、大日本帝国憲法下の天皇が、連綿と続いた天皇の姿、在り方だと思っている人の誤解についてである。

 1867年の徳川幕府大政奉還から、1889年憲法発布まで22年かかっており、その間戊辰の役など日清戦争を上回る犠牲者のでた内戦もあった。TVドラマで見る坂本竜馬あたりだけが明治維新だと思ってはいけないのである。

 統幕派、佐幕派を問わず、志士が目指したのは、回天、天業回古であり、一揆その他で参加した民衆は、ご一洗、百事ご一新、世直し元年といった。下級武士と民衆が参加したまぎれもない「革命」であり、当時はその言葉も使われていたが、左右両陣営とも「革命」に位置付けたくなく、「維新」という、政治改革または変革のような印象を定着させてしまった。しかし、この時に統治権を含む、天皇のあり方に革命的変化が生じたのである。

朕惟フニ我カ皇祖皇宗國ヲ肇ムルコト宏遠ニ德ヲ樹ツルコト深厚ナリ我カ臣民克ク忠ニ克ク孝ニ億兆心ヲ一ニシテ世世厥ノ美ヲ濟セルハ此レ我カ國體ノ精華ニシテ教育ノ淵源亦實ニ此ニ存ス

 以上は、明治23年の教育勅語の出だしだが、新・保守反動が目指す天皇像は、このあたりのことだろう。「忠」「孝」を道徳律の中心に据えた儒教臭の濃い発想は、徳川幕府の武家支配システムの中で発展したもので、挙国一致、肇国以来の国体の精華などというような過去からの連続性は全くない。

 「家」を中心に、男長子相続で御家人など地方支配層を確保することは、鎌倉幕府以来武家支配の要であった。話は飛躍するが、「税金の配偶者控除廃止は、日本の家族制度を破壊」云々などという、主に右派がする主張は、氏姓すらない農民以下の多数の国民には、ファミリーはあっても家族制度などに縁はなかったことを度外視している。

 天皇をいう場合は、古代の祭祀を中心とする天皇、奈良・平安時代の律令下の天皇、武家支配の象徴天皇、明治憲法下の神聖天皇、そして、国民主権のもとの象徴天皇ということになる。天皇が1500年続いたとして、明治タイプの天皇はわずか5、60年に過ぎないのだ。

 これからの天皇像を憲法の上でどう考えるか。祭祀の伝統形式を宗教とせず、国民のための祈りという意味で、国事行為」に格上げしてはどうだろうか――というのが前回の提案であった。そこで、天孫族系大王(おおきみ、「天皇」はあとでできた漢語読み)のルーツを探ってみよう。

 遠い先祖は、おそらく紀元前のいつ頃かに中国南部からわたってきた。そのため道教のような土俗信仰を持ち、一人の巫女による占い、予言、祈りにより集団をリードした。多分水耕稲作や機織り技術なども持ち込んだに違いない。

 その確信を持ったのは、血統はともかく、伝統では現朝廷とつながりを持つと見られる三輪王朝の地元・纏向遺跡から大量の桃の種が発見されたこと(下記リンク参照)と、近所にある箸墓古墳に関連して、卑弥呼の墓との推測が高まってきていることにもよる。

桃の祀り 
http://hansenjuku.cocolog-nifty.com/blog/2011/01/post-7529.html

 神話時代の天照大神にはじまり、各地に散在した「戸畔(とべ)」と称する女酋、九州平原遺跡の王墓に葬られた巫女、そして卑弥呼が果たした役割などを考えると「女ならでは世の明けぬ国」という、女系による祭祀(まつりごと)がすべてに優先し、重きをなしていたということになる。

 祈りの中心は、五穀豊穣とおおみたから(大御宝=百姓、万民、黎民、民、国民など『日本書紀』では、すべて同じ読み)の安寧であろう。この伝統的祭祀は、廃止や復活などいろいろな経過をたどったにしろ、引き継がれてきた。

 もちろん、天皇が先頭に立って戦争を引き起こした例がないわけではない。しかし塾頭が知る限りでは、神武天皇、神功皇后、斉明天皇ぐらいで、強いて加えればクーデター主導の天武天皇があるか。

 その他は、熊襲征伐の日本武尊や戊辰戦争の有栖川宮など天皇の名代だ。明治・大正・昭和は憲政下のことで、先頭に立ってとはややいいにくい。なかでも昭和天皇は、平和志向が強かったことは間違いないだろう。

 以上、平和憲法のもと、天皇の「国事行為」として「祭祀」を加えることに、なんら不自然の点はないと思う所以なのだが。

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2011年11月 5日 (土)

天皇と憲法(その3)

 憲法学者でも皇室の専門家でもない塾頭ゆえ、まっとうなことは言えない。これまで書いてきたように、戦争と天皇制と新憲法というこれまでの三題話から離れ、飛躍しすぎは承知の上で次世代天皇を考えてみた。

 まず第二条である。旧帝国憲法では憲法本文に「皇男子孫之ヲ継承ス」と、男子が入っていた。新憲法は、「国会の議決した皇室典範の定めるところにより、これを承継す」で、性別は皇室典範に委ねている。

 小泉政権の頃、盛んに問題になったことだ。その皇室典範は、皇嗣の順位を9項目にわたりこまかく決めている。女性天皇は、摂政就位を除いてありえないことになっているので、実現するためには皇室典範改正が必要になる。

 古代は、長子ではなく末子相続が多い。長寿の時代にはその方が合理的かもしれない。飛鳥時代には、天皇の意志(遺言)が大切にされた。現在はすべて法律で順位が決まっており、親の意志は全く反映されない。金正日以下で、お気の毒のようにも思う。

 絶大の権力があれば後継者争いをさけるため、決めておくのもいいかもしれないが、天皇、又は皇后の提案を、首相・衆参院議長・最高裁長官などが入る皇室会議で認証するようなルーズなものではいけないのだろうか。

 お気の毒といえば、婚姻は両性の合意のみに基づいて成立する――という国民一般の権利もないのだ。皇室会議の承認をとらなければならない。選挙権はもとより、住居の自由も職業選択の自由もない。一杯ひっかけに行く自由もなければ、おともだちとおしゃべりで気を紛らわす自由もない。

 日頃の行動は、週刊誌のあらさがしでさらしものにされ、身動きが取れないといった感じは、昔の「菊のカーテン」があった時代よりまだ悪い。『高松宮日記』などを見ても、かつての方が今よりよほど一般人の生活に近い日常があったように見える。

 皇室典範は、戦後の旧体制をどう新体制に転換するか、まださまざまな混乱の残る時代に定められたものだ。今や全く新たな発想で見直すことは悪くない。最大の焦点は男女同権とすることであろう。昔なら、外舅へ権力が移行するという心配があっただろうが、象徴天皇にそんなおそれはない。なお、女権拡張について日本の家族制度の破壊という保守派の主張があるが、これは次回にまわしたい。

 憲法には、天皇のたずさわる国事行為という条文がある。第六条と七条にわたって、国会や内閣で決めた人事の任命や、法律・条約の交付など全部で12項目ある。要は、天皇機関説どころかまさにハンコ押し機械で、そうでないのは最後の9番目と10番目、「外国の大使及び公使を接受すること」と「儀式を行ふこと」だけである。

 それ以外の行為は、戦没者慰霊祭出席や、国賓接待などが準国事行為または公式行事になるのだろう。相撲見物や被災者見舞いはもとより、宮中祭祀(四方拝、新嘗祭など)は、神式という宗教儀式なので、私的行為に分類されているようだ。

 塾頭は、天皇伝統的祭祀の存在が世界遺産、人間国宝に比すべきもので、しかもその歴史的価値から見て、世界で唯一無二な存在とみている。その天皇の最大の任務は、開闢このかた「祈り」をおいてないというのが塾頭の結論だ。海に向かい、被災犠牲者に礼拝する姿を見てつくづくそう思う。

 したがって祭祀の伝統形式を宗教とせず、国民のための祈りという意味で、国事行為」に格上げしてはどうだろうか。

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2011年11月 3日 (木)

反戦塾乗11/11/3

GHQが洗脳は神話・毎日新聞股裂き状態・原発立地自治体は逃げるな

GHQが洗脳は神話
 今、ほとんどの人が戦後占領期の空気を知らない時代になった。そういった中で、「GHQが過酷な言論統制を行い、東京裁判判決を正しいものとする洗脳を行ったため、それを信じた人たちが自虐史観を蔓延させた」という、根強い歴史誤認があることを知った。

 その時代を知るものとして、この誤解は是正されなくてはならないと思い、前月中旬「GHQ洗脳はウソ」と「続・GHQ洗脳はウソ」を連続して書いた。誤解の源流には、米国文献を精査研究した江藤淳の『閉された言語空間』があり、それをベストセラーズ作家藤原正彦などがさらに歴史修正的色付けをして、普及させたものという想像をした。

 以下は、11月1日の毎日新聞夕刊のコラム「ことばの周辺」に掲載された、原爆と国内報道に関するものであるが、前述記事の公正なデータとして追加引用することにする。

 10月中旬、東京の早稲田大で行われた20世紀メディア研究所(山本武利代表)の公開研究会で、加藤哲郎・同大教授(政治学)の発表を興味深く聴いた。テーマは「占領下日本の『原子力』イメージ--ヒロシマからフクシマへの助走」である。

 加藤さんによると、広島に原爆が投下された1945年8月6日の翌日から、敗戦後、連合国軍総司令部(GHQ)が情報統制に乗り出す9月21日までの「原爆報道」に関する研究はあったが、以後の時期についてはほとんどない。52年の占領終結まで原爆は報道されなかったとよくいわれるが、加藤さんはこれを「神話」だとする。

 今回調べたのは、占領期にGHQの検閲対象となった国内出版物のコレクション「プランゲ文庫」の資料。加藤さんがデータベースで「原子爆弾」「原子力」を検索したところ、それぞれ約1500件がヒットした。

 被爆地の『中国新聞』(本社・広島市)の場合、164件の「原子爆弾」記事があり、うち半数を超える94件が検閲を受けたが、その8割は外電記事だった。他の新聞・雑誌を含め、放射能被害やアメリカ批判を書いたものは厳しく制限されたが、「原爆」記事そのものは検閲制度があった49年までの間、意外に多く掲載されていたという。(以下略)

毎日新聞股裂き状態
 先月27日に「じれったいが論調に変化も」という、毎日新聞の社説が微妙に変化したり、TPP参加全面支持の社説に対しコラム「記者の目」が反対論を展開するなど紙面が股裂き状態にあることを書いた。
 
 それに対抗するように31日付社説で「TPP反対論 米国陰謀説は的外れ」を載せ、それに対しブログ「逝きし日の面影」は、痛烈な批判記事を展開していた。さらに本日(11/3)、今度は同紙文化面で「経済への視点」として、明らかに社説へく反論と読める5段の囲みで、評論家の中野剛志氏がアメリカへの政治的配慮が優先されていることを書いている。

 その記事は、本日朝現在電子版に搭載されていないが、主に毎日新聞で報道されたアメリカ大統領の発言や日本政府の内部文書などを引用して書いたもので、その文末の担当記者による加筆「もっと知る」で、ご丁寧にも前述の「記者の目」のURLを載せ、見ることを推奨しているのだ。

 つまり、アメリカの陰謀ではなく公然とした事実であるという叫び声をあげているように見える。これが論説陣への記者の反乱なのか、社論を方向転換する前兆なのか、あるいは支離滅裂社風なのか、毎日新聞は面白いのでやめられない。

原発立地自治体は逃げるな
 最近、枝野経産大臣が「原発運転再開は最終的には、地元自治体の意思決定による」と言った発言に、自治体首長が「政府が決めてくれなくては困る」などと言っているようだ。これは責任転嫁をしたいということなのだろうが、とんでもない心得違いだ。

 たしかに、自治体には専門家がおらず安全チェックの能力はないだろう。しかし政府が決めるのは全体に通用する基準までで、個々の原発立地や運転を認める認めないは周辺自治体がきめることだ。

 政府が決めたことなら何でも従うというなら、自治体は不要だ。今奇妙に政府のせいにしたがっているが、かねて自治体も「原子力村」の一員であったことを忘れているのではないか。以前、当塾で書いたことがあったが、自治省(現総務省)の役人が自治体消防のプライドが強く、言うことを聞かないとぼやいていた。

 現場を知りつくし、郷土を護るという自負心があってこそである。その心が安全をもたらすのだ。技術的に納得がいかなければとことん説明を求め、勉強もしてくる。自治省にとっては手ごわい相手だったのである。

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2011年11月 2日 (水)

天皇と憲法(その2)

 前回、天皇の戦争責任について述べるといったが、実は、この議論は既に終わったと見ている。過去記事に「君が代は起立口パクで」というのがあるが、左右両極の方からのお叱りがあるかと思ったのに何もなかった。そのことから書き進めよう。

 戦時経験のある塾頭なので、日の丸・君が代にはたしかに引っかかるものがある。そして、教員への強制、処罰は大いに問題があると思っている。ことに、君が代のピアノ演奏強制は、憲法上「苦役からの自由」や「思想及び良心の自由」の侵犯ではないかとも書いていた。

 天皇の戦争責任については、過去いろいろな日記などを含む刊行物や研究書をあさってみた。その中で、開戦が昭和天皇の意に反す結果であったとしても、法的に大元帥として軍を動かす立場にあったことは動かしがたく、法的・道義的に戦争責任があったと断じざるを得ない。

 これを最も痛感していたのは、昭和天皇自身であって、何度も退位を考えたものの、「国民のため」をいう為政者や側近に押しとどめられたのだろう。しかし戦争末期、あの段階でポツダム宣言受諾の決定を自らの言葉で決定した功績は、やや遅きに失したとはいえ比較の対象がないほど大きいものだった。

 あれがなければ、日本は米ソなどの侵攻で分断占領され、事実上現在のような国も国民もなくなっていたかも知れないし、人口が半減したとしてもおかしくない。その昭和天皇が死去してからすでに24年、戦前の天皇を持ち出して現憲法の復古を考える土壌は、既に無くなっていることを知るべきだ。

 日の丸・君が代に話を戻そう。これを戦争と結びつけるから話がややこしくなる。日の丸の起源ははっきりしないが相当古くからあり、「平和の象徴」として見ても一向に差し支えない。戦争に関係あるのは陸軍の聯隊旗や軍艦旗の方で、日の丸では飽き足らなかったのか後光を四方八方に書き入れ、いかにも拡張主義を表しているように見えた。

 君が代、これをなにも昭和天皇や明治天皇に結び付けることはない。世界に例をみないような間延びしたメ雅楽風メロディー、歌詞も同様、和歌の朗詠そのものだ。他国のような行進曲、革命歌風とはまるで違う。むしろ、日本の文化として平和を願望するう歌という解釈で全く支障ないのではないか。

 憲法第一章天皇を見ていく場合も、そういった立ち位置があっていい。それは次回。

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2011年11月 1日 (火)

天皇と憲法

 11月26日の「憲法審査会発足と護憲」で予告したカテゴリ「憲法」のリニューアル版として、まず憲法「第一章天皇」を取り上げてみたい。

 第一条 [天皇の地位・国民主権]天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。
 第二条 [皇位の世襲と継承] (略)
 
 第三条 [天皇の国事行為と内閣の助言・承認及び責任]天皇の国事に関するすべての行為には、内閣の助言と承認を必要とし、内閣が、その責任を負ふ。

 第四条 [天皇の権能の限界、国事行為の委任]天皇は、この憲法の定める国事に関する行為のみを行ひ、国政に関する権能を有しない。
② 天皇は、法律の定めるところにより、その国事に関する行為を委任することができる。
 (第五条~第八条略)

  「天皇ハ神聖ニシテ犯スヘカラス」(第三条)の存在であり、「統治権ヲ総攬シ此ノ憲法ノ条規ニ依リ之ヲ行フ」(第四条)する権能を有した「大日本帝国憲法」からの改定である。「押し付けられた憲法論」にはここでは触れず、当時の立法手続きがどう進んだか、を示すと次のようになる。

・終戦の翌年、昭和21年(1946)3月6日、政府が「憲法改正法案」を発表。
・立案した幣原政権は選挙の洗礼を受けておらず、新政党の結成も進んでいたため、改正憲法の民意を問う含みで総選挙が4月10日に行われた。
・5月16日に第90臨時議会が召集され同月25日から憲法の審議が始まった。政府案について答弁に当たったのは5月22日に成立した吉田茂内閣であり、議会は10月12日まで続く。こうして日本国憲法は、11月3日に公布、翌47年5月3日から施行される。

 塾頭の記憶をたどってみると、このような革命的新憲法案に対し、国内で賛否両論が激しく対立、自主憲法制定のための国民運動が起きたなどということは、全く覚えがない。とはいえ、起案に当たり、GHQの誘導があったことは誰もが知っていたことなのである。

 関心の的は、憲法より日々の食糧確保であり、インフレ・新円切り替えなどの生活環境であった。かろうじて人々の口にのぼったのが「天皇制」と「戦争放棄」である。天皇については、よく知られている5月19日の食糧メーデーのブラカードがある。

 「国体はゴジされたぞ、朕はタラフク食ってるぞ、ナンジ人民飢えて死ね、ギョメイギョジ」

 品のない行為だとは感じたが、ここまで言論・表現の自由があるのだという証明にはなった。GHQが厳しい言論統制を敷いていたからといった説を為すものがあるが、庶民にとって占領統制はあっても、「物言えば唇さむし」という戦時のような弾圧を意識することはなかった。

 天皇制に表立って反対したのは各会派のうち共産党(5名)だけだつたが、1月に国外逃亡中だった同党野坂参三が中国延安から帰国し、市民の熱狂的な歓迎を受けるなど、食糧メーデーも天皇制反対も、ある程度の共感を持つ人がすくなくなかったのである。

 その年の正月元旦、天皇の「人間宣言」という詔勅が発せられ、天皇みずから神格視の誤りを指摘するという異例の措置がとられた。しかし、それにもまして天皇を国民に身近な存在として引きつけたのは、2月19日の神奈川県から始まった地方巡幸である。

 天皇の問いかけに答える庶民に、「あっ、そう」とだけをオウムのように繰り返す素朴さは、多数の国民をすっかりとりこにした。学校では、その口真似がはやり、宮中では、普段勅語のように「チンオモフニコウソコウソウ」などとしゃべっており、普通の日本語は使ってなかったのか、などと言ったものだ。

 巡幸は回を重ねるごとに熱狂的歓迎をうけるようになっていったが、塾頭もお召列車の停車駅・信越線新津駅の手前線路際で先生に引率され手を振ったことを覚えている。天皇を「天チャン」、皇太子を「セミ天」などと親しみをこめた呼び方をするようになったのも、このあとあたりからであろうか。

 こうして、憲法の天皇制否定論はすっかり影を薄くしていったようだ。次回は天皇の戦争責任や天皇制のありかたなどに的を当ててみたいと思う。

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