« 「原子力学会」を廃絶せよ | トップページ | 「新・保守反動」へ蠢動 »

2011年9月22日 (木)

なぜ「脱原発依存」ではいけないか

 まず「脱原発」と「脱原発依存」では違う、ということを認識しなければならない。というより、「脱原発」の定義を一刻も早く定着させんければならない。この努力を、政治もマスコミも怠っている。
【この定義については、当ブログ7月10日の「脱原発の定義が必要」参照】
http://hansenjuku.cocolog-nifty.com/blog/2011/07/post-fd93.html

7月13日、当時首相であった菅直人は「原発に依存しない社会を目指す」と発言したが、その直後から枝野官房長官らから、あれは「脱原発」ではなく「脱原発依存」だ、とか「菅首相の個人的な考え」などと後講釈に追われた。
 
 なぜ、そんな横やりが入ったのだろう。前述の定義でも明らかにしたように「脱原発」は、段階的に原発を他のエネルギーによる発電に切り替えてゆき、最後は原発をゼロにするという意味で、3.11以前から専門家の間で使われている。

 それでは「脱原発依存」とは何だろう。このあいまいな言葉をマスメディアが盛んに使いだして今は主流となった。だが、「脱原発」との違いを明確にしているところはない。脱原発に近いと思われる毎日新聞でさえ、世論調査で「脱原発」を意味する設問がなく、ぼやけた表現になっている。

 塾頭の邪推……(いや若しかすると本音かもしれない)では、「脱原発依存」とは、原発ゼロでなく30%を10%、さらに5%程度にまで減らせば、原発に依存していることにならないから、原発を残せる、ということになる。そして、国内で減らしても輸出で稼げば、政・官・財・学の原子力村は、看板を書き換えただけで温存できるという算段だ。

 国民の大多数はそのようにならないことを願っている。だからマスコミも総論賛成、各論反対もしくは保留という様子見姿勢になっていて言葉尻がはっきりしない。読売・産経などは、ほかの人ならともかく、菅が言っているから反対という、おおよそ筋違いな理由を堂々として掲げる。

 なぜ、定義を急がなければならないか。それは、到達する目標が違うので、目前の政策もその第一歩として非常に重要になってくるからだ。脱原発にはプログラムが必要である。プログラム作成には時間がかかるからゆっくり議論して、というのは逆で、まず、原発をゼロにするという結論が先で、最初のプログラムはラフなものでいい。そして、経過を見ながら修正していけばいいのだ。

 目前の政策でもっとも急がれたのが、原子力安全保安院の経産省からの切り離しである。事故発生後しばらくは組織に手をつけられなかったのはやむを得ないが、もう機能させる段階にきていなければならない。

 それは、定期点検中の原発再稼働に向けて、安全神話を打破する信頼のおける機関とするためである。原発運転の可否は、あくまでも地元住民の判断によらなければならない。それには「鬼の保安院」と言われるような独立性の高いものでなくてはならない。

 しかし、今までの「やらせ」などひどい実態が白日にさらされたので、よほどインパクトのある改革でなくてはならない。その第一歩となるのが、あいまいではない「脱原発」という確固とした目標である。原子力安全委員会、原子力委員会も同然であるが、再開に向けた基盤整備がされなければ、来年にでも原発稼働ゼロ、大幅な電力危機という「脱原発」の阻害要因にもなりかねないのだ。

 最後に、塾頭が脱原発にこだわる理由を一つだけ上げておく。それは、どんな安全性の高い原発であれ、使用済み核燃料が出ることである。トイレのないマンションに例えられているが、すでに満杯の上1か所ふえれば、それだけ積み上がっていく。地球上どこにも捨てるところはない。

 これまで、高速増殖炉「もんじゅ」など、膨大な予算をつけて夢を追い続けてきたが、夢で地球環境が改善されるわけがない。核燃料サイクル構想など不毛な技術開発を、一刻も早く脱原発に振り向けることだけが、無資源国、日本を救う唯一の道である。「脱原発依存」が、これを妨げることになるのかどうかの分かれ道にわれわれはいるのだ。

|

« 「原子力学会」を廃絶せよ | トップページ | 「新・保守反動」へ蠢動 »

石油・エネルギー」カテゴリの記事

経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

野田総理の演説は「原発の研究開発をさらに発展させる」というように聞こえましたが、「脱原発依存」の言葉の裏には「日本⇒外国」、つまり原発技術輸出に切り替える方針ということが隠されていたということでしょうかね

どうも閣僚はその場によって少しずつ言い方を変えるのがうまくて、判断が付きにくいです

先日はトラックバックありがとうございました

投稿: 玉井人ひろた | 2011年9月23日 (金) 22時20分

玉井人ひろた さま
コメントありがとうございました。

原発技術ではなく、原発そのものの輸出話があるようですね。ベトナムとかインドとか。詳しくはまだ調べていませんが、アメリカの会社と合同で……。

「脱原発」なら、道義的にまずいですよね。菅さんは「輸出を再検討する」と言ってましたが、野田さんはそれを撤回したとみていいでしょう。

すでに、契約してしまったものならこの回限りということもありますが、なにしろあいまいなのです。日本のメーカーは強気で輸出方針を変えていません。

「脱原発」宣言をしない限りメーカーは、法的根拠がないまま強気で商売できるでしょう。

投稿: ましま | 2011年9月24日 (土) 09時25分

大阪維新の会と橋下市長が言ってる脱原発依存についてはどう思いますか?

投稿: 上村 | 2012年3月18日 (日) 18時12分

上村 さま
まずお断りしますが、橋下さんの意見や発言をフォローしきれていないので的を射ていないかも知れないということです。

したがって感想ですが、彼がエネルギー政策や、核エネルギーの持つ国家戦略を熟知した上の意見ではなさそうだということにつきます。

これは、沖縄普天間基地移転先として関空を言ってみたりすることと同じなのではないでしょうか。なんにつけ人気取り、刹那的発言が多いのが橋下流――、そういった先入観念があってはいけないのですが、いずれ矛先を変え、条件付き容認になりそうな気がします。

したがって「脱原発」でも「脱原発依存」でもないのではないでしょうか。

投稿: ましま | 2012年3月18日 (日) 20時37分

私も塾頭の推測に同意します。
橋下氏の発言には小泉元首相に似た大衆迎合的な部分が見られます。
国益に合致していれば結果オーライですが、「脱原発」も「脱原発依存」も国益に反します。
突破力や実行力は図抜けていますがまだまだ危なっかしい…。

投稿: ミスター珍 | 2012年3月20日 (火) 10時21分

そうそう。
原発ノー、核兵器イエス。

投稿: makoto | 2012年3月20日 (火) 17時26分

http://youtu.be/jyBqM2RH7M8
これを見てどう思いますか。
広島原爆5000発ぶんですよ。
大きな地震が来たらどうなりますか。

他の資源なら、地熱などありますが。
なんで日本は資源がないとか書くのですか?大丈夫ですか?

政治関係でよくでる、塾や先生。
馴れ合いの付き合いで、それらしい単語を使い
読む気無くすような長文を書いて、
どこにも政治としての大事な部分がない
どうしようもない人々。

真っ先に切りますよ。

投稿: 即原発停止 | 2012年12月 3日 (月) 17時27分

原発は運転していても停止していても危険は同じです。使用済み核燃料棒の安全対策の技術は確立していません。

やはり何十年もかけて安全対策を考え、研究するしかありません。

投稿: ましま | 2012年12月 3日 (月) 18時18分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/468248/41912792

この記事へのトラックバック一覧です: なぜ「脱原発依存」ではいけないか:

»  原子力発電所について重ねて訴えます [政治]
全原子力発電所を即刻廃止すべきです。 段階的な脱原発などそのような余裕はありません。 次の事故がいつ起きるかは誰にも分からないのです。 全て止めれば日本の力からして再生可能自然エネルギーは爆発的に伸びます。 十分な発電能力の達成まで数年は費やさなければな...... [続きを読む]

受信: 2011年9月22日 (木) 15時15分

» 欧州銀行のリスク・エクスポージャーが3000億ユーロ [逝きし世の面影]
エクスポージャーとは『晒す』という意味があり、IMF報告書の欧州銀行のリスクエクスポージャーの数値とは、欧州の各行が保有している破綻リスクに晒されている不良債権の総額という意味となる。 ギリシャの短期国債の金利は2011年9月時点で年55%を超えていて、...... [続きを読む]

受信: 2011年9月24日 (土) 10時10分

« 「原子力学会」を廃絶せよ | トップページ | 「新・保守反動」へ蠢動 »