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2011年10月 3日 (月)

戦後再考録 1

 前回、高見順の『敗戦日記』を取り上げ、終戦後数か月を言論の自由という視点で取り上げた。それは、最近、戦後占領軍の過酷な言論弾圧があり、かつ徹底した宣伝活動で洗脳されたというような、歴史ねつ造の言説ががまかり通っているの知ったからだ。

 それは、さきの戦争が侵略戦争でなかったという虚妄と東京裁判不法論、それに最近起きつつある反米思想がセットになっている。それは過去のから現在に至る時代の流れを無視し、自説に都合のいい断片的な所論を、時間と空間を無視してつなぎ合わせた、まともな評論に値しないような中身だ。

  その、旗振り役の一人が『国家の品格』を書いた藤原正彦お茶の水女子大名誉教授であることもわかった。彼は1943年生まれで、終戦時まだ2歳に達していないから当然戦中戦後は知らないはずだ。

 また、数学が専門で歴史に精通した専門家でもないので、お話として聞き流してもいいのだが、日中の関係で盧溝橋事件の1説だけを取り上げ、柳条湖事件や上海事件の自作自演謀略などは頬被りしたまま。これではアジアに平和が訪れるわけがない。

 それが史実だと思い込む、それこそ彼の言う「エリート」ならぬ若者が゛洗脳゛されるようだと困るので、当塾過去記事との重複を厭わず、カテゴリ「戦中・戦後」編に精出してみたい。

・昭和20年8月15日
 中学2年生、空腹緩和のため数日まえから2、30キロ離れた純農村地帯にある祖父母の家に自転車で行っていた。重大放送は小学校長だった祖父と一緒に聞いた。天皇の声は「耐えがたきを耐え」というような部分的にしかわからなかったが、続くアナウンサーの解説に「休戦」というような発言があり、「ああ、終わったんだな」という感じはした。

 来年か再来年あたりは、ぼんやりと海軍の予科練でも志願するのかなあなどと考えていたがそれより前に本土決戦となればそんなことは吹っ飛ぶかも知れないから、考えても仕方ないという気もしていた。

 祖父は何もしゃべらなかったがよく表現される「茫然自失」だたかどうかはわからない。その孫の方は人一倍好奇心の強い少年で、世間の様子を見ておきたかった。そこで自転車に乗り、役場やまわりに2、3軒の商店と小さな駅があるあたりへ行って見た。

 覚えているのは、米屋の作業場で2、3人の人の中で1人の若い女性が泣いていたことだけである。4年前の開戦もラジオで知って、父に「勝てるの?」と聞いて「う~ん」とうなっただけのような返事だったように思える。この時も町に出て見たが、早朝にもかかわらず奇妙に静まり返って人影さえなかった。

・8月20日
 この日は、夏休み前から決まっていた登校日である。ただし集合場所は、磐越西線沿線にある山中の某小駅前である。2日がかりで灌木が生えている小山を、そば畑に変える作業をするためである。

 炎天下のつらい作業だったが、急に日光を浴びたせいか卵の中からトカゲの赤ちゃんがでてきたのが印象的だった。夕飯は大きなドラム間のような鍋で作ったライスカレー。肉が入っていた記憶はないが、皮をつけたままで二つ切りにしたジャガイモがいやにうまかった。

 炊事も食事も分教場の校庭のような所である。食後は生まれて初めてのキャンプファイヤー。意気の上がったガキ大将は、「俺たちは戦争に負けてないぞ!、米軍がきたら戦うんだ」と叫んだがなんとなく後が続かない。

 別の少年、「おい、大丈夫か。こんなに火をたいて」。灯火管制に慣れた生活にはたしかに異様に感じた。先生も、「法的には戦争がまだ続いているから、米軍機が見つけて機銃掃射してもいいということになる」などという。先生は多くを語ろうとせず、疲れているので早々と切り上げたが、まあ、楽しい思い出にはなった。

 実は、この日をもって3年8か月ぶりに灯火管制が解除になっていたのである。

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コメント

いわゆる『日本は悪くなかった』とか『東京裁判は間違っている』との嫌韓嫌中(ネットウョ)ですが、全員が自分たちの主張が自動的に『反米』であることには困ったことに全く気が付いていないのですよ。
太平洋戦争で日本が誰と戦争していたかの事実を完璧に失念しているのでしょうか。
何とも不思議です。
日本が戦争の正義を主張すれば、自動的にコインの裏表の関係のアメリカの戦争の大義が傷付くとの当然の判断が出来ないのです。
何とも不思議な話ですが、この人たちは今の対米従属には反対していない。
基本的に日本の右翼とは左翼のアンチテーゼとしての意味しかなくて、民族主義でも国粋主義でも無い。日本では左翼の方が民族主義ですね。

投稿: 宗純 | 2011年10月 3日 (月) 15時22分

宗純さん

「東京裁判は間違っている」とは思っていませんよ。
アメリカの謀略だから、日本人がそれを後生大事に受け入れる必要はないし、受け入れるべきではない、と思ってるんです。
「ネットウョ」などと言っていますが、あなたが思いっきり左にいるから、真ん中の僕が右に見えるのでしょう。

>自分たちの主張が自動的に『反米』であることには困ったことに全く気が付いていないのですよ。

僕は気づいていますよ。
と言うか、アメリカ大嫌いだし、日米安保も反対、米軍は出て行けって思ってますよ。
ただ、僕のアメリカ嫌いは、日本の国益、先の大戦で空爆の犠牲になられた方への哀悼として嫌いなのであって、
あなたのようにイデオロギーからアメリカだけを嫌う心情とはまったく違います。
そのくせ、アメリカの押し付けた平和憲法、東京裁判は喜んで受け入れる、それが異常だと気づきませんか。

投稿: makoto | 2011年10月 3日 (月) 17時53分

無茶苦茶と言うか。
支離滅裂というか。
それでは誰かに『理解してくれ』と言っても誰であれ無理ですよ。

>「東京裁判は間違っている」とは思っていませんよ。
アメリカの謀略だから、日本人がそれを後生大事に受け入れる必要はないし、受け入れるべきではない、と思ってるんです。<

『アメリカの謀略だから、日本人がそれを後生大事に受け入れる必要はないし、受け入れるべきではない』とは、
『東京裁判は間違っている』と、普通の日本語表現では言います。
それにしてもネットウョとしてもレベルが低すぎ改めて誰かが批判する必要も注意する必要も無い、自分で自分を否定する親切すぎるセルフダービスぶりには笑えます。
自分の主張が、完璧に自己矛盾していることさえ気が付かないのですね。

投稿: 宗純 | 2011年10月 4日 (火) 11時39分

宗純さん

>完璧に自己矛盾していることさえ気が付かないのですね。

その言葉、そっくりそのままお返しします。
アメリカが嫌いなくせに、アメリカの押し付けた平和憲法、東京裁判を喜んで受け入れるあなたにね。

投稿: makoto | 2011年10月 4日 (火) 16時04分

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