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2011年8月26日 (金)

挙国一致、大政翼賛会の幻想

 新首相が選出され、施政方針演説を聞くまで国家の方針がわからないし、国民も関与する方法がない、政治の貧困が言われて久しいが、こんなひどいことになるとは思わなかった。与党が与党として機能していないのだ。

 そもそも、しかとした理由を示さないまま、あるいは、百人百様な理由で首相を党執行部や現職閣僚までがよってたかって引きずりおろす、こういった異常事態を後世の歴史家はどう書きしるすのだろうか。

 そういつた中で、期待をこめて「挙党一致」とか「挙国一致内閣」を言い、それでは「大政翼賛会」になる、などの賛否の言説が盛んである。なにかそういった実例があって、成功したように聞こえるが、、実は80年前の政党政治崩壊を受けて持ち出されたモットーで、いずれも失敗例なのである。

 昭和7年5月15日、首相官邸に踏み込んだ海軍軍人など9名に射殺された犬養毅が、戦前最後の政党政治家で、後を受けた斎藤実内閣を挙国一致内閣と呼んだ。彼は海軍大将で「穏健な人格者」で通っていた。

 この頃の首相は、天皇に近い元老が候補を天皇に推薦し、天皇がそれに組閣を命ずるというルールになっていた。右翼テロリストの攻撃目標は「財閥、政党、特権階級」であった。不況、失業、米価の暴落、それらの不満がが政党の実りのない抗争にむけられたのは無理ないことで、一時的にしろ、後継は政党主導から抜け出すことを第一にした。

 もちろん陸・海軍、政党からも推薦候補が上がった。しかし、それぞれの利益代表色を薄め、また軍を押さえるためには軍人の方がいいという、いわば最も無難な人選の結果が斎藤だった。閣僚は高橋是清蔵相ら有力閣僚留任のほか政友会・民政党の2大政党は2名ずつとし、あとは、民間・官僚の起用でかためた。

 このバランスをもって「挙国一致内閣」としたわけだが、首相の穏健さは、一方で事なかれ主義を助長し、スローモー内閣ともあだ名された。しかしその結果は、日本が戦争に引きずり込まれていく過程に無為無策だったことにつながっていく。

 満州国承認、国連脱退、文相・鳩山一郎が主導した京大の滝川教授の追放、作家小林多喜二の拷問死など、この間に起きている。最後は、陸軍のつもる不満もあり、「帝人疑獄事件」という、いささか政略的なきっかけで2年余の内閣を投げ出した。この間、挙国一致としてあげられる成果は全く上がっていない。

 それから8代あと、昭和15年の第2次近衛内閣発足にあたり、林茂『日本の歴史』中公文庫は次のように記す。

 斉藤内閣いらいの中間内閣は、軍部・官僚・政党の三つの政治勢力の均衡の上に成立したために、革新と現状維持との相克の中ではっきりした政治進路を示しえずに、揺れ動く妥協の政治をつづけてきた。日華事変以後、「強力内閣」待望論が、軍部からも既成政治勢力からもくりかえし語られたのは、強い決断者がこの混迷を打ち破り、自分たちを政治の中心にすえてくれるという他力本願を期待していたからであった。

 つまり、当時国民から圧倒的な人気のあった近衛に「おみこし」役を期待したのである。一方、近衛の方は、日華事変解決のためには、政治意志の強固な一元化が不可欠であると考え、陸軍を圧倒しうる政治勢力を持たねばならないと考えていたのだ。

 それには、国民的基礎に立ち国民の世論を背景にする政治力を、既成政党の離合集散ではなく、より革新的勢力や、産業・文化を含めた強力な組織に求め、これを「新体制」として国民に訴えたのだ。

 ところが、ここに異様な事態が発生した。みこしの担ぎ手を狙っていた既成勢力が「バスに乗り遅れるな」とばかり、新体制構想に殺到したのである。政党は、バスがまだ見えないうちに一斉に解党宣言をし、陸軍統制派は、ドイツのナチスばりの国防国家樹立を目論んだ。

 近衛は、「昭和研究会」を作り、構想実現を目指し「大政翼賛会」を発足させたが、政党人・市民的インテリ・軍人右翼らの寄合所帯で、最初から四分五裂の運命を背負っていた。結局、近衛の目論見とは違う、戦争推進の国民運動と官僚統制の道具にしかならなかったのである。

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コメント

こんにちは…。
『挙国一致』…。 「国難だ!団結しろッ!」…。なんと胡散臭く、キナ臭い言葉なのですかね…。 戦前・戦後の暗黒社会を彷彿とさせますね…。
震災後、半年も経って、夏の酷暑の下、多数の被災者を避難所に住まわせることを何とも思わない感性を持つ政治屋の方々が、仰る‘美辞麗句’を信じる国民がどこにいるのでしょうか?…。
やはり国家にとって、わたしら国民は、守るべきものではなく、邪魔物でしかないことが、遅まきながら理解できました…。何とも虚しく、やり切れない思いが込み上げてきますね…。 烏合の衆が一致団結したところで、何の糞の蓋にもならないという事ですね…。震災で九死に一生をえた方々が国家の「棄民政策」により殺されるという、馬鹿な事を許してはならないんですよ、われわれ市民は…。 もう少し、われわれ庶民も連帯して、怒りの声をあげましょうよ…。でないと、マジ、殺されますよ…。o(^-^)o

投稿: 青い鳥 | 2011年8月26日 (金) 12時30分

青い鳥 さまコメントありがとうございました。
 
 <もう少し、われわれ庶民も連帯して、怒りの声をあげましょうよ…。

 100%同感。昔はなかったネットというものがあるのですから。誰からも強制されない、どこにも利害関係がない。特高警察に引っ張られない。

 ささやかな意見ですが、きっと誰か見ています。つもり重なればマスコミも政治家も無視できません。権力がどこかで情報操作を仕掛けるでしょうが、民衆も見破る力を持ちつつあります。

 一過性の扇動が有効なこともありますが、大衆の支持がなければ大政翼賛会のように張子の虎で終わってしまいます。
 
 今は「脱原発」が民衆の底力になってくれればいいがな、と思っています。

投稿: ましま | 2011年8月26日 (金) 17時45分

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