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2011年10月 5日 (水)

戦後再考録 2

(承前)

昭和20年8月23日
 帝国陸海軍の復員が開始されるとともに、政府は「進駐軍を迎える国民の心得」という論告を発表。「女子は日本婦人としての自覚を持って外国軍に隙をみせてはならぬ」等を指示した。マッカーサーが厚木飛行場に到着したのが28日、総司令部は横浜で、9月8日に東京に進駐を開始し、皇居前の日比谷に司令部を移したのが16日だった。

 塾頭の住む田舎の町には、歩兵連隊とか陸軍通信学校というのがあり、その兵舎が利用できるためか米軍が大勢進駐してきた。驚いたのは、国鉄(JR)から分岐する私鉄電車線(線路のカーブのRや荷重設計が軽便電車なみ)のところへ、国鉄の機関車(C11→新橋駅にあるのと同じ型)に長さが20mある客車を何両かつなぎ、そのまま乗り入れてきたことである。よくジコらなかったものだ。

 その彼らが学校にやってきたのは、多分10月になってからであろう。あらかじめ予告されていたせいか、生徒は教室から出てはならぬと指示されていた。初めて見る米兵だ、好奇心のかたまりのような時代である。今やおそしと教室や廊下の窓から、その姿を追った。

 ジープに乗ってやってきたのは丸腰のGIルックである。赤ら顔でいやにケツのでかい奴らだな、と思った。そのうち各教室にあった剣道用の木刀(柔・剣道は正課で木刀は私物)を校庭に持ち出し積み上げた。へし折ったか持ち帰ってか、そこまでは見ていない。

 生徒が「畜生、とか馬鹿野郎」と言った事に、先生は「奴らはそういう言葉を知っている」と制止したことを覚えている。以下に引用するが、藤原正彦の前述書のハーグ条約違反どころか財産略奪である。鉄道乗り込みにしても無茶な国内法違反であった。

 下手にエリートをつくると、底力のあるこの民族は再び強力な国家を作ってしまう。そこで、まずエリートをつぶさねばというわけで、真っ先に旧制中学、旧制高校を潰してしまった。

 もちろんこの措置は、1907年に結ばれたハーグ条約にある「占領者は現地の制度や法律を変えてはならない」という趣旨の第四十三条にあからさまに違反するものです。大がかりな検閲によって言論の自由さえ封殺するという、洗脳のための蛮行を密かに実施していたアメリカにとって、これくらいは朝飯前だったのです。

 その後段に「ハーグ条約におけめ宣戦布告条項は、単に開戦儀礼に関する取り決めであり、誰も重要なものとは思っていなかったのです」と真珠湾攻撃を合法化する文章になっている。

 ルーズベルトが激怒したのは開戦したかったための扇動だった、という憶測を含め、論理の矛盾にはついていくことができない。反米思潮を増幅するためでなければ、当時の現場と現実を無視した空論に何の意味があるのだろうか。

 ちなみに、上記引用の冒頭にある奇妙な「エリート論」だが、塾頭は旧制中学に入学し、自動的に新制高校を卒業した。入学試験を受けずに高校生になれたわけで、喜びこそすれ反対の理由はなかった。また、中学の義務教育化で国民すべてが無償で中等教育まで受けられるようになったことに、反対したり怒ったりした日本人は寡聞にして聞いたことがない。

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