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2011年9月30日 (金)

占領軍と言論の自由

高見順『敗戦日記』
昭和二十年

 九月三十日
 昨日の新聞が発禁になつたが、マッカーサー司令部がその発禁に対して解除命令を出した。そうして新聞並びに言論の自由に対する新措置の指令を下した。
 これでもう何でも書けるのである! これでもう何でも自由に出版できるのである!
 生まれて初めての自由!
 自国の政府により当然国民に与えられるべきであつた自由が与えられずに、自国を占領した他国の軍隊によつて初めて自由が与えられるとは、――かえりみて羞恥の感なきを得ない。日本を愛する者として、日本のために恥かしい。戦に負け、占領軍が入つてきたので、自由が束縛されたというなら分かるが、逆に自由を保障されたのである。なんという恥かしいことだろう。自国の政府が自国民の自由を、――ほとんどあらゆる自由を剥奪していて、そうして占領軍の通達があるまで、その剥奪を解こうとしなかったとは、なんという恥ずかしいことだろう。(以下略・文芸春秋新社)

 発禁になった新聞というのは、27日に天皇がマッカーサーを訪問し、2人が並んだ写真がのった新聞である。言論の自由については、ミズリー号上で降伏文書が交わされた9月2日から8日後の10日に、「言論及び新聞の自由に関する覚書」が交付されている。

 同時に占領軍に関する報道に制限も加えている。そして、高見順の日記に背反するように10月9日には東京の5大新聞にGHQの事前検閲も始まった。これより前、3日の日記には次のようにある。

 東洋経済新報が没収になった。
 これでいくらか先日の「恥ずかしさ」が帳消しの感あり。アメリカが我々に与えてくれた「言論の自由」は、アメリカに対しては通用しないということもわかった。

 ところが翌4日には「政治、信教並に民権の自由に対する制限の撤廃」が指令され11日には、婦人参政権、労働組合結成奨励、教育の自由化など、矢継ぎ早に民主化・社会改革の政策要求が繰り出されるのである。

 それらは、翌年成立した新憲法で国民に保証される。占領軍による言論の自由のダブルスタンダードについては、後に一般国民の手紙まで検閲が及ぶ。塾頭の受け取ったものにも、それを示す封を切ったところをセロテープ様のものを貼った封書が届いたことがある。

 しかし、それで誰かが引っ張られたとなどということは聞いたことがなかったし、社会問題化したという記憶もない。あくまでも、占領政策への妨害を監視するという、限定的な目的にそっていたからであろう。

 なお、東京裁判の批判者の一部が、国民がラジオ番組の「真相はかうだ」に洗脳されていたという論を立てているが、そんな単細胞人間はあまりいなかった。番組の始まったのは12月であり、その前から日本軍部や占領米軍を批判する良識は、当然多くの人が共有していた。

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コメント

ましまさん

洗脳されていなかったと言っていますが、今されているのはなぜですか?
あなたは、アメリカのWGIPの宣伝そのままに、日本がとことん悪かったと信じ、東京裁判で裁かれた自国民を戦争犯罪人と決めつけているじゃないですか。
これで、洗脳されていなかったなどと言われても、信じられませんが。

>しかし、それで誰かが引っ張られたとなどということは聞いたことがなかったし、社会問題化したという記憶もない。あくまでも、占領政策への妨害を監視するという、限定的な目的にそっていたからであろう。

それだけアメリカが巧妙なんでしょうよ。
現に、アメリカに洗脳された当人がそれに気づいていないのだから。

投稿: makoto | 2011年10月 3日 (月) 17時43分

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