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2011年10月16日 (日)

続・GHQが洗脳はウソ

 前回、江藤淳が『閉された言語空間』で書いている「アメリカがウォー・ギルト・インフォーメーション・プログラムを立て、それをもとにGHQが占領下の日本人を洗脳した」、という要旨をウソだと書いた。

 ギルト(guilt)という英語は「罪悪感」ととらえるのが適切だと思うが、こうして「反戦塾」を何年も書き続けている徒輩は、まさに彼が言う「洗脳」された人間に当たるのだろう。その当時、中・高校生だった塾頭が、体験上それを否定するのは、大げさに言えば、日本史に対する国民の義務だからと言っていいほどだ。

 前にも書いたが、板垣退助が「板垣死すとも自由は死せず」といい、吉野作造の民本主義・大正デモクラシーを謳歌し、百姓一揆や労働運動そして文化・文藝運動の長い経験のある日本人が、わずか2、3か月の占領者のキャンペーンで洗脳されたりマインドコントロールで支配されることなどあり得るだろうか。

 そんな自明なことを否定する議論が受け入れられるはずがなく、本来は無視してもいいはずだ。お里の知れている桜井よし子などは別として、既述のベストセラーズ作家藤原正彦、そして、30万部を売りつくしたという半藤一利の『昭和史』などの影響力は無視できない。半藤は江藤ほどの露骨さはないが、その「戦後編」で《アメリカさまさまの「思想改造」》という項をたて、文庫本で8ページにのぼる記述をしている。

 半藤は、『閉された言語空間』の出版元の『文藝春秋』や『週刊文春』の編集長などを長年つとめていた人だ。したがってその著作に影響を受けていたとしても不思議ではない。政治の面でいうと、安倍晋三の推挙で自民党の参院議員になった義家弘介が、国会で菅首相に対し同じ立場に立った質問で問い詰め、野田首相もかつて「A級戦犯は戦争犯罪人ではない」といった主張を国会で展開していた。

 これらをすべて、江藤の影響だとはいわないが「そのような歴史記述をテクストとして教育された戦後生まれの世代が、次第に社会の中堅を占めつつあるためである」という彼の言葉は、まさにそのままお返ししなければならない世情が存在する。

 さて、前回文末に「同じ年代で同様の社会的経験をしながらどうしてこんなに考えが違ってしまうのだろうか。 その辺を次回に回したい」、と言ってしまった。しかし、これがなかなか難しい。同書中にこんな一文がある。

 この「プログラム」が、以後正確に戦犯容疑者の逮捕や、戦犯裁判の節目々々に時期を合わせて展開されて行ったという事実は、軽々に看過することができない。つまりそれは日本の敗北を、「一時的かつ一過性のものとししか受け取っていない」大方の国民感情に対する、執拗な挑戦であった。

 つまり、敗戦は仮の姿で、また旧に復して軍事大国にしようというというのが「大方の国民感情」だという。およそ世間からかけ離れた、南米の勝ち組在留邦人のような妄想を臆面もなくかかげている。講和後戦前回帰を拒み、懸命に経済復興に励んだのはのは「大方の国民」に入らないとでも言いたげだ。

 ここが、塾頭とは180度の違いだ。強いて想像すれば、東京裁判で東条被告が「戦争は正しかった」と真正面から告発側に立ち向かったことを「他の被告とは違うな。かなかやるじゃないか」という国民の評判があったことだろうか。

 しかし、前稿で書いた東条の自殺未遂に象徴されるような軍部不信を覆すようなものではなく、個人の評判をやや回復した程度の事だろう。大方の国民が考えていることは「二度と旧軍閥復活をゆるしてはならない」ということだ。

 それにしても、同じ世代で同じ体験をしていながらどうしてここまで違うのだろう。塾頭は人を生まれや育ちで品定めすることはできるだけ避けるようにしている。しかし、ようやく子供を脱したばかりの頃のことだ。それまで彼はどこでどうしていたのか気にかかる。

 彼は神奈川の湘南中学に入学していた。1級下には石原慎太郎がおり、交友関係がある。同校は高級軍人への登竜門として有名で、海兵(海軍兵学校)の予備校とまで言われた。その後彼は日比谷中に移るが、草深き田舎の学校にいたぼんくらの塾頭とは、まずこの点で違う。

 国益のため沖縄が米軍基地の犠牲になってもやむを得ない、福島の過疎地で原発が事故を起こしても国家として原発を推進する必要があるという立場に立たない。ぼんくらであっても、「人間」であることと「結果」を最優先するからだ。

 大方の国民は、国を愛するが故におろかな失敗を2度と繰り返さない、と考えているはずだ。それは、現在でも変わらない。江藤シンドロームを断ち切るために、各方面でもっと声をあげてほしい。

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コメント

『亀の甲より年の功』とは言うが反戦塾ましま塾頭で無いと書けない素晴らしい連載記事ですね。
ただ、>『それにしても、同じ世代で同じ体験をしていながらどうしてここまで違うのだろう』
は多分間違いですよ。
時代は同じですが、立場が違うので『同じ経験』ではないのです。
正反対の経験をしているのですよ。
あの世界大戦で日本人の99・9%までは何らかの損をしているし、9割以上はとんでもない大損をしている。
しかし何事にも例外があるのです。
右翼の児玉誉士夫等は損どころか濡れ手に粟の大儲けをしているのですから、我々とは考え方が違っていて当たり前です。
主計将校の中曽根康弘も、軍人というよりも軍事官僚で自分が戦争をしたわけではなく。
他人に戦争をやらせて自分は安全な場所にいたのですね。
今では少なくなったがテレビ番組で良く『昔は良かった』という元軍人が出て来ましたが、この人たちは中曽根康弘と同じで、敗戦時には内地にいて良い目をしているのです。
同じ元軍人でも外地で戦争を経験した人は全く逆の話をしています。
今では流石にいないが、昔は『もう一度戦争になったら今度こそ上手く立ち回って自分も大儲けするのだ。』と公言するとんでもない大人が沢山いましたよ。

投稿: 宗純 | 2011年10月16日 (日) 15時58分

宗純 さま

亀の甲、老いの一徹、年甲斐もなく……。なんでもいい。褒めていただくはうれしいものです。「蟷螂の斧賞」を自分に捧げましょう。ありがとうございました。

投稿: ましま | 2011年10月16日 (日) 21時18分

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